雄英体育祭…インゲニウムさんがステインに襲撃された事件から数日。
私は表神野にある、とある喫茶店に足を運んでいた。
「うっす。待った?」
「ううん。こっちも、ついさっき来たばかりよ」
「そか」
店内に入ってすぐに見つけた目的の相手。
グラサンを掛けている長髪の男。
名前は『引石健磁』。通称『マグネ』。
私達は『マグ姉』と呼んでいる。
その理由は単純で、彼が彼女…俗に言う『オカマ』と呼ばれる人種だから。
でも、私達はそんなの微塵も気にしてない。
どんな趣味嗜好があろうと、良い奴は良い奴で、悪い奴は悪い奴だ。
マグ姉はめっちゃ良い奴。
この人も過去に色々なことがあって裏神野に流れて来て、一時期はかなり荒れ果てていたんだが、それを私が何とかして、今はウチの何でも屋のバイトスタッフ兼情報屋として生計を立てている。
色んな意味で物凄く頼りになる人で、仕事の事とか関係なしに話をしたり、相談に乗って貰うことも多々ある。
被身子もマグ姉には凄く懐いているし、あの兄貴もなんだかんだ言ってマグ姉のことを認めている節がある。
他にもまだバイトの奴はいるんだけど、それは追々ってことで。
「この間はありがとな。お陰でインゲニウムさんと話が出来た」
「良いってことよ。普段はこっちが世話になってるんだもの。あれぐらいはしなくちゃね」
それに関しちゃお互い様なんだけどなぁ…。
「で、彼の具合はどうだったの?」
「兄貴が応急処置をしてくれていたお陰で、最悪の事態だけは回避できたみたい。時間は掛かるけど、ちゃんと復帰は出来るってさ」
「良かったじゃない。あの人がいなくなったら、クロウちゃんの所の売り上げ半減じゃ済まないでしょ」
「全くだ。久し振りに兄貴には感謝したよ」
「普段はしてないの?」
「したくても出来ねーよ。ブラコンが激しすぎるんだよ」
「それだけ、妹のクロウちゃんが大切なのよ」
「それは分かるんだけどさ…何事にも限度ってのがあるだろうよ…」
夜中にコンビニに煙草を買いに行くだけでも心配して着いてくる始末だしなぁ…。
別にそれぐらいはいいだろうよ…ガキじゃあるまいし。
「ところで、あれから数日経ったけど、ステインに関する追加の情報は…」
「無いわね。流石は天下のヒーロー殺しって所かしら。驚くほどに情報が無いわ。今この瞬間も、どこかに隠れ潜んでいる」
「そうか…」
「でも、奴が保須市から出たと言う目撃情報もまた無いのよ」
「ってことは…」
「えぇ。どこかは分からないけど、少なくともまだ保須市内には確実にいるってことになるわ」
「そうか…」
どうして街から出てないのかは気になるが、場所が分かっているなら動きやすいな。
「そういうことを私に聞くってことは、やっぱり…」
「うん。ステインを追う。と言うか、多分…あいつは私の事を狙ってる」
「でしょうね。なんせ、自分を沖縄第弐刑務所っていうこの世の地獄に叩き落とした張本人なんですもの」
沖縄第弐刑務所。
それは、文字通りこの世の悪の吹き溜まり。
超が付くレベルの極悪人や死刑囚などが放り込まれる、表向きには存在しないことになっている『裏の刑務所』。
刑務官や所長、囚人に至るまで真っ黒に染まっていて、一部の者達は手を組んで色々と口で言うのも憚られる程の悪事を日常的に行っているとかなんとか。
私が何でも屋をしている途中で得た噂話で、実際にそうなのかは知らないけど。
「その事、二人は知ってるの?」
「あぁ。言わなきゃ絶対に勝手に着いてきただろうし。だったら、素直に白状して協力して貰う方がずっといい」
「そうね。じゃあ、私も強力させて貰うわ。勿論、情報面でね」
「助かるよ。マグ姉の情報網は私のソレを遥かに凌駕してるからな。マジで頼りになる」
私にはマグ姉みたいな情報戦は出来ない。
どれだけ策を巡らせても、結局最後には力で解決しようとしてしまう。
それが一番手っ取り早いから仕方が無いんだけどさ。
「なんなら、他の子達にも協力を頼む? クロウちゃんが言えば一発だと思うけど」
「そうだなぁ…ま、必要になったらお願いするかな」
向こうはたった一人だから、数で包囲すれば発見すること自体は簡単かもしれないが、問題は奴の戦闘力が非常に高いことにある。
下手をすれば呆気なく返り討ちにされかねない。
あのインゲニウムさんのように。
「そう言えば、今回の一件…例の『敵連合』はどうする気なの?」
「私の方から説得して、完全不介入を約束してくれたよ」
「それ…本当に大丈夫?」
「多分。ステインの危険さは向こうだって重々承知しているだろうし。下手な介入をして自分たちに不利益が出る方が嫌がるだろ」
「確かにね。そういう連中は良くも悪くも自分の欲求に素直だから」
今回のステインの一件、基本的には邪魔は入らない。
だが、私達とは別にヒーロー達が偶発的に遭遇して戦闘になる可能性は十分にある。
問題があるとすれば、そこなんだよなぁ…。
流石の私も『偶然』だけは、どうしようもないし…。
「ん? なんだ?」
「電話ね。もしかしてクロウちゃんの?」
「みたい。誰からだ? 被身子かな?」
って、飯田君じゃないか。
そういや、この間の一件の時にしれっと番号交換してたっけか。
『これから先、掛けることが多くなるかもしれないから』って、意味不明なことを言ってたけど。
