ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
演奏が始まった瞬間、俺の意識は体と切り離された。満員のライブ会場の喧噪は塗りつぶされ、その代わりに見た事もない存在しないはずの記憶が俺の脳裏をよぎっていく。
それは俺ではなく『マネージャー』と呼ばれる男の……アニメでは名前さえ描かれなかった男の生涯の記憶だった。
『私とアンタなら、世界一にだってなれるわよ!』
そう叫んだ幼馴染の天才は、20歳を迎える前にこの世から去った。たった一言の呪縛と、『俺』一人を残して。
なにかを成し得たはずの天才は去って、たった一人残された凡才はどうすればいいのかもわからなかった。だから『俺』は足掻き続けた。天才への憧憬を胸に。
凡人だった自分への落胆。それでも食らいつきつづけた青年時代。その足掻きは確かに形になり、人目には成功と言える結果を残すことができた。30を超えるころにはその分野の第一人者とまで呼ばれることになった。けれどどれだけヒットを重ねても心は満たされなかった。飢餓感は埋まらなかった。自分の限界まで達したと思えるほど磨き上げた己だからその先に到達できないと感じたのだ。限界まで磨かれてようやく分かる世界があったのだ。
だから『俺』は自分の限界を知り、『プレイヤー』である事を諦めた。諦めたから、『マネージャー』は生まれた。
『マネージャー』となってからの日々は、作業の日々だった。売れる音楽を売らせたい相手に歌わせる、何の感動も刺激もない灰色の日々。だが、ただそれだけで金が入ってきた。使いきれないほどに入ってきた。だから続けた。プロとは金を取るものだ。そう頭の中で独り言をつぶやける間は、まだ自分が生きていると感じられた。何故生きているのかは、分からなかった。
そんな日々を送っていたある日。たまさか通りすがった公園で宇多野りくの歌が耳に入ったあの日。幼馴染にそっくりで、でも幼馴染とは違う声の歌を耳にした時。『電脳歌姫ろっくんろー』が始まった瞬間。
走馬灯のように脳裏をよぎっていく男の人生が、灰色だった青年の人生がその瞬間に光を取り戻した。
Vタレになりたいと言った宇多野りくに厳しい訓練を施し。諦めずに付いてくる彼女の姿にかつての自分を重ね。花開いていく教え子に幼馴染の姿を幻視し。そして、ついに自分たちの夢見た場所へ到達したりくをステージの外で見守って。
それで、満足した筈だった。夢は叶えたはずだった。
けれど、ずっと心に燻っていたものがある。
アニメでは描ききれなかった想いが、確かにこの胸の中にいる。心のど真ん中にドンと居座るナニカがあった。宇多野りくを育て上げたその時すら、燻っているそいつが居たのだ。
だからだろうか。理外の力で『マネージャー』として山里一也と同化し彼と一緒にVタレ事務所を立ち上げ、煌めく才能たちを見た時にもう一度と思ってしまったのは。桃源郷ろくことケイトという自分の先へ至れる才能を目にして、舞台に押し上げ。そして再び、自慢の弟子を持つに至ったのは。裏方で良いと思っていたのに、一也が教え導くべきだと分かっているのに、ろっこをりくと重ねてしまったのは。
望外の喜びであったはずなのだ。ただ舞台袖で輝く彼女たちを見るだけでも。だというのに、確かにこの胸に。燻る思いは今も、ギリギリと己を苛んでいた。
その想いの全てを、今。一人の男の、生涯の葛藤を乗せた想いの全てを今。
ギターに乗せて、VVVエキスポのライブ会場に響き渡らせる。
―――――――――――ッ!
