花海咲季からは逃げられない   作:幻の大地

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三話目です。


コンサルタントとして

 

金曜日の深夜、俺は静まったマンションで、天野から受け取った資料と睨み合っていた。

 

コンビニで花海さんに突きつけられた「負債」。

そして、天野からの依頼。

 

彼女は、恐らく天野からの依頼のことは知らないはずだった。

……本来なら、求められていないことをするつもりは、正直言ってなかったというのに、彼女にああ言われてしまっては、何かしらの誠意を見せなければならないだろう。

 

そう、これは償いなのだ。決して、プロデューサーに戻るわけじゃない。

自分に言い聞かせながら、俺は言い訳がましくもプランを勘案していた。

 

(……無難な構成だな)

 

恐らくは事務所が提示しているであろう、現行のプランを見る。

かつての俺が、よく彼女に渡していたプランが、脳裏に浮かんでくる。

 

 気がつけば俺は、ひたすらキーボードを叩いていた。彼女の筋肉の付き方、パフォーマンスの際の最適な重心、そして逆境でこそ燃え上がるあの『負けず嫌い』な姿。

 ただパソコンに向かっているだけだというのに、かつての記憶が、ダムのように流れ落ちてくる。

 ……これが、普段の仕事では決して感じることのなかったあの『熱意』なのか。

 

まるで、違法なものを味わっているかのような感覚だった。

その中毒性に惹きつけられるかのように、俺はぶっ通しでプランを書き進めてしまった。

 

 

「……できてしまったな」

 

 

そして、気が付けば始発であろう電車が、付近を通り過ぎる音がしていた。

こんなに集中したのは、いつ以来だろうか。

 

後は、このプランをどうするかだ。

 

天野に言われた通り、このままコンサルタントのアイデアとして、花海さんに渡してもらうか。

それとも、直接彼女に見せにいくべきなのか。

 

……いや、正解は一つしかないだろう。

 

勘違いしてはダメだ。俺はもう一般人で、一度夢を諦めた人間だ。

こんな、事務所の方針とは違うプランを立てたところで、一蹴されるだけに違いない。

 

そうだ、そうすればもうきっぱりと夢を諦められるのだ。

 

絶好の機会を逃す手はない。

 

気づけば俺は、メールボックスを開いていた。

 

 

 

100プロダクションのレッスンスタジオ。

普段は所属アイドル達がそぞろに活動している空間だが、今日は違う。

 

部屋にはただ一人、今を時めくアイドル、「花海咲季」がいた。

 

 区切りがついたのか、咲季はタオルで汗を拭いながら座り込み、床に置きっぱなしにしていたスマートフォンの画面を一瞥してから、画面を伏せた。

 

 

(……音沙汰がないわね)

 

先日、コンビニで「責任を取れ」と直接脅したのだ。あの生真面目な男のことだから、翌日にでもこのスタジオに乗り込んでくるか、せめて出待ちくらいはしてくるだろうと思っていた。

 それなのに、何日経っても彼が姿を見せないことに、彼女は苛立っていた。

 

 

「咲季さん、お疲れ様です」

 

不意に、妹・佑芽の担当プロデューサーである天野がスタジオに入ってきた。彼の手には、数枚のプリントが握られている。

 

「佑芽なら、今日は別の部屋だけど?」

 

「ええ、勿論把握しています。ただ、今日は貴方に用があったんですよ」

 

 遠回しに、貴方には用がないと言わんばかりの態度をとる咲季に、天野も苦笑いを隠せなかった。

 彼は座り込んでいる咲季の隣にしゃがむと、持っていたプリントを彼女の横に置いて距離をとる。

 

「……これは?」

 

「事務所の方針で、コンサルタントを雇うことになりまして。そこで、先ずは咲季さんに試していただこうということになりまして。」

 

「コンサル?……そんなもの、私には必要ないと思うけど」

 

「はい。ですから、このプランを採用するかどうかは、咲季さんに一任するとのことです」

 

「ふーん……」

 

 

取り敢えず読めと言わんばかりの言い草に、咲季は仕方なく資料に目を通した。

だが、読み始めた途端、その文体に見覚えがあることに気が付いた。

一見語気の強いように見えるが、その裏には、作成者の熱がこもっている。一切の妥協を許さない、細部まで徹底されたプラン。

 

(これって……)

 

 

 天野は『コンサルタント』だと言ったが、自分の癖や仕草をここまで完璧に理解している人間を、咲季は一人しか知らない。

 

「……ねぇ、これって『コンサルタント』が作ったのよね」

 

「……はい。そう聞いています」

 

