ブラック労働で過労死数歩前だった俺の心の癒しだった動画アプリがマジモンの神アプリだった   作:ぱちぱち

9 / 36
第9話 「こんにちはー、出前デリバリーでーす」

 新しい住所を手に入れてから、数週間。

 

 

「こんにちはー、出前デリバリーでーす」

「あら、ありがとね」

 

 

 でっかい保冷バッグを背負い、自転車を漕いで街の中を走る。俺は今、デリバリーの仕事をしている。

 

 就職活動は継続中だ。俺は高卒の資格なしのため選べる仕事は限られるし、流石に誰でも入れるようなブラック会社は懲りた。幸いなことに『坂東メンチ』が稼いでくれた金はまだまだ残ってるし、前の会社はクソブラックだったが、流石に雇用保険が払われてなかったとかその規模のやらかしは無かったため毎月雇用保険のお金も入ってくる。

 

 これだけ余裕がある今だからこそ出来る事。今後に役に立てるための準備期間と割り切るべき。そう考えた俺は、自動二輪免許の取得のため教習所に通い始めた。車の免許は結局都市部じゃほとんど使わないし、だったら小回りの利く二輪の方が使い勝手がいいと考えたからだ。あとは、大型自動車の免許なら潰しが利くかもしれない、なんて思って大型車の勉強も始めている。それらの取得を目指しながら、空いた隙間に自転車デリバリーの仕事をして小遣い稼ぎがてら体を鍛えているのだ。

 

 デリバリーの仕事は良い。報酬こそ安いが自由が利くし、自分の時間で仕事を選ぶことが出来る。それに自転車を漕いで街を行くのも意外と楽しいし、いろんな飲食店の子と話す機会があるのも良い。弁当を運んだ家のおばあちゃんにありがとうと言われてお茶を渡される事もある。

 

 ただただ辛いだけの仕事だった。前の会社の事を思い出す度に胸の奥が重く、苦しくなってしまうが、あの時に比べて今は安定感こそまるでないが自由だ。他人のために下げたくない頭を下げる必要もない。

 

 もしかしたら俺は、会社の枠組みに入らずに個人で活動する方がいいのかもしれない。社畜として使われることには慣れているが、一般の会社に入ってやっていけるのか。そんな不安は時折胸を過るが、そんな贅沢な考えが持てるくらいには俺の心も解放されてきているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、山里くん。奇遇だね。メンチくんは帰ってきてるかい?」

「あ、田井中さん。いえ、今はなんか日本に居ないみたいですよ」

 

 

 教習所帰り。近くのスーパーで食材を買い込んでいると矢場杉不動産の田井中さんと遭遇した。彼に紹介してもらった賃貸マンションは1棟丸ごとが事故物件だった場所で、田井中さんはそこの管理を任されていたため近くに住んでいるらしい。

 

 まぁ、その管理を任されていた理由は霊障のある事故物件だったからで、それを『メンチ』が解決しちゃったため彼がこの付近に住む理由もなくなったそうなんだが。お陰で一つ仕事が減って大きな収入が入りました、と痛し痒しといった感じで口にした田井中さんの姿が忘れられない。近々引っ越すかもしれないそうなので、その時は手伝いに行ってあげよう。

 

 

「そうか。メンチくんが帰って来たらうちに顔を出してくれと伝えてくれないか? 良い報酬の案件があるんだ」

「分かりました」

 

 

 田井中さんはそう言って、いつものニチャア、という笑顔を浮かべて帰っていく。彼が持つ買い物袋にはたまねぎやにんじん、それにカレー粉が入っているから、多分今夜はカレーなんだろう。

 

 俺がこんなに余裕をもって生活できているのは、彼の存在も大きい。初めて『坂東メンチ』をレンタルした時からこっち、彼はなにかにつけて霊障などの対処を依頼してくるからだ。『メンチ』に頼まれる霊障は他の拝み屋や封じ手といった専門家が匙を投げた本物の事故物件ばかりであり、その依頼報酬も高額になる事が多い。その為、彼が持っていく手数料を差し引いた金額でも一回に付き数百万の報酬が入ってくる。俺が前の会社で一年働いたのと同じ金額だ。

 

