2回戦最初の勝敗が決し、破壊されたステージの修復や氷の処理などをしている間、焦凍はステージから控室へと続く廊下を無言で歩いていた。
そこへ、彼の父であるエンデヴァーが再び立ち塞がる。
「『邪魔だ』…とは言わんのだな」
「…………」
話すことなど何もない。
そう言わんばかりに、彼は無言で父の横を通り過ぎようとする。
そこへ、エンデヴァーが待ったをかけた。
「待て」
「…なんだ」
「あの時…ステージでクロウと何を話した?」
どうして、いきなりそんなことを尋ねるのか。
焦凍はてっきり『卒業後は俺の元へ来い』とか『俺が覇道を歩ませてやる』とか言い出すと思っていたので、かなり拍子抜けしてしまった。
「…スッキリしたか…そう尋ねられた」
「…どう答えた」
「分からない…そう言った。けど、あの瞬間…炎を出して攻撃をする時…親父の事を完全に忘れてた…そう答えた」
「…そうか」
他人ならば絶対に知る筈のない、幼い頃から焦凍が抱え込んでいる心情。
その事に関する言及を出来る者がいるとすれば、それは『血縁者』以外に有り得ない。
「焦凍…お前は…『
「あぁ…うっすらと…だけどな」
火奈。
その名が出た途端、二人の表情が今まで以上に暗くなった。
「お前が『無個性』だと決めつけて、本人の意思を無視して勝手に養子に出した…」
「あぁ…そうだ」
「あんまり話したことは無かったけど…でも…よく『燈矢兄』と話してたのだけは辛うじて覚えてる」
いつも遠くで見ていた『長男』と『次女』の背中。
何故か、その光景だけは今でもハッキリと思い出せた。
「なんで、いきなり火奈姉さんの話をする。唐突過ぎんだろ」
「お前は…気が付かなかったのか? アイツが…クロウがお前と話す時の違和感を」
「あの人が俺と話す時の違和感…?」
何を言いたいのかよく分からない…が、反射的に焦凍はさっきの会話を思い出していた。
そして…すぐにその『可能性』に辿り着く。
「そういや…自己紹介もしてないのに…俺の名前を知ってた…」
「矢張りか…」
「どういうことだ…? どうして、赤の他人である筈のクロウが、俺の名前を知ってる…?」
疑問形で話してはいるが、頭の隅の方では既に、その答えが導き出されている。
ただ、それを認めたくないと思っているだけだ。
「お前が炎を出した時…クロウは俺にテレパシーで話しかけてきた。『この試合の間だけは黙って見守ってあげて欲しい』…とな」
「テレパシー…そんなことまで出来るのかよ…」
「そして…最後に俺にこう言ってきたんだ。『お父さん』…とな」
「…………は?」
目の前にいる男を『父』と呼ぶ。
それだけでもう答えは出たも同然だった。
「まだ確証はない。本人から話を聞かなければ何とも言えない。だが…恐らく…」
心臓が激しく鼓動する。
ついさっきまでの試合の緊張感が再び蘇ったかのような喉の渇きが焦凍を襲う。
「クロウの正体は…養子に貰われた後に行方不明になった俺の娘であり…お前の姉でもある…『轟火奈』本人だ」
「あの…クロウが…火奈…姉さん…?」
そう言われても簡単には信じられない。
信じられないが…焦凍はあの時…先程の試合で自分と緑谷の事を助けてくれたクロウの目を、顔を近くで見ていた。
まるで、姉が無茶をする弟を心配するような暖かな瞳を。
(USJと…さっきの試合と…俺は二度にも渡って…火奈姉さんに助けられたのか…。なのに…俺はクロウが姉さんだったなんて全く知らないで…)
例え、こっちが向こうの事を覚えていなくても、自分の事を体を張って守ってくれた。
その事実を知った時、焦凍の目から一筋の涙が流れる。
「クロウ…いや、火奈はどこに行った?」
「緑谷と一緒に…リカバリーガールん所だと思う…。俺達の攻撃を宇宙に飛ばした時…右腕が酷い怪我をしてたから…」
「…そうか」
それだけを言うと、エンデヴァーはクルリと踵を返した。
「…姉さんの所に行くのか。話を聞きに」
「勘違いをするな。幾ら俺でも、治療中の怪我人の所に無理矢理に乗り込むような真似はせん。もし話を聞くとすれば、それはこの体育祭が終わった後でいい」
「…そうかよ」
去り行く父の背中を見ながら、焦凍は静かに拳を握り締める。
(正直…俺はまだ迷っている。この体育祭での優勝も…どうでもいいとさえ思い始めていた。けど…)
左の拳から僅かにではあるが炎が出る。
それを胸の所まで持ちあげ、右の手で掴む。
(俺の怪我がこの程度で済んでるのも…全ては火奈姉さんのお陰だ。もしも、あそこで姉さんが駆けつけてくれなかったら…俺も緑谷も只じゃ済まなかった。こんな俺の勝利を…姉さんが繋いでくれたんだ…!)
