闇なる鴉はかく語りき   作:とんこつラーメン

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氷と炎の果てに

 佳境に入った緑谷君と焦凍の試合。

 一見すると優勢なのは焦凍のようにも見えるが、実際には全く違う。

 

「あ…」

「どうした?」

「あの轟って人の息…こんな季節なのに白いです…」

「それは、ステージ上の気温が下がっているのと同時に、焦凍自身の体温が著しく低下している証拠だな。他の奴らは、あいつの氷の威力のばかり気が向いて、その事には全く気が付いていないみたいだけど」

 

 確かに、あの氷の威力は凄まじいが、それは時間制限アリの諸刃の剣だ。

 結局のところ、試合の展開的にはイーブンなんだよ。

 

『圧倒的に攻め続けた轟!! 遂にトドメとなる氷結をー!!』

「いや…違う…!」

 

 緑谷君のあの目は…まだ勝ちを諦めてない目だ…!

 完全に勝ちを確信していたのか、焦凍は表情とは打って変わって油断している。

 それが…まさかの一撃になるとも知らずに。

 

「あ!?」

「…やっぱりな」

 

 焦凍の氷が眼前まで迫った瞬間、緑谷君からのまさかの一撃が炸裂。

 全ての氷は砕け散り、受け身の態勢を取っていなかった焦凍も思わず体勢を崩してしまう。

 もし氷で自分の体を支えていなければ、あのまま場外まで吹き飛ばされてただろう。

 

「み…緑谷くん…壊れた右手で攻撃をして…」

「だからこそ攻撃が上手くいった。まさか、とっくに動かなくなっている筈の右手で攻撃してくるだなんて、一体誰が想像するもんかよ」

 

 窮鼠猫を噛む…今の状況はまさにそれだな。

 焦凍…お前の目の前にいる『窮鼠』はな…想像以上にしぶといぞ…!

 なんせ、あのナンバー1の意思を継いで、その場に立ってるんだからな。

 

「…()()()()()…轟君」

 

 余りの迫力に会場全体が静かになったせいか、彼らの会話がここまで聞こえてきた。

 

「個性だって、立派な身体機能の一つだ。さっきから何度も何度も氷を放っているけど、君自身…冷気に耐えられる限度ってのがあるんじゃないのか…?」

 

 やはり…彼も気が付いていたか…。

 

「そして、その弱点は君の『()()』を使えば十分に補うことが出来る…違うかい…?」

 

 オールマイトの個性を継承しているが、緑谷君とオールマイトとでは決定的に違うものがある。

 緑谷君は…想像以上に頭の回転が速い…!

 ボロボロになりながらも、彼は焦凍の個性の弱点を完璧に看破して見せた。

 

「皆…本気でやってるんだ…! ここで勝って…少しでも前に…目標に近づく為に…一番になる為に!!」

 

 理解しろ…焦凍…!

 今、追い詰められているのは緑谷君じゃなくて…。

 

()()()()で僕に勝つ!? 一番になる!? ふざけるな!! まだ僕は…君から少しもダメージを受けちゃいないぞ!!」

 

 お前の方だよ…焦凍…!

 

()()()()()()で…かかって来い!!!!!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 雰囲気が変わった。

 さっきまでの余裕は完全に無くなり、完全に焦凍はイラついている。

 それは同時に、緑谷君の言葉がアイツの心に確かに突き刺さったと言う証拠でもある。

 

「あ…轟君が接近して…でも…動きが鈍い…?」

「体が冷えすぎたせいだな。寒い時期に思うように体が動かせないのと同じだ」

 

 さっきまでとは雲泥の差だ。

 そんなトロい動きじゃ…。

 

「今の弱った緑谷君にすら簡単に懐に潜り込まれる」

 

 傷ついた状態なら距離を取るとでも思ったか?

 甘いんだよ…焦凍。

 彼の勝利への執念が…その程度で揺らぐもんかよ。

 そのボロボロの拳は…何よりも痛いぞ。

 

「は…入った!? 緑谷君は、あんなにもズタボロ状態なのに…どうして!?」

「底力…もしくは、火事場の馬鹿力ってところか」

 

 今試合…始めて相手にダメージを与えたのは緑谷君だった。

 彼のボロボロながらも鋭い拳が、焦凍の腹部に直撃した。

 攻撃してくるだなんて想像すらしてなかったか、もしくはどんな攻撃が来ても自分なら防げるという自負による油断があったからか。

 焦凍はガードをする素振りすら見せずに吹き飛ばされた。

 

「あれ? クロウちゃん…スマホが鳴ってますよ?」

「こんな時に…誰だ?」

 

 って…登録してない番号からだ…マジで誰だ?

