呪詛師、幻想にて   作:おそのすけ

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第二話

死後の復活、そして全く異なる理。

その事実を前にして、夏油傑の心に湧き上がったのは、かつて感じたような絶望でも、焦燥でもなかった。

むしろ、ひどく冷ややかな探求心だった。

「……色々と教えてくれてありがとう、霊夢さん。おかげで、自分の置かれている状況がほんの少しだけ理解できたよ」

夏油は袈裟の袖からゆっくりと手を出し、降参とばかりに軽く両手を広げてみせた。敵意がないことを示すための、彼なりのポーズだ。

「そう? まあ、外の世界の人間がここに来ると、大抵はパニックになるか、妖怪にビビって泣き叫ぶかのどっちかだから。あんたみたいに落ち着き払ってるのは珍しいわね。……気味が悪いくらいに」

霊夢はジト目で夏油を睨み据えながらも、手にした御幣をふわりと下ろした。彼女の周囲を満たしていた張り詰めた空気が、わずかに弛緩する。

「私は前に僧の端くれのようなことをしていてね。怪異のようなものに触れていたんだ。」

夏油はいつも通りの笑みを浮かべた。もちろん、彼が相手にしてきたのは怪異などという生易しいものではないが、今のところ嘘を吐く必要もない。

周囲を見渡す。

そこには、日本のどこにでもありそうな古びた木造の神社が建っていた。しかし、よく見ればあちこちの柱は傷み、屋根の葺き替えも十分ではない。お世辞にも立派とは言えない、寂れた社だ。

だが、そこを満たしている空気は異常なほど清浄だった。

「霊夢さん。厚かましいお願いで恐縮だが、少しばかりその縁側で休ませてもらえないかな。歩き詰めで少々疲れてしまってね。今後の身の振り方も考えたいんだ」

「……はぁ。まあ、いいわよ。ここで倒れられて死体でも転がされたら、後片付けが面倒だし」

霊夢はあからさまにため息をつくと、神社の縁側へと歩き出した。

「お茶くらいなら出してあげる。外の通貨はここでは使えないから、職を見つけたら賽銭にでも来ることね。」

「それは助かるよ」

縁側に腰を下ろすと、木々の間を吹き抜ける風が心地よかった。

ほどなくして、霊夢がお盆に乗せた湯呑みを二つ持って現れた。一つを夏油の横に無造作に置き、自分も少し離れた場所にどっかりと座り込む。

「粗茶だけど」

「頂こう」

夏油は両手で湯呑みを包み込み、一口すすった。

ぬるく、少し渋みの強い、安物の茶の味だった。しかし、不思議と喉の奥に染み渡る。

夏油は隣で茶をすする少女を横目で観察した。

宙を浮き、圧倒的な力を内包しながらも、彼女の振る舞いには呪術師特有の歪みや陰りがない。死と隣り合わせの狂気を感じない。ただ呼吸をするように、そこに在る。

「……先ほど、この世界では人間は人里で暮らしていると言っていたね」

茶器をそっと縁側に置き、夏油は静かに口を開いた。

「先ほど言っていた幻想郷…この地で未知の恐怖から生まれるとされる妖怪と庇護される人間たち、彼らはどう関わっているんだい?」

「関わり、ねぇ……」

霊夢は茶柱が立つのを待つこともなく、最後の一滴まで茶を啜ると、湯呑みを膝の上に置いた。

「簡単に言えば、食うか食われるか、あるいは畏れるか畏れられるか、よ。妖怪は人間を襲って食うし、人間はそれを怖がって、私みたいな専門家に退治を頼む。……でも、最近はそれだけじゃないわね」

霊夢は遠くの山嶺に目を向けた。

「妖怪にとって、人間っていうのは食料である以上に存在理由なのよ。人間に忘れられたり、誰にも怖がられなくなったりしたら、妖怪はこの世界から消えてしまう。だから彼らは、人間に自分たちの存在を刻みつけるために悪戯をしたり、異変を起こしたりする」

「……存在理由、か」

夏油はその言葉を反芻した。

彼のいた世界では、呪霊は人間が勝手に垂れ流した感情の澱から勝手に生まれ、人間を害するだけの存在だった。そこに共生や相互扶助の概念など存在しない。ただの排泄物と、その処理。

(だが、不可解だ。)

