ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
“クマコー・THE・MOVIEの初日を迎えて、ご覧くださいこの長蛇の列! 当日券が販売される映画館は大混雑となっています!”
“B級映画だってバカにしてたけど見た後はもう世界が違って見えて。下手なアクション超大作なんてクマコーの足元にも及ばないんじゃないかな。もう一回見ます”
“OPの演奏が終わった瞬間にクレジットが出てくるとき鳥肌たった。90分ずっとドキドキしてた”
“これネタバレなんですけどクマコーは死にません! ギャハハっ!”
“初上映を見た方からはかなりの高評価を得ているようです。映画館側と交渉して私もこの後立ち見出来る事になったのでVTRは一旦終了いたします。現場からは以上です”
『はい、昨年末から大いに話題になったクマコー・THE・MOVIEがついに公開となりましたが、レフト翼賛大学経済学部の国売教授、ご意見をお伺いいたします』
『国売です。新技術を手にした小さな会社が興した乾坤一擲の賭けが上手く決まったという印象でしょうか。再現性のあるコンテンツ作成とは言えないように感じます。これだけの技術があるなら映画産業で日本なんかより評価されている韓国や中国に技術を渡した方がもっと良い映画は撮れるんじゃないでしょうかね』
『なるほど、ありがとうございます。それでは次に……あっともう9時になってしまいますね。それでは次の感想は国粋報道のスタジオでご返答とさせていただきます。国売教授ありがとうございました』
『今日のあっちのゲストは誰です?』
『第日本共栄大学の旭日教授です』
『あの詐欺師!? おいおいあんな詐欺師をコメンテーターにしてんじゃないよアイツは前回の総選挙の時に中韓の産業スパイが日本政府に入り込んでいたなんてデマを垂れ込んで羽仁虎議員を辞職に追い込んだ詐欺野郎だぞおいこら話を聞けこの』
そこまで見た後にアキコさんはテレビの電源をオフにする。そしてフーッと息を吐き、目を閉じたまま頭上を見上げるように顎を上げて深呼吸を繰り返す。
「やっぱりこの時間は良いわね。一週間の始まりって感じだわぁ」
「朝一で見るには濃い番組ですけどねぇ。国粋の方は見ないんですか?」
「多分10分くらいは旭日教授と国売教授の口喧嘩でしょ。ちょっと休憩してから見るわ」
「見るんだ……」
俺とアキコさんの会話を横で聞いていたミキちゃんがボソッとそう呟いたが、傍から見てる分には面白いコンテンツだしね。あとどっちの番組もちゃんとそっち方面に突き抜けてるからこいつらの言う通りにしなければ良いという指針になるのも良い。
さて、ニュースでも取り上げられていたがクマコー・THE・MOVIEはなかなかのヒットを飛ばしているみたいだ。土曜日に公開されたクマコー・THE・MOVIEは上映館が少ないというのもあってどこも予約だけで席が埋まるという満員御礼。この結果を見て原木理さんが声をかけた小さな映画館では立見席なんてものを売り始めた所もあり、二日目の日曜日からは上映している映画館はどこもかしこも大混雑といった有様らしい。
「でも、先週末公開された映画館はどこも小さな映画館だったって話じゃないですか。これって何故です?」
「ここまで話題になる前は原木理さんが付き合いのある映画館に声かけてそこで上映するって話だったからね。初週はそういった所を優先して先行上映みたいな」
「ああ、なるほど……」
中にはスクリーンが一枚しかない本当に小さな映画館もあるため、そういう所は終日ずっとクマコー・THE・MOVIEを流したりしているらしい。それでも全然需要が満たされない分は来週の本番。全国にある大きな映画館での一斉公開で賄う予定なんだとか。
原木理さんとしてもこれだけ話題になってるんだからここで大きく稼いでおきたいらしく、義理を通した初週は完全に計算外としても来週からの売り上げが重要だと思っているそうなんだが、その義理のための上映だけで製作費や広告費(笑)は全部回収どころか数倍にまで儲けてしまったらしく笑いが止まらない様子だった。2も撮らない? って誘われたがその前に本命のプロジェクトを進めてください。
