「ん?」
三時間ほど寝てから起きた早朝。廊下を通りながらふと、外を眺めるとフランちゃんとメルトちゃんが外で何かで素振りしているようだ。
「ぬ…?」
良く見れば振り回しているソレは非常に見覚えがあり、二人の足下には私の魔術礼装の入っている細長い箱が転がっている。
私はサンダルを履いて外に出ると二人に話し掛けた。
「やあ、チミ達。朝から元気なようだね」
「あら? 丁度良いところに来たわね」
「……ニャァァ……」
「うむ、おはようフランちゃん」
なんかフランちゃんが猫っぽい声を上げているが、これはおはようと言っているのである。
「それで? その刀で何をしているのかな?」
フランちゃんが持っているのは五尺を越える長さの長刀だ。と言うか私の魔術礼装のひとつである。
「父さんの魔術礼装の中にあったから気になったのよ」
メルトちゃんそうが言うとフランちゃんが二度ほど長刀を振るった。そして、それを見たメルトちゃんが眉を潜めた。
「不思議ねこの刀。施された魔術は超一流、エンチャントも父さんの特級のエンチャントが掛けられているわ。更にこの刀の金属全体にホムンクルスのように魔術回路がまで組み込まれている。ここまで来るともう、性能はB+のノウブル・ファンタズム相当ね。確かに父さんの剣には相応しいわ。でも……」
メルトちゃんは肩を竦めると溜め息を吐いた。
「そもそもこの刀自体が二流…いえ、三流品だわ。下手するとそれ以下ね。それだけに惜しいわ。なぜこんなモノを大事にしているの?」
「ふむ……それには少し昔話が必要だぞ」
私が宙に手を翳すと、どこからともなく一羽の小鳥が飛んできて掌に乗った。
それを見たメルトちゃんはその鳥の種類をポツリと呟いた。
「燕……?」
「ああ、"TSUBAME"だ」
「燕よね?」
「"TSUBAME"だな」
「……なんだがニュアンスが可笑しくないかしら?」
「"TSUBAME"で相違ない」
「ま、まあいいわ。その燕がどうしたのかしら?」
「ふむ、コイツは私の使い魔なのだが……取り敢えずメルトちゃんの好きなように斬ってみると良い」
「へぇ…良いの? 八つ裂きにするわ」
「是非に」
そう言うとメルトちゃんから私とフランちゃんは離れ、メルトちゃんへ向けて使い魔を放った。
「ふふっ…」
メルトちゃんは当たり前のように丁度、剣先に燕が当たり、串刺しに出来るタイミングで蹴りを放った。
が、それはむなしく風を切った。
単純な話だ。私のTSUBAMEはそれを見てから回避したのである。
予想外だったのか大きく目を見開いたメルトちゃんは一瞬、歯軋りをすると怒濤の連撃を開始した。まるで剣の壁だ。
「ッ…!?」
だが、私のTSUBAMEはそれを優雅なまでの動作で避け、潜り、時に動きを止めながらひたすら回避し続けた。
「ちなみに魔術師から生み出された使い魔が、生み出した魔術師を越える性能のものを造ることは自然法則に正面から喧嘩を売るため、極めて難しいとされている」
暫くすると焦り始めたメルトちゃんは更に速度を上げるが、燕は激流に身を任せるとばかりに相変わらず優美にメルトちゃんの斬撃を避け続けている。というかどう見てもメルトちゃんがTSUBAMEに遊ばれているように見える。
「この…!」
メルトちゃん地を蹴り、十数m程高く跳ぶと、地面にいるTSUBAMEに向けて二つの斬撃波を放ち、十字の斬撃波を飛ばした。心なしか私の時よりも大きい気がする。
「
斬撃波の通った空中や、地面が例外無く切り裂かれ、庭に大きなばつ字の亀裂が出来た。くっ……事後処理が…。
「これで……」
地面降り立ったメルトちゃんはやったか!? とでも言わんばかりの表情をしていた。
