至天の座アルカディア プロローグ
――すべては、一人の社長が見た夢から始まった。
かなり昔の話。
キヴォトスにおいて、VRゲームはすでに一般的な娯楽として普及していた。
専用のゴーグルを装着し、仮想空間へと意識を没入させる。
そこでは現実の肉体に縛られることなく、誰もが英雄となり、魔法使いとなり、あるいは見たこともない世界を旅する冒険者となることができた。
もちろん、そんな市場が穏やかであるはずもない。
大手企業が莫大な予算を投じて開発した超大作の隣には、数人の技術者が寝食を忘れて作り上げた奇妙なゲームが並ぶ。
そのさらに隣では、昨日まで話題を独占していた作品が、今日にはもう時代遅れと呼ばれていた。
求められるのは新しさ。
誰も見たことのない体験。
そして、話題性。
ありふれた発想では見向きもされず、かといって奇抜なだけでは長続きしない。
無数の企業が参入するVRゲーム市場は、まさにアイデア一つで生死が分かれる戦場だった。
そんな戦場の片隅に、一つの零細ゲーム会社が存在していた。
その会社の社長を務める一体のオートマタは、夕暮れの街路をとぼとぼと歩いていた。
金属製の脚部が舗装路を踏みしめる音は、普段よりもずっと重苦しく響いている。
背中は丸まり、頭部はうなだれ、時折漏れる独り言には隠しきれない疲労が滲んでいた。
VRゲーム会社社長「はぁ……この間出した、デカい魚と銃で格闘するってアイデアは良かったと思うんだが、いかんせん今は魔法が流行っちまったからなぁ……」
思い返すのは、つい先日発売したばかりの自社製品である。
巨大な魚と銃を用いて戦うという、前代未聞のコンセプト。
企画会議では社員たちも盛り上がり、開発中には自分たちこそが新時代を切り開くのだと確信していた。
しかし、世間の反応は厳しかった。
時を同じくして、魔法を駆使して戦うVRゲームが爆発的な人気を獲得してしまったのである。
華麗な魔法陣。
空を覆う炎。
現実では決して味わえない超常の力を振るう快感。
それらが流行の最先端となれば、銃を手に巨大魚と殴り合うゲームは、どうしても時代遅れに見えてしまう。
ゲームそのものが悪かったとは思わない。
アイデアにも自信はあった。
だが、商売とはそういうものだった。
どれほど面白いものを作ったところで、客が求めていなければ売れない。
そして売れなければ、会社は潰れる。
VRゲーム会社社長「魔法を見ようにも俺は痛いのはいやだ! だが経験しなきゃわからないこともある! ……オートマタだし魔法は使えんだろうなぁ……」
社長は頭部を抱えた。
魔法を使うゲームを作るなら、まずは魔法を理解しなければならない。
映像資料を集めるだけでは足りない。
実際に体験してこそ、プレイヤーが何を楽しいと感じるのかがわかる。
だが、現実の魔法を体験するのは怖い。
そもそも、自分はオートマタである。
生身の人間のように魔力を操れるのかどうかすらわからない。
そして何より、痛いのは嫌だった。
経営者としての責任。
開発者としての好奇心。
そして、どうしようもなく臆病な一個体としての本音。
それらが頭の中でぐるぐると回り、答えの出ない思考を延々と繰り返していた。
その姿は、道行く人々から見れば、まるで魂を抜かれた幽鬼のようだっただろう。
もっとも、当の本人は周囲の視線など気にしていなかった。
自社の未来をどうするか。
次の企画をどうするか。
社員たちの給料をどうやって捻出するか。
考えるべきことは山ほどある。
そのせいで、彼は気づかなかった。
目の前の空間に、ぽっかりと黒い穴が開いていることに。
まるで世界そのものが切り取られたかのような、異様な空間の裂け目。
街路の風景から明らかに浮いているそれを、社長は考え事に夢中になったまま通り抜けてしまった。
一歩。
もう一歩。
そして、背後から聞こえていた街の喧騒が、唐突に消えた。
VRゲーム会社社長「ん……? あれ、ここ帰り道じゃないぞ!」
足を止めた社長は、ゆっくりと顔を上げた。
そこにあったのは、見慣れたキヴォトスの街並みではなかった。
上下も左右も曖昧な、果てしなく広がる暗黒の空間。
遠くには何かが漂っているようにも見えるが、それが岩なのか、光なのか、それとも別の何かなのかさえ判然としない。
足元は確かに存在している。
しかし、そこが何でできているのかはわからなかった。
振り返る。
先ほどまで通ってきたはずの道は、どこにもなかった。
VRゲーム会社社長「……ま、まさか噂に聞く次元の狭間!?」
噂だけなら聞いたことがある。
世界と世界の境界。
異なる次元の隙間。
普通の生物が足を踏み入れれば、二度と元の世界へ帰れないとされる場所。
もちろん、そんなものが本当に存在するとは思っていなかった。
少なくとも、自分が迷い込むような場所ではないと思っていた。
だが、現実は非情だった。
VRゲーム会社社長「う、後ろは!? ない! 出口がない!」
彼は慌てて周囲を見回した。
逃げ道を探す。
来た道を探す。
何でもいいから、ここから出られる可能性を探す。
しかし、どこを見ても同じような暗黒ばかりだった。
VRゲーム会社社長「最悪だ! こ、このまま死ぬのか……? モンスターに襲われて!?」
恐怖に駆られた社長は、その場で身を縮こまらせた。
自分は戦闘用のオートマタではない。
武装もなければ、護衛もいない。
あるのは、普段の仕事で使っている端末と、会社の未来を心配する頭だけである。
そんな自分が、未知の次元でモンスターに襲われたらどうなるか。
考えるまでもなかった。
VRゲーム会社社長「で、でかい声を出しては……なんだ? あの光?」
ふと、視界の隅に何かが映った。
十数メートルほど先。
暗黒の中に、ぽつりと浮かぶ暖かな光だった。
それは周囲の闇を無理やり押し退けるような強烈な輝きではない。
むしろ、静かにそこに在り続けているような光だった。
淡い輝きの中心には、結晶のような輪郭が見える。
光を放つクリスタル。
それを目にした瞬間、社長の恐怖はほんの少しだけ薄れた。
少なくとも、あれは自分を即座に殺そうとする何かには見えなかった。
助かるかもしれない。
あそこなら、何か手がかりがあるかもしれない。
そんな、あまりにも頼りない希望だった。
しかし、希望というものは、時として恐怖よりも強い。
社長はゆっくりと立ち上がり、クリスタルへ向かって歩き始めた。
その歩みは、最初こそ慎重だった。