「異変を起こす…その自由さは、人間より強いであろう妖怪たちによってこの世界を破滅に導くんじゃないかい?」

「……ああ、もしかしてあんた、異変を殺し合いだと思ってるの?悪いけど、そんな物騒な時代はとっくに終わったわよ。今の幻想郷には、スペルカードルールって仕組みがあるの。」

霊夢は夏油に異変について、スペルカードルールについて説明した。

(……なんて、自由奔放な世界なんだ。しかし、それを支えるのは言うまでもなく、強者としての妖怪による弱者としての人間の依存、そして強さを持つ人間がいるからこそ成り立っているのか)

夏油はあくまでここで議論をする気はなかった。ただこの幻想郷をより知りたい欲求があった。

「では、人間たちは自分たちが妖怪の存続に利用されていることを知っているのかい?」

「薄々はね。でも、人里にいる分には、結界や私たちが守ってるから滅多なことは起きないわ。共存……っていうほど綺麗じゃないけど、お互いに適度な距離を保って、この狭い箱庭を維持してる。それが幻想郷の理よ」

夏油は細めた目の奥で、冷徹な計算を繰り返していた。

この世界では、力を持たぬ人間は単なる「資源」に近い扱いを受けているようだ。畏怖されることで妖怪を生かし、管理されることで種として存続する。

元の世界のように、非術師が世界の主導権を握り、進化の袋小路に陥っている歪な構造とは決定的に違う。

(……面白い。ここでは弱者が、文字通り弱者としての役割を全うしているということか)

「君は先ほど、自分を管理者のようなものと言っていたね。」

「不満はないのかい? 君のような力ある者が、その理を守るために、日々奔走させられていることに」

「不満? そりゃあ、毎日毎日面倒な異変ばっかり起きて、お賽銭も増えないんだから不満だらけよ」

霊夢はあっけらかんと言い放ち、空になった湯呑みを盆に戻した。

「でも、これが私の仕事だから。バランスが崩れて、人間が絶滅しても妖怪が消滅しても、結局困るのは私なの。……あんた、さっきから妙なことばかり聞くわね。まるでもっと違う理を知ってるみたいに」

霊夢の視線が、不意に鋭さを増した。

夏油は動じず、ただ穏やかに微笑みを深める。

「何、少しばかり好奇心が強いだけさ。私のいた場所では、もっと……そう、混沌としていたからね。君が言うバランスという言葉が、とても新鮮に響くんだよ」

夏油はゆっくりと立ち上がった。

足元に広がる神社の境内、その向こう側に広がる深い森。

そこには、彼が愛した「呪術師」も、彼が蔑んだ「猿」もいない。ただ、異質の力を持つ者たちが、独自の秩序を持って共存する世界がある。

「霊夢さん、最後に一つだけ。……その人里には、私のような部外者でも受け入れてくれる場所はあるかな?」

「まあ、外来人が住み着いてるし人里で暮らしていくのは問題ないはずよ。……あとは、寺の連中ならあんたみたいな坊主は歓迎するんじゃない? 命蓮寺っていう、妖怪と人間を救うとか言ってるお節介な連中がいるわよ」

「……命蓮寺。妖怪と人間を救う、か」

夏油の口元に、わずかに皮肉めいた、それでいてどこか愉しげな弧が描かれた。

かつて自分が掲げた「弱者生存」という呪術界の否定。そして行き着いた「非術師の殲滅」。

そのどちらとも違う答えが、この世界にはあるのかもしれない。あるいは、自分という異物が混ざることで、その天秤がどう傾くのか。

「礼を言うよ。おかげで、今日を生き延びる道筋が見えた」

夏油傑は、博麗神社の古びた鳥居に向かって歩き出した。

背後で、霊夢が「……あ、そう。勝手にしなさい。あーあ、結局お茶代も取れずじまいね」とぼやく声が聞こえた。

森の入り口で一度だけ足を止め、夏油は自身の内側、深淵に潜む呪霊たちの気配を確認した。

彼らは、この霊気満ちる世界をどう食らうのか。

あるいは、この世界が彼という「呪い」をどう飲み込むのか。

「……まずは人里だ。そこで、この世界の猿たちの顔を拝ませてもらおうかな」

夏油傑の背中が、鬱蒼とした緑の闇へと消えていった。

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