 悪戯だったら即座に消せばいいだけか。

 

「もしもし?」

『あー…クロウ君かな?』

「その声は…セメントス? どうして、アンタが私の番号を…」

『イレイザーに聞いた。それで、何でも屋としての君に緊急の依頼があるんだ』

「穏やかじゃないが…それって、もしかしなくても今の試合に関することか?」

『流石に鋭いね。君なら分かってるかもしれないが、今の緑谷君は『どうせ治して貰えるから』と思って無茶をしている節がある』

「だろうな…」

『今は試合中だから脳内にアドレナリンがドバドバ状態でそれ程痛みも感じてないだろうけど、あの負傷だ…恐らく、リカバリーガールの治癒を持ってしても、一度の回復で全快は厳しいだろうね。もし仮にここで彼が勝ったとしても、次の試合はかなり厳しい』

「何が言いたい? 依頼内容を言ってくれ」

『もしも…こっち側で『これ以上の試合続行は危険』と判断した場合、君が彼ら二人の間に入って止めてあげてくれ』

「…いいのか?」

『構わない。この会場内にいるヒーローで、あの二人のパワーを真正面から止められるのは君しかいない。俺の個性じゃ精々、観客席に被害がいかないようにするしか出来ないから。勿論、この事は校長を含めた全ての教員、審判をしているミッドナイトも了承済みだ』

「…分かった。喜んで引き受けるよ。私としても、あの二人にこれ以上、無駄な怪我を負ってほしくはない」

『ありがとう…助かるよ。報酬は警備の分と上乗せで払わせて貰うから』

「毎度あり」

 

 まさかの事態ではあるが…こればっかりは仕方がないか。

 

「今の電話…誰からだったんですか?」

「あのステージを作った張本人」

「それって…セメントスさん?」

「あぁ。もしもこれ以上試合が長引いて、危険だと判断された場合、私が割り込んで無理矢理にでも試合を中止させろだとさ。勝ち負けよりも、あいつらの体の方が優先なのは当然だからな」

「そうですね…幾ら大事な試合とはいえ、それで再起不能レベルの大怪我をしたら何の意味も無いですし…」

 

 ホント…男ってのはどうしてこうも馬鹿ばっかりなのかね…。

 あ…また電話。

 今度は相澤さんかよ。

 

「もしもし?」

『クロウか。セメントスから話は聞いた。仕事を受けてくれて感謝する』

「別にいいよ。私が好きでやってることだし」

『そうか…。万が一の時は…あいつらの事を頼む』

「任せておいてくれ。あの二人に関しちゃ…私も他人事じゃないしな…」

『どういう意味だ?』

「そのうち話すよ。それじゃ、また」

 

 通話を切ってっと。

 さて、試合の方は…。

 

「凄いですよ…完全に形勢が逆転してる…!」

「緑谷君が攻勢に転じている…。場の流れが変わったな」

 

 今の緑谷君を突き動かしているのは勝利への執念じゃない。

 いつまで経っても過去に囚われ、全力を出そうとしないで、無意識の内に周囲を見下している焦凍への憤り。

 そして、そんなアイツをも超えて、憧れへと向かってひた向きに進む彼の強い気持ち。

 それが今、焦凍の心身を確実に追い詰めている。

 

「手が握れないなら口を使って…それも無理なら頭突きで攻撃。文字通り、使えるものは何でも使って、是が非でも勝つつもりか」

「轟君…もう完全に防戦一方状態になってますね…。さっきから一度も攻撃が出来ずに、回避に徹してますし…」

 

 焦凍…ぶっちゃけ、お前の過去やお前の苦しみは…()()()()()()()()

 でもな…だからこそ言えることがあるんだよ。

 

「…お前がどれだけ親父を憎んでいたとしても…否定したいと思っていても…今のままじゃ意味が無いんだよ…。お母さんの『氷』だけを使って、親父の『炎』を使わない…それは決して親父の否定には繋がらない…。だって…その身に宿っている、その個性は…」

「君の!!」

「お前の…」

「「力じゃないか!!」」

 