つんざくようなエレキギターの音色が会場を貫く。身体中からあふれ出すメロディーを音に乗せ、山里一也という恵まれた肉体を駆使して男はギターをかき鳴らす。ついてこれるかと問いかけるように弟子たちを見やった彼に、VVVガールズバンドは当然と答えるように追従していく。
それを見た瞬間、彼の中に有った遠慮という言葉は消え去った。100点には至れない、99点が限界の凡夫である彼が人生の半分を捧げて研鑽した音色は、たった一本だというのに残り5つの音をかき消しかねないほどの衝撃でライブ会場を満たそうとしている。たったの1つで全てを成立させる音が、彼のギターには存在している。
だが彼が100点中99点の凡夫であるのならば、ここに居る5人は100点満点に至れる未完の天才と、その天才に圧し潰されずに足掻き続けるかつての彼だ。自慢の弟子たちだ。
彼のギターに応えるようにドラムが、ベースが土台を整え、キーボードが音色を加え、リズムギターが全体を支え、そして。
天辺に到達する才能を秘めた歌姫が。電脳の歌姫が己の
「VVVガールズバンドォォォォ! With! ししょぉ!」
青くまっすぐな、どこまでもまっすぐな魂の咆哮。濃厚な魂のぶつかり合いの中でそれを耳にした『マネージャー』は。
かつて「熊沢栄」と呼ばれた男は、クマのマスクの下で笑い声を上げた。
『ズルいズルいズル~~~い!!! ロッコばっかりズルいよ! 私だってカズヤとセッションしたかったのに!!』
「ズルくないですぅ! ししょぉは私のししょぉだがら!!」
「私じゃなくて私達な~」
「あれ。ろっこって英語できたっけ?」
「作詞のために勉強してるんだって」
「ね。ねえ、さやかちゃん。やっぱりVVVの音楽チームってクマコー……山里さんがやってるの? あのギター、尋常じゃなかったんだけど」
『音楽チームってなに? マネージャーはマネージャーよ』
「さやかちゃん、そのマネージャーさんがクマコー社長かって聞かれてるんだよさやかちゃん」
最終日の展示会場は17時に閉まるため、ライブの最後はVVV・VS・ゲストの全てが揃っての“V.V.V”で〆て今日のライブは終了だ。もちろん盛り上がりっぱなしの状況での閉幕のため場内からのアンコールの声が大きく、観客の声に応えるために俺ことクマコーとキチシカ、シャベルゴリラに梟くんのVVV・VS男性陣による「ほたるのひかり」の1番を歌い、2番に入るタイミングで女性陣と入れ替わって残りを歌ってもらう。この音楽が流れたら帰るというのは現代日本人の体に刻み込まれた習性みたいなものだから、熱心なファンたちも曲が終わった後は大人しく帰路についてくれた。
まぁお客様たちはこのままお帰りになるが俺たちの仕事はこれからなんだけどね。という訳で忙しいし打ち上げのお店も手配してるからお前らはさっさと帰れ。セッション? ライブはもう終わったんだよ!
ブーブーと文句を垂れるろっこちゃんとケイトを保護者達に引っ張っていってもらい、後に残った会場の片づけは今年も俺のお仕事だ。綺麗処と飲みに行くのは悪くないんだが、いかんせん手を出したら地雷みたいな相手ばっかの飲み会はなぁ。
『ねぇ、マネージャー。ちょっと話があるんだけど』
『………………?』
『アンタが最初なのはまぁ、しょうがないわ。悔しいけど。ずっと一緒に居たからそりゃそうなると思ってたし。悔しいけどね』
『………………』
『でも、アンタは良かったの? もう元の関係には戻れないわよ』
『…………ああ』
さてさてお仕事だ。今年はステージの解体作業に展示会場の片づけと忙しいぞぉと気合を入れた所で、打ち上げに行くはずの『さやか』が話しかけてくる。珍しく俺じゃなくて「マネージャー」に対しての問いかけに「マネージャー」ともども首を傾げていると、『さやか』はそう意味深な言葉で問いかけてくる。俺にはちんぷんかんぷんだったが、問いかけられた「マネージャー」には意味が通る物だったらしく。一言だけボソリと呟いて、「マネージャー」は首を縦に振る。
『さやか』は「マネージャー」の返答にふーんと頷いた後、そのまま背を向けて会場の外へと歩いて行った。なんだったんだアイツ。せめて説明くらいすればいいのに。
『スマホを見れば分かるよ』
――ん、そうなのかキェェェェェアアアアシャベッタアアア!!!?
『………………ひどくない?』
聞きなれない低い声でそう呟いて、「マネージャー」から憤慨した感情が伝わってくるのを感じる。珍しく饒舌だなぁと思いながらスマホを見てみると、『NEET NOW』に新着情報が入ってきているのが目に入る。ライブ中は通知切ってたから気付かなかったなぁと『NEET NOW』を開いて通知の項目を開くと、「完全インストール 熊沢栄」という謎の文字が。
あれ、いつの間にかアプリが勝手に動いてなんか起きてる? もしかして巷で流行りの遠隔操作って奴くらっちゃったかこれ???
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