その言葉を聞くなり、咲季はギリッ、とプリントを握りしめた。

 

 咲季は直接「調整しなさい」と命じたというのに、彼は自分の足で会いに来ることを放棄し、匿名でこの数枚の紙切れを送りつけてきただけだったのだ。

 彼もまた、彼女と同じぐらいの負けず嫌いであることは、知っていた。だから、あれだけ煽ればやけになって乗り込んでくるだろうと、そう考えていたのだ。

 だというのに、結果はこの様である。

 

(……一体何が、あなたを縛り付けているのよ)

 

失敗にメソメソして、一歩を踏み出すことができないままでいること。かつて彼女も経験したことだ。

だが、その時の彼女に発破をかけたのは誰だったか。

 

 

「……今度は私の番って訳かしら」

 

「……咲季さん?」

 

突然立ち上がった彼女に、天野は少したじろいだが、その目に宿る決意を感じ取ったのか、それ以上はなにも言わなかった。

 

「このプラン、使わせてもらうわね」

 

そう言い切った彼女は、天野を残してレッスン室から出て行った。

 

一人残された彼は、咲季の宣言に安堵したのか、ため息をついてドアを見送っていた。

 

 

 

 

 あれから数日が経った。俺はといえば、相変わらず変わらぬ日常を過ごしていた。天野からも特に音沙汰はなく、花海さんとも出くわすことは無かった。

 

……これで、よかったんだよな。

 

自分の目論見通り、あのプランは拒否されたのだろう。今にして思えば、少々熱がこもりすぎていたかもしれない。だが、あの時感じた熱意は存外悪いものでは無かった。

このまま、過去の思い出として消化してしまおう。

 

「___さん。休憩入ったよ?」

 

「……あ、すみません。丁度私もキリがついたところです」

 

考えごとをしていた俺に、近くのデスクの同僚が話しかけてきた。昼休憩のチャイムを聞き逃してしまっていたようだ。

時計を見ると、とっくに針は12時を過ぎていた。腹も減ったことだし、コンビニにでも行くとしよう。

 

財布を片手に立ち上がった俺に、同僚は不思議そうに話しかけてきた。

 

 

「そういえば、最近やけにメールを気にしてたよね、何か案件抱えてたり?」

 

「……いえ、特にそう言ったわけでは……」

 

「そっか、大変だったら手伝えるからさ。お互い頑張ろうね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言い残すと、同僚は自分のデスクに戻っていった。

 ……そんな風に見えていたのか。

 俺が諦めの悪い人間なのだと、客観的に突き付けられた気分だった。

 

結局、口ではなんとでも言える。

けれど、心の奥底で抱えているモノは、自分の力では如何ともしがたく、ただ目をそらすことしか出来ていなかった。

 

「……卑怯な奴だな、俺」

 

自分の行儀の悪さに、反吐が出る。

ハナから諦める気なんてないくせに、どうして強がりを吐いてしまうのだろうか。

 

自己嫌悪に陥っていると、私用のスマートフォンに通知音が鳴った。

 

……天野からだ。

 

 

嫌な予感がして、俺はすぐに近くの非常階段の踊り場に身を隠し、メールを開いた。

 

『【天野様】って、私的なメールなんだから、そんなに形式ばらなくてもいいだろ?

 とりあえず、咲季さんにはプランは渡した。

 後は、この動画をみて君に判断して欲しい。』

 

動画ファイルが一件、添付されていた。

俺は、考えるよりも先にそのファイルを開いていた。

 

 

「……これは」

 

 

画面の中、スタジオでの咲季さんの姿が映し出される。

 それは、俺が提出したばかりのトレーニングメニューをこなす動きだった。

事務所が求める単純な綺麗さをかなぐり捨てた、熾烈な美しさを追求したモーション。その指先から足先まで、かつての俺が目の当たりにしていた『花海咲季』だった。

 

画面の中の彼女は、笑っていた。

 

 滝のような汗を流し、乱れた髪を振り乱しながら。

 その瞳は、まるで画面の向こうの誰かに語り掛けているかのように真っすぐだった。

 

 

『私は、逃げないわ』

 

 

動画には音声が入っていなかったが、彼女のそんな声が鼓膜を打った気がした。

 

「……っ!」

 

 どうして、彼女はプランを受け入れたのだろう。何故天野はこの動画を送って来たのだろう。

 

 全ての理由は、なんとなくわかっている。

 

 ……どうして誰も、俺を本気で拒まないんだ。どうして、一番拒絶してほしい人は、俺を試すようなことばかりをするんだ。

 

