ギンヌンガミールにある家。
ここではかつて、三人の家族が暮らしていた。二人の男女と一人の幼い娘。血は繋がっていなくとも、それでも家族として過ごせていた場所。
「………」
しかしそれも遠い過去のこと。女は記憶を忘却し、娘は忽然と姿を消した。残ったのは、憐れにも時間だけはある弱虫一匹。
「漂泊者……エイメス……」
オレはどうすれば良かったのだろうと自問する。エイメスはエクソストライダーの適格者だった。あの娘がラベル学部に入るのを反対するべきだったのか?それとも、そもそもあの娘をスタートーチ学園に行かせないべきだったのか。
そうすればエイメスは死なずに済んだのだろうか?
「……いや」
首を横に振る。だとしても、たとえそうだったとしてもエイメスが望んだことに反対してあげたくはなかった。あの子の人生だ、好きにさせてあげたかった。
エイメスの『漂泊者の誇りでありたい』という願いをずっと間近で見続けてきたのだから。
「そんなに悲しそうな顔をしないでノア」
聞こえるはずのない声に、バッと扉の方を向く。そこに立っていたのは紛れもなくエイメスだった。ラベル学部の制服を着て、そこにいるのが当然かのように微笑んでいる。
「……エイメス」
「ええ、そうよノア!私、帰ってきたの!」
ばんざーい!と無邪気に喜ぶ愛娘に一歩、また一歩と近付いていく。それに気付いたエイメスは柔らかに微笑んで、抱きしめられるのを待っているかのように両手を広げる。
ゆっくり、ゆっくりとエイメスに近付いていきーー
「あら?」
その喉元に愛刀を突き付けた。
「エイメスの姿を騙るな──殺すぞ」
「……そんな。酷いわノア。せっかく帰ってきたのに──」
「あの子はそんな含みのある笑いはしない。似せるんなら最後まで保ったらどうだ
吐き捨てるようにそう言ってやれば『エイメスを騙るそれ』は冷ややかな笑い声を上げながらノアの前から消え、次の瞬間にはまた別の、幼い少女の姿を取っていた。
「やはりこの程度ではお前は騙せないか、ノア」
「お前の手口はお見通しだよ歴劫者。どうせそれも殺して奪ったか元の死人を再現したものだろう」
組織長の姿がまた変わる。リナシータのスーツを着た男性へと。
「いやはや。手口を知られている相手には些か面白味に欠けてしまうか。反省点だ、以後改善しよう」
「何の用だ。リナシータでの『レビヤタン』を使った実験は失敗したんだろう。次はラハイロイで計画を進めるとも言っていたな」
ノアの青色の目が不規則な輝きを帯びる。それを見て残星組織の組織長の笑みが深まった。
「『因果を見通す眼』……やはり欲しいな。まぁ、今は関係の無い事か……確かにリナシータにおける我々の計画は終了した。そして今回はラハイロイで新たな実験を始める」
組織長は『
「その前にお前にも会っておきたくてな。いずれ
「オレを殺せるとでも?」
「お互いにな」
互いに互いを嘲りながらノアは一息に組織長との距離を詰め、前蹴りで彼を家から叩き出すと自身もそれを追う。
体勢を立て直した組織長は地面を滑るように移動しながらノアとの距離を測る。
「家の中での荒事は避けたいか」
「当然だろう」
刃を抜き放ちその首を断とうとすれば組織長は杖を滑り込ませてその一撃を防ぎ、ノアを突き飛ばして紅い光球による追撃を行う。
ノアは宙でくるりと身体を回して位置を調整すると迫る光球を斬り捨てて地面に降り立つ。
そこからノアと組織長は互いに攻撃を仕掛けることはなく静かに佇む。
「ハハハ。実に良い余興であった。感謝しよう
「逃がすと思うか?」
「いいや。お前は私を逃がす他ない。違うか?」
組織長に後ろにゲートが現れ、組織長は刃を己に向けるノアを嘲笑う。ノアは軽く舌打ちし、刀を納めた。
「二度とエイメスの姿を騙るな」
「それは失礼した───なら、こっちはどう?」
組織長の姿が漂泊者のものへと変わった。その瞬間、ノアは目をかっ開き、納めていた刀を抜いて斬撃を飛ばす。
それが組織長の胴体を両断するより早く彼女は笑い声を響かせながらゲートの向こうへと消えていき、標的を無くした斬撃は海を裂き雲を割るに留まった。
「あの野郎今度会ったら殺してやる」
瞳に純粋な殺意を宿し、ノアは残星組織の組織長へとそう吐き捨てた。
□
「そう言えばエイメス。ノアを見て懐かしそうな顔をしていたけど、知り合いなの?」
