生徒たちが黒霧の個性で散り散りになって、流石に混乱するかと思っていたんだけど、まだ上には13号が残っているおかげか、想像よりはまだ冷静さを保っているようだ。
その会話が私の耳に
「皆はっ!? ちゃんといるのかっ!? 確認できるのかっ!?」
この声はー…さっきの眼鏡君か。
「散り散りにはなっているが、全員まだこの施設内にいる」
「………!!」
…成程。
この複合腕を持つ彼が確認したのか。
恐らくは体の器官を別に生やしたり出来る個性…地味に便利だな。
「物理攻撃無効な上にワープまで出来るって…チートにも程がある個性だぜ! おい!!」
ワープはともかく、物理無効…ね。
本当にそう思っているのなら、まだまだ観察力が足りないな。
これに関しては無理もないけど。
そこらで寝ている雑魚どもと違って、あの子たちは成長の余地があるだけずっとマシか。
「………委員長」
「はっ!!」
あの眼鏡君…委員長だったのか。
マジで見たまんまだな。
「私たちの全てを今から君に託します。急いで学校まで駆けて、この事を他の先生たちに伝えてください」
「なっ…!?」
そういうことを言うってことは、眼鏡君は移動特化系の個性持ちか。
じゃなきゃ、あんなことは言えんわな。
「警報も鳴らず、スマホも圏外。ここの警報機は赤外線式。先輩…イレイザーヘッドが下でヴィランの個性を無効化しているにも拘らず未だに無作動なのは、恐らくは電波妨害可能な『個性』か、もしくは装置が存在し、それらを即座にどこかに隠したからに違いありません。となると、今からそれらを捜索するよりは、君が走って伝えに言った方が遥かに速い!」
…流石はプロヒーロー。
その推理は大正解だし、その判断も100点満点だ。
もし私が13号と同じ立場でも、同じように指示を出してただろう。
「し…しかし! クラスの皆をこの場に置いていくなど、委員長の風上にも…!」
んなこと言ってる場合かよ。
今はそれよりも大事なことがあるだろうが。
「いいから行けって非常口!」
「さ…砂藤君…!」
「ここから一歩でも外に出られれば警報がある!! だからこそ、こいつらは頑なにここでことを起こそうと躍起になってるんだろ!!」
「ってことは、外にさえ出られれば追跡はないってことだ! お前の俊足でモヤ野郎を振り切ってやれ!!」
「瀬呂くん…君まで…!」
ほぉ…脳筋っぽい二人が意外と頭回ってるじゃないか。
クラスメイトにここまで言われて…どうするよ委員長。
「皆を救うために…個性を使ってください!!」
まさに鶴の一声だな。
ここまでされて動かないのは男じゃねぇよ。
「食堂の時みたいに、サポートできるのなら全力でするからさ!」
「お願いね…委員長!!」
かっこいいねぇ~…青春だねぇ~…。
ほんと…羨ましいわ…。
「いくら手段が乏しいとはいえ…敵の目の前で堂々と作戦を練るなど…舐めているんですか?」
「聞かれても問題がないから語ったんでしょうが!!」
だろうな。
けど、これはちょっと感心できないな。
(おい…黒霧。お前、ふざけてんのか?)
