スサノオ祭り異変
第一話 今日は何もないな
「今日は何もないな」
カリカリ、カリカリ。
シャーレの執務室に、ペンが紙の上を走る音が響いていた。
先生用に作られた特注の机と椅子。
その椅子に深々と腰掛け、山のような書類を片付けているのは、エクスデス先生である。
今日の書類は、ミレニアムから提出された機材購入申請、ゲヘナからの施設修繕報告、トリニティの生徒たちによる行事の開催申請、その他諸々。
どれもこれも、確認して、署名して、必要があれば差し戻すという、極めて地味な仕事だった。
だが、先生という立場にある以上、避けては通れない。
そして、こうした地味な仕事が滞れば、後になって十倍、二十倍の面倒事になって返ってくる。
それを理解しているからこそ、エクスデス先生は文句を言いつつも、真面目に書類を片付けていた。
「ファファファ! 何もないのは平和な証拠ではないか! 良いことだ!」
隣から、豪快な笑い声が上がった。
そこにいたのは、ものまね師ゴゴ。
デジョンによる次元移動を繰り返しているうちにキヴォトスへ流れ着き、紆余曲折を経てエクスデス先生にスカウトされた存在である。
現在はシャーレの一員として、先生の仕事を手伝っていた。
ただし、その目的は単に生活のためというわけではない。
ゴゴには、もっと大きな目標があった。
それは、目の前にいるエクスデスという存在の技をものまねすること。
世界を滅ぼしかねない大魔導士。
次元の狭間にすら関わる存在。
そんな規格外の存在をものまねできるようになれば、ものまね師としてどれほどの高みに到達できるだろうか。
ゴゴは今日も、隣で書類を処理するエクスデス先生の動作を観察していた。
ペンの持ち方。
紙をめくる指先。
印鑑を押すタイミング。
そして、書類の内容を確認した際にわずかに動く杖の先。
……いや、そこまで観察する必要があるのだろうか。
本人にも、もうよくわかっていない。
「ところでゴゴよ」
「何だ?」
「わしの筆跡までまねる必要があるのか?」
「ものまねとは、細部に宿るものだ」
「ファファファ! そうか! ならば、その書類も片付けてくれると助かるのだが!」
「……それはものまねではなく、単なる仕事の押し付けではないか?」
「ファファファ!」
ゴゴは無言で書類を一枚取った。
どうやら、押し付けられた仕事を断る方法までは、まだものまねできていないらしい。
「先生とゴゴさん、お茶をどうぞ。今日のはトリニティの紅茶です」
そこへ、ユウカがお盆を持ってやってきた。
今日の当番は彼女である。
二人の前に、湯気の立つティーカップが置かれた。
紅茶の香りが、紙とインクの匂いばかりだった執務室に広がる。
まずは香りを楽しみ、それから一口。
深みのある味わいが舌に広がった。
エクスデス先生は、わずかに満足げな声を漏らした。
「うむ。良い茶葉だな」
「ありがとうございます。トリニティの購買部で、少し良いものを見つけたんです」
「ファファファ! こうした時間も悪くないものだ!」
「そうですね。これで今日の書類が全部片付けば、もっと良いのですが」
ユウカは机の上に積まれた書類の山を見た。
まだ、半分も減っていない。
「……先生。平和なのは良いことですが、平和だからといって仕事がなくなるわけではありませんからね?」
「ファファファ! わかっておるとも!」
「本当にわかっているんでしょうか……」
ユウカがため息をついた。
ゴゴはその様子をじっと見つめ、何やら納得したように頷いている。
「なるほど。これがシャーレにおける日常か」
「そうだ。これが日常だ」
「では、私も覚えておこう」
「何をだ?」
「平穏な日ほど、仕事を片付けておくべきだということを」
「ファファファ! 良い心がけだ!」
その時だった。
「ちょっと、ここはシャーレですよ! アポイントメントを取らないと会えないんです! ちょっとー! 止まってくださーい!」
廊下の向こうから、警備員の声が響き渡った。
先ほどまでの穏やかな空気が、一瞬にして凍りつく。
エクスデス先生はティーカップを置いた。
ゴゴは、持っていたペンを止めた。
「もしや、先ほどのセリフはフラグというものだったかな?」
「なんだそれは」
「さあな。だが、少なくとも今の声は、平和な日常の音ではない」
「はぁ……また書類仕事が遅くなりますね……」
ユウカは、これから起こるであろう面倒事を予感して、深々とため息をついた。
そして、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「先生ィー! オラを! オラと弟子の生徒たちを助けてほしいだー!」
飛び込んできたのは、犬系の住人である鍛冶職人だった。