携帯を握る手が震えていた。涙がこみ上げそうになっていた。

だが、その思いを否定するかのように、俺は首を横に振って、動画の再生を続ける。

 

場面は移り変わり、いつの間にか簡易なライブステージに移っていた。

ステージの中央に立った彼女の姿が、かつてのものと重なる。

鳴りだした曲は、『fighting my way』。

彼女の初めてのシングル曲だった。

 

この曲でライブをするように指定したのは俺だ。自分で作成したのだから当たり前だ。

だが、いざ彼女が躍る姿を見ていると、強烈に目を背けたい衝動に襲われた。

彼女の一挙手一投足に、心が動かされる。だがそれは懐かしさからではなかった。俺への当てつけかのように、その動きは激しく、そしてキレを増していた。

 

 

「……!」

 

一瞬、彼女の足元がぐらついた。なんともないように、花海さんはパフォーマンスを続けているが、その一瞬が、俺にとっては無限のように感じた。

 

……これは、彼女からのメッセージなのだろうか。

 

今の自分がこうなのはお前のせいなのだと、そう突きつけられている気分だった。

 

 

 

 

その日の深夜。

 定時をとっくに過ぎた役所を出た俺は、夜風を浴びながら地下鉄の入り口へ向かっていた。

 

 本当は、まっすぐアパートに帰って、泥のように眠ってしまいたかった。何も考えたくなかった。

 だというのに、帰路、普段の乗り換え駅を通り過ぎた俺の足は、気づけば再び、あの『天川駅』へと向かっていた。

 

都内の片隅にある、何の変哲もない公園。

 何故またしても、こんな場所へと来てしまったのか。

 

(……あの動画のせいだ)

 

 

 今の彼女は分刻みのスケジュールで動くトップアイドルだ。それに、数日前に俺とここで会ったのも、本当にただの偶然だったはずだ。こんな深夜に、同じ場所へ来るわけがない。

 そもそも、彼女にとってここは、忌々しい思い出の場所のはず。

 

……だが、それなら何故あの日、ここに居たのだろうか。

 

思わず、あまりにも自分にとって都合のいい理由を考えついてしまい、自己嫌悪に陥って吐きそうになる。

今の俺は疲労困憊の状態だ。少々思考回路に支障をきたしているのだろう。

 

そんな風に結論づけながらも、公園の入り口にまでたどり着いてしまっていた。

 

 

「……っ」

 

 

 俺は思わず息を呑んだ。

 

 淡いオレンジ色の光の下。そこにいたのは、動画で見たのと同じトレーニングウェア姿の花海さんだった。

 慌てて、気づかれてはいけないと、近くの木に息を殺して身を顰める。

 

……いや、これじゃあまるでストーカーじゃないか。

 

 とはいっても、実際、今の俺のやっていることはストーカーまがいのことなのかもしれないな。

 ただ、どちらにせよ、バレるわけには行かないので、俺は物陰から彼女の動きを凝視した。

 

 彼女の動きは、以前に増して激しい。まるで、自暴自棄になっているかのように、自己を顧みない行動のように見えた。あんなアスファルトの上で、あんな無茶な重心移動を繰り返せばどうなるか。素人でも分かる。

 

 止めなければ。

 

 そう思うのに、俺の足はアスファルトに縫い付けられたように動かない。

 

今の俺に、彼女の前に立つ資格などあるはずがないのだ。

 今更どのツラを下げて、「怪我をするからやめろ」などとプロデューサー面ができるというのか。

 

俺が葛藤に縛られ、ただ暗がりから見つめていることしかできないでいると、彼女はもう一段ギアを入れたかのように、スピードを上げる。

 

 力任せなターン。着地の瞬間、彼女の右足の足首が、不自然な角度にぐらりと揺れた。

 

「花海さん!」

 

 気がつけば、俺は叫んでいた。

 

 資格がないだの、そんな理屈はすべて吹き飛んでいた。

 抱えていた鞄を放り出し、暗がりから飛び出して彼女へと駆け寄る。地面に倒れ込む寸前の彼女の腕を掴み、強引に引き寄せた。

 

「っ……!」

 

 短く息を呑む音が聞こえ、俺の胸に彼女の華奢な体重がのしかかる。

 深夜の感想した空気の中、互いの荒い呼吸が混ざり合う。

 

 三年も経過しているというのに、彼女との距離感を、体は覚えてしまっていた。

 

 一瞬気を取られていたが、我に返り、彼女の元を離れた。

 

「……何をやっているんですか!どうしてあんな力任せな行動を___」

 

