ブラック労働で過労死数歩前だった俺の心の癒しだった動画アプリがマジモンの神アプリだった 作:ぱちぱち
金がない。
俺の人生の大半は大体この文字であらわされるものだった。幼少期に父親が事業に失敗し、借金を背負ってからは日々の食事にも事欠く有様だった。
金が無ければ資格もないし運転免許もAT限定。この運転免許だって親がなんとか食わせてくれていた高校時代になけなしのバイト代でなんとか手に入れたもので、高卒でとんでもないブラック企業に入ってからは車の運転なんて一度もやってないペーパー免許だ。
車を買う? 手取り10万で貯蓄なんてできるわけもないし副業するにも月のサビ残が100とか余裕で超える今の仕事じゃ隙間時間なんて贅沢なものは存在しない。
たまの休みには平日の不足した睡眠時間を補うために寝て過ごすから起きたらまた次の仕事が待っている。辛いなんて感情ももう存在しない。20を超えた辺りで多分このまま死ぬまでこの生活を送るのが俺の人生なんだと悟ってからは、ただただ流れるままに生きている。
だが、そんな俺にも唯一趣味と言えるものがある。片道2時間の通勤時間の間、電車やバスの中でアニメや映画を見る事だ。この時間だけが、自分が今もきちんと生きていることを教えてくれる。
「お、今日は見たかった『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』が10円レンタルじゃん」
誰ともなしにそう呟いてスマホを眺めながらぽちぽちと見たいアニメを選択し、一気に13話レンタル。お値段〆て130円。これで1週間このアニメは見放題だ。
俺がいま使っているアプリ『NEET NOW』は幾つかプランコースがあって、俺が入っているのは基本無料な代わりに一話一話を有料レンタルしてみる形式のプランだ。無料配信のものを好き放題見れるサブスクプランの方がお得感はあるが、一日に自由になる時間が限られている俺にとってはこっちの方が結局はお得だったりする。なんせ一度借りれば1週間見放題だ。
それにあんまりにも忙しい時は帰りの電車でも終始寝てる時があって結局見れない場合もあるが、このプランには定期的に値引きをしているセール作品というものがあり、これが非常に安くなる。なにせアニメやドラマは1話10円になるし、映画でも30円で借りれる。子供の駄菓子と同じ値段で見れる訳だから、最悪見逃してしまってもそれほど喪失感もない。
俺のような財産もコネも能力もない奴には最高の神アプリだ。
「の割には、俺以外にこれ入れてる人ぜんぜんいないんだけどなぁ」
こんだけ使いやすいアプリだから知ってる人や同僚にも勧めたんだが、皆死んだ顔で「アニメ見るなら寝る」って答えが返ってきた。そろそろ労基に通報すべきだろうか。俺達社員はいつだれが労基に駆け込むかで賭けをしているのだが、賭けの内容が「労基に突っ込んだ奴が全員にラーメンを奢る」のため自縄自縛になっているのだ。そんな事したら破産してしまう。金が無いんだよこっちは。
「おつかれさまっした」
「…………」
時刻は22時。今日は終電前に帰れる。未だに机に向かっている同僚たちからの混じりけのない殺意の視線を背中に受けながら会社から出て最寄りの駅へ向かう。さて、朝方ダウンロードしたアニメを見るか。
スマホを取り出し『NEET NOW』のアプリを開くと、画面いっぱいに「おめでとうございます」の文字が。なんだこれ、と思って画面をタップするとどうやら俺の使用回数が1000回を突破したらしい。おお、結構使ってたんだなこのアプリ。特典でもあるのかと見てみたら称号的なものが貰えてアプリの使用感がグッと上がるのだとか。なんじゃそりゃ。
まぁこういった使用歴で称号的なものが貰えるってのは割とよくあるものよな。いらねーとまでは言わないがまぁ嬉しくもない。そんな感じ。それよりもアプリの使用感ってのが良く分からんが、まぁとりあえず使って見ればいいのか。
駅に到着し、電車を待つ。イヤホンを片耳だけにして『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』を再生。オープニングは最近有名になってきた千代ちよとかいう声優の歌で、分かりやすく萌えアニメだなという印象。実際に内容も第一話から女の子が山のように出てきてわーわーきゃーきゃーしながら魔法を撃ったり撃たれたりして戦う内容らしい。
主人公である赤神さやかちゃんは真っ赤な髪に勝気な表情の女の子だ。お、珍しいな。こういう萌えアニメで熱血型主人公タイプか。しかも能力が超わかりやすい身体強化系。パワーで殴れば怖くないは草なんだ。うんうん。こういうのも良いよね。人気のある主人公ってのは大体ある種の型みたいなのがあったりするんだけど、あえてその型を斜めから表現してきた感じ。この人物像なら男だろって思いつつ可愛い女の子がそうってのはね。とっても俺好みです。
一話を見て、二話を見て、三話を見た辺りで乗り換えのために電車を降りる。勝手知ったるいつもの帰り道だから視線はスマホにくぎ付けだ。期待以上の出来栄えだなぁと思いつつ、少し肌寒さに身震いしてしまう。なんだか足がスース―するが、まだ春先だからかなぁ。
「ね、そこのお姉さん。いま暇?」
「俺達これから遊びいくんだけどさ~。お姉さんもどう?」
「いやこの子は不味いっしょ。未成年だって」
乗り換えのために駅を歩いていると、近くに居た男たちが誰かをナンパしているのが聞こえてきた。もう日付が変わる前なのに暇な連中がいるもんだなぁ。関わらんようにしとこ。足早に立ち去ろうとすると、さっと進路をふさぐような形で金髪の男と茶髪の男、それに坊主の男が視界に入ってくる。おっと、邪魔したかと脇によけようとすると、男たちはまたもや俺の進路に立ちふさがる様に移動してくる。
「無視しないでよお姉さん。あ、お嬢ちゃんかな?」
「止めとけって。未成年はやべーよ」
一番軽薄そうな金髪の男が薄気味の悪い笑みを浮かべて猫なで声で俺に話しかけてくる。うん? あ、あれ。もしかしてこいつら俺をナンパしてるのか?