その足元には、シャーレの警備員として雇われた生徒がしがみついている。
しかし、鍛冶職人はそれをものともせず、ここまで走ってきたらしい。
その顔は青ざめ、耳は垂れ、尻尾は落ち着きなく揺れていた。
「ちょっと! だから、事前に連絡を入れてくださいと……!」
「すまねぇ! でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだぁ!」
「落ち着け。まずは話を聞こう」
エクスデス先生が杖を置き、鍛冶職人を見据えた。
「貴様は……確か、ミカの正宗の鞘を作り出した鍛冶職人か?」
「覚えててくれただか!?」
鍛冶職人の顔がぱっと明るくなった。
先ほどまでの青ざめた表情はどこへやら、感激のあまり目を潤ませている。
「エクスデス先生に覚えられるなんて、オラはなんて幸せ者だぁ……! こりゃ一生の自慢に……!」
「ファファファ! それで、何があった?」
「……はっ! そうだっただ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
鍛冶職人は、両手で頭を抱えた。
「オラが修理した祭り用の刀と祭具! それが意思を持って、周りの生徒たちを洗脳しだしたんだぁ!」
「ファ?」
エクスデス先生の動きが止まった。
ゴゴもまた、ペンを置いた。
「洗脳だと?」
「そうだぁ! みんな、祭りの準備をやめなくなっちまったんだ! 寝ない、食べない、休まない! 祭りを完成させるんだって、ずっと働き続けてるんだぁ!」
「……それは、ただの熱中とは違うのか?」
ゴゴが尋ねた。
「違うだ! オラが声をかけても聞かねぇ! 弟子たちも、もう自分が何をしてるのか、よくわかってねぇみたいで……!」
鍛冶職人の声が震えた。
自分が修理したものが原因で、誰かが傷ついている。
それを知って、放っておけるはずがなかった。
「なるほど。つまり、祭具が生徒たちの意思を何らかの形で支配しているということか」
「そうだぁ!」
「ファファファ……。これは厄介なことになったな」
エクスデス先生は立ち上がった。
「ユウカ、ゴゴよ。すまぬが、書類は任せた」
「はい。……いえ、こうなると思っていました」
ユウカは、すでに机の上の書類を整理し始めていた。
ゴゴは、エクスデス先生の背中を見送る。
「先生」
「何だ?」
「今回の問題は、魔法による洗脳か?」
「その可能性が高い。だが、祭具そのものが意思を持っているのならば、単なる魔法とは限らぬ」
「なるほど。では、観察の価値がありそうだ」
「ファファファ! お前も来るか?」
「いや。私は書類を片付ける。先生が戻った時、仕事が残っていれば不機嫌になるだろう?」
「ファファファ! よくわかっておるではないか!」
「……先生。早く行ってください」
ユウカに促され、エクスデス先生は鍛冶職人を連れて執務室を後にした。
平和な一日は、どうやら終わったらしい。
第二話 祭りの熱気は止まらない
「ここだぁ! ここで祭りが行われるらしいんだぁ!」
鍛冶職人に案内され、エクスデス先生がたどり着いたのは、百夜水上祭の会場だった。
しかし、そこには普段の水上祭とは明らかに異なる光景が広がっていた。
水辺に設けられた広場の中央には、石材を円形に組み上げた巨大なフィールドがある。
その周囲では太鼓や和楽器の演奏が絶え間なく続いていた。
生徒たちは楽器を鳴らし、石材を運び、装飾を施し、祭りの準備を進めている。
だが、その様子はどこか異様だった。
誰も疲れを訴えない。
誰も休もうとしない。
汗だくになっている生徒でさえ、休憩することを拒み、再び作業へと戻っていく。
「……確かに、これは普通ではないな」
エクスデス先生は、会場全体に意識を広げた。
生徒たちの周囲には、薄い魔力の膜のようなものが漂っている。
それは一人ひとりの意識に絡みつき、彼女たちの感情を増幅させているようだった。
喜び。
期待。
興奮。
そして、祭りを完成させたいという強烈な衝動。
それらが、際限なく膨れ上がっている。
「単純に精神を操っているわけではない……。生徒たちが元から持っている感情を増幅させ、それを行動の原動力にしているのか」
鍛冶職人が不安げに見上げた。
「元から持っている感情、だか?」
「祭りを楽しみたい、成功させたいという気持ちだ。そこに付け込んでいるのだろう」
「そんな……。みんな、祭りを楽しみにしてたんだぁ……」
鍛冶職人は、拳を握りしめた。
その時だった。
「おやぁ? 先生もスサノオ祭りに参加するんですか?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには堂々と水着姿で立つシズコがいた。
