魔列車異変
001 地下に伸びる線路
「整備員の何人かが行方不明になってる?」
休憩室で、ノゾミは手にしていた飲み物を口元で止めた。
彼女の向かいに座っているのは、ハイランダー鉄道学園の生徒であるアオバだ。普段ならば、鉄道の運行だの車両の整備だの、そういった話を楽しそうに語る彼女なのだが、今日ばかりは様子が違った。
机に置かれたスマートフォンを何度も確認し、落ち着かなさそうに指先を動かしている。
「えぇ。なんでも、一年生が根性なく逃げ出したんだとか、そんな話を聞いたんですけど……」
「それでー? 後ろにいるエクスデス先生と関係あるのー?」
「ひゃあっ!?」
アオバが飛び上がった。
彼女の背後には、いつの間にか巨大なローブ姿の存在が立っていた。
エクスデス先生。
キヴォトスにおいて教師という立場にありながら、その正体は異世界より訪れた、あまりにも規格外な魔道士である。
普段は生徒たちの教育やらトラブルの解決やらに奔走している彼だが、こうして何の前触れもなく背後に立たれると、さすがに心臓に悪い。
「す、すみません! 私、何か変なことを言いましたか!?」
「いや、構わん。話を続けてくれ」
「は、はい……」
アオバは背筋を伸ばした。
ノゾミはそんな彼女を見て、くすくすと笑う。
「先生、そんなに怖い顔してたらアオバちゃんが話せなくなっちゃうよー?」
「む。これでも普段と変わらぬつもりなのだが」
「普段から怖いってことじゃないかなー?」
「ノゾミ」
「はーい」
まるで堪えていない。
エクスデスは小さく息を吐くと、アオバのスマートフォンへ視線を向けた。
「それで、行方不明になったのは何人だ?」
「今朝の時点で、確認できているのは六人です。ただ、正式に行方不明者として報告されていない生徒もいるみたいで……」
「六人か」
エクスデスの声が低くなった。
「全員、ハイランダーの一年生なのか?」
「はい。いずれも線路の保守や設備点検に関わっていた子たちです。勤務を終えたはずなのに寮へ戻っていなかったり、夜間の作業に出たまま連絡が取れなくなったり……」
「それで、逃げ出したという噂が?」
「はい。上級生の中には、厳しい仕事に耐えられなくなったんじゃないかって言う人もいて……でも、私はそんなことないと思うんです」
アオバは膝の上で拳を握った。
「みんな、仕事に真面目な子たちでしたから」
その言葉に、ノゾミも笑みを引っ込めた。
鉄道というものは、多くの人間が関わって初めて動く。
運転士が列車を走らせ、駅員が乗客を案内し、整備員が車両を直し、保線員が線路を守る。
そのどれか一つが欠けても、安全な運行は成り立たない。
だからこそ、ハイランダーの生徒たちは、自分の仕事に誇りを持っていた。
少なくとも、理由もなく仲間を置いて逃げ出すような子たちではなかった。
「……なるほどな」
エクスデスは腕を組んだ。
「今回の事例は、過去の魔列車案件によく似ている」
「魔列車?」
ノゾミが首を傾げる。
「前に、スオウゼロムスが現れた時のことを覚えているか?」
「グラシャラボラスと初めて出会ったときの?」
「そうだ」
エクスデスは頷いた。
「あの時、我が枝に感じた異常な反応。それと同じものが、今回も観測されている」
彼の言う『枝』とは、彼が世界の異常を感知するために用いる、独自の魔力的な感覚を指していた。
エクスデスにとって、世界とは単に目に見える物質の集合ではない。
生命、魔力、時間、因果。
それらが複雑に絡み合い、巨大な樹木のように世界を形作っている。
そして、その枝に触れる異常があれば、彼はそれを感じ取ることができるのだ。
「つまりは、洗脳された召喚獣ってこと?」
「ダブルグラシャラボラスはちょっといっぱいいっぱーい」
ノゾミは冗談めかして言った。
「いや、今回は違う」
エクスデスは首を横に振る。
「目的がはっきりしている。死者の回収だ」
「……冗談?」
「冗談でこのような話はせぬ」
「そっかー……」
ノゾミの表情が変わった。
死者。
その言葉が何を意味するのか、彼女は知っている。
そして最近、その言葉に関連する異変が起きていたことも。
「……最近、アリウスでゾンビの生徒が確認されたよね」
「ああ」
エクスデスは静かに頷いた。
「おそらく、あの存在を回収しに来ているのだろう。問題は、アリウスに鉄道は通じていないということだ」
「それなのに、列車が来るってこと?」
「来るだけならば、まだよい」
エクスデスの視線が鋭くなる。
「問題は、列車が通るための道を作り始めている可能性があることだ」
「道……?」
その時、アオバが慌ててスマートフォンを操作した。
「あ、あの! もしかしたら、これが関係しているかもしれません!」
彼女は写真フォルダを開き、画面を二人に見せた。
そこには、地下へと伸びる巨大な穴が映っていた。
いや、単なる穴ではない。
側面には一定間隔で補強材が打ち込まれ、底面は平らに均されている。
まるで、そこに線路を敷設することを前提に掘られたかのような構造だった。
「……地下トンネル?」
ノゾミが画面を覗き込む。
「はい。昨日の夜、巡回の帰りに見つけたんです。最初は工事現場かと思ったんですけど、こんな場所で地下工事をする予定なんてありませんでした」
「いつからだ?」
「正確には分かりません。でも、昨日の朝にはありませんでした」
「一晩で掘ったということか」
「たぶん……」
アオバは別の動画を開いた。
