ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
――競馬たんのしぃぃぃ!!
『わはは。そうだろぉそうだろぉ』
お馬さんの背中に乗ってのラストスパート。カーブを超え、400mのヨーイドンの瞬間。風を受けて膨らみそうになる体を抑えながら、手綱を扱いてスパートをかける。
もちろん体の操作権は『まみ』が握っているため俺はあくまで彼女の視線でレースを体験しているだけなんだが、これがまた非常に面白い。何度も競馬のレースは見てきたが実際に馬の上で感じるレースは想像の数倍は面白いものだった。
ゲートに入るまでの道中からスタートの瞬間。良いポジションに付くための他馬との駆け引き。生き物を扱う以上は絶対に起きる想定外に対処しながらそれらを熟し、最後の直線で全力を出し切る。そして味わうのは勝利の美酒か、敗北の苦い味か。たった数分の出来事の間に、これだけの出来事が起きているのだ。こんなん面白くないわけがない。
――ぐぅぅぅ、お、俺もお馬さんに乗ってみたいがぁぁ体がデカすぎる!!
『まぁ普通に乗馬する分には良いけどね。競馬に出るには一也くんはちょっとデカいし重すぎるねぇ』
――軽気功で体重を落とせばワンチャン……って事!?
『出来るんかい。いや、それでも駄目だよ。そんだけデカいのに軽いんじゃ重心がどうなるか分かんないからサラブレッドにゃ乗らない方が良い。乗った馬が困るのはダメだからね』
――うぐぐぐ。競馬はお馬ファースト、だよな
『うん、そうそう。ちゃんと覚えられたね、偉いぞ~』
そう頭の中で軽口を叩き合いながら、『まみ』は迷うことなく手綱を捌いて先頭集団を避けながら加速し、そのまま大外から馬群を捲ってゴールに突入する。その大胆な乗り方に最近彼女のレースを見るために増えてきた観衆が声を上げた。
そのままゆっくりとスピードを落としながら観客に手を振ると、また歓声が上がる。順調にファンが増えているようだな、良きかな良きかな。
『いや良きかなじゃないんだけどね? 重賞馬に乗ってるなら兎も角、今の私にこんなにファンが居るのはやっぱおかしいよ』
――そこはほら、時代の流れって奴だよ。今の世の中はWEBで情報を拡散できるから、強くて上手くて美人の騎手が居るって軽く宣伝したらそらもうこれもんだって。お陰で騎乗依頼も増えてるでしょ
『う、うぅん。おばちゃん、そういうハイテクなのは分かんないなぁ』
俺の言葉に『まみ』は理解が追いつかないのか、微妙そうな表情を浮かべている。彼女はハイテクと言っているが俺がしたことはSNSで『親戚の女の子がテキサスでジョッキーをしてるから応援してね』って『まみ』を宣伝したくらいだ。俺自身が有名人に片足突っ込んでるからそこそこ影響力はあるかもしれないが、企業として応援してるとかそういうのは行っていない。もちろん『まみ』が日本で走れるようになったら耶馬千葉牧場産の馬で走ってもらうつもりだしその段階まで行ったらVVVとして応援するってのは考えてるけどね。
この俺と彼女の認識の違いは、『まみ』の作中の年代が関係している。彼女が主役の『スパート!』は大体1990年代くらいが舞台になっているため、ネットとかそういった物がほとんど存在しないのだ。当然携帯もないため現代社会のSNSとか携帯でのやり取りとかはピンとこないらしく、こういった話を『まみ』にするとすぐに理解不能になってしまう。
ちなみにおばちゃんと言っているが『まみ』は28歳だ。俺と2歳しか変わらないのにおばちゃんって言うなよ……
――まぁ、そっちの世界でももうちょっとしたらこうなると思うよ。ネットが一気に広がったのは90年代後半で、世間一般に普及したのは2000年代だから。
『そ、そういうもんなのかな? それだと盛大なネタバレされてる気分になってきたなぁ』
――まぁこっちで騎手やる上では携帯の電話帳とかくらいは使えるようになってないと不便だろうし、そこら辺は今度一緒に練習しようか。お、オーナーさんが大喜びでこっちに手を振ってるぞ
今回騎乗したオーナーさんは趣味で馬主をしているそうだが、ここ最近は中々勝てず奥さんから小言を言われていたらしい。レースに騎乗する前も『頼む、せめて掲示板に乗せてくれ……!』って藁にもすがる感じだったから、この勝利は非常に嬉しかったんだろう。喜び過ぎて隣にいる馬主さんとかに小突かれているのが見える。あれだけ喜んでくれると、見てるだけでちょっと幸せになってしまいそうだ。
『良いだろぉ、騎手』
――うん。正直羨ましい。こんなにデカくならなきゃぁ……!
