定めを断つ音   作:シャケナベイベー

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注意:この物語は鳴潮三章第五幕(2026年五月三日現在)までのネタバレを含みます。ご了承ください


再会と始まり

「〜〜♪」

 

 穏やかな日差しが差し込むスタートーチ学園。学生たちの話し声や機械の駆動音で満たされるこの場所を一人の若者が歩いていた。

 少し長い黒髪は後ろで一つに束ねられ、深い海を思わせる紺碧の瞳は鋭いながらも優しい光を湛えている。

 

 そんな彼に道行く学生達は手を振り、若者も丁寧に一人一人へと手を振り返している。

 

「あ!ノア教授!!」

 

 と、そんな彼へと明るい声が届く。振り返れば一人の学生がこちらにやってくるところだった。

 

「ああ、リンネー。課題は終わったのか?」

「ゔっ……!!い、今はその話は良いんじゃないかな〜って、思ったり……」

「つまりやってないと。確かモーニエ教授が君に出した課題の提出期限は今日の夕方までだったと思うが?」

 

 声をかけてきた時とは一転して気不味そうにするリンネーに若者ーーノアはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「……って!そんなことはどうでも良くて!!」

「良くはないだろ」

「教授のことを漂泊者ちゃんが探してましたよ」

「────」

 

 課題をやらなきゃまずいだろうと助言しようとしたノアの動きがリンネーの口から溢れた名前によって停止する。

 随分と、懐かしい名前を耳にしたように思う。実際にはここ最近の活躍や彼女の知り合いと話す中で彼女の事を話題にすることはあったし、月に一度の職場への定期報告でも漂泊者の話題を聞くことはよくあった。

 

 それでも『彼女が自分を探している』という点においてはやはり驚かされたけど。

 

「……そうか。一体何の用事で?」

「え?う〜ん、何の用事かは聞いてなかったけど、ちょっと急いでたように思う……かな?」

 

 しかしそんな態度を表に出すことなくリンネーへと問いかければそんな答えが返ってきた。

 

「分かった。取り敢えずオレは自室にいるからそこに来るよう伝えておいてくれ」

「教授〜?女の子と自室で二人きりになるなんて変な勘違いをされますよ〜?」

「教師と生徒だぞ。そんな訳あるか」

 

 からかうような笑みを見せたリンネーの額を指で弾き、「漂泊者に連絡したら、課題をやるんだぞ」と釘を差してノアはその場から立ち去った。

 

 

 旧友との再会に、どこか複雑そうな顔をして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、スタートーチ学園にはブラックショアのNo.2がいる。何かあれば彼を頼って」

 

 周波数の流出の謎を確かめるため、スタートーチ学園に向かおうとしていた漂泊者に見送りと共にショアキーパーはそう声をかけた。

 

「ブラックショアのNo.2?」

「ええ。彼は貴女の古い友人。ともすれば私以上に……彼は貴女がかつてラハイロイにいた頃、ある理由で貴女に同行し、それ以降スタートーチ学園に留まり続けている。定期的に連絡はするけれど、ブラックショアに戻ってきたことはない」

 

 そう語るショアキーパーの瞳はどこか遠くを見つめているような、不思議な動きをしていた。

 

「その人の写真とかはある?」

「……ごめんなさい。彼は撮られるのが好きな人では無かったからそういうものは無い。でも、黒髪を後ろで一つにして、深い海のような綺麗な目をしている男の人。きっと、学園の人に特徴を伝えれば知っている人は多い。教師になったと聞いたから」

 

 分かった。探してみるよ、と返して穂波から学園に繋がるゲートを通り抜けた。

 

そこから、ヴォイドワームやら陽換えの儀やら息付く暇もなく騒動に出くわしたため、漂泊者は中々探す時間を取れなかった。

 

 そして一連の騒動が終息し、ようやく纏まった自由な時間を手に入れた漂泊者はリンネーを通して彼にコンタクトを取り、つい先程待ち合わせ場所の連絡が来たところだった。

 

「なあ、ほんとに行くのか?」

「もちろん。ショアキーパーが私に嘘をつくとは思えないし、リンネーやほかの学生たちに話を聞いた限りとても良い人みたいだから」

 

 自身の右手の音痕に宿る謎生物ーーアブとそんな会話をしながら漂泊者は待ち合わせ場所であるノアの自室へと向かっていた。

 