だが、光が近づくにつれて、彼の足取りは次第に速くなっていった。
やがて、彼はクリスタルの前にたどり着いた。
VRゲーム会社社長「……頼む、ここから助けを呼べる何かであってくれよ」
祈るような気持ちで、その表面を覗き込む。
そして。
彼は、息を呑んだ。
そこに映し出されていたのは、見たこともない世界だった。
広大な大地。
どこまでも続く空。
異形の生物が跋扈し、人々が武器を手に歩いている。
魔法が飛び交い、剣が閃き、見たこともない力が世界を彩っていた。
それは、まるで最高峰のファンタジーゲームを覗き込んでいるかのような光景だった。
いや、違う。
彼はゲーム開発者である。
だからこそ、直感的に理解した。
これは、自分が今まで見てきたどのゲームとも違う。
演出のために配置された背景ではない。
プレイヤーに見せるためだけに作られた舞台でもない。
そこには、世界があった。
人々が生き、戦い、旅をしている。
それぞれの行動に理由があり、目の前の出来事が、別の出来事へと繋がっていく。
その光景を見た瞬間、社長は次元の狭間にいることも、自分が帰れなくなるかもしれないことも、しばらく忘れてしまった。
彼の視線は、クリスタルの向こう側に釘付けになっていた。
そして、その世界の中に見覚えのある姿を見つけた。
ゲヘナ学園の風紀委員長、空崎ヒナ。
キヴォトスでも指折りの実力者であり、つい先日には休暇を取ったという報道がされていた少女だ。
その彼女が、異世界の冒険者たちと共に旅をしていた。
傍らにいるのは、金髪の青年。
そして、その仲間たち。
彼らは見知らぬ土地を進み、立ちはだかる敵と戦い、ときには休息を取りながら旅を続けていた。
社長は思わずクリスタルへ顔を近づけた。
VRゲーム会社社長「な、なんだあの人間たちは!? ヘイローもないのに戦っている!? しかもすごい魔法だ!」
目の前で繰り広げられる戦闘は、彼の知るキヴォトスの常識から大きく外れていた。
銃弾が飛び交うのではない。
銃撃を受けても平然と立ち上がる生徒たちの姿があるわけでもない。
剣と魔法。
未知の力を持つモンスター。
そして、それらを相手に戦う人々。
その一つ一つが、彼のゲーム開発者としての感性を刺激していた。
ここには、まだ知られていない遊びがある。
まだ誰も体験したことのない冒険がある。
それも、誰かが考えた架空の設定ではない。
少なくとも、彼の目には、本当に存在している世界のように映っていた。
社長は知らなかった。
この場所で、オートマタがどれほどの時間活動できるのか。
次元の狭間に満ちる未知のエネルギーが、彼の機構にどのような影響を与えているのか。
通常なら、エネルギーの補給なしに活動し続けることなどできない。
いずれは機能が停止し、二度と動けなくなるだろう。
だが、そのときの彼は、そんなことを考えてすらいなかった。
目の前の光景が、あまりにも面白かったからだ。
一時間が過ぎた。
二時間が過ぎた。
それでも彼はクリスタルの前を離れなかった。
ヒナとバッツたちが旅を続けるたびに、社長の頭の中では新しいアイデアが生まれていた。
あの魔法は何だ。
あのモンスターはどういう生態をしているのだろう。
あの戦闘をゲームに落とし込むなら、どのようなシステムが必要になるだろう。
そして、数日が経過した。
社長はほとんどクリスタルから離れず、ヒナとバッツたちの旅路を見続けていた。
もはや、彼の中にあった恐怖はどこにもなかった。
そこにあるのは、純粋な好奇心と、抑えきれない創作意欲だった。
そして、彼はついに、その光景を目撃する。
ヒナが戦場に立つ。
目の前には強大なモンスター。
周囲には激しい戦闘の痕跡が残り、空気そのものが震えているかのようだった。
それでもヒナは退かなかった。
少女は敵を見据え、迷いなく声を張り上げた。
ヒナ「来て! イフリート!」
次の瞬間。
炎が、世界を塗り替えた。
燃え盛る炎の中から現れた力が、ヒナの姿と重なっていく。
その輪郭が変わり、炎の気配が全身を包み込み、少女の姿が人ならざる存在へと変貌していった。
それは、単なる召喚魔法ではなかった。
モンスターの力を借りるだけではない。
その力と、自らの肉体を融合させるかのような姿。
炎を纏う少女。
人間でありながら、モンスターでもある存在。
社長の思考が止まった。
そして次の瞬間、彼は叫んでいた。
VRゲーム会社社長「こ、これだぁ!!!」
その声は、次元の狭間に虚しく響いた。
しかし、彼の中では、確かに何かが始まっていた。
魔法が流行っているから魔法を使うゲームを作る。
それだけではない。
契約したモンスターと融合し、その力を自分のものにする。
自分自身が英雄となり、異形の力を纏い、強大な敵と戦う。
そこに競技性を加えればどうなる。
観客が見守る舞台を用意すればどうなる。
対戦相手を用意し、勝者を称え、敗者にも次の挑戦の機会を与えればどうなる。
彼の頭の中で、無数のアイデアが爆発していた。
そして、そのアイデアを形にするために必要なものは、ただ一つ。
会社へ帰ることだった。
VRゲーム会社社長「会社に! 会社に帰らなければ!」
彼は走り出した。
先ほどまで出口がないと嘆いていたことなど、すっかり忘れていた。
今はただ、目の前に広がる可能性を一刻も早く形にしたかった。
そして、そんな彼の熱意に応えるかのように。
暗黒の向こうに、再び空間の裂け目が現れた。
その向こう側に見えたのは、見慣れた街並み。
そして、何よりも見慣れた自社ビルの入り口だった。
VRゲーム会社社長「あ! 出口だ! しかもあれは会社の目の前にあるぞ! ラッキーだ!」
社長は歓喜の声を上げ、勢いよく次元の穴へ飛び込んだ。
そして、帰還した彼が最初に行ったことは。
帰り支度を始めていた社員たちを、片っ端から捕まえることだった。
VRゲーム会社社長「全員、戻れ! 今すぐ持ち場に戻れ!」
社員たちは一斉に振り返った。
定時を目前に控え、ようやく仕事から解放されると思っていた彼女たちの目には、明確な警戒心が浮かんでいた。
また何か思いついたのか。
また急な仕様変更なのか。
また徹夜なのか。
そんな疑念が、社員たちの表情にありありと表れている。
しかし、社長はそんな視線を気にすることなく、自分の端末を取り出した。
そして、そこに保存されていた映像を再生する。
数分にも満たない映像だった。
スマートフォンのカメラで撮影された、ヒナとバッツたちの旅路の一部。