『いや、元から170越えてたんだろぉ。それじゃ無理よ無理無理。男は160より下じゃないと減量キッツいぞぉ』
『まみ』とそんな会話を交わしながらコースを折り返し、オーナーさんが待つウィナーズサークルへとお馬さんを進ませる。あのオーナーさん、あの喜びようで記念写真の時まで持つのかな。途中で卒倒とかしないか少し心配だぞ。
競馬で心身共にリフレッシュし、月曜日がやってきた。いやぁ、昨日は楽しかったなぁ。俺も自分で乗る馬、買っちゃおうかなぁなんて思いながら出勤した俺を「ローン! ロンロンロンロンローーーン!」という叫び声が迎えた。
何をしているのかと休憩室を覗いてみると、明らかに徹夜という風体の群青らいむと根暗まんしぃ、それにはちじくじとホログライブのVタレさんが全自動麻雀卓を囲っているのが目に入る。なんで部外者がこの時間にうちの事務所にいるんだ???
「何してんの君ら」
「4000オールで捲りじゃい! ハッハー! これで私ちゃん様が王者だってのがはっきり分かんだね!」
「分がんねぇよ! なんも分がんねぇ!!」
「聞けよ」
麻雀に熱中してるのか俺の言葉は彼女たちの耳に届かなかったようなので、空間に浮かんでいる配信画面に視線を送る。そこには雀卓を囲む4人の女どもと途方に暮れるクマの着ぐるみがカメラに視線を向けている様が映し出されており、コメント欄は爆速でwwwが流れている。なにワロてんねん。
「えー、なになに。昨夜から1時間程度VS事務所で麻雀をやるはずが熱中して徹マーになったと。昭和の大学生か? こいつら」
コメ:然り然り
コメ:wwwwwwww
コメ:www
コメ:クマコー、当然のマジレス
コメ:www
コメ:クマコーwwwwww困ってるwwwwww
コメ:自宅で麻雀やってる貧乏学生の週末そのまんま
コメ:どうしよう、援護したいけどその通り過ぎて何も言えない
コメ:wwwwww
コメ:し、視聴者数は凄かったから(震え声)
流れるコメントで大体の事情を把握した。というかここまで傍で会話してるのに未だに俺に気付かないあたりこいつら半分意識飛ばしてるじゃないか……? なんでまだ麻雀してんだよ、寝ろって。寝袋まで用意してんだからさ。
まぁ、この状況でとりあえずやるべき事はもちろん社会人として説教であるのは当然なんだが、そのまま説教するのはね。Vタレ事務所としてどうかなぁとも思うので、もう少しネタっぽくしようかな。
部屋を出てVVVの事務所に顔を出し、預けてある自前のギターとアンプを抱えてVSの事務所に戻ると梟くんや竜が坂さんが出勤していたのでちょっとセッティングを手伝ってもらい、ギターを抱えて休憩室に。まだ麻雀をしている愚か者どもの傍で、爆音でギターをかき鳴らす。
演奏する曲はもちろん、現在進行形で話題を搔っ攫っているクマコー・THE・MOVIEのOP曲である。
「うるさっ!?」
「はえっ?」
流石に耳元で大音量のギターソロが流れれば正気に返るらしい。その反応を横目で見ながら体をリズムに乗せていく。この曲はノーカットのアクションをしながら演奏していた事で話題になった曲であり、その舞台はこの休憩室くらいの大きさの部屋に立体投射機でガワを被せたものだった。
つまり、物の被害を考えなければ、全く同じことが出来る環境である。もちろんわざと物を壊すなんてしないけどね。まぁ、身長180cmのデッカイ着ぐるみが肌で風を感じるくらいの距離で周辺を飛び回りながら演奏していると言えばなんとなく情景は分かるかな?
つまり、こうなるわけだ。
「かすった! 今かすったよシャチョウ!」
「びえええっ! 頭の上! 頭の上を通った! 通った! ジェットコースターより怖ぁい!!」
「なんで!? ローション相撲を勝ち取る筈だったのになんでこんな目に!」
「いや、それは、王将さんが欲望に率直すぎたからじゃないかな……?」
全自動麻雀卓を囲う4人を更に囲うように周辺の壁を蹴ったり走ったりしながらギターをかき鳴らすクマのぬいぐるみに大小さまざまな悲鳴が上がるが、ちらっと見る感じコメント欄は大盛り上がりである。よしよし、早い場所だと来週から上映が始まる『クマコー・THE・MOVIE』のちょっとした宣伝がてら愚か者どもに反省を促す作戦は成功とみていいだろう。
とりあえず一曲演奏しきったら間違いなく仕掛け役だろうVS社員の群青さんと根暗さんには出勤時間なのに遊んでてごめんなさいと謝罪会見を行ってもらい、ちゃんちゃんで終わらせよう。後の二人は、まぁ他所の事務所の営業時間まで事務所で遊んでたら駄目だよねって事で保護者に迎えに来てもらって口頭注意かな。さっきまでの様子だと向こうの今日の予定とかも潰れてそうで怖いな……これ監督責任って事で俺が先方に謝らなきゃいけないパターンか……?
癪だしちょっと追加でもう一曲演奏するくらいは許されるかな。許されるよな。よし、やろう(鬼畜クマ成分)
あ、来週から映画館で始まります。クマコー・THE・MOVIEをよろしく!
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