 緑谷くんの叫びと私の声が重なった。

 こっちの声が焦凍に聞こえていたかは分からないけど、今の言葉は私の心からの本心だ。

 

「自分の中にある憎しみで…自分の夢を否定することだけはするな…焦凍…!」

 

 その瞬間、何かが変わった。

 

「あれ…? 急に空気が温かくなって…?」

「全く…世話の焼ける弟だよ…」

 

 ステージの中央、焦凍のいる場所から突如として火柱が上がる。

 それは一瞬だけの勢いで、徐々に収まっていき、やがて人の形になっていく。

 

「そうだ…それが…お前の本当の『個性』だ…」

 

 そこには…右から『氷』を、左から『炎』を出している弟の姿があった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 焦凍が炎を使った瞬間、私の心が大きくざわついた。

 それが何なのかすぐに悟り、急いでテレパシーを使った。

 

(待ってくれ!!)

(こ…この声は…クロウ!? どうして頭の中にお前の声が響く!?)

(私のラーニングした個性の一つ…テレパシーさ。それよりも、今は…今だけは何も言わないでやってくれ)

(何を言って…!?)

(焦凍が炎を出して、自分の事を本当の意味で受け入れたことに対して、父親として色々と叫びたいことがあるのは理解できる。けど…頼む。この試合の間だけは…黙って見守ってあげて欲しい…)

(クロウ…お前は…)

(ようやく焦凍が一歩…前に踏み出すことが出来たんだ。それを邪魔するようなことはしたくないんだ…頼むよ…()()()()…!)

(お…父さん…だと…!? ま…まさか…お前は…!?)

 

 しまった…感情的になってしまって、つい言ってしまった。

 けど…後悔はない。

 私一人がどうにかなることで焦凍が前へと進む邪魔をしなくて済むのなら、喜んで犠牲になってやるよ。

 

「ク…クロウちゃん…」

「この試合…これで決まるぞ」

 

 表情を元に戻し、私はいつでも飛び出せるようにスタンバイをしておく。

 ワン・フォー・オールで脚力を強化し、視線はステージ中央に向ける。

 

 緑谷君の右腕に『力』が迸り、焦凍の左腕に炎が集まっていく。

 二人はほぼ同時に飛び出していき、互いの腕を前へと突き出す!!

 

「あんの…馬鹿野郎共が!!!」

 

 あの威力は流石にヤバすぎる!!

 このままだと二人とも無事じゃ済まねぇ!!

 脚力全開でステージまで飛び出し、『力』と『炎』が激突する瞬間に何とか間に合い、二人の間に入りながら、私は拳を突き上げて『とある個性』を最大出力で発動させた!!

 

「「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 瞬間、一点に凝縮された圧倒的な威力の全てが会場の上空を突き抜け、そのまま文字通り宇宙までぶっ飛んでいった。

 同時に、自分の右腕が潰れる感触が確かにあった。

 くっそー…滅茶苦茶いてぇ…!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

『な…何…今の…お前のクラス…何なのよ…?』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱されて膨張したんだ。そして、その威力の全てを…クロウが逸らしてくれた。放った張本人たちに跳ね返る前にな』

 

 しれっと私の名前を出しやがったな…?

 一応、まだステージ上は蒸気で充満してるから、それに紛れて帰ろうと思ってたのに…。

 

「ク…クロウさん!? ど…どうしてここに…!?」

「なんで…アンタがステージの上に…?」

「今みたいな事態を想定して、ついさっき雄英から緊急の依頼を受けたんだよ…! もしこれ以上の試合が危険だと判断された場合、私の手で止めてくれってな。自由に動けて、今の威力に耐えられるのが私ぐらいしかいなかったから…らしいよ」

 

 おーお…こうして近くで見ると、本当に緑谷君ってばボロッボロじゃねぇの。

 こいつは酷いな…もし今の威力を正面から受けていたら、間違いなく二度と右腕が使えなくなってたぞ…。

 

『今の事についてだが、これは雄英がクロウに依頼したことの一つだ。これ以上の試合が危険だと判断された場合、力づくでも試合を止めてくれってな。だから、変な勘違いはしないように』

『っつーわけだ! そこんところヨロシク!』

 

 フォロー助かるよ…相澤さん。

 