画質は決して良くない。
構図も手ぶれもひどい。
撮影者がどれほど興奮していたのかが、映像そのものから伝わってくるような代物だった。
だが、映像の内容は、そんな欠点をすべて吹き飛ばすほどのものだった。
魔法が放たれる。
モンスターが咆哮する。
そして、ヒナの姿が炎の力と融合する。
社員たちは、誰一人として口を開かなかった。
最初は困惑していた者もいた。
また社長が妙な映像を拾ってきたのかと、呆れたような顔をしていた者もいた。
しかし、映像が進むにつれて、その表情が変わっていった。
目が見開かれる。
身を乗り出す者が現れる。
映像を巻き戻して確認しようとする者まで出てきた。
そして、最後には。
社長と同じように、全員の目が輝いていた。
VRゲーム会社社長「契約モンスターと人間の融合の旅だ! そこにライブとPVPも入れれば最高の稼ぎになるぞ!」
社長の言葉に、誰も反論しなかった。
むしろ、社員たちは一斉に頷いていた。
彼女たちもまた、VRゲームが好きでこの業界に入った者たちだった。
新しい体験を作りたい。
誰も見たことのない世界を形にしたい。
遊んだ人々が、いつまでも忘れられないような作品を作りたい。
その夢を抱いて、この会社に入ったのだ。
だからこそ、目の前の映像が意味するものを理解できた。
これは、単なる新作ゲームのアイデアではない。
自分たちが作りたかったものの、その先にある何かだ。
VRゲーム会社社長「急いでミレニアムのゲーム開発部に連絡を取るんだ! あそこならうちの理念を理解してくれる! そこ経由でシャーレのエクスデス先生にモンスターの資料を貰おう! デザイン部もシステム部も全部の部に計画書を回す! 急いで作るんだ!」
社長の号令と同時に、会社が動き出した。
端末が起動する。
資料が作られる。
企画書の骨子がまとめられ、システム設計の担当者がホワイトボードに次々とアイデアを書き込んでいく。
先ほどまで帰宅する気満々だった社員たちの姿は、もうどこにもなかった。
そこにいたのは、面白いゲームを作るためなら、どこまでも突き進んでいく開発者たちだった。
社員「ゲームタイトルはどうしますか!」
その問いに、社長は腕を組んだ。
目の前には、まだ何もない。
ゲームの舞台も、戦闘システムも、登場するモンスターも、これから決めなければならないことばかりだ。
しかし、彼の頭の中には、すでにあの光景が焼き付いていた。
炎を纏ったヒナ。
未知の世界を旅するバッツたち。
そして、クリスタルの向こうに広がっていた、無限の可能性。
社長はゆっくりと顔を上げた。
VRゲーム会社社長「そうだな……うちの会社名を混ぜて……」
彼は、にやりと笑った。
VRゲーム会社社長「――至天の座アルカディアだ!」
こうして、一つのゲームの企画が動き出した。
それが後にキヴォトス全土を巻き込み、多くの生徒たちが憧れ、挑戦し、時には人生を変えることになるゲームの始まりだった。
もっとも、この時点では。
そのゲームの生みの親である社長自身すら、まだ知らなかったのである。
自分がどれほど大きなものを作ろうとしているのかを。
――企画会議、そして悪夢のようなプレゼンテーション。
シャーレ。
その一室に設けられた会議スペースには、普段とは異なる緊張感が漂っていた。
机の上には分厚い企画書。
その隣には、各種設計資料と映像データを収めた端末が並んでいる。
そして、その向かい側には、一体のオートマタが座っていた。
ヴァーチャ。
アルカディア社の代表取締役社長である。
彼は背筋を伸ばし、何度も資料を確認しながら、正面に座る相手を見つめていた。
その相手は、シャーレの先生。
エクスデス。
本来ならば、彼のような存在に企画を持ち込むだけでも一大事である。
ましてや、異世界のモンスターに関する資料を求め、ゲームの開発に協力してもらおうというのだ。
緊張するなという方が無理だった。
ヴァーチャは意を決して口を開いた。
ヴァーチャ「今回の会議の場を設けさせていただきました、ヴァーチャ社長と申します。シャーレのエクスデス先生、今回お知り合いになれたのは本当に奇跡で……」
エクスデスは、黙って彼を見ていた。
その巨体から発せられる威圧感は、ただ座っているだけでも相当なものだった。
やがて、彼の口元がわずかに動く。
エクスデス「ファファファ、御託は良い。先に結論から話すがよい。我は今、少し怒っているぞ?」
ヴァーチャ「ひぃ! すみません!」
ヴァーチャの背筋が跳ねた。
先ほどまで必死に整えていた姿勢が一瞬で崩れ、両手を机の上につきながら頭を下げる。
エクスデスは、そんな彼を見下ろしながら言葉を続けた。
エクスデス「いくら我に会いたいからと言って、ゲーム開発部に計画書を持ってきたのは良い。それにゲーム開発部が納得したのであれば、成長にもつながるであろう」
そこまでは、問題ない。
ミレニアムのゲーム開発部が新しい企画に興味を示し、その実現に向けて協力する。
それ自体は、むしろ歓迎すべきことだった。
だが。
エクスデス「だが貴様、モモイの足に無理やりすがりつきながら計画書を読ませたのは事実だな?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
会議室の空気が、目に見えない圧力で押し潰されたかのように重くなった。
ヴァーチャは硬直した。
エクスデスの視線は、机の向こうから逃げ場を与えない。
その威圧感は、単なる怒りではない。
教師として、生徒に対する不埒な行為を見過ごすつもりがないという、明確な意思が込められていた。
ヴァーチャ「あ、あれは私も興奮冷めやらぬであったといいますか……いえ! デスだけは! デスだけはご勘弁を! せめてこの至天の座アルカディアを発売しましたら! いくらでも打ち込んでもらって構いませんので!」
必死だった。
自分がどれほど無礼なことをしたのか、今になってようやく理解したのだろう。
彼は何度も頭を下げ、許しを請うた。
エクスデス「デスの情報をどこで知ったのかは、まぁ良い。モモイからも助命の嘆願が今届いたところだ。これ以上セクハラまがいのことをするのであれば、貴様の希望通りにしてやるがな」
ヴァーチャ「本当にすみませんでした! では、企画の説明に移らせていただきます!」
社長は勢いよく姿勢を正した。
ここで失敗すれば、企画どころではなくなる。
いや、そもそも自分はなぜ企画の説明を始める前に、こんなことになっているのだろうか。