が、メルトちゃんの頭に無傷のTSUBAMEがぽてっと乗った事で完全に表情が固まり、頬を引き吊らした。
「それの名前は広域偵察用使い魔"TSUBAME"。攻撃力はゼロだが、私と同じ目を持ち、攻撃を回避することだけに特化した使い魔なのだ」
「………………この使い魔がとてつもなく優秀な事はわかったわ。だとしてもその刀と何の関係があるのかしら?」
そこでメルトちゃんの頭にとまっているTSUBAMEが間抜けな鳴き声を上げた事で、フランちゃんから短い嘲笑が漏れる。
「刀を貸してくれフランちゃん」
「……ニャ……」
「その声、気に入ったのか?」
フランちゃんは頭にハテナを浮かべながら刀を渡して来た。どうやら無意識らしい。今日は一日中ニャーニャー言ってるんだろうか? やだ可愛い。
「さて……」
私は刀の刃を立て、切っ先をメルトちゃんの頭の上のTSUBAMEへ向けるように構える。
「メルトちゃんTSUBAMEをこちらに」
そう言うとメルトちゃんはTSUBAMEを指に乗せてからこちらに放った。
TSUBAMEは真っ直ぐと私に向かい、直ぐに刀の射程へと到達し、研ぎ澄ませた刀が一度だけ振るわれる。
「秘剣"燕返し"」
私が刀を引き戻した時には既にTSUBAMEの身体は斬り裂かれ、残った骸は空に溶けるように消えて行った。
「………………」
メルトちゃんはただ唖然とした表情でそれを見ている。ちなみに私はそれを見て若干、誇らしげな顔をしていただろうとは思う。人に見せた事なんて殆んど無いからなあ……使った相手基本死ぬし。
「気のせいではないわよね……? 今、一度の攻撃で三度攻撃しなかったかしら…?」
「うむ、頭上から股下までを断つ縦軸、回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡、左右への離脱を阻む払いの三段斬りを一度で放つだけの簡単な技だ」
「第二魔法じゃない!!?」
「才能のある人間が私のTSUBAME相手に毎日刀をひたすら振るっていれば修得出来るぞ? 私が生き証人だ。間違いない。まあ、私で半世紀掛かったからあまりオススメは出来ないがな」
「え、ええ……」
おお、メルトちゃんの顔が明らかに引き吊っている。
「真面目な話。この刀は私のTSUBAMEを今の"燕返し"で叩き斬った山育ちの農民の刀だ。モノは大したことは無いが……まあ、理由のひとつ目は思い出の品と言ったところか」
「なるほどね…」
「そうだな……あれは…ん?」
私が語ろうとしたところでふと後ろに妙な圧力を感じた。それにより、私から冷や汗が吹き出る。
「…………なあ、メルトちゃん。 私の後ろに誰か立っているか…?」
「? 誰も居ないわ」
「………………」
私はゆっくりと振り向いた。相変わらずそこにはなにもないように見える。
『シンラさーん』
そこから妙に弾んだ声が響いた事により、私の表情が凍った。
「あ、ああ、おはようジェノバ」
『はい、おはようございます。シンラさん』
私の視界に切り絵が加わるようにジェノバが現れた。お馴染みの圏境である。
『シンラさん。詳しく話してくれますね?』
「お、おう……」
ジェノバの目は笑ってはいるが、どう見ても言わないと頭を開くぞ♪とでも言い出しそうな顔である。
私達は場所を居間に移した。
居間では卓袱台に乗せられた刀を中心に私、ジェノバ、フランちゃん、メルトちゃんがいた。ちなみに姫子がエリザちゃんを抱き枕にしながら共にぐっすりと寝ていたので二人は放置である。
「あの農民との出会いはそうだな。確か、今で言う安土桃山時代ぐらいだった筈だ」
「軽く四・五百年は前の話ね……」
