固定術師   作:初心者 一作目

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固定術師

第一話 ――固定された魂

 

 死ぬ瞬間のことは、よく覚えていない。

 

 眩しいライト。

 濡れたアスファルト。

 耳障りなブレーキ音。

 

 そして次に目を開けた時、俺は――血と呪いの臭いが満ちる平安の世にいた。

 

 

 

 空は赤黒かった。

 

 京の外れ、焼け落ちた村。

 黒煙の中を、異形が這っている。

 

 四本腕の牛頭。

 女の顔を幾つもぶら下げた蜘蛛。

 人を喰いながら笑う影。

 

 後に知ることになる。

 この時代は、呪術全盛。

 後世で“黄金時代”と呼ばれる、最悪の時代だった。

 

 

 

「……なんだ、これ」

 

 喉から出た声は、妙に冷静だった。

 

 恐怖がなかったわけじゃない。

 ただ――俺の身体が、どこか現実感を拒絶していた。

 

 気づけば、一匹の呪霊がこちらを見た。

 

 猿の顔に、無数の腕。

 口から人の脚が飛び出している。

 

「ギギ……」

 

 瞬間、呪霊が飛びかかってきた。

 

 

 

 普通なら、死んでいた。

 

 

 

 だが。

 

 バギン――!!

 

 空間が軋むような音と共に、呪霊の爪が俺の首で止まった。

 

「……?」

 

 呪霊が困惑したように硬直する。

 

 爪は皮膚に触れている。

 なのに、一ミリも食い込まない。

 

 

 

 まるで、“固定”されているみたいに。

 

 

 

 次の瞬間、俺の脳裏に知識が流れ込んできた。

 

 術式。

 

 生得術式。

 

 俺の術式は――

 

 

 

『状固呪術(じょうこじゅじゅつ)』

 

 

 

 対象の“状態”を固定する術式。

 

 傷つく前の状態。

 老いる前の状態。

 崩れる前の状態。

 

 それらを呪力によって現実に縫い止める。

 

 

 

「……は、はは」

 

 理解した瞬間、笑いが漏れた。

 

 つまり俺は今――

 

 

 

 “傷つかない”。

 

 

 

 呪霊が再び襲いかかる。

 

 牙。

 爪。

 呪力。

 

 すべてが俺の前で停止する。

 

 通らない。

 壊せない。

 侵食できない。

 

 俺という存在が、“無傷の状態”で固定されている。

 

 

 

「なら――」

 

 俺は初めて、呪力を流した。

 

 術式を、対象に向ける。

 

 

 

「固定」

 

 

 

 ズドンッ!!

 

 呪霊の身体が空中で停止した。

 

 完全静止。

 

 重力すら無視して、空中に磔のように固定される。

 

 

 

「ギ……!? ギギッ!!」

 

「動けないだろ」

 

 

 

 術式対象の“状態”を固定。

 

 つまり、

 

 “動かない状態”にすれば、

 永久拘束になる。

 

 

 

 俺は近くに落ちていた槍を拾い、

 固定された呪霊の頭を貫いた。

 

 黒い血が飛び散る。

 

 呪霊は断末魔を上げながら霧散した。

 

 

 

 ――その時だった。

 

 

 

「ほう」

 

 

 

 背後から、低い声。

 

 振り返った瞬間、

 本能が絶叫した。

 

 

 

 桁が違う。

 

 

 

 白い着物。

 異様な威圧感。

 四つの眼。

 

 人間の形をしているのに、

 人間だと脳が認識しない。

 

 

 

 後世で“呪いの王”と呼ばれる怪物。

 

 

 

 両面宿儺。

 

 

 

「面白い術式だな、小僧」

 

 

 

 空気が震える。

 

 息が詰まる。

 

 村一帯の呪霊たちが、

 彼の存在だけで怯えていた。

 

 

 

「貴様、自分を固定しているのか」

 

「……」

 

 

 

 

 一目で見抜かれた。

 

 

 

 宿儺は笑う。

 

 獣が獲物を見つけたような笑み。

 

 

 

「ならば試そう」

 

 

 

 瞬間。

 

 斬撃。

 

 

 

 見えなかった。

 

 だが世界が切れた。

 

 家屋が。

 大地が。

 空間そのものが裂ける。

 

 

 

 ――解。

 

 

 

 後の時代で恐れられる斬撃が、俺を直撃した。

 

 

 

 轟音。

 

 土煙。

 

 

 

 普通なら、塵も残らない。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 

 

 俺は立っていた。

 

 服は裂けている。

 だが肉体には傷一つない。

 

 

 

 術式によって、

 “斬られる前の状態”が固定されている。

 

 

 

 宿儺が、初めて目を細めた。

 

 

 

「ほう」

 

 

 

 その声には、

 明確な興味が混じっていた。

 

 

 

「ならば――どこまで壊れぬ?」

 

 

 

 呪力が膨れ上がる。

 

 空が軋む。

 

 地面が沈む。

 

 

 

 俺は直感した。

 

 こいつは戦闘狂だ。

 

 そして、

 一度興味を持てば絶対に逃がさない。

 

 

 

 ……最悪だ。

 

 

 

 だが同時に、

 胸の奥で高揚が燃え上がっていた。

 

 

 

 この世界では、

 力こそが全て。

 

 

 

 なら。

 

 

 

 俺はこの“不変”の術式で、

 最強の怪物たちと渡り合えるのか?

 

 

 

 宿儺が笑う。

 

 

 

「名を言え、小僧」

 

 

 

 俺は土煙の中で、

 ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……九条 斎(くじょう・いつき)

 

 

 

 平安の闇が、

 静かに動き始めた。

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