いじらしいふたり   作:タン塩レモンティー

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第2話

「晴れて良かったね」

「ああ。そうだな」

「昨日の夜に、映画のPVを何度も観たんだ。そうしたら、今日がより楽しみになったよ」

「昨日の夜明かり付いてたのって」

「そ♪」

 

 昌子は普段あまり見せないテンションの高さで勇次のことを見ており、瞳も輝いている。そうこうしているうちに電車はターミナル駅へと滑り込む。

 休日の都心部は予想通り人出が多かった。二人は駅の出口を出て映画館へ向かう。昌子に視線を向ける人もちらほらいる。本人は気にしていないようだが、勇次の方は気もそぞろだった。

 映画館の中には既に多くの人がいる。券売機の列にも結構並んでいる。昌子が見たがっていた作品は直後の回が満席になっており、予約して正解だったと勇次は思いながら入場時刻を待った。

 勇次と昌子は開演時間ギリギリで中に入り隣り合って着席した。それから数分ほどで場内が暗くなり、今後上映予定の作品の予告が流れる。普段はいらないと思うことが多いけど、昌子が目を輝かせているのを横目で見られたから満更でもない。カメラとパトランプの寸劇が流れてから本編が始まった。

 

「ユウちゃん、……右手を肘掛けに置いてくれる?」

 

 昌子がとても小さい声で言う。勇次は昌子の言う通りに右手を肘掛けに置いて彼女の方を向くと、彼女は彼の右腕にそっと腕を絡ませてきた。彼の右腕は心地良い温もりで包まれ、柔らかい感触を感じていた。

 映画が終わって二人が映画館から出てきた。昌子が感想を熱く語っているのを見ながら、勇次は来て良かったと思っていた。勇次は映画の内容には正直期待はしていなかったが、意外と楽しめてドキドキした。

 もっとも彼がドキドキしたのは、昌子が頻繁に腕を絡ませてきた要素が大きかったのだが。

 それから昌子の希望していた服探しをするために地下鉄に乗った。程よく混んでおり昌子が隣の青年に声をかける。

 

「あの、すみませんが詰めて頂けると助かります」

 

 よそ行きのお淑やかな声で頼んだ。隣に立っていた勇次はエアコンが効きすぎていたからか、震えながら昌子を横目で見る。

 普段関西弁丸出しの昌子がどうすればあんな上品な言葉が出るのかと、青年の照れたような表情を見ながら吹き出しそうになった。

 

 

 駅で降りてから昌子は洋服店をいくつも入り、気に入った服があれば手に取って値段を確かめていた。勇次も最初は一緒に入っていたが、どの店も圧倒的に女性客が多いので気恥ずかしさが勝る。

 やがてオフィス街の手前まで来たが、昌子はまだ服を買う様子はなかった。

 

「気に入ったのがなかったのか」

「気に入ったのはあったけれど、値段がね……」

 

 両手を腰に当てて言う。勇次は苦笑しながらも昌子の経済観念の強さに堅実さを感じていた。

 

「次で最後にしよか?」

 

 昌子に連れられたその店でも外で手持無沙汰な様子でスマホをいじっていた。

 

「何してんねん。熱中症になるで! ユウちゃんも中来てな」

 

 昌子が少し怒ったような口調で言う。

 

「そうは言っても、こんな可愛いらしい店に男が入るの気恥ずかしいだろ」

 

 勇次は照れながら言う。

 

「せやけど、一緒におってくれたほうが嬉しいやん……」

 

 昌子ちょっとだけ下を向きながら、指先が手持ち無沙汰になっている。

 

「……わかった。じゃあ、行くから」

 

 勇次は諦めたように返事をして店内に入る。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 店員さんが声をかける。勇次は店内を見渡しながら、ふとある商品が目に留まった。

 

(あれ?これって……)

 

 それはマネキンが着ている白いブラウスだった。襟元にはフリルが付いている。

 

(確かに可愛いけど……)

 

 勇次はそう言いながらチラッと値札を見た。

 

(高ッ!!)と心の中で思った。そこにはゼロが4桁の数字が書かれていた。

 

 勇次はもう一度値札を見る。間違いない。やっぱり高い。

 しかし、このブラウスはそれだけの価値があるように見えた。そして、そんなブラウスが今なら半額になるクーポン券を持っていたことを思い出した。

 

(そうだ!これで買えるぞ!)