『一也。あんた、この姉に黙ってなに面白そうな事してるのよ。ピンクスカートの初子はアカガミスキーとの子どもでしょ!?』
「黙れ、俺が兄だ。アカガミスキーは血統が近いからダメなんだよ」
牧場主である事を公言してから変な輩が寄ってくるようになった。このレンタル料金10円さんみたいに耶馬千葉牧場の繁殖馬にあの馬をつけろだのなんだのとSNSや配信のコメントで助言wしてくる連中だ。
こんな奴らの助言なんて聞かなくても本職であり近年だとピンクスカートを生み出した耶馬さんというプロ中のプロが身近にいるんだから全く必要のない助言なんだが、どうも俺のオブラートに包んだ「素人は黙っとれ」というコメントも効果を成さず俺のSNSアカウントではどんなコメントにも一定数競馬の話がコメントされるようになった。
まぁ、有名税って奴だろうか。
「有名税といえば『まみ』にも結構ファンがついてきてるな」
『そりゃ毎週のようにどっかの小規模競馬場でレース荒らしてるからね? 一週間の半分くらい日本で残り半分アメリカで騎手してるってどんな人生送ればそうなるんだって生活してるからね? たまの休日に千賀子ちゃんと街に繰り出してスイーツ食べる時間もないくらい忙しいからね???』
千賀子ちゃんというのは耶馬さんの娘さんで、現在は地元の高校に通いながら牧場の手伝いをしている子だ。耶馬さんが牧場を手放そうとしていたのはこの子の大学費用を出すためでもあったらしい。千賀子ちゃんとしては牧場が無くなるくらいなら進学をせずに働きに出るつもりだったらしいから、初対面の時に耶馬さんがあれだけ感謝してたのはまぁそういう理由があったって訳だね。
俺がオーナーになってからは資金的に困る事がなくなったため、千賀子ちゃんは進学費用を稼ぐためにやっていた新聞配達を止めて勉強に専念出来るようになりお父さんの後を継ぐために農業大学の畜産課を目指しているらしい。頑張ってる子に目がない俺としては会うたびにお小遣いを渡しそうになるんだが、それは耶馬さんから止められている。
『そういえばナーガのオーナーさんからライセンス取得してくれないかって打診きたんだけどねぇ。もう取っちゃっていい?』
「随分早いな。構わないけど予定だと夏くらいになりそうって話じゃなかったか?」
『ナーガね、他の騎手を乗せないんだって』
ナーガというのは『篠原まみ』が初めてこの世界でレースに出た時に乗った馬で、気性が激しくてレース自体に出れるかどうか危ぶまれていた素質馬の事だ。そんな難しい馬を見事に乗りこなした『まみ』をナーガのオーナーさんはかなり気に入ったらしく、以降も結構な数の馬に乗らせてもらったりしていたのだが。
まぁ、そうか。あの馬、ずっと【殺す】【俺が一番だ殺す】とか言い続けてる奴だったからな。動物と意思疎通が出来る『まみ』が居てようやく乗りこなせたレベルの癖馬なんだからそうなるのは納得だ。ナーガを公式レースに出すなら騎手は『まみ』じゃないといけないわけだな。そうなると近いうちにナーガの調教師にライセンスの申請をしてもらう事になるわけで、そこからは晴れてプロの騎手の仲間入りってわけだ。
なるほど、『まみ』が言っていた運が良ければ短期免許は来年ってのはこういう事か。確かにナーガのような素質のある馬なら重賞でも勝てるだろうし、もしかしたらG1でもチャンスはある。そして勝てば勝つほど他の馬主の目にも止まるわけだから他の素質馬を任される可能性は上がるし、それだけ実績があれば日本の短期免許取得も可能になると。うん、確かに運が良ければ来年というのはあり得る未来だな。これならピンクスカートの初子がレースに出るまでに目標を達成できそうだ。
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