固定術師 作:初心者 一作目
伏魔御厨子の奥。
血と骸で築かれた厨子の闇の中で、
“何か”が蠢いた。
嫌な気配じゃない。
もっと根源的なもの。
本能が理解する。
見てはいけない。
触れてはいけない。
あれは、
呪いそのものだ。
両面宿儺が笑う。
「貴様ほどの術師だ」
宿儺がゆっくり両腕を広げる。
「見せる価値がある」
ゴォ――……
空気が燃える。
いや。
呪力そのものが、
熱へ変換されている。
領域内部の温度が急上昇する。
岩が溶け、
地面が赤熱する。
「……なんだ、それ」
俺の喉が乾く。
宿儺の背後。
厨子の闇の中から、
黒い“炉”のようなものが現れていた。
巨大な口。
炎を喰らう窯。
あまりにも禍々しい。
宿儺が静かに告げる。
「開(フーガ)」
瞬間。
世界が爆ぜた。
ゴォォォォォォォォッ!!!!
炎。
ただの炎じゃない。
呪力で構成された超高密度熱量。
黒赤い奔流が、
空間そのものを焼きながら襲いかかる。
速い。
いや、
避けるとかそういう次元じゃない。
領域内すべてを埋め尽くす熱量。
「――ッ!!」
俺は存在固定を最大出力。
白銀の呪力が全身を覆う。
だが。
ゴギィッ――!!
固定が軋む。
熱。
凄まじい熱量が、
存在固定そのものを焼いている。
「なっ……!?」
固定とは、
変化の停止。
だがこの炎は違う。
熱によるエネルギー変換。
情報劣化。
存在そのものを、
“別状態へ書き換える”。
つまり。
固定を上回る速度で、
俺を書き換えようとしている。
「ぐぅ……ッ!!」
皮膚が焼ける。
初めて。
存在固定の上から、
肉体が炭化し始めた。
宿儺が笑う。
「どうした、不変」
炎が渦巻く。
「焼かれれば、変わるぞ?」
クソ。
理屈が違う。
斬撃は“切断”。
だから固定で耐えられた。
だが炎は違う。
熱によって、
存在そのものを変質させる。
固定し続けても、
熱量が蓄積する。
このままじゃ押し切られる。
「なら……!」
俺は歯を食いしばる。
固定じゃ足りない。
なら逆。
反転。
加速。
俺は術式反転を全開放した。
「加速呪術――!」
ドクンッ!!
心臓が暴れる。
世界が止まる。
いや。
俺だけが、
極限まで加速している。
思考。
神経。
呪力循環。
術式演算。
全てが超加速。
炎が遅く見える。
その瞬間、
俺は理解した。
固定と加速。
この二つは別じゃない。
表裏一体。
変化を止めるか。
変化を進めるか。
つまり俺の術式の本質は――
“時間干渉”。
ゾワッ。
理解した瞬間、
呪力の質が変わる。
白銀だった呪力が、
透明へ近づいていく。
宿儺の笑みが深くなる。
「見えたか」
炎が迫る。
だが今の俺は違う。
俺は炎へ手を伸ばした。
「固定」
ボッ――
炎が止まる。
燃焼。
熱伝達。
エネルギー変換。
その“時間経過”を停止。
炎が、
空中で静止した。
宿儺の眼が細まる。
「ほう」
俺は笑う。
熱い。
苦しい。
でも見えた。
この術式の核。
俺の状固呪術は、
物質操作じゃない。
時間と変化への干渉。
だから――
「お前の炎も止められる」
宿儺が嗤う。
心底楽しそうに。
「よい」
厨子が震える。
「ならば次は、貴様の“終わり”を見せてみろ」
炎が止まっていた。
両面宿儺の“開”。
それを、
俺は時間固定によって停止させている。
普通ならあり得ない。
宿儺の術式へ干渉し、
領域内部で相殺している時点で、
もはや人間の域じゃない。
だが。
それでも。
勝てない。
「……ハァ、ッ……!」
膝が震える。
脳が焼けるように痛い。
術式演算が限界を超えている。
存在固定。
時間固定。
加速呪術。
全部を同時運用。
しかも相手は宿儺。
呪力消費量が桁違いだった。
対して宿儺は。
悠然と立っている。
息一つ乱れていない。
理解してしまう。
今までの戦い。
宿儺は、
本気で俺を殺しに来ていた。
だが同時に――
“余裕”があった。
「は、はは……」
笑うしかない。
ここまでやって、
まだ届かない。
平安最強。
その言葉の意味を、
今さら理解した。
宿儺が歩いてくる。
炎の止まった世界を、
平然と踏み越えながら。
「見事だ」
その声には、
嘲笑がなかった。
純粋な賞賛。
「貴様ほど術式を深く理解した者は稀だ」
俺は荒い息を吐きながら笑う。
「慰めかよ」
「違う」
宿儺は即答した。
「事実だ」
四つの眼が、
真っ直ぐ俺を見る。
「貴様はまだ未熟だ」
グサリと刺さる。
「呪力総量。
術式精度。
経験。
領域。」
宿儺が指を折る。
「何一つ、俺に届いていない」
否定できない。
悔しいくらいに。
今の俺は、
術式の“可能性”だけで戦っている。
完成度が低い。
だから押し切られる。
宿儺は続けた。
「だが」
その口元が吊り上がる。
「面白い」
ゾクリ、とした。
それは獲物を見る目じゃない。
期待だ。
成長を待つ目。
「九条斎」
宿儺が俺の名を呼ぶ。
「貴様、数百年後にはどうなっている?」
風が止まる。
「時間を止め、
存在を縫い留め、
世界法則へ干渉する。」
宿儺が笑う。
「そんな術師が完成した姿を、俺は見てみたい」
その瞬間。
伏魔御厨子が、
ゆっくり崩れ始めた。
「……は?」
領域解除。
宿儺が自ら解いた。
血の世界が消え、
現実の夜空が戻ってくる。
焼けた山々。
崩壊した森。
戦いの跡だけが残る。
俺は警戒を解かない。
「なんのつもりだ」
宿儺は笑った。
「決まっている」
月明かりの下。
呪いの王は、
まるで当然のように告げた。
「今日は殺さん」
理解できなかった。
「……は?」
「今殺すには惜しい」
宿儺は本当に楽しそうだった。
「未完成のまま壊すなど、つまらんだろう」
化物の価値観だ。
だが同時に、
妙に納得してしまう。
こいつはそういう存在だ。
強者を求め、
強者と戦い、
その瞬間を愉しむ。
宿儺が背を向ける。
「研鑽しろ、九条斎」
月光の中、
その背中は圧倒的だった。
「次に会う時、
貴様がどこまで至っているか見てやる」
俺は動けなかった。
悔しい。
死ぬほど悔しい。
全力を尽くした。
術式の極限まで辿り着いた。
それでも。
あいつはまだ先にいる。
遥か高みに。
宿儺が歩いていく。
その背中が、
闇へ溶ける直前。
「――ああ、そうだ」
宿儺が振り返る。
四つの眼が、
獰猛に笑った。
「退屈だけはするなよ」
次の瞬間。
呪いの王の姿が、
夜の闇へ消えた。
静寂。
風だけが吹いている。
俺はその場に立ち尽くし、
ゆっくり拳を握った。
「……絶対」
追いつく。
いつか。
あの怪物を超える。
そう誓った瞬間。
平安の空に、
白い雪が降り始めていた。
題名を変えたいと思うので、アイデアがあれば教えてください