大きく息を吐き出し天井を見上げる。
流した涙を誤魔化すように。
「絶対に負けられない理由…俺にも出来ちまったじゃねぇか…火奈姉さん…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
あー…超いってぇー…。
まーた私の右腕が包帯グルグル巻きのミイラ状態になっちまった。
しかも、今回は完全に私に非はねぇし。
追加分の料金…ちゃんと、この怪我に見合うような値段なんだろうな…?
「全く…アンタも災難だねぇ。この間に引き続き、また右腕を怪我して」
「こればっかりは仕方ねぇよ。ああしなきゃ、緑谷くんや焦凍がヤバかったんだし」
「確かにね…。今回、アンタにこんな無茶をさせちまったのはアタシらだ。だから、これに関しては何も言えないし、言う気もないよ。寧ろ、礼を言わなくちゃいけない」
「礼…ね」
こっちはあくまで仕事としてやっただけなんだけどな…。
私だって立派な大人なんだ。
その辺の事はちゃんと割り切ってるさ。
「…で、そこのベッドで寝ている緑谷君の方はどうなのさ?」
「…右手の
「マジか…」
「あぁ。どっちにしても手術をしなくちゃいけないのには違いないが、もし右手の骨が粉砕していたら、もう二度と綺麗な手には戻らなかっただろうね。破片が間接に残らないように摘出をしなくちゃいけないところだった。複雑骨折でも十分に重症なのは違いないけどね」
「確かに」
どうも緑谷君は必要以上に無茶をしている節がある。
背負ってるもんが背負ってるもんだけに、そのプレッシャーが半端じゃないのは理解できるが…それでも限度ってもんがあるだろうに。
「凡そ考えうる最悪の事態になるギリギリの所でアンタが食い止めてくれた。だから…アンタもこの子にはちゃんと感謝しておくんだよ? 本来なら、アンタが体を張ってでもしなくちゃいけなかったことを、この子が自分の右腕を犠牲にしてやってくれたんだ」
「はい…重々承知しています…」
緑谷君のベッドの近くにいたオールマイトがこっちに来ていた。
その表情は暗く、一発で意気消沈してるのが分かった。
「クロウくん…私は君に感謝している以上に、申し訳なさを感じている。己の不甲斐無さと未熟さの尻拭いを全て君にさせているようで…」
「気にするなよ。何でも屋なんてのをやってると、こういった怪我やトラブルは日常茶飯事なんだ。もう慣れたよ」
「君は…強いな…」
「強いんじゃなくて、強がってるだけさ。カッコつけてな」
「そんな言葉が言えるだけで…君は私以上に立派な大人だよ」
「そうかい」
ま…自分で言うのもなんだけど、割とマジで体張ってここまで来たからな。
そりゃ自然と精神的に成熟もするってもんだ。
「相澤君から話は聞いたよ。クロウ君は近いうちに『奴ら』の所から抜けるつもりなんだろう?」
「ん? まぁな。それがどうかしたのか?」
「もし、その時が来たら…私にも声をかけてくれ」
「アンタに?」
「あぁ。君には今までずっと助けられっぱなしだ。だから、今度は私が君の力になる」
「相澤さんといい…アンタといい…本当にヒーローって奴は…」
でも…なんだろうな。
不思議と悪くない気分だ。
頼れる人がいるってのは…。
「「「「デ緑ク谷くくん!!!」」」」
「クロウちゃん!!!」
「「うをっ!?」」
び…びっくりしたぁ…!
いきなり入ってくるんじゃねぇよ!
心配なのは分かるが、せめてノックぐらいしろ! このガキ共!
「って、あっ!? あの時のセクシーねーちゃん!?」
「た…確かクロウさんって被身子ちゃんが言ってた…あ…あの! さっきの試合の時はありがとうございました!」
「そうか…彼女がそうなのか! 委員長であるにも関わらず、クラスメイトの恩人に礼の一つも言えないでいるとは…不覚!」
「やっぱり、あの時のお姉さんだったのね」
「わー!? またクロウちゃんが大怪我してるー!?」
…一気に賑やかになりやがったな。
一応、ここって臨時の保健室的な場所じゃなかったか?