暗い画面。
揺れる映像。
そして、ライトの向こうに映り込んだ人影。
「これ、見てください」
画面の中では、ハイランダーの制服を着た少女たちが、土埃にまみれながら作業をしていた。
スコップを振るう者。
土砂を運ぶ者。
線路のようなものを組み立てている者。
全員が疲れ切った様子で、それでも黙々と働いている。
「……行方不明になった一年生たちか」
「はい。撮影した時には、もう誰もいなかったんです。だから、最初は見間違いかと思って……」
「見間違いではない」
エクスデスは断言した。
「これは、魔力によって映像が歪められている。通常の工事ではない」
ノゾミはスマートフォンを返し、椅子から立ち上がった。
「確かに、こりゃまずいね」
いつもの軽い口調ではあった。
だが、その目は笑っていなかった。
「先生。どうするの?」
「決まっている」
エクスデスはローブを翻した。
「生徒を迎えに行く。ついでに、無断でキヴォトスの地下を掘り進めている不届き者には、少々話を聞かねばならんな」
「……話を聞くだけ?」
「相手次第だ」
その言葉を聞き、ノゾミは小さく笑った。
「うん。じゃあ、グラシャラボラスを呼ぼうか」
エクスデスは頷いた。
この時、彼らはまだ知らなかった。
今回の相手が、単なる異世界の怪物ではないことを。
そして、これから始まる戦いが、二つの魔列車による、常識外れの追走劇になることを。
002 夜の線路
「グラシャラボラス、しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
深夜。
誰もいない市街地に、二人の少女の元気な声が響いた。
グラシャラボラスの運転席にいるのは、ノゾミとアオバ。
そして、その後方にはエクスデス先生が控えていた。
本来ならば、こんな時間に列車を走らせることなど許されない。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
行方不明になった生徒たちが、今もどこかで危険な作業を強いられている可能性があるのだ。
多少の規則違反など、後からいくらでも説明できる。
もっとも、グラシャラボラス自身は、そんなことを気にする様子もなかった。
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
車輪が規則正しく回転し、車体が揺れる。
運転席の前方には、グラシャラボラスの視点から見える映像が投影されていた。
ライトの先に広がるのは、深夜の市街地。
閉ざされた商店。
明かりの消えたビル。
街灯の下に伸びる、誰もいない道路。
その光景は普段と何ら変わらない。
しかし、エクスデスは窓の外へ視線を向けたまま、じっと黙っていた。
「先生、何か見える?」
「いや。だが、近づいている」
「何に?」
「死の気配に、だ」
アオバがごくりと唾を飲み込んだ。
「し、死の気配……」
「安心しろ。少なくとも、今のところは我らに直接の害を及ぼしてはいない」
「少なくとも、って言いましたよね!?」
「言ったな」
「安心できませんよぉ!」
ノゾミは笑いながら、前方を指差した。
「ほら、見えてきたよー!」
ライトの先。
そこには、巨大なトンネルが口を開けていた。
コンクリートの壁は新しく、ところどころに補強材が打ち込まれている。
だが、奇妙なことに、工事現場を示す標識もなければ、重機の姿もない。
ただ、地下へと続く闇だけが広がっていた。
グラシャラボラスは速度を落とし、トンネルの手前で停止した。
「先生、到着しました!」
「うむ。周囲を照らせ」
「了解!」
グラシャラボラスのライトが強く輝いた。
その光が、トンネルの内部を照らし出す。
そこにいたのは――
「……っ!」
アオバが息を呑んだ。
ハイランダーの制服を着た少女たちだった。
行方不明になっていた一年生たち。
彼女たちは全員、土埃にまみれながら作業を続けていた。
スコップを握る手は震え、制服は汚れ、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
それでも、彼女たちは作業を止めない。
まるで、止まることそのものが許されないかのように。
「おい!」
ノゾミが声を張り上げた。
「みんな、何をしているの! こっちに来なさい!」
しかし、少女たちは反応しなかった。
いや。
正確には、反応できなかった。
彼女たちの瞳は虚ろで、視線はただ前方へと向けられている。
そして、口元からは同じ言葉が繰り返されていた。
「……線路を」
「線路を、完成させなきゃ……」
「列車が来るから……」
「死者を、迎えに……」
エクスデスの杖が、微かに光った。
「精神干渉か。いや、もっと根が深いな」
彼は少女たちを見つめた。
「命令を受けているというより、命令そのものを自分の意思だと思い込まされている」
「そんな……!」
アオバの声が震える。
「それじゃあ、みんな、自分が何をしているのかも分かっていないんですか?」
「おそらくな」
エクスデスは杖を握り直した。
「まずは全員を回収する。アオバ、ノゾミ。お前たちはここで待機――」
その時だった。
『――警告』
どこからともなく、低い声が響いた。
『不法侵入者を確認』
『工事妨害者を確認』
『排除プロトコル、起動』
エクスデスの目が細くなる。
「来るか」
「先生?」
「下がれ!」
次の瞬間。
ポォォォォォォォォォォォォッ!!