いつものように商売人らしい笑顔を浮かべ、会場全体を指揮している。
「その声、シズコか! 水着姿でどうしたのだ!? 今は冬だぞ!?」
「ウェヘヘ! 先生も参加するとなれば、どれだけのお金が稼げるでしょうか! 冬なんて関係ありません! 海辺の祭りとくれば水着姿は必須! ちょっと過激なほうがお金が稼げるというもんですよ!」
「ディスペル!」
エクスデス先生が杖を掲げた。
シズコの身体が光に包まれる。
「シェイーン!」
一瞬、シズコの表情から熱狂が消えた。
「あれ? 先生? なんでここに? というか、なんで私、水着……?」
シズコは自分の姿を見下ろし、ようやく状況に気づいたらしい。
しかし、次の瞬間。
「……いえいえ! スサノオ祭りには水着は必須! 冬だからこそ、寒さを吹き飛ばす熱気が必要なんです!」
「何!?」
エクスデス先生が目を見開いた。
シズコの周囲で魔力が再び渦巻き、解除されたはずの精神干渉が瞬時に上書きされていく。
「効かぬ……! いや、解除したそばから再び上書きされているのか!」
「えぇ!? エクスデス先生の魔法も効かないだか!?」
鍛冶職人が叫んだ。
「いや、効いてはいる。だが、元となる力が生きている限り、何度解除しても元に戻されるのだ」
エクスデス先生は、会場中央の祭具を見た。
石のフィールドの中心には、刀を納めるための台座が設けられている。
そこには、修理された刀と、いくつもの勾玉が配置されていた。
刀身は布で覆われ、勾玉は祭りの装飾に紛れるように吊るされている。
一見すれば、祭りのために用意された美しい飾りだ。
だが、エクスデス先生の目には、それらが単なる道具ではないことが見えていた。
「鍛冶職人よ。お前が修理したのは、刀と祭具だけか?」
「そうだぁ! 刀の鞘を直して、勾玉を磨いて、祭りで使えるようにしたんだぁ!」
「修理する前から、妙なことはなかったか?」
「……そういえば、刀を打ってる時に、変な音がしたことはあっただ。誰もいないのに、祭りの太鼓みたいな音が聞こえてきて……。でも、オラは古い祭具だから、そういうこともあるのかと思って……」
「ふむ……」
エクスデス先生は目を細めた。
祭具から漏れ出す魔力は、周囲の生徒たちを支配しているだけではない。
何かを待っているようにも感じられた。
祭りの完成。
それこそが、祭具にとって必要な条件なのだろう。
「元を絶たねば、どうにもならぬな……。しかし、祭りの完成を待つしかないのか?」
その時だった。
パカラ、パカラ。
空間に馬の足音が響き渡った。
音のする方向から、ゆっくりと一人のヒカセンが現れる。
その姿は、オーディンそのものだった。
黒い鎧。
巨大な剣。
そして、ただそこにいるだけで周囲の空気を変えてしまうほどの威圧感。
だが、その声は妙に気安かった。
「待つ、というより手伝ってしまえばいいのではないか?」
「手伝う、だと?」
エクスデス先生は、眉をひそめた。
「こういうのは完成して本気を出させてから倒さないと、相手が納得しないタイプだ。というか、スサノオという蛮神は、俺のいた第十四世界でいう召喚獣のようなものだ」
ロアヒカセンは祭具を見つめながら続けた。
「鍛冶職人よ。お前が修理したのは、この世界の祭具ではない。次元の狭間から流れ着いた、俺の世界に由来する祭具のようだ」
「なんだってだぁ!? オラが修理したのは、この世界の祭具じゃなかっただか!?」
「古い道具には、時折そういうことがある。次元の狭間を漂い、どこかの世界に流れ着く。だが、これはただの遺物ではない。祭りを成立させるための、何らかの仕組みが残っているのだろう」
「そんな大事なものなら、もっと厳重に保管してほしかっただぁ……!」
鍛冶職人の嘆きに、エクスデス先生は肩をすくめた。
「それはそうだな」
「先生まで!?」
ヒカセンは、祭りの会場を改めて見渡した。
「おそらく、祭りが完成すれば、祭具の本来の機能が目覚める。今の洗脳も、そのための準備だろう」
「だが、手伝うにしても何をすればいいのだ。私ができるのは主に破壊だぞ」
「その図体は飾りではなかろう? それに、レビテドで重いものを浮かばせることもできるはずだ」
「クッ……! 生徒を人質に取られれば仕方ないか!」
「人質というより、祭りの参加者だな」
「まぁよくはないが良いではないか! 祭りの準備くらい、手伝ってやろうではないか!」
エクスデス先生は、杖を構え直した。
「俺も手伝おう。元は俺の世界の祭具だしな」
こうして、二人は祭りの準備を手伝うことになった。
第三話 祭りの完成、そして蛮神降臨
「そこの石材をもう少し右だ!」