 やがて目的の扉の前に着いた漂泊者は扉をノックしようと手を伸ばす。その時、扉が自動でスライドし、『ようこそお越しくださいました。漂泊者様』と機械音声が流れた。

 

「おお!お前の名前が呼ばれたぞ!」

「多分、自動で人を認識してそれが許可された人なら開くっていうシステムじゃないかな」

 

 随分凝った技術だなんてことを思いながら部屋に入る。

 部屋の中は簡素で、デスクやソファや本棚など必要最低限のものしか揃っていない。

 そしてそのソファに横になっている彼がノアだろうと漂泊者は一歩ずつ近付いていく。

 

「……寝てるみたいだな。起こすのか?」

「いや、起きるまで待っていよう」

 

 流石に寝ている人を起こすのは忍びないと、漂泊者は近くにあった椅子に腰掛ける。

 

「んん……」

 

 それからしばらく。ソファの方から聞こえてきた声に顔を上げた漂泊者は立ち上がってそちらに歩いていく。

 ソファに横になっていた彼は薄目を開けて、近付いてくる漂泊者を見つめていた。

 

 聞いていた通りに綺麗な目だな、なんて考えながら「あの……」と話し掛けようとしたところで彼の口が開く。

 

「漂泊者……?なんだ、ショアキーパーからオレに何か伝言でも──」

 

 そこまで口にしてようやく眠気が覚めたのか、パチッと目を大きく開けたノアは素早く立ち上がって漂泊者と距離を取った。

 

「ッ……!!──あ、ああ。すまない。取り乱した」

 

 自分の行動に気付いたのか気まずそうな顔をするノアは漂泊者に一言謝ってソファに腰掛けた。

 

「さて、と……場所を指定しておいて居眠りをするとは日頃の疲れが溜まってるのかね……何はともかく待たせて済まないな漂泊者」

「気にしてない」

 

 それは良かった、とノアは小さく笑んで立ち上がると漂泊者の前に立ち、右手を差し出した。漂泊者はそれを握り返す。暖かな掌だった。

 

()()()()()()漂泊者。オレはノア。このスタートーチ学園で教師をしている」

「初めまして?ショアキーパーから、あなたは昔の私をよく知っていると聞いたけど」

「……ショアキーパーの奴話したな……?」

 

 黙っててくれって言ったんだけどな、とノアはため息を吐いて後頭部を掻く。まあ過ぎ去ったことをあれこれ言ってもしょうがないか、と思い直して漂泊者を見る。

 

「それで?リンネーからオレを探していたと聞いたが、その理由は?」

「何かあればあなたを頼ると良いとショアキーパーから教わったから」

「……ご親切にどうも」

 

 何故だろう、漂泊者の背後で怒気を立ち上らせるショアキーパーの姿を幻視してしまった。怒っているのだろうか?いやまさか。自分は漂泊者と比べればショアキーパーとの関わりは薄い方だ。そりゃほかの花持ちや一般職員などと比べれば彼女との関わりは多いかもしれないが、普段会話しても大抵が業務連絡か漂泊者の話題くらいで、これと言って彼女に好かれるようなことをした覚えなど初めからないのだ。

 

「オレに会いに来たってことは何か困り事か?」

「いいえ。ただ会って話をしてみたいと思ったから」

「それだけか……実際に会ってみた感想は?」

「噂通り、良い人そうだなって言うのと、胸を暖める懐かしさを感じた」

 

 漂泊者は胸に手を当て笑みを浮かべる。それが嘘偽りのない本音であることを理解したノアは、一瞬だけ複雑そうな顔をしてから近くにあったコーヒーカップにコーヒーを注いだ。

 

「飲むか?」

「良いの?それならありがたく受け取るよ」

 

 椅子に腰掛けてコーヒーを飲む漂泊者の姿を見ていると否応にも過去の記憶が掘り起こされる。

 

 あの、ブラックショアの海がよく見える展望台で今のように飲み物を飲みながら様々な話をしたものだ。星の話、未来の話、世界の話、危機の話ーーそれらは遠い過去になってしまった。

 

「ラハイロイに来てからの君の活躍は耳にしていた。一人の生徒の退学を防ぎ、陽換えの儀を無事に完遂させられるよう手助けしてくれた……学園の一教師として君に感謝を伝えよう」

「私はほんの少し手を貸しただけ。殆どは当人たちの頑張りによる成果だよ」

「だとしてもだ。謙虚さは美徳だとしても偶には礼を素直に受け取ることも大事だろう?()()()()()?」

 