「クロウ…?」
「え…?」
私がテレパシーで黒霧に話しかけると、すぐに両者の動きが止まった。
(分かってるのか? お前は私たちにとっての『出入口』だろうが。それがどうして堂々と前に出てるんだよ)
「し…しかし…」
(別に13号は放置しておいても大した戦力にはならない。そこの生徒たちも同様だ。強個性っぽい連中は殆どが別のエリアに飛ばしてるんだからな。なら、その時点でお前の仕事は終わってる。後は後ろでジッとして、いつでもすぐに退却が出来るように待機してろ)
「で…ですが、せめて逃げようとしている生徒ぐらいは…」
(それも問題はない。というか、そいつは逃がさないと駄目だ。それが『フラグ』になる)
「み…
(あぁ。もうすぐ来るぞ。お前たちがご所望のヒーロー様が。だから、とっとと戻って来い)
「…承知しました」
分かってくれたのか、黒霧は個性を解除したのちにワープをして、こっちまで戻ってきた。
「おい黒霧…お前、なんで戻ってきてんだよ。上に残った奴らはどうした?」
「…クロウの命により戻ってきました。彼らはまだ健在です」
「なに?」
おいおい…こっちを睨むなよリーダーさん。
思わず笑っちまいそうになるだろ。
「ったく…あんまし無茶させんなよ。大変なんだぞ? 右目で『予知』して、左目で『遠くを見る』のは」
「じゃあ…来るのか?」
「もうすぐな。わざと逃がした生徒君が丁度いい伝書鳩になってくれるよ。ついでに、色々といいものも見れた。お陰でまた『手数』が増えたよ」
「へぇ…?」
はぁ…マジで疲れるな。
後でちゃんと目薬をした上でブルーベリーのサプリでも飲んでおこう。
「おいクロウ…今のはどういうことだ。あいつらに何をした?」
「別に何も。というか、何かをしようとしたのを止めたんだよ」
「なんだと…?」
雑魚どもを蹴散らしながら、こっちに話しかけてくる相澤さん。
顔に似合わず器用な真似をするんだな。
予知の方は…もういいか。
割とマジで目が痛い。
もう一つも解除しておこう。
十分に『観察』は出来たしな。
「もうすぐボスがご到着か…なら、その前にせめて中ボスぐらいは片づけて…」
「待て、弔」
「あ?」
「私がやる」
前に出ようとした弔の肩を掴んで、私がその前に行く。
恐らくは、今がチャンスとしてはいいタイミングだろう。
「リーダーは大人しく、後ろでふんぞり返ってな。それが役目だろ」
「…分かった。ただし…」
「あぁ。『アレ』の投入タイミングは任せるさ」
ここからは…私の仕事だな。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
『弔』と呼ばれた奴を制して、クロウがゆっくりと前に出る。
彼女の『圧』に気圧されたのか、周囲にいるヴィラン達も冷や汗を垂らしながら後ずさりをした。
「イレイザーヘッドは私がやる。お前たちは手を出すな。もし手を出したら…」
「ひっ…!?」
「わ…分かってるって…へへへ…」
「お…俺達だって命は惜しいからな…」
「じゃ…邪魔したりはしねぇよ…」
まるで蟻の子を散らすかのように連中が大人しくなった…。
クロウは裏でどれだけの影響力を持っているんだ…!?
「…というわけだから、一つお手合わせ願うよ。相澤せんせー」
「お前に先生と呼ばれる筋合いはない」
くっ…クロウと2年振りに再会したかと思ったら、敵同士になるとはな…!
こいつの戦闘力は全くの未知数だ…どうする…?
さっき『予知』とか『遠くを見る』とか言っていたから、恐らくはサポート系の個性か…?
「それじゃあ…いくぞ」
「くっ…!」
早い!
一足飛びで懐まで飛び込んできやがった!
しかも、踏み込んだ右足が地面を砕いてやがる!
華奢な見た目に反して、なんてパワーだ!
「ふっ!」
「ちぃっ!」
咄嗟に首を曲げたところにクロウの右ストレートが飛んできた!
なんて風圧だ…軽く俺の頬が切れたぞ…!
だが…なんだ…今の違和感は…?
「へぇ…今のを避けるんだ。流石はプロ。じゃあ、もう少しギアを上げてもいいかな?」
さっきから定期的に『抹消』を発動してるが、クロウの動きが鈍る様子はない。
少なくとも、こいつの個性が増強系じゃないのは確実か…!
素の身体能力でコレなのは本気で恐れ入るが。
(にしても…これはなんだ?)
さっきからクロウはワザと攻撃を外しているように感じる。
実際に対峙している俺にしか分からないぐらいの絶妙なタイミングで攻撃をワンテンポ遅らせている。
そのお陰か、こっちはギリギリであるがクロウの攻撃を避け続けられている。
代わりに、あいつも俺の捕縛布を全部器用に避けてるが。
(こいつ…その気になれば余裕で俺を倒せるぐらいの実力を持ってるな? なのにそれをしないってことは…)
何かクロウには別の目的がある…?