「いや、そっちは太鼓の配置が先だ!」
「祭具を置く台座が傾いてるぞ!」
「先生! その石材、重すぎます! 普通はそんなに簡単に浮かせられません!」
「レビテドを使っているのだ。問題なかろう!」
「そういう問題じゃないんです!」
エクスデス先生は、巨大な石材を片手で浮かせながら、ユウカがここにいなくて本当によかったと思っていた。
いや、ユウカがいれば間違いなく、石材の重量、運搬人数、作業時間、そして安全管理について延々と説教されたことだろう。
その隣では、ヒカセンが祭具の配置を調整していた。
オーディンの姿で巨大な剣を振り回す存在が、祭りの飾り付けを手伝っている。
どう考えても異様な光景だったが、洗脳された生徒たちは誰も気にしていなかった。
むしろ、二人が作業を手伝うほど、祭りの熱気は高まっていった。
「すごい……! 先生たち、なんて力持ちなんでしょう!」
「これなら、もっと大きな舞台を作れるんじゃない?」
「太鼓を増やしましょう! もっと、もっと盛り上げないと!」
生徒たちの声が、徐々に熱狂へと変わっていく。
その様子を見て、ヒカセンは小さく呟いた。
「……やはり、単なる洗脳ではないな」
「何か気になることでもあるのか?」
エクスデス先生が尋ねた。
「生徒たちは、自分の意思で祭りを成功させたいと思っている。だが、その感情が異常なほど増幅されている。祭具は彼女たちの心を奪っているのではなく、心の中にある願いを燃料にしているのだろう」
「願いを燃料にする、か」
「祭りを楽しみたい。誰かと一緒に盛り上がりたい。自分たちの作ったものを見てもらいたい。そうした気持ちが、祭具に吸い上げられているのかもしれない」
エクスデス先生は、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開く。
「それが本当なら、厄介だな。無理やり意識を奪っているだけならば、解除すれば済む。しかし、自分の願いを利用されているとなれば、単に魔法を解くだけでは足りぬ」
「そうだな。だからこそ、祭りを完成させる必要がある」
「……お前は、完成させれば安全だと考えているのか?」
「いや。完成させれば、少なくとも何が起きているのかはっきりする。危険があるなら、その時に対処すればいい」
「ファファファ! 随分と無茶な考え方だな!」
「エクスデス先生にだけは言われたくない」
「ファファファ!」
二人は、最後の祭具を台座に据えた。
その瞬間、会場全体の空気が変わった。
太鼓の音が、一斉に止まる。
和楽器の音色も消え、風の音だけが残った。
生徒たちは、まるで何かに見入られたかのように、中央の祭具を見つめていた。
そして。
祭具が、浮かび上がった。
刀が台座から離れ、勾玉が周囲を回転する。
それらは眩い光を放ちながら、空中へと舞い上がっていった。
雷鳴が轟く。
風が吹き荒れる。
会場の石材が震え、地面に刻まれた円形の紋様が光を放ち始めた。
「おお……!」
「これが、祭具の本来の機能か!」
ヒカセンが見上げる。
エクスデス先生は杖を構え、周囲の生徒たちを守るために魔力を展開した。
「全員、下がれ! ここから先は危険だ!」
しかし、生徒たちは動かなかった。
恐怖ではない。
むしろ、歓喜に満ちた表情で空を見上げている。
彼女たちにとって、この光景は祭りの完成を告げるものだった。
そして、空高く舞い上がった祭具は、一つの巨大な影となって降りてきた。
赤い髪をたなびかせ、雷をまとった鎧甲冑の大男。
その手には、巨大な刀が握られている。
神話の中から現れたような、荒々しくも堂々たる姿。
「いざいざいざ! 嵐だ! 戦だ! スサノオ大祭りである!」
轟音とともに、蛮神スサノオが降臨した。
「……やはり、スサノオか」
ヒカセンが呟く。
「貴様が今回のトラブルの主犯か!」
エクスデス先生が杖を突きつけた。
「お前がエクスデス先生とやらか! シズコとやら、そしてこの我を修復してくれた鍛冶職人の記憶を呼んで知ったぞ! お前のような暗黒の存在が、生徒を導く存在とは驚きだ!」
「御託はいい! さっさと生徒たちを元に戻さんか!」
「お前が戻さずとも、俺とエクスデス先生が戻すだろう。お前自身が戻せるなら、そちらのほうが早いがな」
ヒカセンは斬鉄剣とオーディンヒャムルルを構えた。
エクスデス先生も、サンドボックス・ツリーを手に取る。
二人の前で、スサノオが豪快に笑った。
「カッカッカ! こういうのは勝った方が総取りというのが祭りであろう! いざいざいざあ! 祭りである!」
「……話が通じぬか」
「どうやら、祭りを完成させることが目的だったようだな。だが、そのために生徒たちの意思を奪ったことは見過ごせぬ」
