ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
「山里さん! 言って頂ければお迎えに上がりましたのに」
「いえいえ、お気になさらず。あ、こちらうちの社長の大石明子です」
「大石明子です、よろしくお願いします」
『九十九あきらでっす! ね、あっちのお馬さん見て気ていい!?』
「どうぞ。ただ、近づくと危ないんで柵を超えないでくださいね」
耶馬千葉牧場の牧場長、耶馬さんはがっしりとした大きな体格の青年だった。齢は恐らく40は行ってないだろう。随分と熱のこもった握手をしてきたのでちょっと面食らってしまった。俺、貴方の牧場を金で奪った形になりますよね……?
「うちの従業員一同、山里さんには足を向けて眠れないですよ」
「そうですか? お金で牧場を取り上げたみたいな形になってるし、御不快に思われてないか心配だったんですが」
「とんでもない! もうね、今の時代は競馬は赤字との闘いなんで……」
この耶馬千葉牧場は明治御一新の後に出来た由緒ある牧場で戦前は軍馬を、戦後は競走馬の生産を行ってきたそうだ。過去にはG1を何勝もする有名な馬なんかも居たらしく、競馬の歴史に寄り添うように今まで続いていたのだが時代の波には勝てず競馬人気の縮小と共に赤字になってしまい、このままでは数年で廃業しなければいけない段階まで来ていたという。
そのタイミングで昔付き合いのあった秋村さん家から連絡があり、なんと巨額で牧場を買い取り、資金提供まで行ってくれる人物が現れたという。しかも実際の牧場経営はこれまで通りの従業員にお任せするという至れり尽くせりぶり。
「私には、もう貴方が福の神にしか見えません。先祖伝来の牧場畳んでどうするかって毎日考えてたのが、嘘みたいです」
「あ、はぁ……あの、牧場を見せて貰っても?」
「勿論ですとも! 貴方の牧場です、ご自由に見ていってください!」
キラッキラした目でそう口にされるが、秋村さんから仕事の報酬でもらっただけってつもりだったからここまで感謝されると、その。物凄く居心地が悪い。あとお金の件は初耳なんだが、秋村さんにメールで尋ねると「当然維持管理費はこちらで持ちます。山里さんには一切お手間をかけさせません」と返ってきた。お、おう。俺としては適当にお酒に霊力を纏わせただけの霊酒もどきを作っただけなんだけどね。『メンチ』が創った霊酒みたいに手間暇かけて調整してない原価200円の霊力手りゅう弾にこんな価値があるのか。
そういえば『メンチ』の霊酒も目が飛び出る位の値段がついたらしいね。将門公に飲ませる前に試飲した神社庁のお偉いさんは飲んだ瞬間にトイレに駆け込み一時間くらい出てこなかった後、出てきた時には5歳くらい若返っていたらしい。古傷や腰の不調なんかも全部消えてたそうだから伝説の神酒に匹敵するとまで言われいて、将門公も一口飲んだ瞬間に【かんろ……】と言って顔がもうふやっふやにふやけてしまったとか。もちろんお替りを要求されてるんだけど『メンチ』は『手間かかるし疲れるんで半年に一回なら』って断ったそうだ。まぁ、あんだけ丁寧に霊力を織り交ぜて作り上げたんだからそりゃ疲れるわな。俺が創ろうとしたら多分ひと月はかかるんじゃないかな、あれ。
「ピンクちゃん! うそ、一也くん、ピンクちゃんがいる!」
「ああ、ピンクスカートはうちの看板でしてね。今年から繁殖に上がるんです」
牧場を見て回っている時、とある馬に気付いたアキコさんが大はしゃぎで俺の肩を叩いた。昨年引退したピンクスカート号はアキコさんが初めて競馬をした時からひいきにしていた競走馬だ。3歳の頃は同期に後れを取っていたがアキコさんが初めて馬券をかけたレースで覚醒。それ以降重賞をいくつも勝ち、引退時には同期のライバルであるリボンチャンと同じG1二勝の名馬になった。
「ピン子のお陰でうちの牧場の寿命は3年伸びましたね。ただ、このままだとピン子の子供かピン子を売らないと持たなかったんで。山里さんには、本当に感謝してます」
「いえ、ギリギリまで売却を待っていただいて助かりました。お陰でうちの社長も喜んでますし」
牧場の為に活躍してくれた馬を売らなければいけないってのは、やっぱり悔しいのだろう。耶馬さんがこんな態度なのはその点も結構関係してそうだな。まぁ俺と耶馬さんは互いにハッピーな間柄というわけだ。長く付き合う事になるだろうし、互いに得のある関係ってのは大事だよね。
「ピンクスカート号にはシロノマキバオー号を付ける予定でして。シロノマキバオー号は血統的に未知数な部分が多いんですが、まぁ大した成績を上げた牡馬ですから子供も期待できますし遺伝的な問題もこの組み合わせならない。ピンクスカート号が受胎するかはまだ分かりませんが、その子が生まれたらアキコさんにオーナーになってもらいたいんです」
「やる! どんな子でも私がオーナーになるわ!」
「庭先取引成立ですね」
「まだ種を付けてもないんですけどねぇ」
そして本命であるアキコさんへのプレゼント。やがて生まれてくるだろうピンクスカートの子供だが、目論見通り大喜びしてくれているみたいだ。もちろんまだ種も付けてない状況の皮算用だけど、人間同士だって子供が生まれる前に「俺の子供とお前の子供で結婚だぁ」なんて言う事もあるんだ。このくらいはまぁ許されるだろう。
ただ、これだけアキコさんが喜んでる以上はもう一押し、確実性を取りたいところだ。まず考えられるのは繁殖シーズンと言われる5月~7月に向けて牧場の設備にテコ入れだな。近年の異常気象を考えて馬房の冷暖房などを整備して、更に獣医などとも契約。それと……うん。本当は建築系のアニメを見るつもりで準備してたけど、そっちは『あきら』が何とかしそうだしもう良いだろう。アニメ、見ようかな。
しかし馬産系のアニメってどんなのがあるんだ? 喋る馬とかが出てくるアニメだと俺、馬になっちゃうのかな? それはそれで面白そうだし『セシル』に代打頼んで試してみるかな。
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