耳をつんざく汽笛が、トンネルの奥から轟いた。
その音は、ただ大きいだけではなかった。
聞いた者の胸の奥に、冷たい手を差し込んでくるような、不気味な響きがあった。
アオバが両耳を押さえる。
ノゾミも顔をしかめた。
そして、エクスデスは即座に杖を構えた。
「この汽笛……!」
暗闇の向こうで、光が走った。
赤い光。
黄色い光。
そして、無数の車輪が回転する音。
轟音とともに、巨大な列車が姿を現した。
黒ずんだ車体。
不自然なほど多い車輪。
窓の向こうに広がる、光のない客室。
そして、車体の至るところから立ち上る、死者の魔力。
その姿は、かつてグラシャラボラスが変化した魔列車に酷似していた。
ただし、こちらの魔列車には、親しみを覚える余地など微塵もない。
その車体には、無数の鎖が巻き付いていた。
鎖の先には、誰かのものだったと思われる古びた名札や、壊れた懐中時計、擦り切れた学生証のようなものがぶら下がっている。
それらは車体の振動に合わせて揺れ、かすかな音を立てていた。
カラン。
カラン。
まるで、乗せられた死者たちが、車内から助けを求めているかのように。
「……魔列車か」
エクスデスが呟いた。
「やはり現れたな」
魔列車は速度を落とさなかった。
むしろ、こちらを認識した瞬間、さらに加速した。
「先生! このままだと一年生たちが!」
「分かっている!」
エクスデスは杖を掲げた。
「アロナ! プラナ! 私に魔力を!」
『『はい、先生!』』
二つの声が重なる。
エクスデスの周囲に魔力が集束した。
その瞬間、トンネル内の空間が歪んだ。
「転移魔法、発動!」
行方不明だった一年生たちの身体が、淡い光に包まれる。
一人。
二人。
三人。
疲れ果てた少女たちが、次々とトンネルの外へ転送されていった。
「えっ!? きゃあっ!」
「な、何!?」
「ここ、どこ!?」
最後の一人が転送された直後。
魔列車がトンネルへと突入した。
轟音。
爆発。
土砂が吹き飛び、補強材がへし折れ、岩盤が砕け散る。
魔列車は、線路が完成していない場所を、まるでそこに道があるかのように走り抜けていった。
いや、違う。
線路がないのならば、線路を作ればいい。
壁があるのならば、壁を破壊すればいい。
その進路を阻むものは、すべて粉砕して進む。
それが、あの魔列車の走り方だった。
「くっ……!」
エクスデスは杖を握りしめた。
「考えが読まれていたか!」
魔列車は、まるでこちらが生徒を救出することを最初から知っていたかのようなタイミングで現れた。
いや。
もしかすると、最初から生徒たちの救出など、問題にしていなかったのかもしれない。
あの列車にとって、トンネル工事はただの手段にすぎない。
目的は、別にある。
「先生! グラシャラボラスにメッセージが!」
ノゾミが叫んだ。
グラシャラボラスの車内モニターに、未知の通信信号が表示されていた。
「再生しろ!」
エクスデスの指示に、アオバが操作する。
そして、スピーカーから聞こえてきたのは、ひどく機械的な声だった。
『死者が此の世を生きることなど許されぬ』
『許されぬ』
『回収せよ』
『此の世から退去せよ』
『死者は死者の国へ』
『生者は生者の国へ』
『境界を乱す者を、回収せよ』
音声が途切れた。
車内に沈黙が落ちる。
「……やはり、狙いはアリウスのゾンビたちか」
エクスデスは呟いた。
あの魔列車は、死者を運ぶものとしての役割を自らに課している。
そして、アリウスに現れた少女たちを、死者であると判断した。
だからこそ、迎えに来たのだ。
彼女たちの意思など関係ない。
今を生きたいと願っているかどうかも関係ない。
死者であるならば、回収する。
ただ、それだけの存在なのだ。
「……悲しい思い出だけになんかさせなーい!」
ノゾミが叫んだ。
グラシャラボラスの車体が、低く唸る。
「グラシャラボラス、発進!」
「了解! 全速前進です!」
「よーし! あの列車、追いかけるよー!」
グラシャラボラスは、闇の奥へと突き進んだ。
その後方では、救出された一年生たちが、何が起きたのか分からないまま、互いの無事を確かめ合っていた。
エクスデスは一度だけ振り返り、彼女たちの姿を確認する。
そして、再び前を向いた。
「待っていろ、魔列車」
彼の声には、静かな怒りが宿っていた。
「我が生徒に手を出したことを、後悔させてくれる」
003 魔列車を追え!