 

 勇次は内心ガッツポーズをする。

 

「どうしたん?」

 

 突然、黙ったまま口角を上げた勇次に昌子は不思議そうな顔をしながら尋ねる。

 

「えっ!?いや何でもないよ」

 

 勇次は慌てて誤魔化す。

 

「でも、何かニヤけてへんかった?」

「違うって。ほら、このブラウス良くないか?」

 

 勇次は話題を変えるためにマネキンが着ているブラウスを指し示す。

 

「あっ!ほんまや!めっちゃ可愛ええ!」

 

 昌子はそのブラウスを見てすぐに褒める。昌子は嬉しそうだったが、すぐ真顔になる。

 

「それにしようか」

「……ユウちゃん、確かに可愛ええけど、かなり値が張るよ」

 

 昌子の表情が曇っている。

 

「大丈夫だよ。これくらい俺が出すよ」

「ダメやって。悪いもん」

「気にするなって。いつも世話になってるからプレゼントさせてくれよ」

「そういうわけにもいかんよ」

 

 勇次と昌子はなおも譲り合いをしていたが、今回は昌子が折れた。欲しかったというのもあるが、頃合いを見て収拾を図ったわけだ。

 

「わかった。せやったら半分ずつ出し合おう。それでどや?」

「それでいいよ」

「ありがとう、ユウちゃん。愛してんで」

「ああ、知ってるよ」

「何でそこは素直になれへんのかなぁ。もう」

 

 昌子は口を尖らせながら言った。

 

「じゃあ、会計してくるわ」

 

 勇次はレジに向かうと店員さんに声をかけた。

 

「すみません。あのブラウス下さい」

「はい!こちらですね!」

 

 店員は元気よく答える。

 

「あのー……クーポン券あるんですけど……」

 

 勇次は恐縮しながら言う。

 

「あら!そうなんですね!ラッキーです!ぜひご利用ください!」

 

 店員は満面の笑みを浮かべて言った。

 

「はい、お願いします」

「ありがとうございます!では、サイズを確認しますね!」

 

 店員はブラウスを持ってくると手際良く採寸をした。

 そして、「お客様のサイズだとSになりますね」と言った後、少し考え込むような顔をした。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、申し訳ありません。在庫がないみたいで……」

「えっ?本当ですか?」

「あのデザインのブラウスなのですが、お客様のサイズのみ品切れでして……」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

「入荷次第すぐに連絡いたしますので、よろしいでしょうか?」

「わかりました」

 

 勇次が昌子のほうを向くと、彼女は縦に首を振った。

 

「じゃあ、それでよろしくお願いします」

「かしこまりました!ありがとうございます!」

 

 お金を払って引換証をもらってから二人は店を出た。

 

「良かったな、見つかって」

「ほんまやね」

 

 二人は地下鉄の駅に向かって歩き始めた。

 

「でも、本当に良かったん? 半額とはいえ結構高かったやろ?」

「こういう時こそ使わんともったいないだろ。ブラウスも買えたんだし」

「ま、割引クーポン使ったってのは減点やけど、見逃したげる」

 

 昌子が見せた屈託のない笑顔は今日の一番の宝物となった。二人が家の手前まで帰ってきたころには、初夏の陽もどっぷり暮れて、涼しい風が吹き始めていた。

 

「じゃあ、また明日」

「うん、気ぃ付けて帰りいな」

 

 勇次は昌子の顔を見ながら手を振ってからドアを開けようとしたその時、昌子が後ろから抱きついてきた。そして耳元でささやくようにつぶやいた。

 

「私、幸せ者やわ」

 

 勇次はドキッとした。その言葉を聞いて思わず振り返ると、そこには頬を赤く染めた昌子がいた。

 

(何だよ……不意打ち過ぎるだろ……)

 

 勇次は照れ隠しもあって、わざとぶっきらぼうな態度で言う。

 

「そんなことより、早く帰ろうぜ。今日は暑かったから飯作るのも面倒だ」

 

 そう言いながらも、さっきの言葉が嬉しくもあり、もう少しだけこの時間を味わっていたい気持ちもあった。しかし、昌子はゆっくりと首を振る。

 

「ご飯は作っとくわ。それにしても、ほんま暑い日やったわ」

 

 昌子はそう言いながら、ブラウスの胸元のボタンを外す。すると、白い肌が露わになった。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 勇次は慌てて目をそらす。

 

「何やねん、別に変なことしてへんやんか」

「だって、こんなところで脱ぐことはないだろう?」

「ユウちゃん以外誰も見てへんしええやないか」

 

 昌子は悪戯っぽい表情で勇次に尋ねる。

 

「まっ、馬子にも衣裳だ」

 

 昌子をからかうように言ったが、これが気が強くていじらしい昌子に対する彼の愛情表現だった。昌子は返事の代わりに勇次の腕を思いっきりつねり、彼の悶絶した様子を見ながらあきれて続ける。

 

「まあ、そこがええところなんやけどね」

 

 昌子は笑いながらブラウスのボタンを閉める。

 

「じゃあ、ユウちゃん、ご飯作るね」

「ああ、お願いします」

 

 昌子が遠ざかるのを見ながら、つねられた跡が暖かくなる余韻を快く味わっていた。




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