現実逃避って良い言葉ですね……。
「あ、灯りが……」
暗黒に包まれていた冬木に徐々に人工の光が戻り、ウェイバー・ベルベットは安心感で胸を撫で下ろした。
魔術師としてそれはどうなのかと思わないでもないが、元来人は暗闇を恐れる生き物だ。仕方がないだろう。
暗闇が無くなったところで漸く彼にも自身のサーヴァントと対峙しているサーヴァントの容姿を目にする事が出来た。
「思ったより粘るのね。褒めてあげるわ」
「ケッ……そりゃ、どうも」
その容姿はコケティッシュな衣装を身にまとった赤髪の少女だ。
だがその反面、頭に生えた禍々しい角、鋭く尖った赤い指、先端で二股に分かれた尻尾と、まるで人と何かの間の子のような容姿をしている。
持っている武器は槍状だが、歪なスタンドマイクのようにも見える異様なものであった。
「ランサー……?」
「ランサー? 違うわ。私はキャスターよ」
「キ、キャスター!?」
ウェイバーは自分の呟きに返事があったことにも驚いたが、それ以上に驚愕したのは目の前のサーヴァントがキャスターと自称したからだ。本調子で無いにしろ、自身のサーヴァントと互角のサーヴァントが、最弱のキャスターと言い張るのだからその驚きも仕方無いだろう。
ただ、それを聞いたウェイバーにひとつ疑問が浮かんだ。それをそのまま口に出す。
「ま、まさか……蘆屋神羅のサーヴァントか…?」
そう言った理由は単純だ。一桁の埋葬機関の代行者並の身体能力を持つ魔術師のマスターがキャスターを召喚すれば武闘派のキャスターを喚べても何もおかしくはないと言うことである。
ウェイバーの怯えるような態度に気を良くしたのかキャスターは一頻り笑い声を上げと、両手を広げて笑顔になった。
「そうよ! 私は最強の執行者! 蘆屋神羅のサーヴァントにして竜の娘! その名も……」
キャスターは瞳を閉じてからカット見開き、その言葉を吐いた。
「"エリザベート=バートリー"よ!!」
決まった……とでも言いたげな誇らしげな顔をしているエリザ。
それをウェイバーは口を大きく空けながら唖然とした表情でみつめて、サーヴァントの方は苦笑していた。
まあ、反応に違いはあれど思っている事は同じだろう。
"コイツ、アホだ"……と。
自分から真名を下呂るなんてサーヴァントとしてどうなのかと言う話だ。理性でも蒸発しているようにしか思えない。
とりあえず、相手が勝手に開示した情報もステータスに載るため、ウェイバーは見てみる事にした。
真名:エリザベート=バートリー
クラス:キャスター/ランサー/バーサーカー
属性:混沌・悪
マスター:
ステータス:
筋力A 耐久A 敏捷B
魔力A 幸運B 宝具E
保有スキル:
三重召喚:★
陣地作成:B
狂化:E-
対魔力:A
戦闘続行:B
カリスマ:C
精神異常:A
竜の息吹:E
拷問技術:A
無辜の怪物:A
頭痛持ち:A
「は……?」
クラスはキャスターにランサーにバーサーカー。能力値は宝具以外AかBのみ。保有スキルは驚異の十一個。止めに対魔力は現代のほぼ全ての魔術を完全に無効化する程のランク、彼のサーヴァントも少しは見習って欲しい高さだ。
言動と霊格は兎も角、その実力は本物なのだろう。それどころか規格外と言っても過言ではないだ。能力だけなら最高ランクの英霊とも引けを取らない。少なくとも現在の彼のサーヴァントよりは数段格上の相手だということは嫌でも理解出来た。
「へぇ、随分な様子じゃないかいウェイバー。少しはやる気が沸いてきたよ」
「ラ、ライダー!? 手を抜いていたのですか!!」
「あん、手抜きだぁ? そんなのしたに決まってるじゃないか」
ウェイバーのサーヴァントはさも当然のようにそう呟いた。