敵連合と名乗った連中とは別の思惑が…。
「マジかよ…結構本気で打ち込んでるつもりなんだけどな…」
嘘つけ。
攻撃全部、避け易い位置に撃ち込んでるくせに。
「流石のクロウも、プロヒーロー相手では苦戦は免れませんか…」
「相手はあのイレイザーヘッドだしな…個性も思うように出せないんじゃ不利は免れないか…なら…」
なんだ…何かが来る…!?
黒く…巨大なナニかが…クロウの後ろから…!
「ところでヒーロー。一つ言い忘れたことがあったのを思い出した」
「なに…?」
「『本命』は…俺達じゃない」
突如、脳が剝き出しになった異形の男が俺とクロウの間隙を縫って拳を振り上げる。
やばい…このタイミングでは避けられな…!
(相澤さん…避けろ)
「は…?」
次の瞬間…俺の体がほんの少し右にズラされたかと思ったら、クロウが庇うように異形の男の拳の射線上に体を動かした。
それは本当に一瞬の出来事で、クロウの傍にいた俺にしか分からないであろうことだった。
「ぐあぁぁぁっ!?」
「クロウっ!!!」
俺の目の前で…クロウが血反吐を撒き散らしながら殴り飛ばされた。
彼女の体は何回も地面をバウンドし、そのまま水難ゾーンの水辺の近くまで行って止まった。
そして、その水の中からは、いつの間にか戻って来ていた緑谷と蛙吹と峰田が顔を覗かせている。
「ば…馬鹿なっ!? どうして脳無がクロウをっ!?」
「おい…ふざけんなよ…! 全然、完成してねぇじゃねぇか…! 暴走して同士討ちとか洒落になんねぇぞ…!」
あの感じ…あいつらにはクロウの動きは見えてなかったのか…。
いや、今はそれよりもクロウを!
今の一撃は確実にどこかの骨が折れてるぞ!!
「おいクロウ!! しっかりしろ!!」
「おいおい…ヒーローがヴィランの心配をするんじゃないよ…。すぐそこで生徒たちが見てるだろうがよ…」
急いでクロウの元まで行き、その体を抱きかかえる。
くそっ…! 平気そうな顔をしてるが、その顔は血だらけだ…!
「なんで…どうして、お前は…俺を…!」
「さぁてね…何のことやら…私にはさっぱり…」
クロウは俺の肩を借りながら立ち上がり、鼻血を拭いながらヴィラン達に叫んだ。
「おい弔! 脳無を使って私を攻撃するたぁ…一体どういう了見だ!? あぁっ!?」
「ち…違う!! 俺はそんな指示は出してない!! こいつが勝手にお前を殴ったんだ!!」
「なんだと?」
「そもそも、脳無はお前の『弟』だ! 他の奴らならいざ知らず、お前を攻撃するなんて絶対に有り得ねぇっ!!」
弟…だと…!?
あの脳みそ剥き出しの奴がか…!?
「でも、実際に私を殴っただろうが」
「そ…それは…脳無がまだ未完成で…暴走して…」
「暴走…か。ま、有り得ない話じゃあないな」
あの不気味な手の男が驚くほどに動揺している…。
クロウの存在は、あいつらにとっても大きいのか…。
「あ…相澤先生…これは一体…何が…」
「俺にもわからん…というか、俺が聞きたいぐらいだ…だが…しかし…」
水面から顔を出しながら絶句している緑谷たちが、冷や汗を掻きながら聞いてくる。
俺だって今の状況に軽く混乱してんだ。
たった今、来たばかりのこいつらの混乱具合は俺以上だろう。
「俺はあいつに…クロウに命を救われた…それだけは事実だ…!」
「ヴィランに…命を…」
「救われた…?」
「な…なんだよそれぇぇぇ…」
クロウ…一体どんな理由でお前が敵連合にいるのかは俺には分からない。
だが、今ので確信した。
お前は…決してヴィランなんかじゃない。
「相澤さん…あんたは、その子たちを連れて下がってな」
「お前…何をする気だ?」
「何って…決まってるだろ」
脳無と呼ばれた奴に向かって悠然と歩いていくクロウ。
お前の、その背中が俺には…。
「お姉ちゃんに手ぇ出した聞き分けのない馬鹿で醜い弟に…」
誰よりも…立派なヒーローに見えた。
「キツーい『お仕置き』をしてやるんだよ」