 しかもこれ、非課税である。ちゃんと役所にそういった案件専門の部署があり、そこを通した仕事の場合は税金がかからないのだ。一回で数百万のぼろい商売だ。実力が無ければ高確率で大事な何かを失うという点に目をつむれば。

 

 もうそれを本業にしちゃえばいいだろ、と思われるかもしれない。俺自身そう思ってはいるんだが、心の中でブレーキがかかるんだ。その道を行けば間違いなく社会不適合者一直線だと。クレジットカードだって作れないし職質された時に延々根掘り葉掘り聞かれることになると。

 

 組織に属するというのはある一定の信用を手に入れる事につながる。こいつは社会の為に働いているという保証を組織が請け負ってくれるからだ。だが、今の俺にはそれがないのだ。

 

 出来れば今の気楽な感じで、社会的な身分だけが手に入る仕事ないかなぁ。そんな贅沢な悩みを抱えながら家路につく。今日の夕飯は……カレーにしよう。

 

 

 

 

 

 

「あー、一也くんおかえりー! 一也くんも飲むー?」

「あ、いえお構いなく」

 

 

 買い物袋を持って自宅に帰ると、アキコさんがリビングで一人酒盛りをしていた。俺が連れ込んでるわけじゃない。立派な住居不法侵入なんだが、彼女にはDTの件があるから文句を言いづらい。その、意識しちゃうじゃん?

 

 

「ねー一也くーん。メンちゃんどこにいるってー? 買った土地の使い道で相談したいんだけどー!」

「なんか日本に居ないっぽいですよ」

「わーまたー!! いっつもどこほっつき歩いてんのよーちくしょー! 私がどんだけ大変だとー!!」

 

 

 完全に部屋着で酒に塗れながら、アキコさんはわんわんと愚痴をこぼし始めた。巨額の金と土地を押し付けたせいで、アキコさんはそれらの使い道について結構苦労してるらしい。元々やりたかったという起業のために水商売を辞めたそうだが、土地の件に時間がとられて中々思うように新しい仕事が始められないんだとか。

 

 完全に俺と『メンチ』が押し付けた苦労のため、アキコさんにはちょっと頭が上がらない。『メンチ』が押し付けた分のお金もちゃんと運用してくれるつもりみたいだし。

 

 

「でもねー! よーやく土地関係の話し合いが終わって! あそこに建てる建物の計画も終わったんだよ! 1階と2階はテナントとか入れられるタイプで、それより上は住居用マンション! 私の会社もここに事務所置いてマンション管理も一緒に行う予定!」

「いきなり自社ビルですかぁ。景気の良い話ですねぇ」

「景気が良いんだよ! でも土地も合わせて一気に5億飛んだぁ! これでもめっちゃ安く上がったんだけどねぇ! 立山さんには感謝だよぉ」

 

 

 ごろんごろんと転がり回りソファーを我が物のように占有しながら、アキコさんは愚痴なのか自慢なのか良く分からない話を延々とし続ける。立山さんというのは、俺が『坂東メンチ』になった最初の日に一緒に競馬で盛り上がったおっちゃんの事だ。なんでも建築会社の結構なお偉いさんらしく、非常に真摯に対応してくれたそうだ。

 

 離職記念に旅に出たという設定の『坂東メンチ』の代わりに、アキコさんは託されたお金を使って例の値段が下がっていた一帯の土地を購入した。値段が下がっていた理由は取り除いたため、そのまま寝かせていたら勝手に値段が上がると思うんだが、アキコさんとしてはこんな良い土地を寝かせておくのは勿体なかったらしい。合わせて建物の処理と開いた土地に建てる物件についても考えたそうで、この段階でアキコさんは田井中さんと一緒に『メンチ』に会いに俺の家にやってきた。

 

 デカい金が動くからな。流石に許可を取らないといけないと思ったそうだ。水商売をしてた割に、と言ったら水商売の人に怒られるかもしれないが、アキコさんは非常に真面目な人らしい。

 

