ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
『行こっか、ナーガ』
【マミ! 殺す! 俺、あいつら殺す!】
言葉をかけた瞬間、『まみ』がナーガの首筋をポンポンと叩く。騎手がスパートをかける際に使われる鞭を彼女は使用しない。馬と意思疎通が出来る彼女にはその合図が必要がないからだ。瞬間、一気に加速したナーガから伝わる衝撃を『まみ』は自身の膝や身体を使って和らげ、有り余るパワーを推進力へ変える。
現在のメイデンレースに出場する馬たちは仕上がりが遅れて今年参戦した馬や何戦も敗れてもう後がない鬼気迫る馬たちだ。つまりクラシックレースに向けてバッチリ体を作ってきた駿馬ばかりというわけだな。そんな強敵たちのプレッシャーを浴びながら、最後のカーブを抜けた瞬間にナーガと『まみ』は馬群から飛び出してゴールへ向かって突き進む。
横を通り抜けた瞬間、他馬の騎手が思わず二度見するほどのスピードでゴールへ突っ込んだナーガは2着に3馬身の差をつけてゴール。この世代のクラシック候補として高らかに名乗りを上げた。
『ブラボー!! やはりマミに頼んで正解だった!』
『ども! ども! いやーナーガの力っすよプレリーさん』
『HAHAHA! 謙遜はよしてくれ。他の騎手は誰も乗せない馬だ。君以外には誰もこの結果を掴めなかっただろう。なんとかギリギリ、クラシック戦線に間に合わせてくれてありがとう!』
『そうですねぇ。レース後の消耗も少ないし、この様子ならブリーダーズカップまでにポイントを積んでいけるんじゃないでしょうか』
ナーガのオーナーであるプレリーさんが手放しで『まみ』を褒めたたえると、下手糞な英語で『まみ』が恥ずかしそうに頭をかく。プレリーさんはナーガにかなり期待しているらしく、なんとか今年のクラシックレースに出走させたいそうだから春になる前にメイデンを突破出来たのはかなり嬉しいらしい。
『ただぁ、ちょーっと来月再来月と連戦になるのは否めんのでぇ、ナーガの疲れ具合によっちゃぁ三冠のうち一つだけとかになっかもしれませんがぁ』
『それならケンタッキーダービーを軸にレースを組もう。調教師にもそれで伝えておくから』
『了解しました』
まぁそうだよねーとケラケラ笑う『まみ』曰く、アメリカ競馬のクラシックレースにおいてケンタッキーダービーは正に別格。国民的行事と言っても良いくらいの人気を誇るレースであり、全てのアメリカ競馬関係者はこのケンタッキーダービーを目指して馬を走らせていると言っても過言ではないのだ。
そして適性としてもナーガは2000m以上は平然と走れる体力に優れた馬なので、10ハロン約2012メートルのケンタッキーダービーは適性距離と言える。もちろんそれだけ偉大なレースの為強力なライバルが他にも多々居るわけだが、ナーガの適性と能力なら少なくともワンチャンはあると『まみ』は見ている。
当然そんな素質馬にライセンスを取得したばかりの小娘を乗せるのはどうかという声も上がってるし騎手交代も数回試みられたのだが、ナーガは『まみ』以外の騎手を乗せて走ろうとしたらいきなりロデオをし始めるから誰も乗ろうとしなくなってしまった。いくら素質がある馬とはいえまともに乗れないんじゃ意味はないからな。
ナーガの初勝利後、『まみ』はちょこちょこといった形でリステッド競争などの公式レースにも呼ばれるようになった。ただ『騎手を乗せようとしない』とか『ゲートをくぐりたがらない』というかなり癖のある馬ばかりになってしまったのはまぁ仕方ないことなんだろう。そういった癖馬たちとも意思疎通が出来る『まみ』はうまいこと宥めすかしてレースで走らせるため、癖馬に悩むオーナーたちの間でひそかに知名度が上がってきているらしい。
まぁ乗る馬がちょっと特徴的過ぎる以外は。性格に少し、いやかなり難がある以外は実力もある馬が多いため、ぼちぼち公式戦での勝鞍も増えているし実績を積む段階の俺達としてはありがたいことである。
『まぁ、素直に狂暴なだけこっちの馬はやりやすいよねぇ』
――素直に狂暴なだけで大概だと思うんだが???
『いやぁ。本当に面倒なのは狂暴で悪賢いやつだからさぁ』
――凶悪犯とかじゃなくて馬の話しだよね
『馬の話だよぉ』
『まみ』はそう言って過去に出会った本当に面倒くさい癖馬たちの話をぶつぶつと愚痴る様に話始めた。アニメで彼女の大まかな来歴は見てたんだが、アレも華々しい所だけで実際はこういう泥臭い話がもっと多くあるんだろう。動物と意思疎通が出来る『まみ』ですらこうなんだから、それが出来ない他の騎手は本当に大変なんだろうなぁ。
クマコー・THE・MOVIEが公開されてから約一月。ついに興行収入が10億円を突破した。
「これに合わせて公開する映画館も全国300館から2000館に増やしますんで更に増収の見込みです」
「はえー。凄いですねぇ。絶対に爪痕はもう作りませんよ?」
「他人事だなぁ! うん、あの爪痕は追加はなしでいいよ。先行上映してくれてた所からプレミア感が薄れるってクレームが入ったから」
へらへらと笑いながら近況報告を行い、互いにやる事、やらない事を決めた後。原木理さんは「ィヤッホー!!!」と声を張り上げて事務所内で踊り始めた。楽しそうだなぁ。俺も混ざるか。
「そりゃ楽しいよぉ! 会社立ち上げた時の借金全部消えたし! 一月経ってもリピーターから新規からどんどん見てる人は増えてるし! 特撮やっててよかったぁ!!! 嫁さんに良い服買ってあげられる!!!」
「それは本当におめでとうございます。今度打ち上げに飲みに行きましょうか、撮影スタッフ皆さんで」
「お、良いねぇ! 前はお金無かったから近くの居酒屋だったけど今度はちょっと奮発しようか! 旅館の大広間貸し切っちゃおう!」
一しきり二人で踊った後、いい汗をかいた俺と原木理さんは冷蔵庫に入っていた激安のどこが創ったか分からないサイダーを飲み干して、ふぅと一息入れる。
「さて、世間は盛り上がってるけどそれはあくまで消費者の話し。クリエイターの俺たちはそんな消費者様たちの為に次に移らないとねぇ」
「そうですね。本命の方はどうなってます?」
「それなんだけどさ、クマコーくんとこですっごい面白いの作ってるんだって? 言ってよぉああいうロボットとかうちでバンバン使えるじゃん」
「まだ製品化してないんで……」
原木理さんの言葉に苦笑を浮かべてそう答え、俺と原木理さんの打ち合わせは深夜まで続くことになる。完成品のロボットが出来たら一機売るって約束しちゃったけどあれどう考えても億はするんだよなぁ……まぁクマコー・THE・MOVIEがこの調子でヒットするなら大丈夫だろう、多分。
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