そんな疑問が一瞬だけ脳裏をよぎったが、今は考えている場合ではなかった。
ヴァーチャは端末を操作し、会議室の壁面に資料を投影した。
そこに映し出されたのは、モンスターの姿を模したシルエットと、プレイヤーのアバターが融合していくイメージ映像だった。
異形の翼が背中に現れる。
腕が炎を纏う。
全身が甲殻に覆われ、通常では考えられない力を発揮する。
そして、その姿のまま、別のプレイヤーと決闘を繰り広げる。
エクスデスは映像を見つめた。
先ほどまでの怒りをいったん脇に置き、純粋に企画の内容を読み取ろうとしているようだった。
エクスデス「ふむ。モンスターと契約し、その力と自身の体を融合させて行う決闘と言ったところか? しかも、仮の魔力を設定して使うと?」
ヴァーチャ「はい! あくまでフルダイブMMOですので、施設が大きく、ゲームセンターや学校に置かれる予定です!」
ヴァーチャは立ち上がり、次々と資料を切り替えた。
ゲームセンターに設置された専用筐体。
学校の一角に設けられたプレイエリア。
複数のプレイヤーが同時に接続し、それぞれ異なる姿で戦う仮想空間。
そこでは、プレイヤーが単にゲームを遊ぶだけではない。
観客席から戦闘を観戦することもできる。
対戦者の戦いを実況し、盛り上がりを共有することもできる。
さらに、勝敗を競う公式戦や、自由なルールで行う対戦など、さまざまな遊び方が用意されていた。
ヴァーチャ「そして、こちらが私たちがゲーム開発部とエンジニア部と、私たちアルカディア社が合同で行う予定の開発計画です!」
エクスデスは資料を一枚ずつ確認した。
ゲーム開発部によるゲームデザイン。
エンジニア部によるシステム構築。
アルカディア社による全体設計と運営。
一つの会社だけでは実現できない規模の企画を、複数の組織が協力して形にしようとしていた。
そして、ヴァーチャはここで一度、言葉を区切った。
その表情には、これから語る内容に対する自信があった。
ヴァーチャ「そして隠さずに申しますと、この私、ヴァーチャも一つの魔法が使えるようになりまして、それを科学力で再現し、利用して行うゲームとなっております!」
エクスデス「その魔法とはなんだ?」
ヴァーチャ「デジョン……のようなものです!」
エクスデス「ファ?」
その一言に、エクスデスの表情が変わった。
それまで企画書を確認していた彼の手が止まり、ゆっくりとヴァーチャへ向けられる。
デジョン。
その名が意味するものを、エクスデスは知っていた。
ただの転移魔法ではない。
世界の境界に関わる力であり、扱いを誤れば、通常の移動手段とは比べものにならない事態を招きかねないものだ。
それを、目の前のオートマタが使えるという。
ヴァーチャ「なんでもこの私、バッツ様たちを覗き込むことに成功したクリスタルに再度会うことに成功しまして、そこから平行世界における光の戦士様方の戦いを覗き込めるようになっていたのです! 少々、世界線が膨大すぎていまだに一部しか見れてませんが!」
エクスデスはしばらく黙っていた。
その沈黙を、ヴァーチャは不安そうに見つめている。
しかし、やがてエクスデスは低く笑った。
エクスデス「貴様、大人のオートマタにしては見込みがあるな」
ヴァーチャ「ありがとうございます!」
ヴァーチャの表情が、ぱっと明るくなった。
先ほどまでの恐怖はどこへやら。
褒められたことがよほど嬉しかったのか、彼は胸を張って次の資料を取り出した。
そして。
ヴァーチャ「そして、こちらが設置希望者のリストになります!」
ドンッ。
机の上に、分厚い紙束が置かれた。
その量は、会議用の資料というより、何かの大規模な調査報告書を思わせるほどだった。
エクスデスは思わず目を細めた。
一枚目を確認する。
二枚目を確認する。
さらにページをめくる。
そこには、キヴォトス各地の学園や施設の名前が、ずらりと並んでいた。
ヴァーチャは、その様子を見て不敵に笑った。
ヴァーチャ「なんと、キヴォトスにおける全学園が賛同してくれました! 小さいとこから大きいとこまで全部です! いやー、エクスデス先生の人気には嫉妬しちゃいますね!」
エクスデス「ほう。ちなみに、どのような宣伝文句だったのだ? まさか詐欺ではないだろうな?」
ヴァーチャ「いえ! 決してそのようなことは! テストモデルを今、この会議室の隣に設置してあります! よければ先生もどうですか!」
エクスデス「我よりゲーム開発部の連中に――」
ヴァーチャ「実は既にこのような宣伝をしてしまいました!」
その瞬間、会議室の端末から通知音が鳴った。
エクスデスの手元にあるシッテムの箱も、ほぼ同時に反応する。
アロナ『先生! このアルカディア社のモモトーク広告から、こんな発表が!』
プラナ『いわゆる事後承諾です。ですが、デスも歓迎とは覚悟が違いますね』
投影された広告には、きらびやかな文字が躍っていた。
『頂点の君には、すべてが許される褒美が与えられる』
そして、その下には、さらに大きな文字で告知が掲載されている。
『今、エクスデス先生がそれを体験する生放送!』
エクスデスは、しばらく広告を見つめた。
それから、ゆっくりとヴァーチャへ視線を戻す。
エクスデス「ほう、この我にゲームをとな……貴様、熱意はすごいが、あまり計画性はないな?」
ヴァーチャ「よく言われます! ささ! こちらに!」
社長は、まったく悪びれることなく立ち上がった。
その背中には、もはや一片の迷いもない。
この男は、自分の作ったゲームを見せたいのだ。
それも、ただ見せるだけではない。
誰よりも強い相手に、誰よりも面白いと思ってもらいたい。
その熱意だけは、疑いようがなかった。
エクスデスは小さく笑い、席を立った。
ファファファ。
どうやら、今日の仕事は予定どおりには終わりそうにない。
――誰もがボスであり、誰もが挑戦者。
会議室の隣。
そこには、簡素な装置が一台設置されていた。
テストモデルというだけあって、外観はまだ完成していない。
筐体の側面には仮設の配線が這い、周囲には開発途中の機材が置かれている。
しかし、その中央には、フルダイブ用の接続装置が確かに存在していた。
エクスデスは装置を一瞥した。
エクスデス「ここが決闘の場か? 殺風景だな」
ヴァーチャ「えぇ、あくまでテスト版の仮、ですので」
社長は端末を操作した。
次の瞬間、周囲の景色が揺らいだ。