「意思を奪っただと? 我は祭りを盛り上げただけよ! 熱狂なくして祭りは成り立たぬ! 歓声なくして宴は始まらぬ! そして、全力を尽くしてこそ祭りは面白い!」
「その全力を、他人に強制するなと言っているのだ!」
エクスデス先生の声が響いた。
「ファファファ! よかろう! ならば、我を止めてみせよ! 祭りの主役たる我をな!」
第四話 海割り、雲間放電、そして極の戦い
スサノオがアメノムラクモを振りかぶった。
巨大な刀身に雷が走り、空気が震える。
その一撃が放たれる直前、ヒカセンが叫んだ。
「海割り!!!」
スサノオの一撃が、会場の地面を一直線に切り裂いた。
石材が砕け、土砂が舞い上がり、衝撃波が周囲へと広がる。
まるで海そのものを割るかのような、圧倒的な破壊力。
しかし。
「ヤツの直線状が安置だ!」
「なんの! マイティガード!」
エクスデス先生が防御魔法を展開する。
ヒカセンは空へと飛び上がり、エクスデス先生もそれに続いた。
直後、二人が立っていた場所を巨大な斬撃が通過する。
「なるほど! 空を飛んだ方が早いな!」
「今さら気づいたのか!?」
スサノオは、空中の二人を見上げて笑った。
「ならば、空も祭りの舞台としてくれよう!」
「雲間放電!!!」
スサノオの身体から雷光が迸る。
それは空を切り裂く光線となり、ヒカセンへと一直線に迫った。
「確定命中だ! 俺から離れろ、エクスデス先生!」
「了承した!」
エクスデス先生が横へ飛び退く。
直後、ヒカセンを中心に雷の奔流が炸裂した。
「ぐぅっ!」
雷光が鎧を焼き、身体を激しく揺さぶる。
ヒカセンは歯を食いしばりながらも、どうにか空中で体勢を立て直した。
「まだまだいけるぞ!」
「無理はするでないぞ!」
エクスデス先生は杖を振り、回復魔法を放つ。
光がヒカセンを包み、傷ついた身体を癒やしていった。
「助かる!」
「ファファファ! 礼なら後でよい! 次が来るぞ!」
スサノオが、さらに大きく笑った。
「カッカッカア! 興が乗ったわ! アメノムラクモの真の実力、見せてやろう!」
その手から、アメノムラクモが空へと放り投げられた。
刀身が光を放ち、見る間に巨大化していく。
一本の刀が、まるで天そのものを覆うかのような大きさへと変貌した。
そして、スサノオ自身の身体までもが巨大化していく。
巨大な刀。
巨大な蛮神。
その姿は、もはや通常の戦闘の範疇を超えていた。
「まずは俺が受け止める! 先生は弾き返してくれ!」
「承知だ!」
「むぅん!!! 受け止めてみよ!!!」
スサノオが、巨大なアメノムラクモを振り下ろした。
大気が悲鳴を上げる。
風圧だけで周囲の石材が吹き飛び、地面がひび割れていく。
その落下地点に、ヒカセンはすでに待ち構えていた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
斬鉄剣を構え、全身の力を込めて刃を受け止める。
凄まじい衝撃が走った。
足元の地面が砕け、身体が押し潰されそうになる。
それでもヒカセンは、一歩も引かなかった。
「今か! アルテマ!」
エクスデス先生が杖を掲げた。
極限まで圧縮された魔力が、巨大な刀身の側面へと叩きつけられる。
轟音。
閃光。
そして、アメノムラクモが大きく弾き返された。
「ホワイトウィンド!」
エクスデス先生の回復魔法が、ヒカセンを包み込む。
押し潰されかけた身体に力が戻っていく。
「ナイス! 次が来るぞぉ!!!」
スサノオは、まるでそれを待っていたかのように笑った。
「真の荒魂とはこういうものよ!」
再び、巨大な刃が振り上げられる。
今度はエクスデス先生が前に出た。
「次は私か! ぬおおおおおおおお!!!」
杖と魔力を重ね、落下してくる刀身を真正面から受け止める。
衝撃が全身を駆け抜けた。
エクスデス先生の足元に亀裂が走る。
だが、その身体は揺るがない。
「ブレード・オブ・オナー!」
ヒカセンが斬鉄剣を振り抜いた。
黄金の斬撃が巨大な刀身を横から打ち、アメノムラクモを弾き返す。
その勢いで、スサノオの巨体が大きく傾いた。
「カッカッカ! 良いぞ! 実に良い!」
「まだ笑っている余裕があるのか!」
「祭りとは、そういうものよ! 苦しくとも笑い、強敵に出会えば喜び、全力を尽くす! それが我の祭りである!」
「ならば、その祭りの終わりを教えてやろう!」
「望むところよ!」
スサノオが、アメノムラクモを振り上げた。
今度は、二人とも防御の構えを取らない。
「次は避ける!!!」
「承知だ!」
二人は左右へと散った。
巨大な刃が地面を叩き割り、爆発的な衝撃波が走る。
しかし、刃は二人を捉えられなかった。
