ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
「ねこちゃん! 俺、俺、ずっと待ってたけど! でもねこちゃん帰ってこなくて! だから俺!」
「ううんごめんねまおちゃん! 私が悪かったの! 新しい職場が楽しくて自分の事ばっかり!」
互いに自分の言いたい事を言いながらひしっと抱きしめ合うまんしぃさんと彼女の旦那さんを眺めながら、俺と向こうの事務所のマネージャーさんが深い溜息を吐く。この場面だけ見ればイイハナシダナーと言いたいんだが、ここに話を持ってくるまでにそこそこ手間がかかってしまった。
具体的には最初のお伺いではまんしぃさんと旦那さんの対面は果たせず、二度目のお伺いの時には「その人、誰」と旦那さんが俺の存在に警戒心を持ったのか話が進まず、三度目でようやく互いに言葉を交わす事が出来て10分ほどでこのありさまである。
まんしぃさんの旦那さんの方もこの騒動の間はまともに動く事が出来ず向こうの事務所側も困っていたそうなので全面的に協力をしあえたが、これで互いの事務所同士で意見が食い違ったりしてたらもっと酷いことになってただろう。流石にその時は弁護士を通してのやり取りに移行するつもりだったんだが、そこまで行かなかった事を喜ぶべきか目の前の夫婦のやり取りを見てげんなりするべきか。10分で解決する問題を2週間近く引っ張ったのか。脱力感すげぇわ。
「割れ鍋に綴じ蓋かぁ」
「いぃや、あれは共依存の方じゃないか?」
「割と好き放題言いますね、そちらさんも」
「こんだけ迷惑かけられたらそうなりますって」
まんしぃさんの旦那さん、歌い手系配信者まおーさんは自分の活動を行っていくためにまおープロダクションという会社を設立している。今、俺が話しているこの人はそのまおープロダクションの実務を取り仕切っている芦屋さんだ。渡された名刺には総合マネージャーと書かれていたが、音楽方面から私生活までサポートしているらしく本当の意味での総合プロデューサーさんなんだろう。
「あいつ、歌の才能はとんでもないんですがね。昔から私生活全般が駄目で、そのくせ行動力だけはありやがって。寧子さん……まんしぃさんとの結婚も俺ぁ事後に聞かされて火消しに走ったんですわ」
「顔出ししてるとその辺、大変ですよねぇ」
まおーさんは登録者数も200万人を超えていて絶大な人気のアーティストなんだが、当然それだけ人気なアーティストには熱烈なファンというものがついてくる。もし仮に人気絶頂のまおーさんが結婚したなんて報道されたらその瞬間に何かとんでもないことが起きるかもしれない。そう判断した芦屋さんは彼とまんしぃさんの結婚を絶対に報告するな。欠片も漏らすなと二人に厳命し、カダー社にも話を通してなんとかここまで秘密を守ってきたそうだ。この辺は俺もカダー社さんからある程度事情は聞いていたから知っているんだが、そういえばまおープロダクションさんとこの件でのお話合いは持っていなかったなと思い至る。
その点と口にして挨拶が遅れた事を詫びると、芦屋さんの方が慌てたように首を横に振って頭を下げてきた。
「いやいや、むしろこちらがそちら様に迷惑を持ち込んだわけでして。いや、本当ならこちらから去年ご挨拶に行くつもりだったしそれが筋だと思うんですがね」
「そう言って頂けると助かりますが、なにか問題でも?」
「いえ、寧子さんがそちらに所属を移したのって例の試合の後じゃないですか」
「……例のというと、ああ。アメリカの?」
「はい。あれで、その。うちのまおー、クマコーさんに直接会うのを怖がっちゃって。まおーも武術を齧ってるんですが、あの試合を見て「アレは人じゃない! 人の姿をしたなにかだ!」って訳わかんないこと言い出してですね。今話題のクマコー・THE・MOVIEも見たんですが余計にそう思ったらしくて」
「あ、はい」