床が消え、壁が消え、現実の部屋を構成していたあらゆるものが、霧のようにほどけていく。
代わりに現れたのは、果てしなく広がる空間だった。
地面は滑らかで、遠くには何もない。
空と呼べるものは存在しているが、雲も太陽も見当たらない。
世界そのものが、これから何かを描き出すために用意された、真っ白な舞台のようだった。
その中央に、ヴァーチャが立っていた。
いや、立っていたという表現は正しくない。
彼の身体は、ゆっくりと空中から降りてきていた。
まるで舞台の上へ降臨するボスキャラクターのように。
あるいは、挑戦者たちを迎え撃つために姿を現した支配者のように。
その演出を見て、エクスデスはわずかに口元を緩めた。
ヴァーチャ「私はヴァーチャ。このアルカディアシステムの根幹であり、基本であり、そして社長です」
社長は着地すると、両腕を広げた。
その姿は、先ほどまでの会議室で恐縮していたオートマタとは別人のようだった。
ヴァーチャ「この世界では真逆! エクスデス先生! あなたは試練ではなく、挑戦者です!」
エクスデス「ほう、つまり?」
ヴァーチャ「宣伝です!」
即答だった。
ヴァーチャ「この世界では誰もが対等であり、不平等! それは契約したモンスターや、神秘と呼ばれるナニカによるステータス変動!」
彼は片腕を振るった。
すると、虚空にいくつもの情報表示が浮かび上がる。
体力。
攻撃力。
防御力。
魔力。
特殊能力。
それぞれの数値が、プレイヤーの契約したモンスターや、本人が持つ神秘によって変化する仕組みになっているようだった。
同じ姿のプレイヤーであっても、契約するモンスターが異なれば戦い方は変わる。
同じモンスターを契約していても、使い手が違えば、まったく別の戦術が生まれる。
強さは一つの数字だけでは決まらない。
そして、ゲームの中では、誰もが自分だけの戦い方を見つけることができる。
ヴァーチャ「そして私は社長です! ちょっとズルをさせていただきました!」
その言葉と同時に、彼の背後へ四つの武器が現れた。
一つ目は、アリスの武器である光の剣。
光を集め、巨大な一撃を放つための剣。
その存在感は、ただの武器というより、決戦兵器と呼ぶべきものだった。
二つ目は、モモイの武器、ユニーク・アイディア。
三つ目は、ミドリの武器、フレッシュ・インスピレーション。
四つ目は、ユズの武器、にゃん's ダッシュ。
それぞれ異なる特性を持つ武器が、ヴァーチャの背後に並んでいた。
本来なら、これらの武器を一度に扱うことなどできないだろう。
しかし、この世界はゲームである。
そして、ヴァーチャはそのシステムを作り上げた側の人間だった。
ヴァーチャ「私の使用するデジョンのような魔法から溢れる謎のエネルギーを、コツコツため込んできました! それを今、宣伝のために全て解放します! ゲーム開発部さんの武器は協力してもらいました!」
彼は両腕を広げた。
四つの武器が、それぞれ異なる光を放つ。
ヴァーチャ「そして、あなたを戦闘未経験の凡人である私が倒せば、これ以上の宣伝はないでしょう! なんせ今回の協力者の平均ステータスですからね! 今の私は!」
エクスデスは、しばらくヴァーチャを見つめていた。
そして、喉の奥から笑い声を漏らした。
エクスデス「ファファファ! この我が、いつもとは逆の挑戦者とはな! 試練に対する光の戦士のような立場になるとは!」
その言葉に、ヴァーチャは満足げに頷いた。
ヴァーチャ「アルカディアシステム開発者! 予算提供者! 同時に総合デザイナー! 同時にプロデューサー! そして社長! さぁ! エクスデス先生! 私の腕の中で息絶えるがよい!」
その瞬間、戦闘用のBGMが鳴り始めた。
重厚なリズム。
勇壮な旋律。
そして、妙に耳に残る声が、音楽に合わせて繰り返される。
『社長です!』
『社長です!』
『アルカディアゲーム開発会社代表取締役社長です!』
エクスデスは、思わず動きを止めた。
ヴァーチャは胸を張っている。
まるで、自分の存在そのものが、この世界における最大の見どころであると信じて疑わないかのようだった。
ナルシストとしか思えない演出である。
だが、実際のところ、それは彼一人の趣味というわけでもなかった。
会社の社員たちが、社長のあまりにも強烈な自己主張を面白がり、悪乗りした結果生まれた、社長専用のオリジナルBGMだったのである。
しかも、この音楽はただの固定曲ではない。
アルカディアのシステムは、戦闘状況やプレイヤーの行動に応じて、AIがBGMを制御する仕組みになっていた。
そして、プレイヤー自身が、自分だけのボス戦用BGMを作り出すことさえできる。
戦いが始まれば、音楽が戦いを彩る。
強敵が現れれば、その強敵にふさわしい音楽が流れる。
誰もがボスになれる。
誰もが試練になれる。
そして、誰もが挑戦者になれる。
それこそが、ヴァーチャの作ろうとしている世界だった。
ヴァーチャ「光の剣!」
社長が叫ぶ。
光の剣が、彼の手元へと移動した。
その刀身に光が集まり始める。
周囲の空気が震え、剣の先端に圧縮されたエネルギーが凝縮していく。
アロナ『直線状に大型の攻撃です!』
シッテムの箱から、アロナの声が響いた。
エクスデスは、その声を聞きながら、静かに構えた。
ヴァーチャの動作は、素人のそれだった。
剣の扱い方も、足の運び方も、戦闘経験のある者には遠く及ばない。
しかし、武器に蓄積されたエネルギーは、そんな技量の差を補って余りあるものだった。
彼は剣を構え、攻撃のための力を溜め込んでいく。
そして。
光が、放たれた。
エクスデス「ならば空に――何!? 飛ぶことができないだと!?」
エクスデスは反射的に跳躍しようとした。
だが、身体は地面から離れなかった。
見えない制限が、彼の動きを封じていたのである。
ヴァーチャ「空に飛ぶなんてボスの特許! 挑戦者に持たせるわけにはいかないのでね!」
その叫びと同時に、光の剣が一直線に突き進む。
回避できない。
防御も間に合わない。
エクスデスが次の手を考えるよりも早く、光は彼の目の前へ迫っていた。
アロナ「アロナバリアー!」
その瞬間。
エクスデスの前に、一人の少女が飛び出した。
水色のセーラー服。
頭上に輝くヘイロー。
そして、両腕を大きく広げた、小柄な少女。
アロナだった。
彼女の前方に、青白い光の壁が展開される。
光の剣がその壁へ激突した。
轟音。
閃光。
そして、攻撃はそのまま弾き返された。