「もしもし?」
『あ…クロウさんですか? お忙しい所すみません』
「いや…別にいいよ。今は完全プライベート。友人と喫茶店で話をしてただけだから」
『そうなのですか! それはそれで申し訳ない気が…』
本当に気真面目一直線な男の子だなぁ…。
インゲニウムさんとは大違いだ。
『実は今度、雄英の方で『職場体験』というのすることになりまして…』
「へぇ~…あそこって、そんなのもするんだ」
職場体験ねぇ…。
意外と普通なことをやらせるんだな。
「で、それがどうかしたのか?」
『それで僕は…保須市でヒーローをしている『マニュアル』さんの所に行こうと思っていまして』
「ほー…渋いチョイスをするじゃん。派手な活躍こそないけど、実直で良いヒーローだよ。って…ちょい待ち。保須市に行くって言った? まさか…」
『いえ…別にステインに対して復讐をしようとか、そんなことは考えてはいません。もし、兄さんが今以上の怪我をして再起不能になっていたら分かりませんが…』
「…そっか。じゃあ、なんで?」
『兄さんが守ろうとした街を、この目で見ておきたいと思いまして…』
「…そうか。けど、保須市に行くってことは…」
『はい。ステインと遭遇する可能性もある…それは理解しています。俺では勝てないと言うことも』
「なら良いんだけどさ…」
『もし奴と会ったら、下手に交戦しようとせずに素直に救援を呼びます』
「それがいい。賢明な判断だ」
よかった…どうやら、私の心配は完全に杞憂だったようだな。
もしこっちの忠告を無視してでも突っ込もうとしたら、その時は力づくでも止めようと思っていたから。
そんな事にならなくて良かったよ。
『その…クロウさんはステインを追うのですか?』
「そりゃあな。別に『私がやらなきゃ』的な使命感は無いんだけどさ、一度だけとはいえ捕まえた経験のある私がぶつかったほうが色々と懸命だと思うからな」
『確かに…。クロウさん、もし奴と戦うことがあったら、その時は俺と兄さんの分も纏めてお願いします…!』
「あぁ…任せとけ。君たち兄弟の想いもついでに拳に乗せてやるさ」
『お願いします。では、失礼しました』
あ…切れた。
最後の最後まで真面目な子だったなぁ…。
「今のは? 彼氏?」
「んなわけねーだろ。この間の体育祭の警備ん時に知り合った、インゲニウムさんの弟くんだよ」
「あぁ…そう言えば、高校生ぐらいの弟がいるって聞いたことがあるわね。雄英高校に入ってたのね」
「あぁ。んで、今度ある職場体験で保須市にあるマニュアルさんの所に行くって律義に教えてくれたんだよ」
「真面目なのねぇ…」
「真面目が服を着て歩いてるような子だったよ」
あーゆータイプに限って、意外過ぎる趣味があったりするんだよな。
例えば、美少女フィギュア収集とか。
「でも…保須市ねぇ…大丈夫かしら?」
「もしステインに会ったら、素直に助けを呼ぶって言ってたよ」
「それならいいんだけど…」
こう言っちゃ悪いが、ステインの実力は並のヒーローを大きく上回る。
正直、二年前に私が勝てたのだって殆ど奇跡に近かったんだ。
まだ高校生なりたての彼らじゃ、絶対に勝つことは出来ないだろう。
碌に抵抗も出来ずに、呆気なく殺されるのがオチだ。
「更に言えば、私の生き別れの弟のクラスメイトであり、体育祭ではその弟に負けた子でもある」
「それはまた…なんとも複雑な関係性ね…」
「だろ? あの兄貴も流石に困惑した顔をしてたよ」
「そりゃするでしょう…」
そういや、あの後の体育祭…焦凍の結果はどうだったんだろう?
まだ誰が優勝したとかは知らないんだよな…。
ネットとかに映像残ったりしてないかな?
「なんか、今年に入って増々、クロウちゃんの顔が広くなってない?」
「ん~…そうかも。なんせ、あのオールマイトと知り合いになっちまったしな」
「そう言えば、そんなことも言ってたわね~。共闘したんでしょ? あのナンバー1ヒーローと」
「成り行きだけどな」
「それだけでも相当に凄いわよ。彼、基本的に一人で事件を解決しちゃうタイプだし。サイドキックだって、ほんの一時期いたぐらいで、それ以降はずっとボッチよ?」
「ボッチって…」
あのオールマイトも、マグ姉に掛かれば単なるボッチのおっさんか。
マグ姉には敵わないなぁ…。
「そのサイドキックなら知ってるけどな。普通に知り合いだし。なんなら、稀に仕事も来るし」
「みたいね。そのお陰で『未来予知』の個性も覚えたんでしょ?」
「うん。本人ほど使いこなせてはいないけど」
あれはどれだけ練習しても使いこなせる自信がない。
やっぱ、どんな個性も『餅は餅屋』ってことなんだろう。
「「ん?」」
おいおい…まーた電話かよ。
今度は一体誰からだよ?
「はい。もしもし? こちら『鴉の何でも屋』…」
『クロウか』
「…………え?」
ちょ…なんで? どうして…?
「おやj…エンデヴァー…?」
『そうだ』
ど…どういうことだ…これは…?
なんで親父が私の携帯の番号を知ってる?
と言うか、なんでどうして掛けてきた…?
ヤバ…流石に不意打ち過ぎて普通に混乱してるわ…。
マグ姉救済です。
勿論、原作みたいな最後には絶対にさせません。
意地でも最後まで生き延びて貰います。