苦々しくそう話す芦屋さんの言葉に俺って傍から見たら人じゃないのかぁと自分とは一体何なのかを考えそうになったが、呆けている間に彼の話はどんどん進んでいく。一先ずは夫婦二人の和解はなんとかなったみたいだが、現状を考えるとまた同じことが起きる気がしてならないので対応策を考えなければいけない。なんせまんしぃさんが事務所に入り浸ってる理由は「立体投射機で遊ぶのが楽しい!」だったからな。これだけだと子供かと言うような理由だが、大の大人がそうなる位に楽しいと頭についてくると話は違ってくる。
根暗まんしぃさんの挙動を考えると自分で制御できるか怪しい所があるし、かといって根暗まんしぃさんも今の仕事を辞めたいとは思ってないらしい。家に帰るのを忘れる位楽しい職場ならまぁ、それはそうなるだろう。俺が毎日アキコさんの顔を見にVVVに顔を出しているのと同じようなものだと解釈する。
じゃあどうすれば良いかというと、これは結構単純で二人の家をVVVの近所にしていつでも帰れたり迎えに来れる場所にすればいいというものだ。徒歩10分圏内の場所に住んでれば今回みたいな自体はまず起きなかっただろう。というかもう起こさせない。そう口にした芦屋さんの目は据わっていた。
ある程度の方針が固まった後は互いに似たような業種の間柄のため、仕事の話しになってくる。話題はうちで扱っている立体投射機についてだ。
「ところでこんだけ大問題を起こしてくれた立体投射機なんですが、実はうちでも導入を検討してるんですよね。というか配信者界隈は一昨年の段階から注目してたんですけど、これってやろうと思えば一つの部屋だけでドラマが創れたりするんでしょ? 演出面で最高の機材じゃないかって」
「そうですね。クマコー・THE・MOVIEも撮影用のデッカイ部屋と小さい部屋の二つで全部撮ったんで」
「あの遊園地実物じゃないんですか!!!?」
「あんなん実物で用意できる金は原木理さんとこにはないです」
「あぁ……ま、まあそうですよね」
予算の話しになると途端に理解が速くなるのは互いに実務を経験しているからだろう。あの遊園地セット、実は立体投射機で出力してますと言った時は驚愕に目を見開いていた芦屋さんも金の話しが出てくると一瞬で納得の表情に切り替わる。
是非導入してみたいと言われたのだが、VVVで現在生産している立体投射機は販売数を絞ってるのもあって半年先まで予約でいっぱいだ。ただ、まおープロダクションさんとは今回の縁もまんしぃさん経由の縁もあるからあんまり粗略に扱いたくはない。というわけで流石に最新ロットのものは出せないが、VSが現在使っているものを機材更新の名目で中古品として販売するのはどうかと話を進めていく。
これには二つの理由がある。現在VSが使っている機材は半年前の立ち上げ時から利用しているもので、そろそろ新型が出るため随時更新していく予定なのと設置はともかく、セッティングならうちで仕事をしているまんしぃさんにも出来るからだ。二人の触れ合いの時間が広がれば、今回の件みたいな問題もまぁ減るだろう。多分。
この点を話すと目が据わった芦屋さんも「最高ですね」と同意してくれたので、書類は後日用意することとして一先ず契約の握手を交わしてこの日は解散。弁護士の先生と話して譲渡契約書と犯罪利用防止のための条項など必要な書類を用意して、会談の翌々日に正式な契約も取り交わした。なおまおーさん本人は引っ越し作業とまんしぃさんとの愛の時間を取り戻すため1週間ほどお休み中らしい。まんしぃさんも有休取ってたから知ってたけど、会社同士の契約の時にも顔を出さない辺り本気で怖がられてる感じがする。
ま、まぁその点は気を取り直して無事問題が解決した事を喜ぼう。Vタレ以外の配信者に立体投射機を渡すのは初めてだが、これからどんな使い方をしてくれるか少しだけ楽しみだな、うん。
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