ヴァーチャ「リフレクだと!? そのシステムはエクスデス先生には使えないはず! ぐわーっ!」
跳ね返った光が、ヴァーチャの身体を直撃した。
爆発が起こり、彼のHPが大きく減少する。
アロナは、得意げに胸を張った。
アロナ「ふふん! 光の戦士なら仲間がいるべきですよね!」
プラナ「ここはヴァーチャ社長の魔法と電子空間によって作られた、次元の狭間のような場所のようですね」
アロナの隣に、もう一人の少女が姿を現した。
プラナである。
落ち着いた表情で周囲を見回し、空間の構造を分析しているようだった。
プラナ「本来であれば、私たちは物体化できないですが、ここでなら話は別です」
アロナ「そういうことです! 先生、私たちも一緒に戦います!」
プラナ「ズルにはズルで対抗します」
エクスデスは、二人の姿を見て笑った。
エクスデス「ファファファ! そういうことだ、ヴァーチャよ!」
こうして、戦場の構図が変わった。
ガンブレードを構えるエクスデス。
白魔法を操るアロナ。
黒魔法を操るプラナ。
攻撃、防御、回復を兼ね備えた、バランスの良いパーティーが完成したのである。
一方、ヴァーチャは爆煙の向こう側で、ゆっくりと立ち上がっていた。
ヴァーチャ「ならばこれだぁ!」
今度は、モモイの銃とミドリの銃を両手に構えた。
片方は、弾数と連射性能に優れた攻撃。
もう片方は、攻撃回数こそ少ないものの、命中すれば大きな損害を与える一撃。
それぞれの武器が持つ特性を理解し、使い分けることができれば、強力な組み合わせになるはずだった。
もっとも、ヴァーチャ本人がどこまで使いこなせるかは別の話である。
アロナ「どんどんとリフレクしちゃ――うわーっ! 物理です!」
銃弾が飛来した。
アロナの展開した反射障壁をすり抜け、彼女の周囲へ弾丸が降り注ぐ。
アロナは慌てて飛び退いた。
プラナ「先輩、そこはプロテスです」
エクスデス「アロナ! この相手の攻撃をよく見るのだ! 貴様になら、今の我と同じく攻撃予兆が見えているだろう!」
エクスデスは、迫り来る弾丸をガンブレードで弾き落としていた。
右から来る弾丸を防ぐ。
左から来る弾丸を受け流す。
連射の隙間を見極め、次の攻撃へ備える。
武器の扱いに不慣れなヴァーチャの攻撃は、決して洗練されたものではなかった。
しかし、だからといって侮ることもできない。
連射される弾丸の中には、予測しづらい軌道を描くものが混じっている。
さらに、一定の確率で威力が跳ね上がる攻撃も存在していた。
エクスデスはそれらを見極め、的確に防いでいた。
一方、プラナはミドリの銃から放たれる弾丸に狙いを定めていた。
攻撃回数は少ない。
だが、一発一発の威力が高い。
そのうえ、命中した際には大きな損害を与えることができる。
プラナ「ファイガ」
彼女が杖を振るうと、炎の魔法が弾丸へ向かって放たれた。
炎が空中で弾け、銃弾を呑み込む。
アロナ「ごめんなさい、二人とも! ケアルガ! プロテス!」
慌てて体勢を立て直したアロナが、回復と防御強化の魔法を同時に展開した。
淡い光がエクスデスとプラナを包み込む。
プラナ「HP回復と物理防御力強化を確認」
エクスデス「一気に攻める! プラナよ!」
プラナ「指令了承、フレア準備」
プラナの周囲に、暗い光が集まり始めた。
その中心で、膨大な魔力が圧縮されていく。
ヴァーチャ「誰だかは知りませんが、確かにソロ初見ボスなんてバランスが悪かったか! これはいい経験値だ!」
彼は笑いながら、次の攻撃に備えた。
しかし、魔法の発動はすでに完了していた。
プラナ「フレア」
圧縮された魔力が、一気に解放された。
巨大な爆発がヴァーチャを包み込み、彼の身体が吹き飛ばされる。
ヴァーチャ「ぐわーっ!」
爆煙の中で、HPゲージが大きく減少した。
だが、ヴァーチャはまだ倒れなかった。
むしろ、その表情には、どこか満足げな色が浮かんでいた。
自分の作ったシステムが、想定どおりに動いている。
プレイヤーたちが、それぞれの能力を活かして戦っている。
それを確認できたこと自体が、彼にとって大きな収穫だったのだろう。
もっとも、だからといって負けるつもりはなかった。
ヴァーチャ「ならばこうだぁ!」
今度は、ユズの武器であるにゃん's ダッシュが起動した。
補助攻撃のための光が走り、戦場の空間そのものが歪んだように見える。
エクスデスは、その軌跡を見た瞬間、反射的に身体を動かした。
エクスデス「この軌跡! 狙いはアロナか! ならば我が防っ――何!? 透過していっただと!」
攻撃は、エクスデスの身体をすり抜けていった。
ヴァーチャ「わははーっ! ゲームには確定攻撃なんてものもあるんですよ!」
アロナ「あびゃーっ! ケアルガ! ケアルガ!」
アロナは悲鳴を上げながら、必死に回復魔法を連発した。
エクスデス「アロナ! あまり過剰回復するでないわ!」
だが、ヴァーチャはその隙を見逃さなかった。
彼の手元へ、再び光の剣が現れる。
今度は、先ほどのように一直線に放つつもりではないらしい。
ヴァーチャは剣先を天へ向けた。
その刀身に光が集まり、空間全体が明るく染まっていく。
エクスデスはすぐさま危険を察知した。
これは、単体を狙う攻撃ではない。
逃げ場そのものを奪うための攻撃だ。
ヴァーチャ「これでどうだぁ!」
光の剣が放たれた。
しかし、剣から飛び出した光は、途中で無数に分裂していった。
一つの光が二つになり、二つが四つになり、やがて数え切れないほどの光が空を覆い尽くす。
それらは弧を描きながら、戦場にいる全員へと降り注いだ。
まるで、逃げ場のない光の雨。
その光景を見たエクスデスは、ある魔法を思い出していた。
エクスデス「パニッシュレイか!」
アロナ「リフレク! あーっ! 魔力切れです! ぐわーっ!」
反射障壁が展開される。
しかし、次々と降り注ぐ光を受け止めるには、アロナの魔力が足りなかった。
障壁が消える。
その直後、光の雨が戦場を覆い尽くした。
エクスデス「アロナ! この大馬鹿ものめが! ぬわーっ!」
プラナ「くっ、HP減少」
ヴァーチャ「ふはははー! あとせめて一人いればよかったですね!」
彼の言うとおりだった。
三人だけでは、攻撃と回復を両立させながら、この猛攻を受け切ることは難しい。
アロナは魔力を使い果たし、プラナもダメージを受けている。
エクスデスはガンブレードで攻撃を防いでいるが、全方位から降り注ぐ光のすべてを防ぐことはできない。