ヒカセンは空中で体勢を立て直し、エクスデス先生は杖を構えたまま、静かに魔力を練り上げる。
「今から全力投球だぁ! ブレード・オブ・オナー!!!!」
「アルテマ!!!!」
「ウオオオオオ!! 祭りだ! 海嵐斬!!!」
三つの力が、正面からぶつかり合った。
ヒカセンの剣閃。
エクスデス先生の究極魔法。
スサノオの荒々しい斬撃。
光が炸裂し、風が唸り、砂嵐が巻き起こる。
地面が震え、祭りの会場を覆う石材が次々と砕けていく。
それでも、エクスデス先生は防御魔法を展開し、生徒たちへ衝撃が届かないようにしていた。
ヒカセンもまた、スサノオの攻撃を可能な限り会場の外へと誘導している。
ただ勝つだけではない。
ここにいる生徒たちを守りながら、蛮神を打ち倒さなければならないのだ。
「先生! 会場の外へ誘導するぞ!」
「わかっておる!」
二人が空中で交差した。
スサノオは笑いながら、その後を追う。
巨大な刀が振るわれ、雷が迸り、嵐が吹き荒れる。
戦いは、もはや祭りの会場だけでは収まらなかった。
そして、最後の一撃が放たれる。
「ブレード・オブ・オナー!!!!」
「アルテマ!!!!」
「海嵐斬!!!!」
三者の全力が激突した。
閃光が視界を埋め尽くす。
轟音が響き渡る。
その場にいた誰もが、思わず目を閉じた。
やがて、風が止んだ。
砂煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、二人だった。
ヒカセンは息も絶え絶えになり、剣を杖代わりにしてどうにか立っている。
対して、エクスデス先生は、少々疲れた様子こそあるものの、まだ余裕の表情を浮かべていた。
そして、スサノオは。
「……カッカッカ……!」
巨大な身体から光が溢れ出していた。
その姿が、徐々に崩れていく。
「見事……! 実に見事な豪傑どもよ!」
スサノオは、最後まで豪快に笑った。
「勝ったぁ!!!」
ヒカセンは叫ぶと、その場に大の字になって寝転がった。
「流石に極レベルのヤツ相手に二人はきついぞ! ギミック処理まで全部やらせるんじゃない!」
「ファファファ! 良い息抜きができたわ!」
「俺は息抜きの範疇を超えてると思うんだが!?」
「ファファファ!」
第五話 迷惑な祭りと、思いがけない召喚獣
「……ハッ! 先生たちー! 大丈夫だか!?」
鍛冶職人が慌てて駆け寄ってきた。
戦いの余波で、会場の一部は無残な姿になっている。
石材は砕け、地面には大きな亀裂が走り、祭りの飾りもあちこちに散乱していた。
しかし、生徒たちには大きな怪我はない。
エクスデス先生が防御魔法を張り続けていたおかげで、戦いの余波から守られていたのだ。
「ファファファ! 問題ない!」
「いや、先生は問題なさそうだけど、俺は問題大ありだぞ……」
ヒカセンは地面に寝転がったまま、片手を上げた。
「回復薬……いや、もう少し休ませてくれ……」
「ファファファ! お前もなかなか頑丈ではないか!」
「そりゃどうも……。極蛮神を二人で相手にして、平気な顔をしている先生の方がおかしいんだよ……」
その時。
「ブエックショーイ!!!」
会場に、盛大なくしゃみが響き渡った。
「……なんで私、水着なの!? 冬なのに!?」
シズコだった。
洗脳が解けたことで、ようやく自分の服装と周囲の状況を認識したらしい。
彼女は真冬の風に身を震わせながら、両腕で身体を抱きしめた。
「ファファファ! 洗脳も解けたようだな」
「洗脳!? 私、洗脳されてたんですか!?」
「そうだぁ! オラが修理した祭具のせいでぇ! ごめんなぁ!」
鍛冶職人は、耳を垂らしながら深々と頭を下げた。
「鍛冶職人さん!? あぁ!?あれのことですか!?」
シズコは、会場の中央を指さした。
そこには、地面に突き刺さったアメノムラクモと、周囲に散らばった勾玉があった。
戦闘の余波で破壊されたはずの祭具は、不思議なことに、まだわずかな光を放っている。
「ん?」
ヒカセンが、ゆっくりと上半身を起こした。
「……あれ、まだ何かあるぞ?」
アメノムラクモの刀身に、光が集まっていく。
周囲に散らばっていた勾玉が、まるで磁石に引き寄せられるかのように浮かび上がった。
そして、それらが一つになろうとした瞬間。
「いやあ愉快愉快! まさに嵐のような豪傑どもよ!」
聞き覚えのある声が響いた。
スサノオである。
だが、その姿は先ほどの巨大なものではない。
祭具の上に、幻影のような姿で現れていた。
「……ほう。まだやるか?」
エクスデス先生が杖を構える。
「やらん! 祭りというものには終わりがある! 今回はこれで終わりだ!」
「今回は、だと?」
