ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
『クマコーくん。一度グリズリーと戦ってみないか?』
「動物愛護団体が助走つけて殴りに来ると思いますよ?」
俺の言葉にカイザー氏は『そうだよねぇ』と本気なのか冗談なのか良く分からない声音で相槌を打った。彼がこんな世迷言のような事を言っているのは、俺の対戦相手が見つからないからだ。
つい先日、カイザー氏に紹介して貰ったシリーさんという映画プロデューサーによって米国でクマコー・THE・MOVIEを放映する計画はスタートした。この計画に尽力してくれたカイザー氏に恩を返す意味で俺は彼がプロモートする格闘技の試合に出る事になったんだが、問題は俺と試合をする相手だ。
『前に話を聞いた時はやりたいやりたいと言っていた総合格闘技の選手が居たんだよ。私は彼に試合が決まった。後は君がGOと言えばすぐに日程が組まれると伝えたら、それから連絡が取れなくなったんだ。彼だけじゃないよ、他にもかつてのボクシング世界王者や実践派の柔術家、プロレスラーと。君と戦いたいと私に言った人間は両手では数えきれないほど居たんだ。なのに、いざ試合だとなると誰も私の電話を取らない!』
「はぁ……なるほど?」
なんでもカイザー氏が言うには、前の試合から暫くの米国格闘技界隈では「クマコーに挑戦できるか」というのが実力の証明みたいな感じだったそうだ。要はあの試合を見てなお戦意を保てるかって事らしいんだが、その時期にはSNSなんかでも頻繁に『俺はクマコーに挑める。試合が決まれば喜んでいく』と勇ましく口にする格闘家たちが多かったらしい。
カイザー氏が試合を申し込んだ相手もそういう人たちで、更に実力的にも十分な、前回のチェゲダより実績も十分ある人を選抜して声をかけていったらしいんだが、結果は全滅。誰も返事をしてくれなかったらしい。
皮肉なことにこの結果をもたらしたのはどうやらクマコー・THE・MOVIEの影響らしい。全米での公開に向けてクマコー・THE・MOVIEの新しいティザーを用意したんだが、この内容が良くなかった。前回のPVは演奏しながら殺しに来る悪霊人形の攻撃を躱し続けるという内容だったが、全米向けに新しく作られたPVはもっとバトル主体のものに変更されていたのだ。
話題作という事もありこのPVはあっという間にネットを通じて全米に広がったのだが、これが良くなかった。クマコー・THE・MOVIEは言ってみればやっつけで作った脚本の為、基本的にアクションに全振りした構成になっている。このため中に人間が居たらとてもできないような事をガンガンにやりまくっており、これを見た格闘家たちがクマコーという存在は人が戦う相手じゃないと認識してしまったのだ。
現在全米公開に向けて翻訳作業や声優をつけてのアフレコは順調に進んでいるため、俺個人としては目標を達成できているんだがなぁ。助けてもらったカイザー氏が困っているため、流石に素直に喜べない。
「って感じで米国の方は痛し痒しな状況だな」
『ふーむ。もしも私ならお前を野外に連れ出して偶然を装ってクマに襲わせるんだが。そのカイザーという人物は中々慎重なんだな』
「一度検討したらしいけど、なんでカメラがあるんだとか色々突っ込まれたら不味いみたいだった」
『ああ。まぁ、そういう職業なら叩かれると出てくる埃もあるか。じゃあ暫くはこっちで向こうの連絡待ちか?』
「ナーガのレースもあるから来週にはまた戻るけどね」
このまま米国に居ても意味がないため、カイザー氏に断って一度日本に戻る。『セシル』が居るためVVVやVS関連は回せるけど、日本でも他にやる事は幾らでもあるしね。特に耶馬千葉牧場の方はピンクスカート号がいつ発情期になるか分からないから、『まみ』ほどじゃなくても動物の心が分かり、いざという時は『めぐみ』をレンタル出来る俺が近くにいた方が良い。
『めぐみ』は本来、人専門の外科医だが自作の中で何度も動物の手術を行っているし、もろに馬の出産に立ち会って馬の帝王切開を行った事もある。『ライアードクター』は作品数が膨大過ぎてまだ全部見切れてないんだが、本人曰く『妖怪の手術も行ったことがある』らしいので外科手術が必要な医療関係のあれこれは『めぐみ』が居れば問題ないだろう。
『ふむ。だったら私も手伝えることがあるかもしれんな』
「お前のそういう物言いは不安になるだけだから止めてくれない???」
『そう邪険にするなよ。私は確かに自分の楽しみのために手段を選ばない性質だが、ちゃんと周りの状況を見てから行動を起こしているんだぞ? まぁ、お前が嫌がるならこの話は良いさ、忘れてくれ。それよりも例のコラボの件、相手が決まったからVVVの方から連絡を入れてくれ』
「分かった……登録者数50万人の時事ネタ系配信者?」
『ああ。調べたらまぁ面白い所と繋がっていてねぇ。他にもつながっている相手は居たんだが、その中でもこいつが一番中枢に近いのが分かったんだよ』
『かすが』から渡されたメモ用紙に書かれている名前は、つい先日俺宛てにコラボ依頼をしてきた相手の中でも上から大体5番目くらいに登録者数の多い配信者のものだった。こういうのは一番上の方が良いのかと思ってたんだが、どうも『かすが』としてはそういう面で選んだわけじゃないようだ。
面白い所との繋がりって事は、半グレとかと繋がってるという事だろうか?
『いや、表立ってそういう所と付き合いがあるとかではないな。ただ、不祥事系の暴露があった時にやたらと早く速報を上げるタイプの配信者でね。配信を見たファンからは常にAmamiya NEWSを見てるのではと笑われてたりするんだが』
「するんだが?」
『どうもこいつ、うちがネットに取り上げる前にある程度のあらましを知ってる気配がある。時間的な意味でな? だからちょっと調べたんだがいやはや』
そこまで言葉にして、『かすが』は獲物を見つけた時のにやにやとしたいやらしい笑顔を浮かべて口を閉じた。ここから先は言うつもりがないようだ。まぁ、こいつがこんな顔をしているって事はこの配信者も恐らくまぁ後ろ暗い事をしているのは確定してるんだろう。
『かすが』に了承を告げて、スマホを使って先方にコラボ受託の連絡を送る。返事はすぐにきた。立体投射機を使っていいので出来れば対面で話し合う形を取りたいとの事だ。場所はこちらで指定しても良いとまで言っている。なら対面してから生配信でと伝えると問題ないがそちらが困るかもしれないという返事が返ってきた。これかなり前のめりというか、なにか企んでる臭いがプンプンするな?
獲物にされた事に多少は可哀そうだなと思っていたが、これなら特に気に掛ける事もないだろう。『かすが』が見せてくれる種明かしを楽しみにしておこうかな。
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