「え、ホモ?」
「いや違うから」
思わず口から出た高い声に、金髪が笑みを引っ込めて真顔でそう言い切った。反応速いな。ホモ扱いで嫌な目に合った事でもあるのか? って違うそうじゃねぇ。俺の言葉に応えた後、金髪は怪訝そうな顔で隣に立つ茶髪の男に視線を向ける。あれ、俺間違った? みたいな表情だ。
色々間違ってるとは思う。俺は確かにまだ20前半の若造だが女と見間違われるほど女々しい見た目って訳でもない。そもそも服装で気づけよ。俺がなけなしの給料で新調したスーツが目に入らぬのか。2万もした安物だぞ。スーツ姿の女が居ないとは言わんが明らかに男性用のスーツ着てるだろうが。
そう思いながら自分の服装を見渡すと、赤を基調にしたスカートにフリルがついたシャツが目に入る。うわ、高そう。女ものの値段なんてわかんないけど明らかに俺のなけなしの給料で買ったスーツよりも上質そうな布使ってない? というか俺のスーツはどこにいった? 俺の2万は?
というか俺、なんでこんなに声が高いんだ?
「え、あ、え? なんだこれ。俺のスーツどこ行った? なんでスカート履いてんの?」
「は? いや、知らねぇけど」
「おい、行こうぜ。やべぇってこいつ」
俺が混乱している中、男たちはそそくさと離れていった。助かったと思う反面、いまどうなってるか教えてくれと叫びたかったがもう彼らは随分と向こうに行ってしまっている。叫びたくなるのを必死に我慢してトイレの表札を探す。鏡。鏡が見たい。あったトイレあそこだ! この駅4年使ってて初めてトイレ行くかも。いや行ってどうする。スカート履いて男子便所に行くのか?
落ち着け。息を整えてスマホを取り出す。滅多に使わないインカメラ機能を起動しようとして操作が分からない。クソが。必死になってぽちぽちとカメラの機能を操作し、円みたいな所を押してようやくカメラがインカメラに切り替わる。
「いやいや」
いつものように呟こうとして、口から出てくるやたらと高い声。そして、ついさっきまで聞いていたような声が耳に入ってくる。インカメラに映った映像には、真っ赤な髪が写し出されていた。
「いやいやいや」
震える手でスマホを動かし、少しずつ画面を下に向けていく。燃えるような赤い髪の下には見知った俺の顔ではなく、意志の強そうな瞳をした美少女の顔があった。
「いやいやいやいやいや」
画面を更に下へと向けるとほっそりとした全身に、意外と主張するバスト。きゅっと引き締まったウェストとすらっと長い脚が写し出される。所謂モデル体型という奴だ。寸胴体系の一般日本人みたいな俺の身体じゃありえないスタイル。
そこまで見て、ようやく理解した。理解したというよりは、させられたというべきか。
先ほどから自分の口から漏れ出る声に聞き覚えがあったわけだがそりゃそうだ。ついさっきまでイヤホンから流れてたもんな。この美少女の顔も見覚えがあるよ。ついさっき、アニメで見てたから。もちろんアニメと現実じゃ大分違うけど、アニメから出てきたらこういう顔だろうなってのが良く分かる。それこそコスプレだと言っても通りそうなくらいにスマホの液晶に写る顔は、俺がさっきまで見ていたアニメの主人公。
赤神さやかにそっくりだった。
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山里一也(男)25歳
視聴履歴
『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル期間7日)
10話まではストックあり。それ以降は不定期です