そのときだった。
???「ククク、では私も参加してもよろしいですか?」
戦場に、新たな声が響いた。
エクスデスは即座に振り返った。
エクスデス「誰だ!」
アロナ「この反応! 味方としてシステムにやってきているようです!」
プラナ「この識別ネームは!」
光の向こうから、黒いスーツを纏った人物が姿を現した。
黒服。
ゲマトリアに属する存在であり、キヴォトスの裏側でさまざまな研究や観測を行っている人物だった。
その姿は、この華やかな決闘の舞台には不釣り合いなほど、落ち着き払っていた。
黒服「新生ゲマトリア幹部、そして彼、ヴァーチャに可能性を見せたエヌオー様の部下、隠れて予算提供していたマエストロと、ズルなで負けるなんて許さんと怒り心頭なエヌオー氏の代理で来ました、黒服です」
ヴァーチャ「……誰?」
黒服「マイティガード、ホワイトウィンド。ククク、私はシッテムの箱の方々のバックアップとして動きましょう」
黒服は淡々と魔法を発動させた。
防御力を高める補助魔法。
そして、味方のHPを回復するための魔法。
それらがエクスデスたちを包み込む。
アロナとプラナの表情に、わずかな安堵が浮かんだ。
一方、エクスデスは、黒服を見て露骨に顔をしかめた。
エクスデス「ゲマトリアに助けられるなど気に食わんが、よくやったぞ黒服!」
黒服「ククク、シッテムの箱のAIさん。挑戦者側はインベントリを開けば、エリクサーが使えるようになっておりますよ」
アロナ「あ、本当です!」
アロナはすぐさまメニューを開き、表示されたアイテムを取り出した。
そして、迷いなく使用した。
アロナ「んぐ、んぐ、んぐ……!」
プラナ「先輩、飲みすぎです」
アロナ「だって魔力が足りなかったんです!」
プラナ「回復量は十分です。落ち着いてください」
そんなやり取りをしている間にも、ヴァーチャの放った光の雨は迫っていた。
先ほどの攻撃によって威力は弱まっている。
それでも、全員を巻き込む範囲攻撃であることに変わりはなかった。
エクスデス「アロナよ!」
アロナ「アロナちゃん大復活です! 全体化リフレクです!」
アロナが両腕を広げる。
今度は、一人だけを守る障壁ではない。
戦場にいる味方全員を包み込むように、青白い反射障壁が広がっていった。
光の雨が降り注ぐ。
その一つ一つが、障壁へとぶつかり、跳ね返されていく。
ヴァーチャ「反射時間めっちゃ短いのに、なんでそんなに連続してできるんだぁ!」
無数の光が、軌道を反転させた。
それらは放った本人へと殺到し、ヴァーチャの身体を次々と直撃した。
轟音。
爆炎。
そして、HPゲージが一気に削られていく。
エクスデス「ファファファ! 一気に攻め立てるぞ!」
エクスデスが駆け出した。
ガンブレードが火を噴き、連射された弾丸がヴァーチャへと突き刺さる。
続けて、重い斬撃が横薙ぎに放たれた。
アロナのホーリーが、眩い光となって戦場を照らす。
プラナのフレアが、圧倒的な魔力を解放してヴァーチャを吹き飛ばす。
そして、黒服の補助魔法が、三人の攻撃をさらに苛烈なものへと変えていった。
攻撃。
回復。
補助。
そして、再び攻撃。
それぞれの役割を理解した者たちが連携することで、単独では突破できなかった相手を追い詰めていく。
ヴァーチャ「ぐわーっ!」
ついに、HPゲージが底を見せた。
九割九分。
残りは、ほんのわずかだった。
エクスデス「とどめだ!」
ガンブレードが振るわれる。
しかし、その一撃がヴァーチャへ届く寸前。
見えない障壁が、エクスデスの刃を弾き返した。
金属音が響く。
エクスデスは眉をひそめた。
倒したはずではない。
いや、倒される寸前に、何かのシステムが発動したのだ。
ヴァーチャは、ゆっくりと顔を上げた。
その身体からは、煙が立ち上っている。
各部の装甲は焼け、機構の一部から火花が散っていた。
それでも、彼の目には闘志が残っていた。
ヴァーチャ「ならば、こちらもすべてを出し切りましょう!」
彼の身体が、再び空へと浮かび上がった。
四つの武器が、その周囲を取り囲む。
光の剣が輝き、二丁の銃が火を噴く準備を整え、にゃん's ダッシュの補助システムが起動する。
そして。
ヴァーチャの顔面パーツ、その形状をそのまま写し取ったような波動弾が、次々と空中に出現した。
一発。
十発。
百発。
数え切れないほどの弾丸が、ヴァーチャの周囲を埋め尽くしていく。
その光景は、もはや一人のプレイヤーが繰り出す攻撃というより、巨大な砲台が戦場全体を射程に収めたかのようだった。
ヴァーチャ「これが! 私の! 全力です!」
そして、数百もの波動弾が一斉に放たれた。
エクスデス「むおおおおおおおお!!!」
エクスデスは即座に走り出した。
横へ。
円を描くように。
迫り来る弾丸の軌道を見極めながら、わずかな隙間を縫うように進む。
アロナも、プラナも、黒服も、それに続いた。
アロナ「うわーっ! 回復魔法をする暇すらないです!」
プラナ「くっ!」
黒服「クックック! 私は本来、インドア派ですのに!」
後方で爆炎が上がった。
一つではない。
次々と爆発が連鎖し、戦場の地面を抉り、周囲の空間を揺らしていく。
エクスデスは振り返る余裕すらなかった。
走る。
避ける。
また走る。
そして、ようやく気づいた。
ヴァーチャの身体が、異常なほどの熱を帯びている。
機体の各所から火花が散り、駆動音が不規則に乱れていた。
攻撃を続けるたびに、彼自身の機構が限界へと近づいているのだ。
プラナ「ヴァーチャ社長のオーバーヒートによる自壊まで残り五秒」
黒服「ボス戦とはこういうものですか! マエストロにいい土産話ができそうです!」
アロナ「ちくちくと、がれきが痛いですー!」
エクスデス「ぬわーっ! ここまでの最後っ屁を!」
そして。
プラナ「三」
アロナ「二!」
黒服「一」
ヴァーチャ社長の全身が、激しく明滅した。
次の瞬間。
轟音と共に、彼の身体が爆発した。
光が戦場を覆い尽くす。
衝撃波が駆け抜け、周囲に残っていた波動弾が次々と消滅していった。
そして、すべてが静まり返った。
――チャンピオンは君だ。
???「よくぞ生き残りました、先生! いえ、勇者のパーティーよ!」
光が収まる。
エクスデスは、ガンブレードを構えたまま声のした方向を見た。
そこには、一人の少女が立っていた。
黒と白を基調とした服装。
頭上にはヘイロー。
そして、どこか誇らしげな表情。
エクスデス「この声、アリスか?」
