「整備員の何人かが行方不明になってる?」
休憩室で休んでいたノゾミは、目の前に座るアオバの話に耳を傾けていた。
いつもの雑談から始まったはずの会話。しかし、行方不明という物騒な単語が飛び出したことで、室内にはどこか暗い空気が漂い始めていた。
「えぇ。なんでも、一年生が根性なく逃げ出したんだとか……そんな話を聞いたんですけど」
「それでー? 後ろにいるエクスデス先生と関係あるのー?」
「うむ。今回の事例、過去の魔列車案件によく似ているのでな」
アオバの背後から、重々しい声が響いた。
そこにいたのはエクスデス先生だった。
「前に……スオウゼロムスが現れた時のことを覚えているか?」
「グラシャラボラスと初めて出会ったときの?」
「今では私たちのしょうかんじゅー!」
「うむ。その時と同じ反応がしているのだ。我が枝にな」
「つまり、洗脳された召喚獣ってこと?」
「ダブルグラシャラボラスはちょっといっぱいいっぱーい!」
ノゾミとアオバがそれぞれの反応を見せる中、エクスデスは首を横に振った。
「いや、今回、魔列車の目的がはっきりと分かっている。死者の回収だ」
「……冗談?」
「いや。最近、アリウスでゾンビの存在が確認された。それを強引に回収しに来ているのだろうな」
エクスデスは腕を組み、考え込んだ。
「そして、アリウスには鉄道が通じていない。わざわざ線路を新設してまで向かおうとしているのなら、なおさら異常だ」
「でもさー、死者を回収するなら、どうして一年生たちに線路を掘らせてるの?」
ノゾミの疑問に、エクスデスはわずかに目を細めた。
「……そこだ。死者を運ぶだけなら、線路を敷設する必要などない。ましてや、生者を使役する理由もないはずだ」
「じゃあ、何のために?」
「分からぬ。だが、単なる機械の暴走ではあるまい。何かを運ぶためではなく、何かの居場所へ到達するために線路を作っている……そう考えるべきかもしれぬな」
「それで、ハイランダーが立てた予想図なんですけど……」
アオバはスマートフォンを取り出し、写真フォルダを開いた。
画面に映し出されたのは、地下へと伸びる見慣れないトンネル。そして、その奥で作業を続ける複数の少女たちの姿だった。
朝から夜まで働き続けていたアオバだからこそ、偶然気づけた異変だったのだろう。
「確かに、こりゃまずいね」
映像の中では、行方不明になった一年生たちが、土埃にまみれながら線路を掘り進めていた。
しかも、どう見てもまともな労働環境ではない。
「……なるほど。急いだほうがよさそうだな」
エクスデスは静かに立ち上がった。
死者を回収する魔列車。そして、知らぬ間に地下へと作られていた線路。
その二つが意味するものを、彼はまだ完全には理解していなかった。
だが、放置すれば取り返しのつかない事態になる。
それだけは確信していた。
002
「グラシャラボラス、しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
夜の街に、二人の少女の元気な声が響いた。
声こそいつも通りふざけているが、その表情は真剣そのもの。ノゾミとアオバは、グラシャラボラスに乗り込み、件のトンネルへと向かっていた。
運転席の前方には、グラシャラボラスの視点から見える映像が映し出されている。
ライトが照らす先には、深夜の市街地と、その向こうに広がる漆黒の闇。
やがてグラシャラボラスは速度を落とし、静かに停止した。
ライトの先に現れたのは、地下へと続く巨大なトンネルだった。
そして、その奥には――。
「……そこで止まれ」
「了解、先生。こりゃひどいね」
「みんな痩せてるから、徹夜作業?」
トンネルの中では、行方不明になった一年生たちが、土埃にまみれながら黙々と作業を続けていた。
疲れ切った顔。汚れた制服。休む間もなく線路を敷設する少女たち。
どう考えても、ただの家出や逃亡で片づけられる状況ではなかった。
「まずは私がトンネルまで向かう。連れてきた人員には、一年生たちの回収を任せよう」
エクスデスがそう告げた、その瞬間だった。
ポッポー!!!!!!!!
ポッポオオオオオオオオオ!!!!