「しかし、後ろを追いかけるだけでは、いずれカタコンベに到着する」
グラシャラボラスの運転席で、エクスデスは前方の映像を睨んでいた。
画面の向こうでは、魔列車が凄まじい勢いで走り続けている。
その車体が通過するたびに、地下の壁面が崩れ、土砂が吹き飛び、後方に新たなトンネルが生まれていく。
「そして、あれがカタコンベを攻略すれば、アリウスに到達することになる」
「つまりー?」
ノゾミが首を傾げた。
「アリウスゾンビーちゃんたちが、まとめて連れていかれちゃうってこと?」
「そういうことだ」
「それは困るねー」
ノゾミは少し考え込んだ。
「せっかく学校に通えるようになったんだもん。まだ試験だってあるし」
「そこは問題なのですか?」
「問題だよー。せっかく覚えた勉強を、途中で投げ出してほしくないもん」
エクスデスは一瞬だけ沈黙した。
そして、小さく頷いた。
「……そうだな」
かつて、死者の記憶から生まれた少女たちは、普通に生きることを望んだ。
友達と話したい。
学校へ行きたい。
勉強したい。
明日を迎えたい。
その願いは、決して大きなものではない。
それでも彼女たちにとっては、何よりも大切なものだった。
それを、ただ死者だからという理由で奪わせるわけにはいかない。
「ならば、追いつくだけでは足りぬ」
エクスデスは杖を掲げた。
「グラシャラボラス。新技術を使え」
「おっ、出番ですか!」
ノゾミが目を輝かせた。
「しんはっけーんぎじゅつ!」
アオバが思わず声を上げる。
「えっ、あれ、本当に使うんですか!?」
「使わなければ追いつけぬ。問題あるか?」
「いえ、理論上は問題ありませんけど! 実験はまだ十分じゃないんですよ!?」
「ならば、実戦でデータを取ればよい」
「先生まで!?」
グラシャラボラスの車体が、ぶるりと震えた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
車体の側面が変形を始める。
装甲板がスライドし、内部の機構が展開され、魔力の流れが急激に変化していく。
そして。
「ぱひゃひゃ! グラシャラボラス・エーテルアーム変化!」
ドゴォン!!
車体の前方、その左右から巨大な腕が生えた。
鋼鉄の骨格。
魔力によって強化された関節。
そして、列車そのものを掴めそうなほど巨大な掌。
それはもはや、列車というよりも、巨大な機械仕掛けの怪物だった。
「おおー!」
ノゾミが歓声を上げる。
「かっこいいじゃーん!」
「かっこいいで済ませないでください! これ、車体の負荷がとんでもないことになってますからね!?」
アオバが叫ぶ。
だが、グラシャラボラスは聞いていなかった。
「いっくよー!」
両腕が前方へと伸びる。
その先にあったのは、魔列車の後方車両だった。
ガシッ!
巨大な掌が車両を掴んだ。
「よーし!」
グラシャラボラスは、そのまま腕を振り抜いた。
「どーん!」
ドゴォォォン!!
客車が空中へ放り投げられた。
壁面へ激突した車両は、火花を散らしながら粉砕される。
「一両、排除!」
「ちょ、ちょっと待ってください! あの車両、まだ動いてますよ!?」
アオバがモニターを確認する。
確かに、切り離されたはずの客車は、車輪を回転させながら壁面を走っていた。
しかも、その窓という窓から、黒い腕のようなものが伸びている。
『侵入者』
『排除』
『回収を妨害する者を、排除』
「うわぁ……」
ノゾミが顔をしかめた。
「追いかけてくるんだ、あれ」
「問題ない!」
エクスデスが杖を振るう。
「グラビガ!」
紫色の魔力が、切り離された客車を包み込んだ。
次の瞬間、車両が猛烈な重力に押し潰される。
ギギギギギギギ……!
鋼鉄の車体が歪み、車輪が砕け、窓ガラスが粉々に飛び散った。
最後に、黒い煙を上げながら、客車は完全に停止した。
「よし!」
ノゾミが拳を握る。
「この調子でどんどんいこう!」
「待て。前方から何か来るぞ」
エクスデスの声が響いた。
モニターの向こう。
魔列車の側面から、何者かが飛び出した。
剣を構えた、鎧姿の戦士。
全身から凄まじい気迫を放ち、グラシャラボラスへと突進してくる。
「待ちな!!!!」
その声が、トンネルに反響した。
「俺の名はジークフリードォォォォォ!!」
「えっ、誰!?」
アオバが叫んだ。
「知らん!」
エクスデスが即答する。
「とりゃりゃりゃー!」
グラシャラボラスの巨大な腕が振り下ろされた。
バゴォン!!