「いやあ、アタシは本気でも、こればっかりは仕方ないっつーか。あくまでアタシは副官だからねぇ。命令以上の事はできねぇっつーか。金を出すのは主人の役目だし? 銃も片方ないからねぇ」
要するに、働かせたきゃ金を出せ。後、銃返せと言いたいのだろう。
確かにウェイバーに幸運に幸運が重なり喚ぶことの出来たこのサーヴァントは、蘆屋神羅がアインツベルンのマスターとして、召喚する予定だったサーヴァントだけはあり、特にスキルと宝具は一線を画すると言っても良いだろう。その総合的な能力は超一流のサーヴァントと言っても過言ではない。
ただし、このサーヴァントのモチベーションを維持し、宝具の威力を高めるにはそれはそれは莫大な金やら財宝やらが必要だ。
決して裕福とは言い難いウェイバーからすれば頭の痛い話どころではない。
「え? もう帰って来い? 仕方ないわね。よかったわね命拾い出来て。生憎、アイドルは多忙なのよ」
エリザはウェイバーらに指を向けながらそう呟くと、背を向け霊体化しながらその場から姿を消した。
その場には気が抜けたのか安堵の声と共に膝をつくウェイバーと、それをニヤニヤと眺めるサーヴァントだけが残された。
◇◆◇◆◇◆
騎士王の目の前で二つの物体が衝突を続け、火花が巨大な線香花火でも見ているかのような幻想的な光景が繰り広げられていた。
メルトリリスの騎士王の最高速度並の速度と、それから繰り出されるディルムッドの数倍の量の斬撃の嵐。それは剣の壁そのものと言っても過言ではない程のだった。
だが、それを蘆屋神羅は全ての剣撃に対して身体を逸らし、変則的なステップで後退することで避け、直撃を避けられないモノだけ火縄銃の銃剣で往なす事により、傷ひとつ負ってはいない。
彼はメルトリリスと違い人間という生物の域を出たような動作は行っていない。ただ、極限まで鍛え上げられた判断力と天性の目の良さ、そして莫大な経験から編み出された戦術が彼の動きを可能としているのだろう。
「くっ…」
メルトリリスの攻撃が急に止み、彼から飛び退いた。
彼女の身体を良く見れば脇腹付近に小さな切り傷が出来ているようだ。
「どうした? 神様とやらの力はこんなものか?」
そう言って彼はヴォーパルの剣の先端部分に付いた僅かな血液を震い落としていた。
彼のしていることは極単純だ。攻撃を避け、良く見てカウンターを叩き込む。最も言うのは簡単だが、メルトリリス相手にやろうとするのは至難の技どころの話では無いだろう。
この戦い、長い目で見れば蘆屋神羅の方に軍配が揚がるようだ。
「うふふ____あははははは!」
最早、笑い声しか上げなくなったメルトリリス。その目は彼をどう八つ裂きにするかと言わんばかりの狂気が浮かんでいた。その様子はどう見てもバーサーカーのソレだ。
「そろそろ終わらせるか……」
彼が火縄銃をメルトリリスに向けた。直後、銃身全体に魔力が通され、僅かな蒼い光を帯びる。
そして彼の呟きと共に引き金が引かれた。
「"血を流せ"」
それが詠唱呪文なのだろう。撃ち出された丸い弾丸は蒼い光を帯びていた。
それは真っ直ぐにメルトリリスへと直進する。
だが、その速度は彼女に比べればかなり遅い。騎士王でも防ぐのは容易なレベルだ。彼女は弾丸を真っ二つにしようと脚を振り上げた。
だが、彼女の具足に当たる直前……"弾丸が軌道を変え、攻撃を避けた"。
それにより彼女の攻撃は空振りし、弾丸は彼女の懐に入る。
もう一度、彼女は迎撃しようと地面に付けた片方の具足を軸に回転し、弾丸を叩き落とそうとした。
しかし、弾丸は意思を持ちソレさえもわかっていたかのように避けると彼女の頭部へ、命中した。
「くっ!?」
だが、所詮は弾丸。多少の神秘性を帯びていようとサーヴァントの頭部を貫くのは不可能。精々、ハンマーで殴られた衝撃だけを受けるようなモノだ。