太陽の精霊を追っている最中にリュークとノアと再会した漂泊者。彼らの案内でロイ氷原に向かうさながら、漂泊者は自身の隣を歩くエイメスへとそう問いかけた。
ノアを見た時のエイメスは、まるで懐かしいものを見たように柔らかく細められていた。
「う〜ん……ノア教授は私が生徒だった頃の担任だったの。良くしてもらっていたから懐かしくなっちゃって」
それだけではないんだろうな、と漂泊者は察したが口に出すことはしなかった。しばらく氷原を歩いているとノアがこちらに振り返った。
「漂泊者、君は周波数の流出があるとリュークから聞いているが体調の方は大丈夫か?」
「ええ、問題無いわ。けど、正体不明のメカスカウトに襲撃されて流出がより加速したからそちらも調べたいと思っていたところ」
「正体不明のメカスカウト……?」
ノアは何やら考え込む素振りをする。何か思い当たる節でもあるのだろうかと声をかけようとしたとき、前方に人影が見えた。
「……あの子は?」
「ニヴォラ?」
スタートーチ学園の学生だ、とノアは漂泊者に耳打ちしてから彼女に近付いていく。
「やあニヴォラくん。こんなところで何をしているんだい?」
「あ、リューク先生!それから……ノア先生も!」
「ニヴォラ、また探索か?」
「はい!それと、貴女は……あ!教室で独り言を呟いてた……」
ニヴォラの目が漂泊者に向き、漂泊者は気まずげに頬を掻く。そしてそもそも漂泊者の独り言の原因であるエイメスは「エヘ……」と誤魔化すように笑った。
「お三方が一緒にいるのは学園の新しい氷原調査プロジェクトのためですか?」
「ワタシは研究員たちの定期検査に来たんだ。漂泊者は別の用事で来たんだけど、たまたま会ってね」
「ちなみにオレはその間の護衛といったところだ。後は、スターエクソライダー*1のコアの開発のために有効な資料がないかの確認も兼ねてるな……ニヴォラは新しい墜落物でも探しに来たのか?」
ノアの指摘にニヴォラは頬を興奮で染めながら頷いた。
「はい!ヘリオスが打ち上げられたことで氷原に変化が起きたので……見たことない墜落物が見つかるかもしれないと思ったんです」
「墜落物?」
首を傾げる漂泊者にズイッとニヴォラが顔を近づける。新たな同志でも見つけたかのような顔だ。
「ずっと昔に空から墜ちてきた宇宙機のことだよ!探査機や衛星、宇宙ステーションとか……この前は墜落物から悲鳴のせいで失われた資料がいくつも見つかったんだ!それから、あの映像……宇宙から見た星の写真!!とっても、とっても輝いてたね!!」
くるくると回りながらニヴォラは語る。その興奮ぶりに三人が暖かい目を向けていると、その視線に気付いたのかニヴォラは慌てて動きを止めた。
「ふぅ……ふぅ……あっ、ご、ごめんなさい。興奮しちゃって……」
「ふふ、良いと思うよ。何せスタートーチ学園はそう言った情熱こそを尊ぶ場所だからな。君のその情熱が、いつか人類を広大な宇宙に押し上げる一助になるかもしれないだろう?」
ノアの言葉にニヴォラは恥ずかしそうに頬を掻く。そして氷壁に突き刺さったままの測定器を引き抜こうとする。
「測定機のデータによると、この近くに……」
「ニヴォラ、あまり無理に引っ張ると──「あっ」……ん?」
ニヴォラの小さな呟きが聞こえた瞬間、測定機を起点に氷岩にひび割れが生じ、崩れた氷岩が落ちてくる。
漂泊者がそれを斬り伏せたがひび割れはより大きくなっていく。
「まずったな……」
「みんな走るんだ!」
リュークの声に従い、全員が急いで崩れる氷壁の中から脱出する。
やがてそれらが全て崩れた頃。巨大な白い物体が姿を見せた。ニヴォラは一目散に駆け寄り、目を輝かせる。
「未発見の墜落物……!思った通りだよ!!」
「リューク、ノア、ニヴォラ。怪我はない?」
「大丈夫さ」
「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!ニヴォラのせいで皆さんを危険な目に……!」
「ただの事故だし気にしないで。あまり自分を責めないで」
漂泊者が心配そうな顔をして駆け寄ってくるのを見たリュークが安心させるようにそう返した。一方で、ノアの目は現れた巨大な墜落物に釘付けになっていた。
「……『スカイアーク』……」
「ノア?何か言った?」
「いや、何でもない」
その後、漂泊者の提案で宇宙ステーションの内部に行くことになり、善は急げと歩き出す。
その中でノアは宇宙ステーションを憂いを宿した目で見上げていた。