「ぐわああああああああああああああああああ!?」
ジークフリードは、わずかに剣を振るっただけで、あっさりと吹き飛ばされた。
画面の中で、彼の姿が猛烈な勢いで遠ざかっていく。
「グラシャラボラスに八ダメージ!」
ノゾミが楽しそうに叫んだ。
「いや、八ダメージって何だ!?」
エクスデスが思わず突っ込んだ。
「いやー、今のはちょっと惜しかったねー」
「惜しくないでしょう!?」
アオバは頭を抱えた。
その間にも、グラシャラボラスは前進を続けていた。
「敵影、なし!」
「よし。先頭車両まで突っ切れ!」
「了解!」
ガゴーン!
バゴーン!
グラシャラボラスの巨大な腕が、次々と客車を掴み、投げ飛ばしていく。
車両が壁に激突し、装甲が砕け、魔力の火花が散る。
そのたびに、魔列車から奇怪な音声が響いた。
『回収』
『回収』
『回収』
『死者を回収せよ』
「うるさいなー、もう!」
ノゾミが耳を塞いだ。
「こっちは忙しいんだよー!」
そして、ついに。
「先頭車両、確認!」
アオバが叫んだ。
そこにあったのは、他の車両とは明らかに異なる姿の機関車だった。
黒い装甲。
無数の車輪。
巨大な煙突。
そして、車体の正面に刻まれた、不気味な紋章。
その紋章を見た瞬間、エクスデスの表情が険しくなった。
「……なるほど」
「先生?」
「こいつは、ただの魔列車ではない」
エクスデスは静かに告げた。
「死者を運ぶという役割そのものを、己の存在理由としているのだ」
『死者を回収』
『奪取』
『確保セヨ』
魔列車が、低く唸った。
そして、後方から無数の車輪が飛来した。
いや、車輪だけではない。
車両の残骸。
鋼鉄の鎖。
黒い煙の塊。
それらが魔力によって操られ、グラシャラボラスへと襲いかかってくる。
「グラシャラボラス、ガード!」
「了解!」
巨大な両腕が交差した。
ドゴォォォン!!
衝撃が車体を揺らす。
装甲が軋み、火花が散った。
「くっ……!」
アオバが制御盤を操作する。
「エーテルアームの負荷が限界に近いです!」
「まだいけるよねー?」
「いけますけど、いけることと、いっていいことは別です!」
「じゃあ、いこう!」
「聞いてくださいよぉ!」
ノゾミが笑い、グラシャラボラスが両腕を広げた。
「グラシャラボラス、キャーッチ!!」
巨大な掌が、魔列車の最後尾を掴んだ。
ガシィィィン!!
二つの列車が、地下空間の中で完全に固定された。
魔列車は前進しようとする。
グラシャラボラスは、それを許さない。
車輪が激しく回転し、レールのない地面を削り、火花が散る。
「先生! 捕まえました!」
「よくやった!」
エクスデスは杖を掲げた。
「アロナ! プラナ! グラシャラボラスの出力を最大まで引き上げろ!」
『『了解しました、先生!』』
魔力が流れ込む。
グラシャラボラスの車体が、金色の光に包まれた。
「「いいですともー!」」
ノゾミとアオバの声が重なった。
「いざ、勝負!」
グラシャラボラスが、後方へと力を込めた。
ギギギギギギギギギギギギギ……!!
二つの魔列車による、凄まじい綱引きが始まった。
004 死者を運ぶもの、生者を守るもの
魔列車は、強かった。
ただ大きいだけではない。
その車体には、死者を運ぶための異常な魔力が満ちていた。
車輪が回るたびに、周囲の空間そのものが引きずられていく。
まるで、現世と死者の国との境界が、無理やり引き裂かれているかのようだった。
『回収』
『回収』
『回収』
魔列車の声が響く。
『死者を回収せよ』
『死者を回収せよ』
『死者を回収せよ』
その声に呼応するように、グラシャラボラスの周囲に黒い霧が集まり始めた。
霧の中から、無数の手が伸びる。
骨ばった手。
土に汚れた手。
小さな手。
そして、何かを掴もうとする手。
それらがグラシャラボラスの車体に絡みつき、少しずつ後方へ引きずろうとしていた。
「うわっ、何これ!?」
ノゾミが顔をしかめる。
「気持ち悪いよー!」
「霊的な干渉です! 車体の魔力が侵食されています!」
アオバが制御盤を操作する。
「このままじゃ、エーテルアームが持ちません!」
「ならば、侵食を断ち切れ!」
エクスデスが杖を振るった。
「ディスペル!」
青白い光がグラシャラボラスを包み込む。
黒い霧が弾け、無数の手が消え去った。
だが、魔列車はすぐさま次の手を打った。
汽笛が鳴る。
ポォォォォォォォォォォォッ!!