耳をつんざくような汽笛が、夜の地下空間に鳴り響いた。
「なんだ!?」
「汽笛の音って……!」
「まさか、まれっしゃー!?」
三人が顔を上げる。
そこには、かつてグラシャラボラスが変化していたものとよく似た、異形の列車があった。
魔列車である。
しかも、こちらへ向かって全速力で突進してきていた。
「いかん! アロナ! プラナ! 私に魔力を!」
『『はい、先生!』』
エクスデスは即座に魔法を発動する。
行方不明だった一年生たちに対し、テレポを使用!
光に包まれた少女たちは、魔列車の進路から一瞬で退避させられた。
その直後、魔列車がトンネルへと突入する!
轟音とともに土砂が爆ぜ、岩盤が砕け散る。まるで魔力そのものを掘削機に変えたかのように、魔列車は行く手を塞ぐ地面を破壊しながら進んでいった。
「くっ! こちらの考えが読まれていたか!」
「ちょっと待って、先生! グラシャラボラスにメッセージが!」
「再生せよ! あの魔列車と関係があるかもしれぬ!」
ノゾミが操作すると、グラシャラボラスの車内に不気味な音声が響き渡った。
『死者が此の世を生きることなど許されぬ、許されぬ、回収せよ、此の世から退去せよ』
機械的でありながら、どこか怨念を感じさせる声。
音声が途切れた、その直後。
『……まだ……帰りたくない……』
かすかな声が、ノイズに混じって聞こえた。
「……今の、聞こえた?」
ノゾミが小さくつぶやく。
「うん。でも、魔列車の声じゃなかったような……」
エクスデスは黙り込んだ。
今の声が何を意味するのか、彼にも分からない。ただ、魔列車の言葉とは明らかに異なる何かが、そこにはあった。
「……気になるが、今は列車を止めることが先だ」
エクスデスは杖を握り直した。
「ヤツの狙いは、やはりアリウスのゾンビたちか!」
「悲しい思い出だけになんかさせなーい!」
ノゾミは操縦席で力強く声を上げた。
「グラシャラボラス、はっしーん!」
グラシャラボラスが唸りを上げ、魔列車を追って走り出した。
003
「しかし、後ろを追いかけるだけではいずれカタコンベに到着する。そして、そこを突破されればアリウスに到達されてしまう……!」
追跡を続けながら、エクスデスは状況を分析していた。
相手は地形を破壊しながら進む魔列車だ。このままでは、アリウスにたどり着く前に止められる保証はない。
だが、その時。
「そんなときに、しんはっけーんぎじゅつ!」
「ぱひゃひゃ! グラシャラボラス・エーテルアーム変化!」
グラシャラボラスの車体が、わずかに身震いした。
次の瞬間、正面の顔の両脇から、巨大な二本の腕が生えてきた!
「おおっ!?」
「いっけー!」
グラシャラボラスはその腕を大きく振りかぶると、魔列車の客車を一両、また一両と掴み上げ、豪快に投げ飛ばし始めた。
ガゴーン!!
バゴーン!!
客車が宙を舞い、トンネルの壁に激突する。
もはや追跡というより、走行中の列車を解体しているような光景だった。
その時である。
「待ちな!!!!」
突如、前方から一人の剣士が飛び出してきた!
「とりゃりゃりゃー!」
剣士は勇ましい掛け声とともにグラシャラボラスへと斬りかかる。
グラシャラボラスに8ダメージ!
「俺の名はジークフリードォォォオオオオオ!?+!?」
名乗りを上げた直後、ジークフリードはグラシャラボラスの巨大な片腕に捕まった。
「お、おい! 待て! まだ俺の見せ場は――」
ぶんっ!
そのまま後方へと投げ飛ばされた。
「ぬわああああああああああ!?」
剣士の悲鳴が、夜の闇へと遠ざかっていく。
「……何だったんだ、今のは?」
「さぁ? それより、そろそろ先頭車両だよ!」
ノゾミの言葉通り、グラシャラボラスは次々と客車を投げ飛ばし、ついに魔列車の先頭車両へと到達した。
『死者ヲ回収、奪取、確保セヨ!』
魔列車が叫ぶ。
その直後、後方へ向けて大量の車輪が射出された!
通常の車両についている数をはるかに超える、無数の車輪。それらが唸りを上げながらグラシャラボラスへと迫る。
だが、グラシャラボラスはひるまなかった。
巨大な両腕を構え、飛来する車輪を正面から受け止める!
そして――。
「グラシャラボラスキャーッチ!!!」
ドゴォォォン!!
ついにグラシャラボラスは、魔列車の後部を両腕でがっちりと掴み取った!
