固定術師 作:初心者 一作目
渋谷へ向かう途中。
俺は人混みの中で足を止めた。
スクランブル交差点。
ネオン。
雑踏。
スマホを見ながら歩く人々。
平和だ。
少なくとも、
表面上は。
だが。
その雑踏の中に、
異物がいた。
「……久しいな」
声。
穏やかな口調。
振り返る。
そこにいたのは、
額に縫い目を持つ男。
柔らかな笑み。
だが俺は知っている。
こいつの本質を。
羂索。
千年以上、
他人の肉体を渡り歩く呪詛師。
宿儺と同じ時代から生きる、
本物の化物。
「……まだ生きてたのか」
俺が言うと、
羂索は楽しそうに笑った。
「お互い様だろう?」
確かに。
俺もこいつも、
普通ならとっくに死んでいる存在だ。
羂索が周囲を見渡す。
「現代はいい時代だ。
情報も、
呪力も、
人間の数も多い」
「お前にとっては実験場だろ」
「否定はしない」
相変わらずだ。
こいつは昔から、
人間を“素材”としてしか見ていない。
平安時代もそうだった。
呪霊操術。
受肉。
死滅回游の原型。
いつだって、
何かを企んでいた。
「で?」
俺はため息を吐く。
「なんの用だ」
羂索は笑みを崩さない。
「挨拶だよ」
「嘘つけ」
「はは、手厳しいな」
だが次の瞬間。
羂索の目が、
ほんのわずかに細まった。
「君が動き出した」
空気が変わる。
「それは無視できない」
……なるほど。
こいつ、
俺を警戒してるな。
まあ当然か。
千年。
俺は呪術界へ関わらなかった。
どこの勢力にも属さず、
ただ静観していた。
そんな存在が、
急に渋谷へ向かっている。
羂索からすれば、
不確定要素そのものだ。
「安心しろ」
俺は肩を竦める。
「お前に協力する気はない」
羂索が笑う。
「だろうね」
否定しない。
こいつは理解している。
俺が誰にも従わないことを。
「君は昔からそうだ。
組織を嫌い、
思想を嫌い、
ただ“強さ”だけを見ている」
「お前ほどじゃない」
羂索は少し考えるように空を見る。
「それでも残念だよ。
君ほどの存在が加われば、
私の理想はもっと早く実現した」
「人類最適化計画だっけか?」
俺は鼻で笑う。
「くだらねぇ」
羂索の目が細まる。
「くだらない?」
「他人を混ぜて進化とか、
弱者の発想だろ」
沈黙。
雑踏の音だけが流れる。
俺は続けた。
「強くなりたいなら、
自分で至れ」
宿儺も、
五条悟もそうだ。
誰かに与えられた強さじゃない。
自分自身で、
化物へ辿り着いた。
だからこそ価値がある。
「他人を無理やり混ぜて、
訳の分からん怪物作って、
それで何になる」
羂索が静かに笑った。
「なるほど。
君らしい」
その声には、
少しだけ諦めが混じっていた。
昔から何度か勧誘された。
だが俺は一度も乗らなかった。
羂索は思想家だ。
だが俺は違う。
世界を変えたいわけじゃない。
支配にも興味はない。
ただ。
“至る”ことだけが、
俺の執着だった。
羂索がポケットへ手を入れる。
「では忠告を一つ」
その笑みが深くなる。
「渋谷は地獄になる」
「知ってる」
「君ほどの存在でも、
無傷では済まないかもしれない」
俺は笑った。
「なら少し楽しめそうだ」
一瞬。
羂索が本当に愉快そうに笑った。
「ハハッ。
やはり君は宿儺に似ている」
「やめろ、気色悪い」
「失礼」
羂索は軽く手を振る。
「ではまた。
千年の固定術師」
次の瞬間。
人混みの中へ、
その姿が消える。
俺は小さく息を吐いた。
相変わらず、
嫌な奴だ。
だが同時に理解している。
羂索は危険だ。
宿儺とは別方向で。
あいつは、
“世界そのもの”を壊しかねない。
俺は夜空を見る。
渋谷の上空。
帳が降り始めていた。
「……さて」
千年ぶりの祭りだ。
どこまで楽しめるか。