ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→   作:ぱちぱち

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第127話 “伝説”を生み出すためのタイミング

 急遽支度を整えた3期生を引き連れての渡米は大きなトラブルもなく、出発した翌日には目的地に到着する事が出来た。なんなら出発する前の方がトラブルというかやる事は多かった。VVV3期生満腹たべること原田さんはVVVの食堂を一人で切り盛りしていたから彼女の代わりってのがこれまでいなかったんだよな。

 

 ただ、3期生が入社して早一年。いつまでも彼女一人に食堂業務を押し付け続ける訳にも行かない為、今回の渡米前に調理師派遣サービスと契約を交わして原田さんが不在の時や休みの時は外部から臨時の調理担当に来てもらう形で食堂が回せるようにしたのだ。

 

 これには土日も事務所に入り浸って配信をしたがる連中も大喜びだったから、各スタッフの業務内容に食堂の手伝いを織り込むことになった。というかした。大喜びした連中が途端にテンションを下げたのは面白かげふんげふん。食べた分は働く、当たり前のことだよね。

 

 

『げ……本当に来たんですかぁ。私のおきらくごくらく勤務がぁ。仕事の強要! 上司の叱責! ああ、ストレス! ストレスフル!!』

 

「来るって言っただろうが」

 

 

 俺がドアを開けた途端、ものすごく嫌そうな顔を浮かべて『ひばり』がそう叫んだ。今朝方空港からの車に乗る前、トイレに行くといって魂羽織にこいつを入れ込んだ時に数時間後に行くと伝えていたんだけどね。空港からのアメリカ支社に着くまでの間に俺が心変わりをする事に一縷の望みをかけていたらしい。

 

 

『わ、本当に来てくれたのねカズヤ! 私ね、私ね! とっても嬉しいわ! おばあちゃんを早く迎えに行きましょう!』

 

「む、むむっ! 小娘ぇ! ししょぉに抱き着ぐな! しっ! しっ!」

 

『きゃっ。何するのよロッコ! 挨拶の邪魔をしないで?』

 

 

 VVVアメリカ支社にはケイトの姿もある。まぁ、彼女が休みだというこの日に合わせて渡米したから当然ではあるんだけどね。顔を合わせて早々齢の割に豊満なケイトの歓迎に迎えられたのは、うん。渡米してきて良かったと思えたが、その後が頂けない。同じ会社に所属するVタレ同士、仲良くして欲しいものだ。特にこの二人はほぼ同じ属性のVタレだし、今後は互いに影響し合って伸びていってほしいのに。

 

 今後。そう、今後だ。

 

 

「よし、車は手配してある。レイチェルさんを迎えに行こうか」

 

『あ、そうよ! おばあちゃんを迎えに行かなきゃ!』

 

「待っで! 私も付いでぐ!」

 

 

 今回俺が渡米したのはケイトからの頼み事が原因だった。2か月ほど入院していた彼女の祖母、レイチェルさんの体調が回復したので退院の手続きを取りたいのだという。本来ならそういうのはVVV米国支社の代表者である『ひばり』の仕事になるんだが、まぁ、『ひばり』の普段の勤務実態を見ていたケイトが心配して俺に連絡をしてきたというのが真相だ。

 

 これに関しては流石にケイトの心配し過ぎで、いくら食っちゃ寝が仕事だと本気で思っている節がある『ひばり』でも流石に最低限やるべき事は踏まえていてレイチェルさんがいつ退院しても良いように手配はしてあったようなんだが、まぁそこは良い。ちゃんとケイトにはその辺りも手抜かりなく手続きされていると伝えたから今後似たような事があってもちゃんとケイトは『ひばり』を頼ってくれるだろう。

 

 つまり、今回の本題はそこじゃない。今後VVVアメリカ支社の仕事が円滑に進むというのは大事であるが、俺の本題はそこじゃあないのだ。

 

 

『あら、ヤマザトさん? 日本からわざわざいらして……どうしましょう。ケイト、おもてなしの準備をしなければ』

 

「お構いなく、奥様」

 

『ね、お婆ちゃん聞いて! カズヤがね、お祖母ちゃんの退院祝いだってうちのピアノを修理に出してくれたのよ! ピッカピカになって返ってきたんだから! すごく音も良いのよ!』

 

『あら、まあ』

 

 

 元気になったお祖母ちゃんの姿が嬉しいのか、ケイトは普段の5割増しほどのパワーで姦しくなった。とはいえ事情が事情だから何かと彼女に突っかかる百山さんも彼女とレイチェルさんのやり取りを微笑まし気に眺めている。

 

 病み上がりのレイチェルさんの体調を考慮して運転手さんにゆっくりと丁寧な運転をお願いし、レンタルした車両はVVVのアメリカ支社へ到着。掘立小屋の中へ入ると室内には大きなピアノやドラム等が設置されていて、隅の方に追いやられた執務机で『ひばり』がふてくされているのが目に入る。

 