「今だ! 出力を最大に!」
「「いいですともー!」」
ノゾミとアオバの声が重なる。
グラシャラボラスの駆動音が一段と高まり、車体から魔力が噴き上がった。
ギギギギギギギギギギギギ――!!
二つの列車が、耳障りな金属音を響かせながら引っ張り合う。
まさに、列車同士の綱引きである。
『死者ヲ、回収セヨ……!』
魔列車はなおも前進しようとする。
しかし、相手が悪かった。
グラシャラボラスは、ただの列車ではない。
次元を超えて召喚され、ノゾミたちと絆を育んだ、れっきとした召喚獣なのだ!
「いっけええええええ!!」
グラシャラボラスが最後の力を振り絞る。
そして、ついに魔列車を後方へと引きずり始めた!
そのままトンネルを抜け、夜空へと飛び出す二つの列車。
グラシャラボラスは魔列車を掴んだまま、勢いよく上空へと放り投げた!
「私の生徒に手を出すからこうなるのだ!!!」
エクスデスが杖を掲げる。
収束する魔力。夜空を照らす閃光。
そして――。
フレア!!
大爆発が夜空を覆い尽くした。
魔列車は轟音とともに爆発四散し、その姿を跡形もなく消し飛ばしたのだった。
戦闘が終わり、静寂が戻った。
救出された一年生たちは無事に保護され、行方不明事件もひとまず解決へと向かうことになる。
ただし、地下に作られた線路の撤去や、破壊されたトンネルの修復など、後始末は山積みだった。
「……先生、これ、修理費ってどこから出るんですか?」
「それは……後で考えよう」
「ぱひゃひゃ! グラシャラボラス、だいかつやくー!」
「次はもっと上手に車両を投げたいね!」
そんな二人の声を聞きながら、エクスデスは爆発の跡を見つめていた。
魔列車が消えた場所には、黒い煙と、微かな魔力の残滓だけが残されていた。
彼は杖を伸ばし、その残滓に触れる。
「……なるほど。そういうことか」
「先生、何か分かったの?」
「確証はない。だが、あれは死者を生み出すための存在ではない。死者を運ぶための存在だったのだろう」
「運ぶって……どこに?」
「死者の行くべき場所へ。少なくとも、かつてはそういう役割を与えられていたのだろうな」
エクスデスは目を閉じ、残された魔力の記憶を読み取ろうとする。
そこにあったのは、古い命令の残響だった。
死者を乗せること。
死者を運ぶこと。
そして、死者を此の世から送り出すこと。
それは本来、誰かを傷つけるための命令ではなかったのかもしれない。
「だが、何らかの理由で、その使命だけが残ってしまった。死者が何を望んでいるのか、生者が何を思うのか。それらを考えることなく、ただ回収し、運び、此の世から退去させる」
「……じゃあ、アリウスの子たちも?」
「ああ。あれにとっては、彼女たちが何者であるかなど関係ない。死者である。それだけで回収する理由になるのだ」
ノゾミは、静かに拳を握った。
「……そんなの、絶対に認めないよ」
「うむ」
エクスデスはうなずいた。
「死者を送ることが間違いなのではない。死者が何を望んでいるかを確かめもせず、ただ使命だからと連れ去ることが間違いなのだ」
彼は、アリウスのある方角を見つめた。
「彼女たちは、ようやく生きることを始めたのだからな」
その時だった。
『……まだ……帰りたくない……』
消えたはずの魔力の残滓から、かすかな声が響いた。
三人は一斉に振り返る。
しかし、そこにはもう何もなかった。
「……今の声」
「うん。さっきと同じだね」
エクスデスはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと杖を下ろした。
魔列車は死者を運ぶ使命を果たそうとしていた。
では、あの声は誰のものだったのか。
魔列車が運んできた死者たちの残響か。それとも、かつてその列車に乗り、帰りたくないと願った誰かの記憶か。
あるいは――。
「……いずれ、確かめる必要があるな」
エクスデスはそうつぶやき、歩き出した。
死者を運ぶ列車は消えた。
だが、死者をこの世に留める願いまで、消えたわけではない。
そして、その願いを守ることこそが、今を生きる彼らの役目なのだろう。
なお、その頃。
遠く離れた夜空の彼方では――。
「俺の名前を最後まで聞けええええええええええ!!」
謎の剣士ジークフリードの叫びが、むなしく響いていた。