 まぁ、二人の前でいきなり『メンチ』を借りてくるわけにもいかず、その日は連絡を入れると言って次の日に千円使って『坂東メンチ』として二人と会って打ち合わせ。『メンチ』としては『大きなお金なんて持ってても自分じゃ遊び惚けるしか出来ないから、そのままアキコちゃんの思うように使ってほしい。税金その他も含めて処理してくれれば文句は言わない』と確約。後々の問題になりそうな所は書面にもしてアキコさんにお任せする事に決定。

 

 そしてその時に立山のおっちゃんの名刺を思い出したので連絡を取り、『メンチ』の事を覚えていてくれた立山のおっちゃんの力を借りて今に至る感じだ。

 

 そんな事を考えながら具材を切っていき、鍋にぶち込む。料理は最近始めたため手際はまだまだだが、カレーはそこそこ慣れれば誰でも美味しく作れる魔法の料理だ。カレールーさえあればね。

 

 

「わー、今日はカレーなんだ! ねね、私もたべていい?」

「良いですよ。俺一人だと三日くらい食べ続けになっちゃうし」

「やったー! あ、冷蔵庫のからしもやし食べちゃったよー」

「はいはい」

 

 

 チューハイ缶を片手にキッチンにやってきたアキコさんは冷蔵庫を開け、俺が作り置きしていたからしもやしを食べきったと告げてくる。最初はもうちょっと遠慮があったんだけどなぁ。俺を『メンチ』の身内と判断してからはガンガン距離を詰めてきて、今じゃ『メンチ』の部屋(という設定)の部屋にガンガン私物を置いてってる。

 

 『メンチ』の時に俺が居なくなるのも気を使って二人にしてくれてると思ってるらしく、アキコさん的に俺は結構気の利く『メンチ』の可愛い弟分らしい。俺と『メンチ』が同一人物だと分かったらどうなるんだろうな。正直アキコさんの距離の詰め方が怖すぎて言い出せる気がしない。

 

 

「あ、そーだ。一也くんまだ就活中だよね?」

「え、はい。まぁ、そうですね」

「じゃあさじゃあさ! 私が作る会社に入らない? メンちゃんと一緒に! 一也くん営業と経理と総務のお仕事やってたんでしょ? あらためて言うと酷いね!」

「そうですよねぇ」

 

 

 そう言ってアキコさんはケラケラ笑う。俺の前職の話しはアキコさんには鉄板の笑いネタらしい。確かに傍から見たら笑い話みたいな内容だもんな。実際に経験した側は笑えないけど。

 

 

「ほら、マンション計画も軌道に乗ったし私そろそろ自分の会社を立ち上げようと思ってね! そうなると人を雇わないといけないんだけど、やっぱり最初は人員を絞らないといけないじゃん? そうなると出来れば色々出来る人が良いんだけど、一也くんは正にうってつけじゃない!」

「え。ブラック企業宣言です?」

「規模が小さいうちはだよ! 軌道に乗ったら各分野の専門家を雇う必要があるけど、最初の数人くらいの規模なら私と一也くんでその辺り回せるでしょ? 私簿記2級持ってるから経理できるよ!」

「へぇ、凄いですねぇ」

「感情が籠ってない!」

 

 

 漏れ出た俺の言葉にアキコさんがぶー垂れるが、ちゃんと凄いとは思ってるよ。俺、簿記なんて持ってないもん。でもまぁアキコさんのお誘い自体は結構魅力的ではある。過去の経験を活かせるだろうし、上司がアキコさんなら前の上司よりも断然付き合いやすい。あとは業務内容がクソブラックでなければ全然問題ないんだが。

 

 

「そういえば聞いてなかったんですが、アキコさんはどういう事業を立ち上げるつもりなんですか?」

「えー? あれ、言ってなかったっけー?」

 

 

 尋ねると、アキコさんは可愛く首を傾げた後、にこっと微笑んで口を開く。

 

 

「ね、一也くんさぁ。ヴァーチャルタレントって知ってる?」

 

 

 ブブッとスマホが鳴る音がした。

 

 

 




山里一也(男)25歳

視聴履歴
『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)
プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』(料金1万円)
『煉獄列島』(レンタル終了)
プレミアムレンタル権『閻魔の地上代行人』(料金1000円)

新しいプレミアムレンタルが可能になりました!
『電脳歌姫ろっくんろー!』(レンタル可能 10円)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。