「カッカッカ! そう怖い顔をするな! 俺は祭りを愛する者の声に応えて現れただけよ!」
スサノオは、シズコへと顔を向けた。
「そもそも俺がここに来たのは、祭りを愛する誰かの声を聞いてからよ! それがお前だ、お嬢さん!」
「……へ?」
シズコが固まった。
「お嬢さんの『冬のお祭りって薄着になれないから盛り上がりに欠けますねぇ』という声を聞いて、俺がスサノオ祭りを開いたってわけよ!」
「な、なんてはた迷惑な!」
シズコは、真っ赤になって叫んだ。
「確かにそんなことを言った気はしますけど! だからって洗脳はやりすぎですよ! というか、私の独り言を聞いて神様が出てくるなんて聞いてません!」
「そりゃ祭りの熱気に当てられたってやつだ!」
「そんな言葉で片付けないでください!」
「カッカッカ! だが、祭りは盛り上がったであろう!」
「会場が半壊してるんですけど!?」
「豪傑たちの戦いも見られた!」
「その豪傑たちが会場を壊したんですけど!?」
「そして、祭りを愛する者たちの熱意も見られた!」
「だからって生徒たちを洗脳していい理由にはなりません!」
シズコの正論が、冬の会場に響き渡った。
スサノオは、少しだけ黙り込んだ。
そして、豪快に笑う。
「カッカッカ! 確かに、少々やりすぎたかもしれんな!」
「少々!?」
「だが、お嬢さん。祭りを楽しみたいという願いは、決して悪いものではない。人が集まり、笑い、音を鳴らし、心を通わせる。それこそが祭りの本質であろう!」
その言葉に、シズコは口を閉じた。
確かに、彼女は祭りが好きだった。
人が集まり、楽しそうに笑い、普段は見せない顔を見せる。
そんな光景を見るのが好きだった。
だからこそ、商売としても祭りを盛り上げようとしてきた。
だが、今回の祭りは違った。
生徒たちは楽しんでいるようで、実際には自分の意思で休むことすらできなかった。
それは、シズコが望んだ祭りではない。
「……でも、楽しいことを無理やりやらせても、楽しくなんてありません」
シズコは、まっすぐにスサノオを見上げた。
「祭りは、参加したい人が参加するから楽しいんです。休みたい人は休んで、帰りたい人は帰って、それでも残りたい人が集まって、みんなで盛り上げる。そういうものじゃないですか」
スサノオは、しばらくシズコを見つめていた。
そして、満足げに頷いた。
「……なるほど。お前の言うことも一理ある」
「わかってくれたんですか?」
「うむ! では、次はもっと自由に参加できる祭りを開くとしよう!」
「いや、次も勝手に開催しないでください!」
「カッカッカ! 祭りに終わりはあっても、祭りを愛する心に終わりはない!」
「人の話を聞いてください!」
スサノオは豪快に笑い、周囲の光をさらに強めた。
アメノムラクモと勾玉が、再び一つにまとまっていく。
巨大な刀身は縮み、勾玉はその周囲に収まる。
やがて、それらは小さな剣のアクセサリーへと姿を変えた。
そのアクセサリーは、ふわりと宙を舞い、シズコの銃のストラップへと取り付けられた。
「……えっ?」
シズコが、自分の銃を見下ろした。
「何ですか、これ?」
「祭りを愛する者への証よ! 俺を呼びたくば、このシズコという者に話しかけるがよい! 祭り次第では、いつでも出張ってやる!」
「いつでも!?」
「そうだ!」
「出張ってくるのはいいですけど、会場を壊さないでくださいね!?」
「カッカッカ! 努力しよう!」
「絶対に信用できない返事なんですけど!」
スサノオは、最後にエクスデス先生とヒカセンへと顔を向けた。
「暗黒の大魔導士よ! そして、我が刃を受け止めし豪傑よ! また祭りの場で会おうぞ!」
「次は、もう少し穏便な形で来ることを期待しておるぞ」
「俺はしばらく休ませてくれ……」
「カッカッカ! ではさらば!」
スサノオの姿が光の中へと消えていった。
残されたのは、破壊された祭りの会場と、寒さに震えるシズコ、そして地面に寝転がったままのヒカセンだった。
「……ところで、シズコ」
エクスデス先生が、銃のストラップを指さした。
「それは何なのだ?」
「私が聞きたいですよ! なんで私の銃に神様の祭具がくっついてるんですか!?」
ヒカセンが、ゆっくりと立ち上がった。
「おそらく、召喚の触媒になったんだろう。スサノオは、お前の声に応えて現れたと言っていた。祭具を介して、お前とつながりを持ったんだ」
「……ということは?」
「召喚獣として呼び出せるようになった可能性が高い」
「……えっ?」
シズコの顔から、血の気が引いていく。
「ええええええええええええええええええ!?」
冬の会場に、シズコの絶叫が響き渡った。
第六話 お祭り運営委員会、召喚獣スサノオ習得!