その音とともに、グラシャラボラスの前方に、巨大な門のようなものが出現した。
黒い鉄で作られた門。
その向こうには、どこまでも続く線路が伸びている。
線路の先には、薄暗い空間が広がっていた。
地面も、空も、何もかもが灰色に染まった世界。
遠くには、無数の列車が停車している。
その窓には、誰かの影が映っていた。
「……あれは」
エクスデスの声が低くなる。
「死者の国へ続く門か」
『死者は死者の国へ』
『生者は生者の国へ』
『境界を乱す者を、回収せよ』
魔列車の車体が、門へ向けて加速した。
グラシャラボラスごと、あちら側へ引きずり込むつもりなのだ。
「先生! 引っ張られてます!」
「分かっている!」
エクスデスは杖を握り直した。
「この程度で、我が生徒を守る列車を引きずり込めると思うな!」
彼の周囲に、膨大な魔力が渦巻いた。
「グラシャラボラス! さらに出力を上げろ!」
「ええっ!? これ以上ですか!?」
「そうだ!」
「先生、車体が壊れます!」
「壊れたら直せばよい!」
「その修理をするのは私たちなんですけど!?」
「後で考える!」
「後で考えることが多すぎますよぉ!」
アオバの悲鳴を背に、グラシャラボラスは全出力を解放した。
車体の装甲が光り輝く。
巨大な両腕が、魔列車を掴む力を強めた。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
グラシャラボラスが、魔列車を引っ張った。
一瞬、魔列車の動きが止まる。
続いて、車体が軋む。
車輪が悲鳴を上げる。
門の向こう側から、無数の鎖が飛び出してきた。
それらは魔列車の車体に巻き付き、引き戻そうとする。
だが、グラシャラボラスは離さない。
「まだまだぁ!」
ノゾミが叫んだ。
「こっちは、帰る場所があるんだからね!」
その言葉に呼応するように、グラシャラボラスの車体が一段と輝いた。
死者を運ぶための列車。
生者を守るための列車。
同じ姿を持ちながら、その役割はまるで違う。
片方は、定められた行き先へすべてを運ぼうとする。
もう片方は、乗せた者たちが望む場所へ帰ろうとする。
そして、その違いが、今この瞬間に決定的な差となった。
「引っ張れええええええええええええ!!」
グラシャラボラスが、最後の力を振り絞った。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!
魔列車の車体が、大きく傾いた。
車輪が空転する。
黒い門が軋む。
そして――
バキィィィィィィィン!!
門が砕け散った。
死者の国へ続く道が、崩壊する。
その瞬間、魔列車は支えを失い、グラシャラボラスに引きずられて後退した。
「いまだ!」
エクスデスが叫んだ。
グラシャラボラスは魔列車を掴んだまま、全速力で後方へと突進した。
地下トンネルを抜ける。
土砂を吹き飛ばす。
岩盤を砕く。
そして、ついに。
二つの列車は、地上へと飛び出した。
夜空。
月明かり。
眼下に広がるキヴォトスの街並み。
その上空へと、魔列車が放り出された。
「よし!」
ノゾミが拳を握る。
「先生、今だよ!」
「うむ!」
エクスデスは、グラシャラボラスの運転席から身を乗り出すように杖を構えた。
空中で姿勢を崩した魔列車。
その車体には、まだ黒い魔力が渦巻いている。
汽笛が鳴る。
ポォォォォォォォォォォォッ!!
『回収』
『回収』
『回収』
『死者を回収せよ』
「黙れ」
エクスデスの声が、夜空に響いた。
「貴様の役割など知ったことではない」
杖の先に、光が集まる。
それは小さな光だった。
だが、次の瞬間には、周囲の空間を白く染め上げるほどの膨大なエネルギーへと膨れ上がった。
「私の生徒に手を出すから、こうなるのだ!」
「フレア!!」
005 フレアの輝き
閃光。
爆音。
そして、衝撃。
夜空に、太陽が生まれたかのような光が広がった。
エクスデスの放ったフレアが、魔列車を直撃したのだ。
魔列車の車体が内側から膨張する。
装甲が弾け飛び、車輪が砕け、煙突が根元から吹き飛んだ。
その内部に蓄積されていた死者の魔力が、黒い煙となって噴き出す。
『回収』
『回収』
『回――』
音声が途切れた。
次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォン!!
