ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
今日は海里二郎としてのお仕事がある。つまり闇のカルト組織でのお仕事なわけだが、ここでのお仕事は大体週1くらいの頻度の上『セシル』がお小遣い目当てで代わりに出てくれたりするので、実は結構久しぶりだったりする。本当は今日もドッペルゲンガーしてもらおうと思ってたんだが、松戸真楠自動車からの頼みで『かすが』に渡りをつけて貰った所ちょうど勧誘中の人員に防衛省事務次官が居るらしいので懇親会に来るから来い、と言われたのだ。
尤も海里二郎として「これをこうしてくれ」と言ったらそれはもうお告げとかの扱いになりそうだからどう伝えるか思案していたら、『丁度いいからうちの会社で扱う車両をこの装甲材で強化するか一から作り直そう。ロボットにもしたい』と『かすが』が言い出したのでそっちの方面で提案する手段があったなと思いなおす。つまり、面白い素材を見つけた、リリー様がそれで要人警護用の車両にするように求めたとすればいいのだ。
「海里様、初めて御意を得ます。私は農林水産省で事務次官を務めています田丸と申します。こちら、私の大学時代からの友人でして現在は防衛省に勤めています……」
「防衛省事務次官の戦部です」
「初めまして、田丸さん、戦部さん。リリー様の付き人をしております海里です。以後お見知りおきを。どちらの仕事もお国を守る尊いお仕事ですね、この会合がお二人の力になるといいのですが」
そう口にして二人に右手を差し出すと、田丸さんは感動の余り若干目元を潤ませながら、戦部さんはそんな田丸さんの様子にちょっと引いたような表情で握手に応じてくれた。まぁ一応事前にある程度の説明を受けてたみたいだけど闇のカルト組織の会合に連れてこられたらそういう態度にはなるよな。他にも似たような態度の人は数人いるから、恐らくそれらの人が今日、初めて『リリーベル』の予知を受けるんだろう。
そう言う人たちには事前に紹介者と共に顔を合わせて挨拶を行い、会合前に『リリー様』の元に連れて行くのが付き人である俺の仕事だ。戦部さんの他に4人ほど声をかけ、彼らを伴って会合の前に室内の一番奥で豪華な椅子に腰かけた『リリー様』の前へと彼らを誘う。
――という感じで戦部さんの時には追加するように素材の事を伝えてくれない?
『わかった。なら、戦部は最後にしよう』
事前に打ち合わせたように進めて欲しいと耳打ちすると、『リリーベル』は軽く頷いてお気に入りのキセルに口を寄せる。ここから先は彼女の仕事だが、社会的地位のある半信半疑の中年男性を手玉に取って信者にするのは『リリーベル』の得意中の得意だ。なんせ事前に相手とのやり取りを予知で予め知って対策まで打ってるからな、こいつ。
瞬く間に心を掴まれ、最終的にこぞって『リリーベル』の靴にキスを落とす男たちを眺めていると、こういう奴が傾国とか魔女とか言われるんだろうなぁと頭に率直な感想が浮かんでくる。最後の戦部さんは自分だけ追加で仕事を与えられたことに感謝までしてたし他の会員から嫉妬の視線を受けたり、会合に参加している大手自動車会社の幹部から「要人用の車両であればうちも力になれるはず!」と声が上がったりしてたから結構早く話が進むかもしれないな。
え、松戸真楠自動車で要人用の車両を開発しないのかって? あそこは作業用の車両に特化しすぎて高級車とかのノウハウは全くないから無理なんだ。荒野を傷だらけになりながら走るクルマと偉い人を乗せて移動する車に求められるものは違うだろ? ロボットにするわけでもないんだから偉い人を乗せる車は元々そういうのを作ってる会社にお願いするのが一番だろう。
ただ、『リリーベル』のお言葉があった事でその性能試験にどれだけ過激なものを追加しても戦部さんは「大事な御身を守るならばその程度は当然ですな!」と二つ返事で応えてくれるだろう。洗脳とかじゃない為それこそ犯罪とかをお願いするのは無理だが、今回のお願いは防衛省、ひいては自衛隊にとっても有益になる可能性もあるしね。仮に言われた通りの性能なら自衛隊が採用している兵器の装甲材をこれに変えるだけで性能向上が見られるんだから。
とりあえず自衛隊が持ってる火器で一通り耐久試験を行ってもらい、限界値を探ってもらおう。この試験結果次第では超硬度変異スチールを使っているというだけでセールスポイントになるかもしれんな。
『いくよぉ、ナーガ!』
【殺す! 全部抜いたら俺が殺した! だから俺が一番!!】
最終コーナーを曲がった瞬間に『まみ』が合図にぽんぽんとナーガの首筋を叩くと、ナーガは瞬く間にトップギアへと加速して前方に居た他の馬たちをごぼう抜きにしていく。国際グレード競争に集った競走馬は当然駿馬揃いだったが、そんな事はナーガと『まみ』のコンビには関係なく、あっという間に抜き去って先頭でゴールを果たした。
これでナーガは国際重賞を制した事になり、アメリカのクラシック戦線へ参戦する切符を手にしたわけだ。
『マミ! やった、やったぞマミ! 今回も素晴らしい騎乗を、ありがとう!』
『いんやぁ、ナーガが強かっただけですぅ! でもありがとうございますぅ』
プレリーさんの絶賛に訛りのある英語で答えると、プレリーさんは感極まったかのように汚れも気にせず『まみ』に抱き着き、その頬にキスをした。上等そうな服が汚れても構わないと思うほど嬉しかったのだろう。なんでも彼の馬で国際重賞を制覇した馬はここ10年くらいは居らず、ナーガも性格に難があり若干諦めかけていたらしい。それがクラシックレースに参戦出来るほどに仕上がったのだからこの喜びようも頷ける。
さて、このまま行けば『まみ』はナーガに乗ってアメリカのクラシックレース、つまりG1レースを走る事になりもしもそこで2勝以上すれば日本の短期騎手免許の条件を満たす事が出来る。もっとも今年のクラシックレースはライバルもかなり強いため『まみ』としても確実に取れるとは思えないそうだが、ここ最近成長してきたナーガの適性的にケンタッキーダービーとプリークネスステークスは可能性がある程度、ベルモントステークスは多分獲れるという話だから、来年以降もナーガの騎乗依頼があればもう一つどこかでG1に勝って短期免許を取得できるかも、との事だ。
『ま、G1取った女騎手なんて珍しいからそこそこ依頼は来るんじゃない? アメリカだと10年に1人くらいだろうし』
――日本人だと初めてになるんだけどな
『私、日本の騎手じゃないから』
そう言ってケラケラ笑う『まみ』と俺だが、この時はまだ予想していなかった事が1月後に起こる。
ナーガの戦法が追い込みというのもあり疲労度がそれほどではなかった為、本番前のもう一戦。キーンランド競馬場で行われるブルーグラスステークスに出走し、そこでナーガがG1勝利馬になってしまったのだ。
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