ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
「万物の声」という新興宗教があった。過去形なのはこの宗教団体、昨年に無くなっているからだ。ちなみに無くなる前よりも無くなった後に知名度が高まるという面白い団体なのだが、その理由は単純でこいつらが行ってきた児童売買春や政財界との癒着、更に複数名の行方不明、恐らく殺人事件に関与していた事が明らかになったからだ。
まぁ、それ暴いたの『雨宮かすが』とかいう奴なんですがね。あいつが日本のネット界隈でアンタッチャブル扱いされてるのはこの件を暴き出してそれが政界を一気に揺るがし、当時国会議員だった連中のおよそ半分がこの件を理由に辞職しているからだ。そりゃ触るな危険扱いもやむ無しだろう。
この「万物の声」とはその前身の幽玄真実教も含めるとこれまでに2度関りを持ったことがあり、一度目は幽玄真実教の前教主の悪霊を『メンチ』が払い、二度目が『かすが』による暴露と強力な霊能者だった前教主の教えを受け継いだ霊能者集団との暗闘だった。まぁ、暗闘といっても『メンチ』と『かすが』のタッグで潰しにかかって凡そ一月ほどで片は付いたんだがね。
だから、もうこの名前を口にすることはそれこそ何かの拍子とかじゃなきゃないと思ってたんだ。ほら、過去の大きな犯罪とかそういうのが酒の席で話されたりとかさ。
「……はは、やだなぁキツイっスよ。それ、去年の大疑獄の元凶扱いされてる新興宗教ですよね。そこと関与してるとかって噂話はどの時事ネタ系も言われてますけどぉ」
「ふむ。まぁ何でも答えるて約束ですが正直に答えるとは言ってなかったな。じゃあ真実に思えるものを用意しましょう。じゃーん」
イヤホンから流れてくる通りの文言を棒読みで口にしながら、カタカタとノートパソコンを操作する。立体投射機の便利な点はスクリーンとかが無くてもこうやって見やすく情報を出せる点だよなぁ。今の所防犯も鑑みて売り先を渋ってるんだが、その内映像関係以外にもこうやって利用されたりするんだろうか。そんな事を考えながらノートパソコン内部の画像を空中に表示する。オットセイ55さんの口から、またヒュッという音が漏れた。
表示された内容は警察が『昨日』公表した「万物の声」の資金ルートについてだ。「万物の声」は開祖にして教主自らが一家惨殺を宗教儀式にするなどとんでもない凶悪さを持つカルト集団だが、オカルト関連に関してはガチのガチだった。信者には彼らの霊能力で本当に救われた人も居り、政財界に根強く入り込めた理由はこのオカルトに関する能力にあったと言っても良い。その政財界への強いコネによって得られた莫大な財力を得た彼らは、それらの金銭のうち凡そ数十億を毎年広告費などと銘打って関係各所に配っていたようだ。
だが、『万物の声』は決して有名な宗教ではなかった。公称されていた彼らの信者数は10万人ほどで、事件が発覚するまでは国民の殆どはその名前すら知らない団体だったのだ。ポスターも広告もなく、集団の本拠となるような大きなビルもなく。なんなら看板を掲げた拠点すら存在しない。彼らの活動場所は信者が所有しているビルの一室などである。
じゃあ、この毎年数十億円も使われていた広告費はなんだったのか?