「ったく…久し振りに災害救助用の奥の手を使わせやがって…いてて…!」

「災害救助用の…」

「奥の手…?」

「あぁ…。巨大な散乱断面積と質量を持つ分子を超振動させて、爆発などのエネルギーや大気中のガスや炎、霧状の分子を吸収して大気圏外…つまり宇宙空間を始めとした地上に被害が及ばない場所へと強制放出する個性…その名も『イレイザーヘッド』だ」

「それって…相澤先生のヒーローネームと同じ名前…」

「そんな個性があるのかよ…」

 

 攻撃能力こそ皆無だが、その気になれば巨大津波や巨大台風すらも一瞬で無効化出来るほどに超強力な、私の数少ない切り札の一つだったんだけどな…。

 まさかの場面で使う羽目になってしまった…。

 

「って、別に私のことはどうでもいいんだよ。それよりも…焦凍」

「なんで…俺の名前を…」

「少しはスッキリしたか?」

「よく…分からねぇ。けど…」

「けど?」

「あの一瞬…炎で攻撃をする瞬間…親父の事を完全に忘れてた」

「…そっか」

 

 あの焦凍が『親父を忘れてた』…か。

 その言葉が聞けただけで大満足だ。

 右腕一本犠牲にした甲斐があったってもんだ。

 

「それが良いことなのか、悪いことなのかは分からねぇ…。だから、少し考えたい…」

「それでいい。それでいいんだ。もう、あんな親父に縛られることは無い。お前はお前の生きたいように生きて、目指したいものを目指せばいい。焦凍には…その権利がある」

「権利…か」

 

 なんかグダグダになっちまったけど…結果オーライ…かな?

 

「ぐっ…! 気ぃ抜いたら一気に痛みが…!」

「ク…クロウさん…その右腕…!」

「ズタボロじゃねぇか…!」

「いや、緑谷君にだけはマジで言われたくはない。君の場合は全身がボロボロじゃねぇか」

 

 今の自分の体の状態…ちゃんと分かってるか?

 どっからどう見ても重症患者だろうが。

 

「今回の私の介入は、緑谷君の体の状態を鑑みたことなんだよ」

「僕の体…?」

「あぁ。自分の体をよく見てみろ。そんなボロボロな状態で、リカバリーガールの治癒で一発回復出来ると思うか?」

「あ…」

「もし仮に試合に勝ったとしても、次の試合には出られない。完全なドクターストップだよ。これ以上の怪我は…これからの君の人生にすら関わる。私の言いたいこと…分かるよな?」

「はい…」

 

 無茶のし過ぎってのは自覚あったんだな。

 試合中は無我夢中になりすぎて、自分の怪我なんてどうでもよくなってたんだろう。

 少しでも冷静になれる頭があるだけマシだよ。

 けどまぁ…少しぐらいは励ましておくか。

 

「でも…実は私さ…君に感謝してるんだぜ?」

「え? か…感謝…?」

「うん。焦凍の奴の心の闇を晴らしてくれて…ありがとな。試合中の君は、私にとって最高のヒーローだったよ」

「クロウさん…」

 

 まさか、こんな形で轟家と関わる羽目になるとはね…。

 世の中、一瞬先はどうなるか分からないもんだ…。

 

「お話は終わった?」

「あぁ…悪いね。終わるまで待ってて貰って」

 

 タイミングを見計らって審判のミッドナイトがやって来た。

 もしも、あの威力が放たれてたら、この人も危なかったんだよな…。

 そう考えると、無事に間に合ってよかった。

 

「気にしないで。こっちの都合で仕事を追加しちゃったんだし。これぐらいは全然大丈夫よ」

「…そっか」

 

 この寛容さ…それぐらいじゃないとヒーローも教師も務まらないのかね。

 

「緑谷君。クロウちゃんの言った事…ちゃんと分かったわよね?」

「はい…」

「これ以上の怪我はヒーローとしても、教師としても、審判としても決して看過できません。それは君自身も良く分かるでしょ? 自分自身の体なんだし」

「はい……ぐぅぅ…!」

 

 ここに来てアドレナリンが引いたのか、歯を食いしばって痛みに耐えるような顔になった。

 やっぱ、相当に無茶してたんだな…。

 痛みが襲ってきた瞬間、その場に膝をついてしまってるし。

 

「では…こほん。緑谷君のこれ以上の試合続行は不可能と判断し…勝者! 轟君!! 三回戦進出!!」

 

 こうして、緑谷君の体育祭はベスト8という形で幕を閉じ、焦凍は三回戦へと進出を果たした。

 

 

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