焦った俺はつい声を荒らげてしまっていた。

言葉にした瞬間、しまったと思った。俺が一番封印していた筈の、プロデューサー面な自分を、さらけ出してしまっていた。

言葉の先が出ない俺は、ただ俯くことしかできない。

 

 

「そんなことも分からないの?」

 

 

 一方で、俺の怒声などどこ吹く風で、彼女は街灯の光の下、俺を見上げていた。

 袖に就いた汚れを拭いながら、彼女は真っすぐな瞳で俺を突き刺した。

 

 

「……分かりませんよ。俺は、ただの公務員ですから」

 

「今のあなたは『コンサルタント』なんでしょう?」

 

「なっ……」

 

 花海さんは、言葉に詰まってたじろぐ俺のネクタイをぐいっと掴み、逃げ場を塞ぐように至近距離まで顔を近づけた。

 汗に濡れた前髪の奥で、彼女の負けず嫌いがギラギラと輝いていた。

 

「これが今の私よ。けど、あんな紙切れだけじゃ、私を制御できないみたいね」

 

「……」

 

「負債を返すのに、あれだけで事足りるわけないでしょう。貴方もそれなりの誠意を見せなさい。これじゃあ、いつまで経っても何も変わらないわ」

 

 

 彼女は真剣だ。俺に向き合い、過去を清算しようとしているのだ。

 きっとそれは、過去を取り戻すということではない。きれいさっぱり、なかったことにしようということだろう。

 

 だというのに、いつまでたっても俺は、過去を思い出として残したいと駄々をこねているのだ。

 自分でゆがめてしまった過去は、自分の手で修正しなければならない。

 それが、俺が彼女にできる、最後の『プロデュース』なのだろう。

 

 

「……すみません、花海さん。俺も覚悟を決めました」

 

 顔を起こして、感情が滲まないように、俺はひたすら事務的に、彼女に語り掛ける。

 

 

「コンサルタントとして、仕事は完遂します」

 

 

 俺のその言葉を聞いた瞬間、ネクタイを掴んでいた花海さんの手に、ギリッと強い力がこもった。

 至近距離にある彼女の瞳が、面白くなさそうな顔をしていた。

 

「……ふぅん。あくまで『コンサルタント』って言い張るのね」

 

「……それは」

 

「公務員様は、建前がお好きなのね。……いいわ、『今は』そういうことにしておいてあげる」

 

花海さんはパッと俺のネクタイから手を離し、一歩後ろへ下がった。

 解放されたことに安堵するよりも早く、彼女は首元に張り付いた汗を乱暴に拭いながら、獲物を追い詰めるような獰猛な笑みを浮かべた。

 

「でも、コンサルタントなら現場の状況を直接見て修正するのが義務よね」

 

「……それは、そうですが」

 

「なら、決まりね」

 

彼女は痛むはずの右足でトン、とアスファルトを軽く叩き、俺を真っ直ぐに指差した。

 

「明日から毎日、日付が変わる時間にこの公園に来なさい。あなたの作ったプラン、完璧にこなせるようになるまで、直接あなたの手で私を修正しなさいよ」

 

「なっ……毎日、深夜にですか!? それじゃあ貴方の健康に___」

 

「言い訳は聞かないわよ」

 

俺の反論を、彼女の凛とした声がピシャリと遮った。

 

「このくらいの労働、して当然でしょ。……それとも、また逃げる気?」

 

『逃げる』。その言葉は、俺の足枷としてこれ以上ないほど重く、的確だった。

 三年前の負い目がある限り、俺は絶対に彼女のこの要求を拒絶できない。彼女はそれを完全に理解した上で、俺の退路を塞ぎに来ているのだろう。

 

 

「……分かりました。責任はとらせていただきます」

 

 俺が絞り出した返答に、花海さんは呆れたように、けれど少しうれしそうに小さく息を吐いた。

 

「言っておくけど、私は負けるのがだーいっ嫌いなの。……せいぜい、死ぬ気で私の頭脳として働きなさいよ、コンサルタントさん」

 

昔と変わらない、勝ち気で傲慢な響き。

その言葉と共に向けられた鮮烈な笑みは、深夜の街灯の下にあって、目が眩むほどに眩しかった。

 

深夜の公園に、かつてと同じ、けれど決定的に違う二人の影が伸びる。

 

逃げ続けてきた三年間が、彼女の強烈な『EGO』によって強引に幕を引かれた瞬間だった。

 

 

 





プロデューサーの名前は特に設定してません。
役所も具体的にどこかとかは設定してないですが、全国転勤というところから想像して頂けると幸いです。
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