 ニヤリと笑って彼女の称号の一つを口にすれば肩を跳ねさせた漂泊者が『何故それを』と言わんばかりの表情で口端をヒクつかせている。

 

「今州にリナシータと……様々な場所で活躍したそうじゃないか。その話、詳しく聞かせてほしいな」

「……長くなるよ?」

「この後の予定は特にない。君の許す限り時間を使ってくれ」

 

 そしてノアは漂泊者の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エイメスをお願いね』

『親代わりのお前が消えてどうするんだよ』

 

 十数年以上は昔の話。ギンヌンガミールにある邸宅で娘のように思っている少女を寝かせた漂泊者がそう言ったのを咎めるようにノアは鋭い視線を向ける。

 

『私はここを離れなきゃいけない。でも、ノアならここに留まってエイメスを見てあげられるでしょ?』

『あの子はオレよりお前に懐いている。そのお前が突然去っていったらあの子がどれだけ悲しむか……』

『分かってる。でもやらなきゃいけないことだ、ってノアも分かってるでしょ?』

 

 その言葉にノアは苦虫を噛み潰したような顔をする。また漂泊者は旅に出るのだろう。そして見知らぬ人に手を差し伸べ、救世主の振る舞いをするのだ……人々にそう在るように望まれたから。

 

『……オレだけじゃあの子の親代わりにはなってやれない』

『大丈夫。ノアならしっかり熟せるよ。どれだけの付き合いがあると思ってるの?』

『……お前にもう苦しんでほしくはない』

 

 絞り出すように告げられたその一言に漂泊者はその金の瞳を見開いた後、悲しそうにーーしかし柔らかく微笑んでノアの手に自分の手を重ねた。

 

『大丈夫。私はやり遂げるよ』

『成功の是非を言ってるんじゃない。お前の心の話をしてるんだ!お前の献身に、お前の願いに!あの連中が応えた事が一度でもあったか!?』

 

 怒りを顕にするようにノアは椅子を倒して立ち上がる。巫山戯るなと心中に嵐が吹き荒れる。

 

『お前が頑張っても頑張っても、あいつらは見向きもしない!その癖、使命の進捗報告となれば飛び付いてくる!!こんな馬鹿げた話があってたまるか!!』

 

 嗚呼、確かに使命は重要だろう。『世界を救う』。実に御大層な命題だ。だがその実行役として派遣した漂泊者に、あんな冷徹に言葉を返し拒絶する奴らから与えられた使命を守る必要がどこにある!

 

 怒りに震えるノアを、漂泊者は悲しげに見つめている。

 漂泊者自身、ノアが自分のために怒ってくれているのは痛いほど理解していた。あの通信の際、『故郷を見たい』という願いを拒絶した彼らに怒鳴ろうとした彼を抑え込んだのは鮮明に記憶しているのだから。

 

『ノア。これは私がしたいからしてることなんだよ。使命っていうのもあるけど、それ以前に私がここに住む人達を愛しているからそうするの。あなただって、このソラリスのことが大事だから私に付き合ってくれてるんでしょ?』

 

 その、いっそ『まったくこの人は……』とでも言いかねないほどに呆れたような笑みと共に放たれた一言はノアの感情を落ち着かせ、嵐を少し騒がしい波風へと変えた。

 

『……お前は本当に……』

『ごめんね。でも、約束する。ちゃんとあなたやショアキーパーたちの所に帰ってくる。その時は、初めて会った時みたいに握手して欲しいな』

 

 そして次の日。エイメスをスタートーチ学園に預け、ノアとも最後のお別れを済ませた漂泊者はラハイロイを去った。

 これ以降、彼女が再びラハイロイにやってくるその日まで、漂泊者からノアへの連絡は無かった。




ノア

 ブラックショアのNo.2。ショアキーパー以上に漂泊者との付き合いが長く、彼女の仕草一つで何を考えているか読み取れる…らしい。

 肩の下あたりまで伸びる黒髪を後ろで一つに纏めているが、これは無造作に流していたノアの髪を見て漂泊者が一つに纏めようか、と提案したのがきっかけでこの髪型がデフォルトになった。

 音痕は首の横側……ちょうど襟で隠れる部分にある。
 武器は迅刀。銀に光る刀身による一撃で断てないものはないとノアは豪語した。これによる抜刀術を得意とし、その技術はもはや神速の域に達している。

 漂泊者の故郷に思うところがある様子。
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