「ジェノバも知っての通り、いつものように私の広域偵察用使い魔TSUBAMEが世界各地の情報を集めているときに起こった出来事がそもそもの発端だ」
「燕は他にも居るという事かしら?」
「無論だ。自然法則に則り、私の能力を越えた使い魔ではないのでTSUBAMEはローコストな量産型だ。取り敢えず聖杯戦争中の冬木には日本中のTSUBAME を動員しているため、30000羽が飛び回っている。ああ、1羽減ったから29999羽だな。ほれ、庭にも沢山集まっているだろう?」
「は…?」
メルトちゃんが庭を見るとそこに生えている木という木の枝にTSUBAMEがびっしりと並んでこちらを見ていた。
「軽いホラーね……」
「……ナァァ……」
フランちゃんは押し入れを開くとそこから一本のビデオテープを取り出し、胸の前でこちらに見せ付けてきた。ヒッチコックの"鳥"である。……的確なもの出してきたな。
『鳥の群れとしてはまだ小規模ですよ? これが椋鳥にでもなれば数十万から数百万羽の大群になりますもの』
ジェノバの言う通りだ。自然を考えれば何もおかしい所はない。
「まあ、これだけいれば数十年単位のサボりを働くTSUBAMEも出てくるわけだ。まあ、所詮使い魔だから私も特に気には止めなかったのだが、ある日驚くべき事が起こった」
『シンラさんと同等の目を持ち、回避だけに特化している筈のTSUBAMEちゃんが正面から斬り落とされたんですね』
「うむ、そんなことが出来る人間が居るのかと戦闘を吹っ掛けるために意気揚々と向かったところ、そこには一人の農民の男がいたのだ」
「農民…?」
「その頃の農民は収穫時季には稲を刈り、戦いがあれば首を狩るのが仕事だったからな。農民が剣を覚えていてもそう珍しい話ではない。そして、私はTSUBAMEの事をその農民に話し、就職先の関係で使っていた私の偽名を名乗るとその農民は楽しそうに刀を向けて来た」
『偽名?』
「ああ、昔使っていた幾つかある内のひとつだな。ちなみにその時は初代の"風魔小太郎"だ」
『何ですと?』
「北条家お抱えの暗殺者をやっていた時期があってな。最初はそこで私が暇潰しに見込みある者を選抜して弟子にし、私の武道を叩き込んでいたところ、暗殺者は暗殺組織へと昇華して行ってな。そして少しの間、時計塔に戻る際に北条当主含め、多数の弟子に引き留められてしまったので仕方なく、私の偽名を一番実力のあった弟子に渡したところ偉く感動され、10年後ぐらいに戻ってきたら完全な忍者組織になっていたというだけの話だ」
『え…? でも…』
ジェノバはその話を聞くと口を閉ざし、何かを考え込み始めた。
「その農民に私が初代の風魔小太郎であり、是非手合わせ願いたいと頼むと二つ返事で刀を向けてきてな。折角なので柳桐寺まで場所を移し、誰も見てはいないが私と農民との一対一の死合いが行われたのだ」
「まあ、結果は当然、見えているわね」
「ああ、私の敗北だ」
「え"…!?」
「技量も大したものだったが、最終的に燕返しで私の首をスパンとな。人間としては私の完全敗北だよ」
私は喉を親指でかっ切る動作をした。なんかメルトちゃんが女の子のしていい顔をしていない気がするがまあ、良いだろう。
「首を落とされても死なないのね…」
「生まれてから数十年ほど死にたくないと思い続けながら生きた頃からだろう。気がついたら私の身体の死と言う概念を起源に追いやり、極端に死ぬのが下手な身体になっていたのだ」
「自己暗示A…」
メルトちゃんが何かポツリと呟いた。
「首が飛んだ私の身体の前で農民は高笑いしながら"私の剣が伝説に通じた"だとか叫んでいてな。その日はそれから酒を酌み交わしてから帰ったのだが、負けたのがあまりにも悔しくて、翌日に会いに行ったんだ。そしたらソイツはどうしていたと思う?」
