ブラック労働で過労死数歩前だった俺の心の癒しだった動画アプリがマジモンの神アプリだった   作:ぱちぱち

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第2話 「そうはならんやろ」

「そうはならんやろ」

「なっとるやろがい!」

 

 

 時刻は午前7時。当然のように始発で出てきた会社の面々に見咎められたので懇切丁寧に事情を説明したら、帰ってきた言葉がこれだ。呆れたような同僚の言葉にそう返すと、興味本位で聞いていた周りの人間も「おぉ、本当に一也くんみたいだ」と口にする。みたいじゃなくて本人なんだよ。女になってるけど。大事な部分も消えて余計な物が胸についたりしてるけどさぁ。

 

 

「むしろなんで出勤してきたの? 病院とか行った方が良いんじゃない?」

「病院ってもどこに行きゃ良いか分かんないですし……出勤しなかったら給料が減っちゃうんで」

「有休……はないかうち。有休は休んだ体で出勤にされちゃってるしね」

 

 

 お局様兼職場のマドンナである馬場さんがそう口にすると、諦めたかのように皆が小さく笑う。楽しいから笑うんじゃない。人は諦めた時にも笑えてくるもんだ。その気持ちは、全く同じ穴の狢である俺もよく分かる。

 

 

「まぁ、可愛くなっちゃったけど山里くんだっていうならそれで良いんじゃないかな。もう出勤してきちゃったんだし」

「そうですねぇ」

「一人穴が開くよりはマシかぁ。いきなり消えられるのが一番怖いからなぁ」

「そうそう」

 

 

 だから、俺が男から女になろうがこの人たちにはこの程度の感想しか出てこない。多分逆の立場なら俺でもそうなってたかもしれない。あ、君性転換したんだ。へぇ~ぐらいのノリだ。そんなつまらない事にかかずらっていたら今日の仕事が終わらず、明日の自分が死ぬほど酷い目に合うのが分かってるんだから。

 

 俺に対する興味が無くなったのか、同僚たちが散らばっていく。うちの部署は基本的に営業と経理とついでに窓口業務を担当している。

 

 以前は営業部だけだったそうだが今の社長になってから「経理なんて営業がやれば要らないでしょ」と鶴の一声で経理担当も営業所属になり、クレーム処理も「総務課の子たちが可哀そうだから仕事を持ってきた営業が対応しろ」と言い出して総務課の仕事は社長のお茶くみだけになったのだ。

 

 総務課と俺たちの部署は同じくらいの人数がいるんだけどな。

 

 もう辞めてしまった先輩曰く、どうせすぐにどっかで無理が出るだろうと思ってたら意外と長持ちしちゃってそのままになっちゃったせいでこの状態らしい。長持ちってのは社員がって意味な。

 

 社畜耐性が高い人が多く居たせいでこんな状態でも会社が回っちゃってるんだと。先輩は俺にこれを伝えた後モームリって叫んで退職代行を使って二度と会社に来ないまま辞めてしまった。

 

 ぐちぐちとした考えを浮かべながらも机に向かう。体が女になったから仕事が無くなるなんて事はないんだ。世の中そんなに上手くできていない。俺が休んだ分は隣に座る竹永が引き継いで死ぬ事になる。同僚を地獄に落とすくらいならたとえ体が女になろうが両手両足が無くなろうが這ってでも会社に出てくるのが社畜ってもんだろう。

 

 そう吠える社畜魂に導かれるままに業務用のPCを動かし、今日の予定を確認。対外の仕事は幸いなことに無いみたいだ。この身体で「山里です~」とか言っても、この会社内なら兎も角外の会社は流石に問題視してくるだろう。そうなると面倒なことになるのは確定だ。上司からの指導という名の説教を5時間は受ける事になる。

 

『いやまぁ、その時は上司をぶん殴って黙らせれば良いだけじゃないかな! 私が全力で殴るとザクロみたいに頭が弾けちゃうから手加減は必要だけど明らかに悪い奴だしぶっ飛ばしてヨシでしょ。意見がぶつかり合う時は最終的に力が強い方が勝つ。それが魔女の鉄則で、唯一の交戦規定なんよね』

 

 

「……いやいやいや。俺は魔女じゃないっつーの」

「ん、どした? 独り言パートが早くない? いつもは定時後くらいじゃん」

「ああ。まぁ、まだ正気だよ。ちょっとお花摘んでくる」

「男子トイレに入るなよ?」

「……あっぶねー」

 