「クロウ君。なにやら見知らぬ女の子がいるけど、あの子がもしや?」
「うん。私と一緒に暮らしてるサイドキック的な奴の渡我被身子。ああ見えて結構、頼りになる奴なんだよ」
「クロウ君がそう言うなら間違いないね」
うーん…オールマイトからの私への信頼度の高さが凄いことに。
先生が知ったら発狂しそうで面白い。
「おいこらガキどもー。心配なのは分かるが、すぐそこに寝たきりの怪我人がいるんだから静かにしとけよー」
「「「「はーい」」」」
「はい! 五月蠅くして申し訳ありませんでした!」
約一名、普通にまだうるさいんだが…。
「ククク…」
「いきなり笑い出して、どーしたよばーちゃん」
「この子達を注意した時のアンタ…オールマイトよりもよっぽど教師っぽく見えたと思ってね」
「え~? 私がか~?」
こーんなパンクファッション全開で入れ墨までしてる教師とか絶対に嫌だろ―。
「そういや、次の試合はどうなってるよ?」
「はい。クロウさんのお陰で辛うじて大崩壊は避けられましたが、それでもかなりボロボロになってしまったので、暫くはステージの補修タイムになるそうです」
「そっか…。ま、流石にこれはしゃーないか」
二人して、あんだけ大暴れをして、更にはトドメに私のイレイザーヘッドの一撃だもんな。
威力自体は完全に宇宙空間へと逃がすことは出来たが、それまでの損壊まではどうにもできない。
「あ…あの…ここに来る途中で被身子ちゃんから聞いたんですけど、さっきのってデク君たちの放った威力を全部、宇宙に逃がしたって…」
「その通りだよ。あの個性は攻撃じゃなくて、自然災害発生時とかに使う『災害救助用個性』だからな」
「さ…災害救助に特化した個性…そんなものがあるのか…!」
そりゃ、この世は広いからな。
あんな風な個性があっても不思議じゃないだろうさ。
「こ…怖かったよなぁ…さっきの緑谷よぉ…。あれじゃあ、プロも欲しがらねぇよ…」
「幾ら本人が寝ているからって、遠慮なく傷跡に塩を塗り込んでいくスタイル…あまり感心しないわ」
「でも…実際にそうじゃんか…」
まぁなぁ…このおチビさんの言い分も、カエルっぽい子の言い分も理解できる。
流石に今回の緑谷君は暴れすぎだ。
あれじゃあ、一部のプロ以外に好印象を与えるのは難しいだろうな。
「ほらほら。二人が心配なのは分かるけど、もうそろそろ外に出な! 怪我人は安静にさせるのが常識だろう?」
「「「「「えー!?」」」」」
あらあら。
子供たちは全員揃って廊下に追い出されちまった。
「んじゃ、私もそろそろ行くよ」
「いいのかい? アンタはもう少し、ここにいてもいいんだよ?」
「大丈夫さ。緑谷君とは違って、私の怪我はそこまでじゃないしな。それに、見回るだけなら右腕が使えなくても心配ないよ」
「…そうかい。でも、何かあったら、すぐに来るんだよ。いいね?」
「りょーかい。その時は遠慮なく頼らせて貰うよ」
さて…さっさと被身子達に追いつきますか。
っと、その前に…。
「オールマイト」
「なんだい?」
「ちゃんと、緑谷君と話をしておけよ? 師匠として…先輩として…な」
「あぁ…そのつもりだ。気を使わせて済まないね…」
「そこは普通『ありがとう』じゃないのか?」
「ふふ…確かにな。それじゃあ…ありがとう。クロウ君」
「どういたしまして」
全く…世話の焼ける師弟だこと。
お互いの背中を押してやらないと、ちゃんとした会話すら成り立たないとか。
(それに関しては…『私達』も人の事は言えないか…)
はぁ…今回は色々とやりすぎちまったからなぁ…。
流石に言い訳は…出来ないだろうなぁ…。
どうするかなぁ…相澤さん達にも話してない『過去』…話すしかないのかなぁ…。
嫌だなぁ…憂鬱だなぁ…。
「前途多難…とは、まさにこの事だな…」
私の人生に『平穏』の二文字が訪れる日は一体いつになるのやら…。