その後。
シャーレの執務室には、再び書類仕事の時間が戻ってきていた。
ただし、エクスデス先生が不在だった間に溜まった書類は、ユウカとゴゴによって片付けられていた。
机の上には、整理された書類の束。
その横には、冷めた紅茶。
そして、椅子に座るエクスデス先生の前には、何やら難しい顔をしたシズコがいた。
「……つまり、私は召喚獣を手に入れたということですか?」
「その可能性が高いな」
「神様を?」
「うむ」
「祭りのたびに呼び出せるかもしれない、と?」
「そういうことだろう」
「……」
シズコは、銃のストラップについた小さな剣のアクセサリーを見つめた。
その小さな飾りからは、微弱ながらも確かな魔力が感じられる。
試しに触れてみると、ほんの一瞬だけ雷鳴のような音が聞こえた。
シズコは、ゆっくりと手を引っ込めた。
「……あの、これって売れますかね?」
「ファファファ!」
エクスデス先生が豪快に笑った。
「そこを気にするのか!?」
「だって! 召喚獣ですよ!? ものすごい価値があるかもしれないじゃないですか!」
「売るつもりなのか?」
「いえ、売りませんよ! これは私のものですから! でも、もしグッズ化できたら……」
「シズコ」
「はい?」
「まずは、次の祭りで勝手に呼び出さぬよう気をつけることだ」
「……はい」
シズコは、しょんぼりと肩を落とした。
その隣では、ゴゴが興味深そうにアクセサリーを見つめていた。
「なるほど。祭具を介して、蛮神と契約したのか」
「契約というより、勝手にくっついてきたんですけどね……」
「しかし、召喚獣を呼び出すための触媒として機能するなら、興味深い事例だ。先生、これはものまねの対象になるだろうか?」
「ファファファ! さあな! 試してみればよいではないか!」
ゴゴは、目を輝かせた。
「では、シズコ。少しだけ、そのアクセサリーを見せてくれ」
「えっ、何をするつもりですか?」
「ものまねだ」
「いや、ものまねって……」
ゴゴは、アクセサリーをじっと見つめた。
そして、両手を広げる。
「いざいざいざ! 嵐だ! 戦だ! スサノオ大祭りである!」
その瞬間、ゴゴの身体から、ぱちりと小さな雷が弾けた。
「……おお?」
エクスデス先生が目を見開く。
シズコが固まる。
ゴゴは、満足げに頷いた。
「なるほど。完全な再現はできないが、声と動作の一部は模倣できたようだ」
「待ってください! それ、今ここでやる必要ありました!?」
「安心しろ。祭具を介した召喚そのものは再現できていない」
「安心できませんよ!」
ゴゴは、再びアクセサリーを観察し始めた。
どうやら、ものまね師としての好奇心が完全に刺激されてしまったらしい。
エクスデス先生は、そんなゴゴを見ながら笑った。
「ファファファ! 面白いものが手に入ったな、シズコよ!」
「面白いで済ませないでください! これ、絶対に何か起きますよね!?」
「ファファファ! 何も起きぬ日よりは、良いではないか!」
「先生! その発言、今日の朝にも聞きましたよ!」
ユウカが、書類の束を抱えて執務室に入ってきた。
そして、シズコの姿を見た瞬間、首を傾げた。
「……あれ? シズコさん、どうしたんですか?」
「ユウカさん……聞いてください……」
シズコは、涙目で銃のストラップを差し出した。
「私、召喚獣を手に入れちゃったみたいです……」
「……はい?」
「しかも、スサノオです……」
「……はい???」
ユウカの手から、書類が一枚落ちた。
「どういうことですか!?」
「ファファファ!」
エクスデス先生の笑い声が、執務室に響き渡った。
こうして、百夜水上祭を発端とするスサノオ祭り異変は、一応の解決を迎えた。
生徒たちへの洗脳は解除され、鍛冶職人の弟子たちも無事に戻ってきた。
祭りの会場は修復が必要になったが、幸いにも負傷者は出なかった。
そして、シズコは新たな力を手に入れた。
お祭り運営委員会。
召喚獣スサノオ、習得。
ただし、本人が望んで手に入れたものではない。
むしろ、本人としては今すぐ返却したいくらいだった。
「……ところで先生」
ユウカが、ゆっくりと顔を上げた。
「今回の祭りの修繕費用は、どこから出すんですか?」
「……」
エクスデス先生は、無言で書類を一枚手に取った。
「ファファファ……」
「先生?」
「……ゴゴよ」
「何だ?」
「わしのものまねで、書類仕事を代わってくれぬか?」
「それはものまねではなく、単なる仕事の押し付けではないか?」
「ファファファ!」
「笑って誤魔化さないでください!」
ユウカの叫び声が、再びシャーレに響き渡った。
――こうして、シャーレには今日も平和な日常が戻ってきた。
少なくとも、次の騒動が起こるまでは。