呪詛師、幻想にて   作:おそのすけ

1 / 8
私は猿を最後まで嫌った。

「ーーーーーーー」

私は……



最悪の呪詛師

「――最後くらい、呪いの言葉を吐けよ」

 

夏油傑の意識は深い闇へと沈んでいった。百鬼夜行は失敗に終わり、自身の理想は潰えた。猿のいない世界を作るという悲願は、あと一歩のところで届かなかった。

だから、次に目覚める場所は無間地獄か、あるいは完全な「無」であると疑っていなかった。

 

「……ここは?」

 

頬を撫でる風は、ひどく澄んでいた。

夏油はゆっくりと身を起こした。まるで百鬼夜行を始めた時の状態だった。致命傷も消え去っている。己の手のひらを見つめ、何度か開閉する。幻覚ではない。確かに肉体が存在している。

 

周囲を見渡せば、そこは鬱蒼とした森の中だった。ただの森ではない。大気そのものが、これまで感じたことのない異質なエネルギーで満ちている。

 

(呪力……ではない。それよりも、ここに呪力がない……?)

 

夏油は試しに、体内に取り込んでいた低級の呪霊を呼び出してみた。手のひらに黒い球体が浮かび上がり、這いずるような小さな呪霊が顕現する。

「呪霊操術」は健在だった。

 

「まずは、この地がどこなのか…知らないとね。」

もし日本であるならそうとう特殊な場所なのかもしれない。

夏油は呪霊をしまい、森林を歩み始めた。

 

        ーーーーーーー

 

夏油は歩き続け、ようやく人が建てたと思わしきものを発見した。

(…‥神社。ここは日本で間違いないだろう。)

「あんた、見ない顔ね」

ふいに、頭上から声が降ってきた。

夏油が視線を上げると、木々の隙間から差し込む陽光を背に、一人の少女が空中に浮かんでいた。

赤と白の巫女装束。手には御幣。

彼女は重力という概念を完全に無視して宙に佇んでいる。

 

(……術式か?だが、呪力のない場所でどうやって?)

「……空を飛ぶ巫女かい。驚いたな。死後の世界というやつは、ずいぶんと予想外を突いてくる。」

 

夏油はいつもの、どこか胡散臭くも穏やかな笑みを浮かべて見せた。

 

「死後の世界? ここは正真正銘、現世の地続きよ。あんた、外の世界から迷い込んだ人間ね?」

 

巫女はふわりと地面に降り立つと、警戒と興味の入り混じった目で夏油を観察した。

 

「外の世界……」

 

夏油はその言葉を反芻する。

 

「ここは幻想郷。外の世界で忘れ去られた妖怪や、非常識な連中が集まる場所よ」

 

巫女――博麗霊夢は、肩をすくめて言った。「私は博麗霊夢。ここの管理者みたいなものよ。あんたみたいな怪しい奴を取り締まるのよ。」

 

(妖怪?忘れ去られた?……まさか、ここは別の世界とでも言うのか?)

 

夏油は目を細めた。

 

「……なるほど。確かに、私の知る常識とは少々勝手が違うようだ」

 

夏油は表面上は穏やかな微笑を崩さなかったが、その内心は深い困惑の渦中にあった。

(私の知る限り、超常的な力とは人間の負の感情から漏れ出る『呪力』が絶対的な基盤だ。だが、この少女からは呪力の残滓すら感じられない。それなのに、彼女の周囲には圧倒的なまでの『力』が満ちている)

夏油は先ほどの呪霊操術を思い返す。

呪力がないこの空間で、なぜ自分の呪霊操術は機能しているのか。いや、それ以前に、彼女が口にした「妖怪」とは何だ? 呪霊とは違うのか?

 

「霊夢さん、と仰ったね。少しばかり私の疑問に付き合ってもらえないかな」

 

夏油は胡散臭さを薄め、純粋な探求者を装って問いかけた。

「君のその力、あるいは君が言う『妖怪』の力は、人間の負の感情……恐怖や憎悪といったものを源としているのかな?」

 

霊夢は怪訝そうに眉をひそめ、持っていた御幣を肩にポンと乗せた。

「負の感情? 何よそれ、なんかジメジメしてて嫌な力ね。私の力は霊力とか、神様の力よ。妖怪たちが使うのは妖力。妖怪は人間の未知の恐怖から生まれる存在よ。」

 

(霊力、神の力、妖力……? 負の感情(呪力)が全てではない?)

夏油の脳内で、これまで彼を形作っていた強固な世界観が音を立てて軋んだ。

(だが、妖怪というのは呪霊と似た理屈で生まれるのは間違いないようだ。)

人間が呪いを垂れ流し、その呪いが呪霊を生み、呪術師がそれを祓う。その理不尽なサイクルこそが夏油の絶望の原点であり、非術師(猿)を嫌悪する理由だった。

 

「……では、その力を持たない『ただの人間』は、この世界でどう扱われているんだい?」

夏油の声音が、無意識のうちに僅かに低くなった。

 

「どうって……普通に『人里』で暮らしてるわよ」

霊夢は夏油のわずかな変化を鋭く感じ取ったのか、少しばかり警戒の度合いを強めた。「妖怪に食われないように、私がこうやって異変を解決したり、結界の管理をしてるんじゃない。人間はただそこで生活してるだけよ」

 

(力を持たぬ人間を、力を持つ者が命懸けで守る。……やはり、根本は私のいた世界と同じか?)

 

霊夢の口ぶりでは、この世界において力を持たない人間は「弱者」であり、「管理される側」の存在であるように聞こえる。元の世界のように、非術師が世界の多数派として我が物顔で支配し、呪術師が日陰で泥をすするような構造ではないのではないか?

「……不思議な場所だ」

夏油はポツリと呟いた。

自分が命を賭してまで変えたかった世界の法則が、ここでは全く通用しない。憎むべき「猿」がどのような立ち位置にいるのかも、自分が使役する「呪霊」がこの世界でどういう扱いを受けるのかも分からない。

 

完全なる未知。

 

最悪の呪詛師はこの地で在り方を求めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。