魔列車は、夜空の中で爆発四散した。
無数の破片が飛び散り、火花が散る。
黒い煙は風に流され、次第に薄くなっていく。
そして、最後に残ったのは――
小さな、鈴の音だった。
チリン。
チリン。
それは、かつて誰かが持っていたものなのだろう。
小さな鈴が、夜空を漂いながら落ちていく。
エクスデスは杖を振った。
魔力が広がり、鈴を包み込む。
それは地面に落ちることなく、静かに彼の手元へと引き寄せられた。
「……」
エクスデスは、鈴を見つめた。
そこには、何の魔力も残っていなかった。
ただの古びた鈴。
それだけだった。
「先生?」
ノゾミが声をかける。
「どうしたの?」
「いや……」
エクスデスは、鈴をローブの内側へしまった。
「何でもない」
そう答えた彼の表情は、いつもと変わらなかった。
だが、ノゾミには分かった。
エクスデスは、ほんの少しだけ考え込んでいる。
あの魔列車は、ただの怪物だったのだろうか。
それとも、何らかの役割を果たそうとしていただけなのだろうか。
死者を運ぶ。
それが、あの列車の存在理由だったのなら。
彼らは、間違ったことをしていたのだろうか。
答えは、簡単には出ない。
だが。
「……先生」
ノゾミが、静かに口を開いた。
「それでも、あの子たちを連れていかせるわけにはいかなかったんだよね」
エクスデスは、ノゾミを見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「ああ」
彼の声には、迷いがなかった。
「彼女たちは、今を生きようとしている」
「……うん」
「ならば、今を生きる者の意思を、尊重せねばならぬ」
エクスデスは夜空を見上げた。
「死者の役割を決めるのは、死者自身であってもよいはずだ」
その言葉を聞き、ノゾミは微笑んだ。
「……先生らしいね」
「そうか?」
「うん」
ノゾミは頷いた。
「とっても、先生らしいよ」
006 おかえりなさい
翌朝。
アリウスの校舎には、いつもより少しだけ賑やかな声が響いていた。
「えっ!? 昨日、ハイランダーの子たちが行方不明になってたの!?」
「そうなんです! でも、無事に帰ってきたんですよ!」
「よかったぁ……!」
アリウスの生徒たちは、救出されたハイランダーの一年生たちを囲み、口々に安堵の言葉をかけていた。
一方、エクスデスは職員室で報告書を確認していた。
「……ふむ」
報告書には、昨夜の事件についての詳細が記されている。
地下トンネルの発見。
行方不明者の救出。
魔列車との交戦。
そして、魔列車の撃破。
最後の項目を見たエクスデスは、しばらく黙り込んだ。
「……撃破、か」
本当に、それでよかったのだろうか。
あの魔列車が、死者を運ぶという役割を果たそうとしていたのなら。
彼は、その役割を破壊したことになる。
だが。
エクスデスは、報告書の最後に目を向けた。
そこには、救出された一年生の一人が書いた言葉が添えられていた。
『また、みんなと一緒に働きたいです』
その一文を見て、エクスデスは静かに目を閉じた。
そして、報告書を机の上に置いた。
「……それでよい」
彼は立ち上がり、職員室を出た。
廊下の向こうから、少女たちの笑い声が聞こえてくる。
そこには、昨日まで行方不明だった一年生たちの姿もあった。
彼女たちは、アリウスの少女たちと一緒に、楽しそうに話をしていた。
「それでね! 私、昨日すっごく怖かったんです!」
「うんうん!」
「でも、先生が助けてくれて……」
「エクスデス先生、かっこいいよね!」
「……えっ?」
「すごく大きいし、魔法もすごいし!」
「分かります! 私、最初に見た時はびっくりしました!」
少女たちの会話を聞きながら、エクスデスは足を止めた。
「……む」
どうやら、自分の話をしているらしい。
「先生って、普段は怖そうだけど、ちゃんと助けてくれるんだね!」
「そうなんです! ちょっと怖いですけど!」
「……」
エクスデスは、何も言わずにその場を離れた。
聞かなかったことにしよう。
そう思ったのだ。
だが、その直後。
「先生ー!」
ノゾミが、廊下の向こうから手を振ってきた。
「みんな、先生にお礼を言いたいんだって!」
「……そうか」
エクスデスは、ゆっくりと歩き出した。
少女たちが、彼を取り囲む。
「先生、ありがとうございました!」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「本当に、怖かったんです!」
「もう二度と、あんなところで働きたくないです!」
「……うむ」
エクスデスは、静かに頷いた。
「無事で何よりだ」
それだけ言って、彼は少女たちを見渡した。
「だが、今回の件で学んだことを忘れるな」
少女たちの表情が引き締まる。
「異常な命令を受けた時は、まず疑え。自分の意思に反することを強制されたなら、誰かに助けを求めろ」
「はい!」
「そして――」
エクスデスは、少しだけ声を和らげた。
「自分が帰りたいと思う場所を、忘れるな」
少女たちは顔を見合わせた。
そして、笑顔で頷いた。
「はい!」
その返事を聞き、エクスデスは満足そうに頷いた。
007 魔列車のその後
その日の夕方。
グラシャラボラスは、ハイランダーの整備施設に停車していた。
車体の側面には、巨大な腕を展開した際に生じた傷がいくつも残っている。