だが、弾丸はメルトリリスの頭部に当たった直後、そのまま一切の速度を落とさずに彼女の脚へと命中した。
それにより、彼女は体勢を崩すがそこにさらに脚へと当たったハズの弾丸が速度を変えずに彼女の肩へと命中する。
これにより彼女は後方に転倒しようとしていた。
だが、彼女の目にはあるものが映った。
ヴォーパルの剣を水平に構え、彼女に襲い掛かろうとする彼だ。
衝撃による転倒中のため、脚を彼に当てることは出来そうもない。さらに身体の別の部分に弾丸による衝撃を感じた。
コンマ数秒後、彼女はあの銀の剣に貫かれるだろう。
加虐体質により、理性を失いつつあった彼女の頭は彼という生まれて初めて感じる明確な恐怖により急速に冷え、冷静さを取り戻しつつあった。
そして、冷静になった事により、対策を思い付く。
「
メルトリリスは脚に魔力を溜め込み、空中で斬り込むのと同時に全力で放出した。
それにより彼女の間近にいる彼に斬撃波が襲い掛かる。
流石にこれは予想外だったのか、彼の目が少し大きく見開かれたのを彼女の瞳は鮮明に捉えていた。
それと同時に……彼の口が三日月のように吊り上がるのもだ。
次の瞬間、彼の背面のコンテナ群が引き裂かれ、さらに後方にあった倉庫を真っ二つに裂いた。
更に宙を彼の片腕が舞っている。それは高く飛び数回転ほど回るとフランの足元に落ちた。
フランはそれを大事そうに抱え、断面を見つめてから視線を神羅とメルトリリスへと戻した。
そこには驚愕の表情を浮かべ、地面に仰向けで倒れているメルトリリスと、その首筋にヴォーパルの剣の柄を口で咥えて突き付け、愉しそうな笑顔を浮かべている蘆屋神羅がいた。
「………………スゴいわ…即座に腕を棄てるなんて…」
彼を見つめるメルトリリスが贈ったのは嘘偽りのない讃頌だった。
彼は彼女が正気に戻っている事を確認すると、彼女から身を引き、咥えていたヴォーパルの剣を離した。
「最後の一撃は正気だっただろうに」
彼はそう言って肩を竦める。
「凄い……」
騎士王がそう呟いたのも当然だろう。
彼がしたことは衝撃波により腕が胴体より離れる前に、ヴォーパルの剣を自身の口付近に投げ、口で咥えた。
そしてヴォーパルの剣はメルトリリスの喉元に突き付けたのだ。
戦法は最も合理的だろう。本来なら相手は死んでいる。こちらは腕の欠損だが、それぐらいなら後で魔術ででもくっつければ良いだけの話だ。
だが、それを刹那の時間で判断し、行うのは正気ではない。いや、こういったことを言うのだろう。"人間業じゃない"と。
彼は火縄銃を置くと、残った方の手をメルトリリスへ手を差し出した。
「強いわね……」
「本物の怪物だからな。私は」
メルトリリスは差し出された手を両手で掴みそう呟くと、彼はそれに対し、笑い声を漏らしながらそう答えた。その声色は心なしか弾んでいる。
「あの銃弾はなに?」
「"魔弾の射手"という私の呪術さ。私が呪詛を込めて放った、モノは物体に対して撃ち出された後も運動エネルギーを失わずに延々と標的を追尾し、一発のモノで連続して標的を撃ち抜く事が出来る。それだけだ」
「面倒な魔術ね…」
「良く言われる」
これの真価は超人的な目の良さを持つ彼だからこそだろう。弾丸の軌道、敵の速さ、攻撃のタイミング。全てを目で捉えている事により、相手の攻撃を一方的に避け、攻撃し続ける魔弾が完成するのだ。正しく、魔弾の射手だろう。
メルトリリスは最後に自嘲気味に笑うと、その場から跳躍し、直ぐに姿を消してしまった。
彼は懐にヴォーパルの剣を仕舞い、銃剣の付いた火縄銃を担ぐとメルトリリスに背向け、フランの方へ向かった。
「さて、帰るぞフランちゃん」
フランの前で彼はそう呟く。フランは彼の腕を持ちながら隣に並んだ。
「ああ、そうだ」
彼はフランの近くにいた騎士王に身体を向けた。
