ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
「はい、これ使ってね」
『ん? 何それパスポート? 一応自前のもんがあるけど』
「それもどういう理屈か分からんけど、こっちはこの世界でのカバーストーリー付のもんだよ。『かすが』がお役所通して作ったものだからこれからはこっちを使ってくれ」
『ん、りょーかい。ほへー、私高卒認定試験で大学行った事になってんの』
『かすが』に頼んでいた『まみ』の身分証が出来上がった。予想より早くG1レースに勝っちゃったため急遽用意したものだが、カバーストーリーまで含めてちゃんと用意されている代物だ。経歴書と書かれたカバーストーリーの内容は、中学校卒業後に高卒認定試験を受けて渡米し、親族の家で手伝いをしながら乗馬技術を学んだというもの。
その親族の家ももちろん用意してあるそうだが、まぁその辺はお金の話でなんとかしている部分なので気にしないでいいそうだ。あくまでマスコミ対策のカバーストーリーなので『まみ』が知っていればそれで良いという代物だな。
さて、ナーガと『まみ』のコンビがG1を獲ってしまったため、当初の予定よりもかなり早く日本の短期騎手免許が取得できそうだ。遅れるよりは断然良いのだが、そうなってくると幾つか問題が出てきてしまう。
まず、通年騎手免許を取得しろという声が絶対に出てくる点。これは日本人の女性でかつG1で戦える騎手という特異性があるため必ず言われるだろうが、現状では無理。出来ればあと1~2年は日本でレースをしたくないというのが本音だ。
理由は、日本の騎手はレース前になると競馬場に宿泊する必要があるためだ。これは八百長防止のために設けられた制度で、前日の夕方から翌日のレースまで外部から隔離されて過ごす必要がある。これが非常によろしくない。現状の魂羽織の性能だとなんとか1日持つかどうかという所のため、下手をすれば翌日のレース中にいきなり馬上で魂羽織から魂が離れてしまう可能性もあるわけだ。
流石にそれは不味いため、魂羽織の性能がさらに上がるまでは日本のレースには参加する予定はない。米国だとレース場にもよるがレース1時間前で良いから楽なんだよねぇ。
『その分お誘いも多いけどねぇ。この前なんかレース終わった後に他の騎手にデートに誘われちったし』
「モテるねぇ。行ったの?」
『行くわけないでしょぉ。私、実家の跡継ぎ産まなきゃいけないんだからこっちで彼氏作ってどーすんのよ』
そう言って『まみ』はけらけらと笑った。まぁ自作の方だとそれが理由で騎手引退するかどうかって悩みながら最終話になってたからなぁ。結局彼氏はまだ出来てないって事だろう。
『あ、そうだ。デートといったらさぁ。私のスケジュール調整をお願いしてるレイチェルさん、あの人の方が凄いみたいよ。今日のレースで乗った馬のオーナーさんがさ。私じゃなくてレイチェルさんの予定聞いてくんの。電話で聞きゃいいのにって言ったらそんな不作法出来ない。この手紙を渡してくれ~なんて言われちゃってさ』
「手紙って。それはまた古風だな」
『それがさ。一人じゃないのよ。ここ数レース毎回、一人か二人のオーナーさんが見に来て私に言伝頼むんだよねぇ。なんかおかしくない?』
「まぁ……『マネージャー』が狂喜する逸材だからな、レイチェルさんも」
暇そうだったからちょっとしたお仕事のつもりで紹介したのだが、レイチェルさんが魔性のおばあちゃん過ぎる。もしかしたら俺はとんでもない事をしでかしたのか……? いや、まぁ、オーナーさん達も良い大人だし節度のある付き合いは弁えてるだろう。流石に妻帯者が狙ってるとかだとちょっと不味いかもだが流石に独身の人だけだよな、うん。
映画“クマコー・THE・MOVIE”の来場者数が100万人を突破したらしい。上映から3か月ほど経ってるのに客足は未だに衰えていないため上映する映画館の数も減るどころか増えており、更に海外からも上映したいという声が上がっているのだとか。
「いやー、ほら。海外の声はね。クマコーくんの海外の人気が凄いからだろうしね」
「いえいえ。俺の人気だけでこんなにヒットするわけないですよ。原木理さんの脚本が受け入れられたんですって」
その海外上映に向けて話し合いたいという事で久しぶりに原木理科学特撮研究所に足を運び、上がってきた興行収入の数字を眺めて二人で互いをヨイショしあう。良い大人が何をやってんだという風に言われそうだが、ほとんど二人三脚で作った映画だからな。やっぱり評価されてるのを眺めるのは気持ちいいんだ。
「それで、海外展開なんだけど米国の方から結構話が来てるから最初は米国で反応を見ようかなって思うんだけど、クマコーくんサイドでなにか不都合とか要望はある?」
「いえ、特に。あ、米国以外でも海外展開するんです?」
「要望はあるんだよねぇ。君が一回だけネットで流したやつとPVがケッコー評価されてるみたいでさぁ」
俺の言葉にそう応えて、原木理さんがため息を吐く。
「評価されるのは嬉しいんだけど、こんな事初めてでどうすれば良いのかねぇ。俺も知り合いのプロデューサーとかに話を聞いたりしてるんだけど、ちょっと状況が特殊過ぎてあんまり参考にならないんだよねぇ」
「まぁ、1週間ちょっとで作った突貫映画ですもんねぇ」
「まさかこれでこうなるなんて思わないって! あ、そうだクマコーくん。米国の知り合いに映画プロデューサーとか居ない? もしいたら米国での展開とかを相談したいんだけど」
「米国の方から話が来てるって言ってませんでした?」
「来てるけど知らない相手との仕事は出来るだけやりたくないんだよね。変な奴に当たって都合よく使い捨てられるのは嫌だし。クマコーくん、海外で興行してたでしょ? もしかしたらそういう伝手あるかなぁって」
海外での興行というのは恐らく『勇作』とリングに上がったあの時の事だろう。アキコさんをバカにした愚か者に鉄槌を下した事しか頭に残ってなかったが、そういえばあの時に仕事をした人もプロデューサーだったな。まぁ映画プロデューサーとは似ても似つかないが顔が広そうだったし、あの人かマックス氏に話を振れば原木理さんが求めている人物と巡り合える気がする。
もちろん即答は出来ないが伝手を当たってみると伝えて、原木理さんとの打ち合わせは終了。他に話し合った事としては本命の映画の方のスケジュールが大まかに決まったらしく、俳優さんたちの都合で撮影開始は夏になるらしい。夏はVVVエキスポと被らなければ対応できると言ったらその辺は調整してくれるとか。融通が利くならなんとかなるかな。
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