アリス「はい! 協力者ヴァーチャからの最後のメッセンジャーを依頼されました!」
エクスデスは、ようやく武器を下ろした。
その隣では、アロナとプラナが肩で息をしていた。
激しい戦闘の余韻が残っているのか、二人ともすぐには姿勢を整えられないようだった。
アロナ「はぁ……はぁ……まさか、あんなに攻撃してくるなんて……」
プラナ「攻撃頻度、想定以上でした」
エクスデス「最後の攻撃など、避けるだけで精一杯であったわ……」
黒服の姿は、いつの間にか消えていた。
最初から存在していなかったかのように、その痕跡すら残っていない。
アリスは、そんな一同を見渡すと、手元の端末を操作した。
すると、空中にヴァーチャの姿が映し出された。
先ほどの戦闘で見せた、あの自信に満ちた姿である。
ただし、今度の彼は武器を持っていなかった。
背後に四つの武器も浮かんでいない。
そこにいるのは、ゲームの中で戦うボスではなく、一人のゲーム開発者だった。
ヴァーチャ『私はヴァーチャ。このアルカディアシステムの根幹であり、基本であり、そして社長です』
アロナ「また社長って言ってます!」
プラナ「自己紹介に一切の妥協がありませんね」
エクスデス「ファファファ……最後まで徹底しておるわ」
映像の中のヴァーチャは、少しだけ表情を引き締めた。
ヴァーチャ『この世界は不平等です。勝利者は才能に恵まれ、努力は報われる機会を得る。敗者は努力をする機会すら与えられることなく、負けていきます』
その言葉に、先ほどまでのふざけた雰囲気はなかった。
ヴァーチャ『だが、ゲームというのは誰もが楽しみ、誰もが楽しんで勝利者であり、誰もが楽しんで敗者であります』
ゲームの中では、勝つ者がいる。
そして、負ける者もいる。
どれほど努力しても勝てない相手がいる。
才能の差を埋められないこともある。
始めたばかりの者が、長年遊び続けた者に勝つことは難しい。
それでも、ゲームならば。
勝てなかった相手に再び挑戦できる。
新しい戦い方を試すことができる。
昨日まで知らなかった楽しさを見つけることができる。
勝者だけが楽しめるわけではない。
敗者だからこそ得られる経験もある。
そして、ゲームの中では、誰もが同じ舞台に立つ機会を得られる。
ヴァーチャ『誰にも与えられる最後のチャンス。それがアルカディア』
映像の中の彼は、まっすぐにこちらを見つめていた。
ヴァーチャ『掴めるのは最後の運命。それをあなたに与えます』
その言葉を最後に、映像が切り替わった。
そこからは、アルカディアの各種システムについての説明が始まった。
推しのメンバーへ応援を送るスーパーチャット機能。
自分だけの姿を作り上げるアバターシステム。
ゲーム内で獲得した通貨を、一定の条件のもとでクレジットへ変換する仕組み。
さらには、より多くの生徒がゲームを楽しめるように、クレジットカードを誰もが作れるようにするためのシステムまで説明されていた。
アロナ「すごいですね……ゲームを遊ぶだけじゃなくて、観戦したり、応援したり、自分の姿を作ったりもできるんです!」
プラナ「ゲームの外側にまで、遊びの仕組みを広げているようです」
エクスデスは黙って映像を見つめていた。
先ほどの戦闘を思い返す。
あれほどの攻撃を、素人同然のオートマタが繰り出してきた。
それに対し、自分たちはそれぞれの役割を活かして戦った。
決して、ただ強い者が一方的に勝つだけの戦いではなかった。
アロナの回復がなければ、途中で倒れていたかもしれない。
プラナの攻撃がなければ、ヴァーチャのHPを削り切れなかったかもしれない。
黒服の補助がなければ、最後の猛攻を乗り切れなかったかもしれない。
そして、ヴァーチャ自身もまた、戦闘経験がないからこそ、システムを活かした戦い方を選んでいた。
ゲームという仕組みの中で、それぞれが自分の役割を持っていたのだ。
ヴァーチャ『未経験の私ですら先生を圧倒できる。その才能は、誰もが手にすることのできる最初です』
映像の中で、ヴァーチャは再び胸を張った。
ヴァーチャ『挑戦者であり、ボスであるあなた方の運命はここから始まるのです!』
最後に、画面いっぱいにロゴが表示された。
至天の座アルカディア。
そして、その下に大きく記された言葉。
チャンピオンは君だ!
アリス「らしいです!」
アリスは、説明を終えたというように元気よく頷いた。
エクスデスは、しばらくロゴを見つめていた。
ゲームの名前。
ゲームの仕組み。
そして、そこに込められた理念。
それらは、先ほどまでの戦闘を通じて、確かに彼自身の中にも伝わっていた。
異世界の冒険を目撃した一人のオートマタが、そこから得た着想を形にしようとしている。
それも、自分一人が楽しむためではなく、誰もが楽しめるものとして。
その熱意は、確かなものだった。
ただし。
エクスデスは、机の上に積み上げられていた企画書の山を思い出した。
モモイの足にすがりついたという話も、勝手に生放送を告知したという話も、まだ忘れてはいない。
エクスデス「ファファファ……まったく、とんでもないものを作ろうとする奴がおったものだ」
アロナ「先生、これって本当にキヴォトス中に設置されるんでしょうか?」
プラナ「設置希望者のリストを見る限り、その可能性は高いと思われます」
エクスデス「そうであろうな。あれほどの熱意を持っているのだ。そう簡単には止まるまい」
彼は、静かに笑った。
これから、このゲームを通じてどれほど多くの生徒たちが挑戦することになるのだろうか。
どれほどの者が勝利を掴み、どれほどの者が敗北を味わうのだろうか。
そして、その中から、どれほどの新しい物語が生まれるのだろうか。
それは、まだ誰にもわからない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
このゲームは、単に異世界の冒険を模倣しただけのものではない。
誰もが英雄になれる場所。
誰もが強敵になれる場所。
そして、誰もが何度でも挑戦できる場所。
その夢を、現実のキヴォトスに持ち込もうとする者が現れたのだ。
それこそが、至天の座アルカディアの始まりだった。
そして、いつの日か。
このゲームの舞台に立つ者たちは知ることになるだろう。
頂点に立つ者だけが、物語の主人公ではない。
挑戦する者にも、敗れる者にも、そして再び立ち上がる者にも。
それぞれの物語があるのだということを。
――チャンピオンは君だ。