それにより、騎士王が身構えるが、彼は残っている腕の掌を自身の心臓がある場所に当て、言葉を吐いた。
「如何だったかね? 魔術師も捨てたモノでは無いだろう?」
「え、ええ……まあ…」
昼の皮肉だろう。最も騎士王はそう呟く事しか出来なかったが。
だが、時計塔出身の魔術師が一人でもいればこう呟くだろう。お前のような魔術師がいるか…と。
彼は騎士王の反応をニヤニヤと笑い、その場から立ち去ろうと脚を進めたが、アイリスフィールと共に立っている衛宮切嗣を見つけ、そこでも止まった。
アイリスフィールの顔は神羅とメルトリリスの一部始終を目にしていた為かポカンとしており、切嗣は既に慣れているのかいつも通りだ。
「また、会おう」
「ああ……」
言葉はそれだけで良いらしい。
神羅とフランは帰路へと付いた。
◆◇◆◇◆◇
現在、エリザは集合場所の駐車場で神羅、フラン、メルトリリスに囲まれていた。無論、真名を態々教えるような真似をしたことを多少言及しているのである。
「え、真名? えーと……………………うん。ちっとも口走ってないわ、私。パーフェクト。まさにパーフェクト・サイレンス。むしろ会話すらしていないレベルよ」
まあ、神羅は面白半分だろうが、壁に追い詰められているエリザは虚栄を張ってはいるが、額の冷や汗が彼女の心情を物語っている。
「う、うん……あー…あー……アイドルアイドル……よし…。そうよ! 最強の執行者! 蘆屋神羅のサーヴァントにして竜の…」
「ち、ち、違うわ…。私の責任じゃないのだわ。あのブタの誘導尋問が達人の域に達していただけなのだわ」
神羅の瓜二つの声真似に動揺したエリザは責任をウェイバーに押し付けようとしていた。まあ、バレバレであるが本人はいけると思っているのだろう。
「うーん……あー……よし。まあ、真名などバレたところで大して支障もあるまい。例えばケイローンやヘラクレスの真名がバレたところでこの冬木でヒュドラの毒を用いた魔術礼装を造るのは不可能に近いからな。それに君の場合、弱点という弱点も無かろう」
「そ、そうね。勿論、わかってたわ! 真名ぐらいハンデよハンデ」
彼のフォローにエリザはここぞとばかりに賛同すると、誇らしげな表情をした。
「バカは死んでも治らないって事ね」
「……ウィィ……」
「"言う資格無い"ってフランちゃんが言ってるぞ」
「くっ……毒舌ね。でもそこがいい!」
「………………」
彼はメルトリリスに対してエリザ以上に可哀想なモノを見るような目を、一瞬向けたがそれに気付く者は誰も居なかった。
「それよりもなによソレ?」
エリザはフランの持っている人の腕のようなモノを見た。だが、奇妙な事に断面からは血の一滴も出ていないようだ。
「ん? 私の腕だが?」
彼はエリザに向け、肘より下の無い腕を見せた。その断面からはやはり血が流れてはいなかった。
「あー、やっぱり神羅の腕ねー……って取れてる!?」
「そこの
「べ、便利な身体ね……」
「それなりにな。帰るぞ」
今夜はサーヴァントは誰も倒せなかったが、それなりに楽しめたと彼は思い、足を進めた。
「待ちなさい」
だが、彼を呼び止める影があった。メルトリリスだ。
彼女は足を止めた彼に具足の金属音を響かせながら近付くと、足を止めた。
「言い忘れてたから言うわね」
そして、彼の頬にキスをした。
「うふふ、よろしく、"父さん"」
「可愛い娘が出来たものだ」
彼はそう言いながら火縄銃をフランに預けるとメルトリリスの頭を撫でた。
彼女はそれをどこか嬉しそうに受け入れているようだ。
「え…ちょっと、私抜きで何があったのよ?」
「さて、帰るか」
「帰りましょう」
「……ヤァァ……」
「ちょ!? 待ちなさい! 私にも教えなさいよ! 教えなさいったら! 教えてよぉ!」
四人のモノたちは帰る場所へと足を進めた。