 

 頭の中を物騒な考えがよぎったので、ぶんぶんと頭を振ってその考えを追い払う。ヤバいな、一晩この身体で過ごしたせいで自分が赤神さやかのつもりで考えるとかいう超痛い事をしてしまった。赤神さやかってそういえばめっちゃ好戦的な性格なんだよな。負けまくってるけど。

 

 隣に座る竹永と他愛もないやり取りをして部屋を出る。そろそろ7:30だがうちの部長のジャージ姿はどこにも見えない。うちの上司は仮にも営業部長って肩書を持ってるくせにスーツで出勤した事が一度もない奴で、先代の息子で社長の弟だからって理由で営業部長をやってる奴だ。月の半分くらいは会社に出ずに自宅の近くにあるパチンコ屋に朝から出勤して直帰してるから居ないのもまぁおかしくはないんだが。むしろ現場に居ない方が仕事が回るから今日は休みであってほしい。

 

 さて、そんな余計な事を考えている間にトイレの前にやってきた……んだが。女子トイレ、かあ。入らないといかんよなぁ。流石に。

 

 うちの会社は女性社員にだけは社長が金をかけてくれるから、女子トイレはドアからして真新しく手入れが行き届いている風に見える。男子トイレはドアに穴が開いていてドアノブが壊れてるから気軽に開け閉め出来る感じだ。荒れた中学校の男子トイレみたいな雰囲気だな。当然便器もぼっろぼろで、社長や部長は株主権限とやらで女子トイレを使ってるらしい。

 

 っし。覚悟決めるか。いつかはやらないかん事だしなぁ。恐る恐る女子トイレのドアノブに手を伸ばし、ドアノブを握ろうとした瞬間。

 

 

「お、新しい総務の子か? 君、可愛いねぇ!」

 

 

 横合いから聞き覚えのある声と共に伸びてきた手が俺の手を掴み、強い力でぐっと手を引っ張ってきた。

 

 

「熱っっ!!?」

 

 

 完全に予想外の出来事に、咄嗟に足に力を込めて踏ん張ると相手の男がびっくりしたような声を上げてバランスを崩し、前のめりに倒れてくる。その拍子に緩んだ手を振り払い、さっと倒れてくる相手を避けると相手の男は支えるものを失ったからかそのまますってんころりんと倒れ、そしてトイレのドアノブに思い切り頭をぶつける。鈍くて重い音が廊下に響き渡り、そして男は。見覚えのあるジャージを着た中年の男はずるずると女子トイレのドアにもたれかかるようにしながら、ゆっくりずり落ちていく。

 

 

「…………生きてるか。よかったぁ……」

 

 

 倒れ伏した男、営業部長をひっくり返すと、鼻周りが随分と酷い事になっていた。鼻骨折れてんじゃないかこれ。あと、何故か右手が真っ赤に火傷していた。大嫌いな相手だが、流石に今の流れは同情を禁じ得ない。可哀そうに。

 

 ……じゃないよ。あれ、これって今もしかしてヤバイ状況じゃないか? 傍から見たら俺がこいつをぶちのめした風に見える……い、いや。ドアノブにべっとり血が付いてるから事故だと主張する事は出来るだろう。けど間違いなく面倒な事になる。間違いなく。この部長は事実はどうあれ自分の気分で社員に無理無茶無謀を押し付けるのが大好きなサイコパスだ。起きたら碌な事を言いださないのは目に見えている。

 

『とはいえそのまま放置するのも人としてどうかとさやかは思うんよね』

 

 火傷はお前のせいっぽいけどな? 俺の中にも残っていたちっぽけな良心の言葉も加味しながら、ううむと頭を捻る。だいたい数秒考えた後、これしかないという考えにいきついた俺はそれを実行するために自分の机に戻り、卓上電話の受話器を手に取った。

 

 

「あ、もしもし労基ですか。はい、通報です」

 

 

 でっかい問題は別の問題で注意を逸らすのが鉄板。マスコミが良くやる手法だから効果も抜群だ。多分。隣に座る竹永がギョッとした目でこっちを見てくるが、分かってる。全員にラーメンだろ。奢ってやるよ、畜生めぇ。

 

 

 




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山里一也(男)25歳

視聴履歴
『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル期間1週間)
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