ブラック労働で過労死数歩前だった俺の心の癒しだった動画アプリがマジモンの神アプリだった 作:ぱちぱち
「お時間を頂きありがとうございます。練間院長先生」
「いえいえ。君には、その。うちのバカ息子がご迷惑をおかけしたようで。こちらから挨拶に行くべきだったのに申し訳ない」
ひなちゃんを学校に送り届けた後、『かすが』の姿のまま練間内科病院へ足を運ぶ。事前にアポイントメントは取ってあるため、受付に名前を告げるとすぐに院長室に通してもらえた。
この病院の主、練間院長は50少し前くらいの小太りの男性だ。
名前の通りひなちゃんを脅して先日逮捕された練間くんの父親で、今日面会を要求した理由も彼に由来する。というのも逮捕された時に取り押さえた『かすが』の事を練間くんは大層恨んでいるようで、警察の中でも外に出てからも「あいつを僕の前に連れてきて土下座させろ! 逮捕しろよ無能警官ども!!」と騒ぎ続けているからだ。
盗撮犯を取り押さえただけ。しかも映像付きの証拠もある状況で『かすが』を逮捕なんて出来る訳もないのだが、練間くんの中では被害者は自分だという結論が出ているから、まぁ、ね? 警察の上層部はそれでも出来る限り練間院長の顔を立てたいと思ってるみたいだけど、大変苦慮しているようだな。
そして当然、息子の大暴走は全て父親の耳にも入っているわけだから、新しく被害者になってしまった『雨宮かすが』の事も当然彼は知っていて、こうして開口一番に頭を下げてきているわけだ。明らかに10代の小娘である『かすが』相手にも真摯に頭を下げるというのは、彼のような立場の者からすれば中々難しいはずだ。こういうことが出来る所は、流石は長年地元を支える病院の経営者ってことだろう。
まぁ、俺の中での彼の評価は練間くん以下なんだけどな?
一通り社交辞令を交わし、ソファに向かい合って腰かけたタイミングで体の操作権を『かすが』に渡す。ここから先の会話は、そういうものに“慣れ”ている人物に任せるしかないからだ。
「ああ、時に院長先生。こちらを見て欲しいのですが」
「うん? 封筒、ですか。今日はご挨拶だけで、謝罪の書面などは後程――」
「まぁ、一度ご覧ください」
「はぁ……では」
そう言って『かすが』はアタッシュケースに入れていた一封の封筒を取り出し、テーブルの上に置く。予定にない行動だったのだろう、怪訝そうな表情を浮かべた練間院長は置かれた封筒を手に取り、中に入っていた数枚の紙を取り出して。
「…………」
そして、絶句する。
彼が手に取った紙。その最初の一枚には一人の少女の写真と、彼女の育成記録が記載されていた。いや、それを育成記録と評するのもおこがましい。もしくは、悍ましいというべきだろうか。
『山内はるなさん。25年前に初めて貴方が医師免許を取得して最初に受け持ったのが彼女だったそうですね。日記、読ませて頂きました。常習性のある薬品を混ぜた飴をいつも渡して、少しずつ薬物中毒にしていったそうじゃないですか。写真、映像、薬。それらをつかって一年で彼女を言いなりにして、それから色々試したんですね……性的な事も。彼女、二回も堕ろしてるそうじゃぁないですか。貴方が秘密裏に処置をして。いやはや、見事な腕前ですね』
『かすが』がそう口にすると、グン、と音を立てるような勢いで練間院長の顔が手元の紙から『かすが』に向けられる。その表情は、驚愕と、怒りと、そして迫りくる絶望を認識したかのような、ぐちゃぐちゃの感情を表している。
その院長の様子を見ながら、『かすが』はにっこりと。安心させようとするかのように、お人形さんと評された整った顔立ちを歪めて、笑顔を浮かべた。
『25年余りで、60人の少女たちを手籠めに。凄い数ですね。それだけの人数を支配する手腕は、長年続く病院を切り盛りするなかで磨いたものでしょうか。先代の院長先生も鼻が高いでしょうね。ああ、もしかしたら先代も加担しているのでしょうか。記録が残っていないようですが探せば見つかるかもしれませんね』
「……ど」
『どうして? それともどういうことだ、でしょうか。どういう事でしょうね? 何故、こんな。ネットワークに接続していないはずのPCに入れているデータが写真まで付いて印刷され、封筒に入れられて、貴方の手元にあるんでしょうね。ほら、よく言うじゃないですか。悪い事をすると妖精さんにいたずらされてしまうって。多分それかもしれませんね。妖精さんでも居なければ説明できない。貴方も詳しいでしょう? 妖精さん……いや。妖怪とか、幽霊とかでもいいか』