 その内演奏用の掘立小屋も作ると言ってあるんだが、それまではこの米国支社が即席のステージになるわけだからな。自分の城を荒らされたと不機嫌になっているんだろう。

 

 

「さて、退院おめでとうパーティーを開きたいんだけれども、わが社はVタレの配信を事業のメインコンテンツとしている。そんな我々がだ。ただ単純に、身内の退院を祝うだけで終わるというのは味気ないと思うんだ」

 

『えぇ! ケーキやごちそうを用意してくれるって約束したわ! 私、カズ「おっとダメダメ。もう配信始まっとるでケシーちゃん」oh! ごめんなさい、そうよね。ここはVVVの事務所だもの、みんな画面の向こうで私たちを見ているのよ。ね、お祖母ちゃん駄目よ。ここでは私はケシーと呼ばないと!』

 

『ええ、そうだったね。私も気を付けないと。ついつい口から名前が出てしまいそうだわ』

 

「あ、もちろんケーキやごちそうは手配してあるんでそこは安心してくれ。特に今回、退院したグランマさんは主賓だからね。事前に伺っていた好物を、近隣で評判のレストランにご用意いただきました」

 

『あら、あらあら。それはとても、嬉しいのだけれど。いいのかしら? こんなにお世話になっているというのに』

 

 

 VVV米国事務所の中に足を踏み入れたレイチェルさんは、3D化した初老の女性の姿で恐縮そうに首を傾げた。ええ、良いんです良いんです。俺とマネージャーの中で貴女は奇跡の産物というかまさかダイヤモンドの原石と研磨されたダイヤモンドが両方格安で手に入げふんげふん。これまで俺がしてきた些細な事をもし恩に来てくれるなら、ケイトと一緒にVVVアメリカ支社を盛り上げていっていただければそれで良いので、はい。

 

 まぁ、それはそれとしてVVVアメリカ支社が本格始動出来る状況になった以上、状況は転がしていくけどね。

 

 

「はい、ではこれからVVVミュージシャン育成計画タイガーホールを発動したいと思います。これから一品ずつ料理が運び込まれてくるのでその都度全員に課題曲を演奏してもらい。視聴者がOKを下した場合はそれを食べる事が出来るという素敵な企画です」

 

「「「はぁあああ!?」」」

 

 

 良く分かっていないケイトとレイチェルさん以外の悲鳴にも似た叫びが掘立小屋の中で響き渡る。うぅん、良い。良い悲鳴だ(鬼畜クマ成分)

 

 じゃなくて、これはあくまでも全員の成長を促すためと米国支社のスタートダッシュの為だ。百山さんや原田さん以外の3期生組は楽器を始めてそろそろ1年経つが、まだ練習以外で人に見てもらうという経験がない。俺以外の誰かの目に触れて評価されるという経験を積んでいないのだ。演奏は大分上手くなったと思うが、それはあくまでも練習の場でのみ。実際に誰かの視線を気にして演奏するというのは、それはそれで結構なプレッシャーがかかってくるもんだから、この機会にその経験を積んでほしいのと、そろそろ世界に百山さん、桃源郷ろくこのギターボーカルを知らしめたいというのが3期生を連れてきた理由だ。

 

 1年の研鑽を積んだ桃源郷ろくこは、俺の言いつけを守り基本的にちょっとした歌枠や同期との演奏などでしかその実力を披露していない。それだけでもすでに10万人を超えるファンがついているし、彼女を知るものからは尋常じゃない実力だと見抜かれてる節があるが、どでかいバズとかそういったものはまだ起きていない。

 

 理由は単純。マネージャーが変なタイミングで彼女がハネるのを止めていたからだ。タイミングを見計らっていたと言っても良い。

 

 元々、1年ほどの研鑽を積んで実力がついた桃源郷ろくこと3期生はガールズバンドを組み、オリジナル曲を出して世間を席巻する予定だった。そんな単純にいかないだろうって? 確かにVタレが人気になるっていうのは時の運が必要だが、その運という要素については彼女たちはとっくの昔にクリアしている。なにせ上京詐欺を喰らった結果5人とも企業Vになり、同事務所の先輩や後輩の話題に乗る形であっても銀盾Vタレになったんだ。これで運がないなんて言ったら他のVタレから助走つけて殴られるくらいの剛運だろう。

 

 そして運があるならば、次に必要なのはタイミングだ。むしろこれこそ一番と言っても良いし、だからこそ俺はずっとタイミングを見計らっていた。最初はデビュー1周年で考えていたのだが、今年に入ってからはそれ以上の機会が山のように振ってきたからね。だから、今、このタイミングなわけだ。

 

 アメリカ支社が本格始動するタイミングで、1年物間研鑽を詰み続けた桃源郷ろくことVVV3期生によるガールズバンドと。アメリカ支社で60年家族の為だけに演奏し続けた天才と天使の歌声の持ち主が同時に世界へ羽ばたいていく。

 

 その時に起こる化学反応。それこそが、マネージャーが心の底から期待している、“伝説”を生み出すためのタイミングだ。

 




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