「その答えがこちらにあります。カルト指定された『万物の声』が広告費として支払った経費がどういった経緯で誰に支払われたかの一覧ですね。ちなみにこちら、警察のホームページでダウンロードできる資料の一部でして興味のある方は私のSNSの方に大元のリンクがありますのでそちらをご覧ください」
「……は、はぁ。そうなんですねぇ」
俺の言葉にオットセイ55さんは上の空という感じでそう応える。多分脳が情報を処理しきれてないのかな? カメラマンの青年が明らかに顔色を悪くしてるから、こっちは状況を理解できてるんだろうかね。この中にばっちり君の名前もあるし、君以外の名前もあるんだけど。
まぁ、特に口を挟んでこないならむしろやりやすい。ノートパソコンを操作して『万物の声』からオットセイ55さんまでの経路に終点を当て、俺は続きの言葉を口にする。
「はい、このように「万物の声」はまず「あしたのいっぽ」という児童福祉団体に資金を提供します。この「あしたのいっぽ」という団体は児童売買春の“供給者”だった疑いで裁判中ですね。前政権の汚植和夫議員もココの利用者だったことで有名ですから皆さんニュースで一度は見た事あるでしょうか。で、ここから次に広告代理店の「truth」という会社にお金がいき、そこから「公日本出版」という出版会社を経由してオットセイ55さんには毎月20万円ほど振り込まれてるんですね」
そう口にして笑いかけると、カメラマンの青年がカメラを落として公園の出口に向かって走り始めた。あ、今から良い所だったんだけどな。コメント欄もいきなりカメラが落下した事に衝撃を受けたようだし、ちゃんとカメラは持って貰わないと。
そう思いながら同じく逃げようとしたために首根っこを掴んだオットセイ55さんを見ると、彼は青くなった顔を引きつらせながら俺を見ている。そんな彼に、もう大丈夫だと。これで全部終わるという意味を込めて笑顔を向けると、彼は顔を真っ白にして目をぐるんと回転させた。おいおい、白目を剥くほど感動したのか。でも今はもうちょっと起きててもらわないと困るんだよなぁ。俺はオットセイ55さんには特に含むところはないんだから。むしろここまで露骨に末端のしっぽ切りにあってるのを見て可哀そうだとすら思っている。
『うん? なんだ彼はもう寝てしまったのか?』
「ああ。お前の到着が遅かったからな」
『そう言うなよ。全国一斉摘発のタイミングを合わせなきゃならなかったんだ、こっちの都合だけじゃあ世の中動かないからな』
声をかけられたので公園の入り口に視線を向けると、そこにはイヤホンマイクを外して傍に立つ雨宮セキュリティー警備の社員に手渡す『かすが』と彼女の部下たち、そして拘束されたカメラマンの青年がある。まぁ、つまりはあれだ。この周辺は最初から封鎖されていたため彼が逃げる場所はどこにもなかったわけだ。
『かすが』が地面に落ちていたカメラを拾い上げてレンズを自分に向けると、コメント欄は爆発的な速度で伸び始めた。中にはなんとなくこの展開を予測した人物も多いみたいで「やっぱり」だとか「ですよねー」といったコメント、そして「クマコーが大人しいからこういうことだと思ってた」等の失礼なコメントも散見された。だが、どうも俺のアンチコメントを連投していた人たちのコメントは見当たらない。予想と違ってブラバしちゃったとかだろうか。
『さて、まぁ皆様のご想像通り。今回のコラボに関しては私からクマコー氏に協力を仰いだものでしてね。ああ、もちろんオットセイ55氏を騙したとかそういう訳ではありませんよ? 元々クマコー氏に対してオットセイ55氏がコラボの依頼をして、それを受諾する際にああいう騒ぎになったのはどちらかというとオットセイ55氏の方の思惑のようですからね。あの辺りで私が手を出したとかそういう事はございません。トラストミー』
「信じられん」
思わずそう口にすると、コメント欄がまた爆発的に速度を増していく。まぁいきなり味方を後ろから撃ったみたいに見えるから面白がる人はいるだろうが、こいつはこの程度で動じるようなタマじゃない。オットセイ55さんも俺も、ようするに『かすが』の舞台装置だったわけだな。ちょっとイラっとするが、『かすが』がやろうとしてる事は俺にとっても利益になる事ばかりというのは間違いない。それを勘案して、次はローブで縛り上げて馬で引きずり回す程度にしとくか。
『うん、味方から撃たれてしまったぞ? これは困ったな、どうすれば信じて貰えるのか。今回の私の標的を正直に答えれば信じて貰えるかな?』
俺がそう考えている間に『かすが』の話は進んでいく。カメラを社員の一人に渡した『かすが』は白目を剥いてぐったりしているオットセイ55さんの隣に座り、彼の肩にぽんと右手を置く。
『今回の私の目的はね、あるとても面倒な存在を焙りだす事だったんだ。草の根わけても探し出すという言葉があるだろう? これを実際に行う必要があり、じゃあどうすればいいかと悩んでいた時にね。たまたま! そう、たまたま警察の捜査協力をしていた際に聞いた名前の人物と友人が関わると聞いてね。そこで網を張る事にしたんだ』
「網? そんなものは見当たりませんよ」
『そりゃそうさ。現実的な意味での網は、無いとは言わんがこの段階では用意できなかった。なにせ相手が誰かもどこにいるかも分からなかったからね?』
相槌を打つように答えると、『かすが』は口元を歪ませて笑顔というには余りに歪んだ表情を浮かべる。その笑顔は笑っているというよりも、得物を前に舌なめずりしていると言われた方がまだ理解できるものだった。
『つまり、私が今回狙っていたのはね』
『かすが』はその笑顔を浮かべたまま、カメラに向かってぴっと左手の人差し指を向ける。
『今、これを見ているお前たちさ』
そう口にした後。『BANG!』と呟いて『かすが』は左手の人差し指を跳ね上げた。
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