微笑みを浮かべたまま、『かすが』はぺらぺらと抑揚のない声でしゃべり続ける。どこかからかう様な言葉を言う時ですら、『かすが』の声は一切の抑揚がなく、平坦で、まるでロボットが会話しているかのように言葉だけを吐き続けている。
その姿を、どう思ったのか。院長は、ただ、青くなった顔を白く染め直しながら、うめき声のように唸った。
『貴方が支配した60人の女性たち、今は何をしているんでしょうね。あ、答えは知ってるんで言わなくても良いですが言いたければ口にしてもらって構いません。「万物の声」、ですっけ。20数年前、教祖が裁判官の一家を惨殺した事で有名な新興宗教の団体。当時は幽玄真実教という名前で、この事件で教祖も死んだために名前を変えて再出発したんですよね。それ以降大人しくしていたと思ってたんですが、実は政財界にも強く足場を築いているようでいやはや。まぁ所属してる女性が熱心に勧誘している姿がSNSなどにも上がってましたし、やはり美人に声を掛けられるとつい男はコロッといってしまうものなんでしょうね。そういえばその惨殺された裁判官一家の住まいってこの近くなんですよね。覚えておられます? その裁判官さん、ご家族でこの病院をよく利用されていたんですけど。もしかしてお嬢さんにも飴ちゃんを上げていたんですか? 裁判官さん、知人の検事や警官と熱心に調べごとをしてたみたいですからね』
「な」
『なんでそれを? ですか。それともなぜその事を、ですか。まあどっちも同じ意味か。いえね、練間くん。ああ、貴方の息子さんが私の護衛対象に粉をかけてきた本当の始まりを知ったんですがね。貴方が彼に、とあるVタレを紹介したのが始まりだそうですね。近くで大きなマンションを建てる人が面白い事をやっている。勉強になるかもしれないからお前も聞いてみなさいって。ですよね、練間院長先生?』
言葉と共に小首をかしげて『かすが』が練間院長に尋ねると、院長は大きく息を吐き、すってもう一度吐き出した後。
「ああ、ああ。そ、そうだ。近くの、問題があった。そう、君が先ほど言っていた裁判官の一家が住んでいたあの辺りを買って、大きなマンションを建てる計画。それを耳にして、凄い事をする人が、近くにいると思ったんだ。それで、息子に、オーイシアキコさんという女性が」
『分かりやすい嘘ですね。あそこの施工主は確かにオーイシアキコ氏ですが、彼女もVVVのHP及びSNSなどでもあそこの事は報じていません。なんなら土地の持ち主自体はVVVではなく『坂東メンチ』という男性になってますから、工事現場の計画表に乗っている名前にもVVVの名はどこにも出てきませんよ。地元のネットワークがあるとはいえその状況でどうやってオーイシアキコ氏があそこの持ち主だと思えたのか、是非お伺いしたいのですが……ああ、言えませんか。言ったら自分の身が危ない。そう顔に書いてますよ。なぁ?』
そこまで口にして、『かすが』は目を爛々と輝かせこの院長室に入って初めて、歯を見せて嗤った。自分から口の中に入り込んだ哀れな獲物にかぶりつくように。
『お前が薬中にして調教した60人余りの女を使って、政財界に強いコネを作って。ようやっと復活の目途がたった矢先に“聖地”が消えたんだ。驚いたよなぁ、困ったよなぁ』
「ひっ……」
院長はこの瞬間、ようやく、自分が何を前にしているかに気付いた。
『“聖地”を取り戻したかったんだろ。そのために私のクライアントに手を出したんだろ。頭の軽い息子を使って、楔を打ち込んで中に入り込んでしまえばこっちのものだとでも思ったんだろう。所詮は女だとでも思って。これまでがそうだったようにこれからもそうだと愚かにも信じていたんだろう? なぁ、院長先生よぉ』
目の前にいる小娘は、いや。小娘の姿をしたナニカは。
『だからお前は、地獄に墜ちるんだ』
己を喰らう、怪物であると。
山里一也(男)25歳
視聴履歴
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