「ユウちゃん、起きてるの……?」
朝陽を黄色く照り返している窓ガラスに、甲高い声で無遠慮に戸を揺らす女子が映っていた。
「昌子か」
とっくに目を覚ましていた勇次は口角を上げながら昌子の影を眺めていた。腰のところが引き締まってスマートに見えた。
一昨日母が法事に出かける時、留守中のことを頼んでいったので、勇次を起こしに来たのだった。昌子は窓の隙間から覗きながら、甲高い声で言った。
「ユウちゃん起きてるんでしょ。はよ開けてぇや!」
「眩しいなぁ」
勇次は面倒くさそうに起きて窓を開けると、さっさと元の場所に戻って横になる。
「今何時やと思ってるの? いくら休みだからって」
昌子は肩を上げながらワンピースの裾を蹴飛ばすように上がって来て、勇次を睨みながら見下ろした。
昨夜は蒸し暑かったからか下着一枚の姿で寝落ちしてしまったことに流石に羞恥を覚えた勇次だったが、昌子のワンピースの裾から伸びた引き締まった白い脚が思わず目に入り、全身を眺めて顔が綻んだ。
(綺麗な脚だなぁ。)
勇次は昌子に見惚れつつ、小さい頃に短いスカートを穿いて縄跳びをしていた時の可愛らしい脚を思い出しながら、目の前の脚に夢見心地だった。
「綺麗だなぁ」
「何言うとんねん」
昌子は一瞬顔を綻ばせながら自分の脚を一瞥したが、下から覗かれている事に狼狽えているのを押し隠すように言った。
「ユウちゃん、わたしの脚なんかどうでもええからはよ起きてや。片付かんやん!」
昌子は膝を曲げて勇次が昨夜食べ散らかしたパンの袋を手早く片付けた。
「一日位片付けんでも」
「あんたはかまへんかもしれんけど、わたしはお母さんに頼まれてるんやから……」
呆れた様子で言うと、ワンピースの裾を翻して掃除機を取りに行った。床に吸い付くような白い足が勇次の心を揺さぶる。
勇次が不器用な手付きで床を上げていると、掃除機を持ちながら仁王立ちで待ち構えている昌子が呆れた顔つきで言い放つ。
「ユウちゃん、何もかけないとお腹冷えるで」
細かいことなど気にしなさそうだが、眉を寄せている昌子を見ると、その可憐さに力一杯抱きしめたい衝動に駆られた。
勇次と昌子は幼馴染みだった。勇次の母は昌子を我が子のように可愛がっていたし、勇次は妹のように接してきた。だからか、勇次は昌子を一人の女性として愛しているかどうかを考えたことはなかったのだ。
昌子と愛の言葉を交わしたことはなかったし、彼女の強気な性格を思うと今更出来そうにはなかった。ロマンチックな雰囲気なら少しは聞いてくれるかもしれない。
けれど愛しているとか、I love youなどと囁こうものなら「アホ!」と言われながら平手打ちでも喰らわされそうな気がするのだった。ただ実際には毒舌の応酬になるものの、それが過ぎて喧嘩になることは幸運にも一度もなかった。互いに頃合いを図ってどちらかが笑い出す賢明さは持ち合わせていた。
昌子が作ってくれた遅い朝食を済ませた勇次は、スマホを眺めていた。
「美味しかった?」
「ああ、ごちそうさま」
勇次がスマホを眺めながら生返事したので、再び甲高い声で言い放つ。
「ほら、さっさと立つ!」
昌子が食器を持って流しへ向かうと、それをやたらガチャガチャいわせて洗い出した。
実は昌子は勇次を誘って公開されたばかりの映画を見に行きたかった。それから新しい洋服を買いたくて、その見立てもしてもらおうという算段を立てていた。
ネット通販でも買えるが試着しながら買いたかったし、勇次と一緒に行きたかったのだが、勇次の生返事で言い出すタイミングを逃し、機嫌を損ねたようだった。
勇次は昌子が自分に期待しているいじらしさを背中に感じ、焦らしてやろうと思いスマホの画面に視線を落としていた。やがて食器を洗い終えた頃合いを見計らって、ニヤつきながら勇次は横になった。
「ユウちゃん、ホントに寝るの」
「昌子も寝るか?」
お腹に痛みが走って勇次は悶絶した。食器を洗いながらも絶えず勇次の方へ気を配っていた昌子は俯いていた。期待外れに寂しそうに笑っている昌子を見て、今までからかっていた事を後悔した。
「……寝ててもしゃーないだろ。今から着替えるからな」
昌子は焦らされていたことに気が付き身体をくねらせてふくれてみせたが、すぐに笑顔になった。
そして5分位で着替えを済ませて昌子の前に現れた。
「相変わらず早いわね。いろいろ」
勇次は昌子の軽口をいなしながらスマホの画面を見つめる。
「けど、ちゃんとチケット買えるか? 話題作なんだろ」
「できれば、ユウちゃんと並んで見たいけど」
昌子はやや不安がっている。せっかく一緒に行くんだから、一緒に座って映画を楽しみたい。
昌子が見たい映画の本編は120分くらいである。逐一、勇次はスマホで座席状況を確認しているけど、スクリーンが正面に見える後方の座席は埋まっているが、2席以上空いている場所は若干ある。
勇次は予約を済ませて昌子に伝えようとしたが、そこに彼女の姿は無かった。
(さてと、待ちますか……)
昌子が現れたのは30分位経ってからだった。
「ユウちゃんお待たせ」
昌子の声が聞こえた方を見ると、そこには白のブラウジングブラウス姿の昌子が立っていた。ナチュラルメイクもしており、勇次はそれに見惚れて立ち尽くす。
勇次と目が合うと、昌子はニッコリとした笑みを浮かべて向かって来た。
「行こうか」
昌子がそう言うと勇次の手を握る。勇次は目を見開いたが満更でもない様子だ。
左手から昌子の温もりを感じながら、二人は無事に最寄り駅へ到着して都心へ向かう電車に乗り込んだ。
いかがだったでしょうか。