「襖越しに奇襲でも掛けられたのかしら?」
それを聞いた私は縁側に目を向け、空を見ながら呟いた。
「それならどれ程良かったことか……アイツは寝具の上で嬉しそうな顔をしながら死んでいたんだ。死因は病だったが、あんなに楽しそうな顔で死んでいる死体を私は始めて見たよ」
「勝ち逃げされたのね」
「その通り、それが私がこの刀を残している理由のふたつ目。アイツは逸話も知名度も無い無銘の剣士だ。冬木の聖杯では不可能だが…もし、再びこの世にアイツを喚ぶとすれば触媒はこれしか無いだろう? そして、最後の理由は私の中でアイツの剣術をいつまでも覚えている為だよ。だからまだ私はアイツの剣術を再現できる。燕返しもだ。勝ち逃げなど私の信念が許さん。敵は最後には私が殺す、仕事は全うする、煙草は吸わん。それが私のポリシーだ」
『あのシンラさん…?』
「ん?」
珍しく、ジェノバが言うのを躊躇うような、言い難いような表情をしている。
『実に言いにくいんですがその……』
ジェノバは暫くポリポリと頬を掻いてからポツリと呟いた。
『風魔小太郎の初代の英霊というモノが中々面白い形で座に登録されていますよ?』
え? どういうことなの…。
シンラさんが強い理由のひとつ:ニンジャだから。
ジェノバさんが見ていたシンラさんから生まれた怪物の情報マトリクス。
真名:風魔小太郎
クラス:アサシン
属性:秩序・悪
ステータス:
筋力A 耐久C 敏捷A+
魔力A 幸運D 宝具B+
保有スキル:
忍術(風魔):EX
投擲:EX
常夜の怪物:A+++
忍術(風魔):RankEX
風魔忍術の開祖。諜報活動、破壊活動、浸透戦術、暗殺術など最上級の忍びとして必要なスキルは勿論の事、その応用の発展まで数十に及ぶ専業スキルをAランク以上の熟練度で発揮できる。無論、気配遮断も含まれている。
投擲:RankEX
何かを投擲するスキル。投げられると彼が認識するものなら何でも投擲可能。ここまで来ると投擲した物体は何かに当たるまで永遠と空気抵抗などの一切を無視し、初速度を保ったまま直進し続ける。元の蘆屋神羅が持つ魔術"魔弾の射手"の名残である。
常夜の怪物:RankA+++
暗い場所に生きる者の証。無辜の怪物と同じように生前のイメージによって、後に過去の在り方を捻じ曲げられなった怪物。このスキルを外す事は出来ない。彼の場合、結局、最初から最後まで北条家で生きていたことから風魔という一族に巣食う亡霊のように肌が死人並みに白くなり、眼が幽鬼のように赤くなった。能力としては夜の暗黒の中にいる場合、自身のステータスを倍する。ただし朝と昼の日差しを受けている間はステータスが半分になる。
宝具:
彼が身に纏う黒衣であり、聖遺物のひとつ。常時発動効果としては身に付けている者を夜の闇で包み、相手から視覚的にも遮断することが可能。真名解放をすれば周囲の空間を瞬時に常闇に閉ざし、完全な暗闇を造り出す対界宝具。また、布自体も極めて強靭で攻撃や防御に使うことも可能。
猛虎硬爬山:RankC
蘆屋神羅がかつて名のある死徒や、埋葬機関の代行者との戦闘を行う際に呼んでいたとある拳法家の相棒から盗み取った技のひとつ。利き腕より把子拳、寸勁、頂肘を瞬時に繰り出す高速三連撃。
:風魔小太郎(初代)
確かに風魔忍術の開祖ではあるが、そもそもが蘆屋神羅という執行者が一時的に一世紀ほど日本で使っていた偽名であり、実在する筈のない英霊である。後世の記録が独り歩きし、生まれた
ひどいガウェインいじめである。シンラさんをアサシンで召喚するとコイツが出てくるので、執行者のシンラさんを喚びたければキャスターで喚びましょう。