装甲板は歪み、関節部は摩耗し、魔力伝導路には過負荷による損傷が見られた。
アオバは、その損傷箇所を確認しながら、深々とため息をついた。
「……はぁ」
「どうしたのー?」
ノゾミが隣から顔を覗き込む。
「どうしたもこうしたもありませんよ! エーテルアームの関節部は交換、車体の魔力伝導路も再調整、装甲板も何枚か新調しないと……!」
アオバは修理箇所の一覧を見せた。
そこには、びっしりと項目が並んでいた。
「しかも、先生が最後に撃ったフレアの余波で、車体の外装にまで熱損傷が出ているんですよ!?」
「うむ。すまんな」
エクスデスは素直に謝った。
「……えっ」
アオバが目を丸くする。
「先生、謝れるんですか……?」
「私は何だと思われているのだ」
「い、いえ! 何でもありません!」
ノゾミがくすくすと笑う。
「でも、グラシャラボラスは頑張ったよねー」
「それはそうですけど!」
アオバは修理箇所の一覧を抱え直した。
「今回の戦闘で得られたデータは非常に貴重です。エーテルアームの出力限界、魔列車との力比べにおける車体負荷、異世界由来の魔力干渉への耐性……」
彼女の目が、少しずつ輝き始める。
「これらを分析すれば、次はもっと効率的に戦えるようになります!」
「おおー!」
ノゾミが拍手した。
「さすがアオバちゃん!」
「ただし!」
アオバが勢いよく指を立てた。
「次回からは、必ず事前に実験計画書を提出してください! それから、戦闘時の出力制限についても見直します!」
「えー」
「えー、じゃありません!」
「グラシャラボラス、次も頑張ろうねー!」
「……」
エクスデスは、二人のやり取りを見ながら、ふと空を見上げた。
夕焼けの空。
遠くを走る列車の音。
そして、帰るべき場所へと向かう人々の姿。
それらは、昨日までと何ら変わらない。
魔列車は、死者を運ぶために存在していた。
だが、グラシャラボラスは違う。
乗せた者たちを守り、目的地へ送り届け、そして無事に帰すために走る。
その違いが、今回の戦いを決めたのだろう。
「……グラシャラボラス」
エクスデスが呼びかけた。
ノゾミが微笑む。
アオバも、修理箇所の一覧を抱えたまま頷いた。
「グラシャラボラスは、私たちにとって大切な仲間ですから」
その言葉を聞き、グラシャラボラスは嬉しそうに汽笛を鳴らした。
ポッポー!
夕焼けの空に、明るい音が響く。
それは、昨夜の魔列車が鳴らした、あの不気味な汽笛とはまるで違うものだった。
誰かを連れ去るための音ではない。
誰かを恐怖させるための音でもない。
仲間たちに、自分はここにいると知らせるための音。
そして、いつかまた誰かを助けに行くための、出発の合図だった。
エクスデスは、その音を聞きながら、静かに頷いた。
「……さて」
彼はローブを翻した。
「次は、アリウスのゾンビーたちの様子でも見に行くとするか」
「えー、先生。あの子たち、今日も勉強してると思うよー?」
「それは結構なことだ」
「でも、試験が近いから、みんな大変そうだけどねー」
「……」
エクスデスの足が止まった。
「試験?」
「うん」
ノゾミはにっこりと笑った。
「アリウスのゾンビーちゃんたち、今度の試験を受けるんだって!」
「…………」
「先生、勉強教えてあげたら?」
「………………」
エクスデスは、ゆっくりと空を見上げた。
死者の国へ続く門を破壊することよりも。
魔列車を撃破することよりも。
もしかすると、それはずっと難しい仕事なのかもしれなかった。
「……分かった」
エクスデスは、重々しく頷いた。
「教師として、全力を尽くそう」
「おおー! 頑張ってね、先生!」
「……ただし」
彼は、ふと思い出したように付け加えた。
「内藤には、絶対に教えさせるな」
「えっ、どうして?」
「前に、あやつが数学の問題を説明しているところを見たのだ」
「うんうん」
「『うはwwwwwwwwwwここで右辺を左辺に移動wwwwwwwwww』と、黒板を埋め尽くしておった」
「……」
「最後には本人も何を計算しているのか分からなくなっていた」
「ぱひゃひゃひゃひゃひゃ!」
ノゾミが腹を抱えて笑った。
グラシャラボラスも、つられるように汽笛を鳴らす。
ポッポー!
その音は、夕焼けの街に明るく響いていた。
かつて、死者を回収するために現れた魔列車。
その目的は、最後まで変わらなかったのかもしれない。
死者を死者の国へ運ぶ。
それが、あの列車の役割だった。
だが、キヴォトスには、そこに収まらない存在がいる。
死者の記憶から生まれ、それでも明日を望む少女たち。
異世界から訪れ、教師として彼女たちを守る者。
そして、乗せた仲間たちを守るために走る、もう一つの魔列車。
死者だからといって、今を生きたいという願いまで否定されるわけではない。
少なくとも、エクスデスはそう考えていた。
そして、その考えを守るためならば。
彼は何度でも杖を掲げるだろう。
何度でも魔法を放つだろう。
たとえ相手が、死者を運ぶために生まれた魔列車であろうとも。
「……さて、帰るとするか」
エクスデスが歩き出す。
その後ろを、ノゾミとアオバが追いかけた。
グラシャラボラスもまた、整備施設の中で静かに汽笛を鳴らした。
ポッポー。
それは、誰かを迎えに行くための音。
誰かを家へ帰すための音。
そして――
明日もまた、みんなで笑うために走り続ける列車の音だった。
――『魔列車異変』、終。