ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→ 作:ぱちぱち
流石にこんな夜中に10代の子を繁華街で放置するわけにはいかず、また迎えに来れる家族も居ないという事なので彼女を家まで送る。だけのはずなんだが、何故か「うー!」と唸り声を上げる百山さんとニヤニヤと笑う3期生たちも付いて来たため、少し騒がしい訪問となってしまった。
『ケイト! お前は、こんなに遅くまで! ごほっ』
『おばあちゃん! 寝てなきゃ駄目だよ! ほら、お水飲んで!』
ケイトと呼ばれた少女はベッドに横たわる老女にそう言って、ベッド脇にある水差しからコップに水を入れて差し出した。ここに来るまでに簡単な自己紹介をしたところ、ケイトと呼ばれている少女はケイトリン・テイラー。ベッドで寝ている祖母と二人暮らしをしている高校生だという。
ケイトと彼女の祖母がやり取りをしている間、部屋の中を観察する。ごく一般的なアメリカの一般家庭の部屋は、恐らくこのような内装なのだろう。落ち着いた色の壁紙に調度品、そして窓から入る月明かりで照らされた古いピアノ。恐らくあれが彼女が言っていたお祖母ちゃんのピアノか。
そしてこの部屋は掃除がされているが、ここに入ってくるまでの居間やキッチンは手入れが行き届いていないように見受けられた。恐らく数か月ほどちゃんと掃除がなされていないのだろう。祖母と二人暮らしで、その祖母がここ数か月体調を崩しているという。恐らく原因はそれだろうが……両親はどこにいるのか。
そこまで考えた時、頭の中でマネージャーがむくむくと悪い癖を拗らせ始めた。この状況を好機と捉えたようだ。上手い事唆して教育しようぜと語り掛けてくるマネージャーに、やかましいぞクマ野郎黙って見てろと心の中で中指を立てておく。普段は冷静なくせにこういう時には情動一直線なのがこいつの悪い所だろう。
ただ、折角見つけたダイヤモンドの原石だ。そのままにするのは余りに勿体ない。うちにも居るダイヤモンドの原石と磨き合わせれば、面白い事になるだろう。ケイトを見てそう思ってしまうくらいには、俺もマネージャーの影響を受けている。
だから頃合いを見計らって、俺はテイラー家の二人に声をかけた。
「ご家族の歓談中に失礼します。お祖母様のお言葉は尤もです。ケイトさんはもっとご自分の身を大事にした方が良い」
『……あら、これは失礼しました。孫を送ってもらったのにご挨拶もせず申し訳ありません』
『え、ちょっとカズヤ! 酷いわ、シックスストリートではあんなに素敵な演奏で合わせてくれたじゃない!』
「あの演奏は君の素晴らしい歌声に対しての称賛の意味で行ったものだった。が、だからと言って危ない行動を慎むよう注意するのは矛盾しないんだよ、ケイト」
俺がそう告げると、ケイトはぷくっと顔を膨らませて顔をそむけた。子供か。いや、子供だったわ。ひなちゃんとか蝶子ちゃんみたいな素直な子ばっかり見てたから忘れてたが、そういえば子供ってのはわがままなものだったな。『さやか』と同じくらいのレベルで会話してやらないと脛を曲げられそうだ。
まぁ、それは後に注意すればいいとして、だ。スーツの内ポケットに入れていた名刺入れを取り出し、すっと米国版の名刺をケイトの祖母に差し出した。こちらは米国の事務所の住所や俺の名前が英語で記載されたものだ。日本の名刺なんて渡しても意味がないしね。
『あら、これはご丁寧に……VVVという会社の、副代表。申し訳ありません、お名前を聞いた事が無い会社ですが』
「インターネット上で動画などを配信したり新規技術の開発を行っている会社です。最近だと在籍している『アキラ・ツクモ』博士が人工知能を開発した件がニュースなどで流れているかと」
『あ、私知ってる! クマコーってクマのぬいぐるみを着たリアルヒーローが居る日本の会社だよね! ハイジャックを素手で解決した人!』
『あら、日本からいらしたのですね』
「おっふ」
ケイトの言葉がボディーブローのようにわき腹を抉ってくる。自己紹介でダメージを受ける事になるとは思わなかったぜ。そうか、アメリカの高校生には俺、そう言う風に思われてるのか。中身が俺だってバレないようにしよ。ケイトの方はVVVを知ってるみたいだし、お祖母さんの方もちゃんと存在する会社だと認識してくれたかな。
努めて笑顔を動かさないようにしながら言葉を続け、米国に支社を出したこと、マックス氏の会社と技術交流があり研修に来た事を告げると、それまでに感じていた緊張感というか警戒心が少し薄くなったのを感じる。お祖母さんはSNSなんて知らなかったが、流石にスペースシャトルや自動操縦の車を作っているマックス氏の事は知っていたようだ。名刺に書かれてる住所ももろにマックス氏の会社の敷地内だし、多少の信ぴょう性はあるだろう。
日本についての話しやテキサスに来ての経験など。まぁ仕事の事が主で話せない内容も多かったが会話を続けて、事業の中に配信事業――芸能系の仕事があるためオースティンの路上ライブを見に来たと告げ、ケイトが「カズヤのギターは凄かったの! お祖母ちゃんのピアノみたいに歌いやすかったわ!」と口にし、それにお祖母さんが「だからといってこんな夜に繁華街に1人で!」とケイトを叱り飛ばす。
隣に立つ百山さんがうんうんと頷いているが、今は少し大人しくしといてくれ。折角のスカウトチャンスなんだから。
「そういえば、ケイトさんは何故一人で路上ライブへ? これまではそう言った事はされていなかったようですが」
『……ええ、それは』
『お祖母ちゃんの病院代がちょっと足りないの! お父さんの年金だけだと、生活は出来ても病院代は賄えないからお金が欲しかったのよ。アイスクリーム売りもしてるけどそれじゃ全然足りないわ!』
『ケイト! お前、初めて会った人にそんな恥ずかしい事を』
『言うわよ! ねぇお祖母ちゃん、カズヤはイロリーと一緒にお仕事をする人なのよ? ここに来るまでに色々聞いたりしたけど、VVVは最先端の人工知能や映像技術の開発に携わってて、動画配信でも人気で! 私友達のスマホで見たことがあるの! アキラ・ツクモは世界一の科学者なのよ! そんな凄い会社の副代表が私の歌を凄いって! 素晴らしいって褒めてくれたわ! 両親も居ない、あばら家に祖母と二人暮らしをしてる私に、本格的に歌を勉強しないか、仕事にする気はあるのかって! 私、見込まれてるのよ! 私の歌は見込まれたのよ、カズヤに! カズヤが助けてくれればきっとお祖母ちゃんの治療費だって払える! 力を借りましょうよ!』
『だから、そんな事を初対面の人に!』
熱量というべきだろうか。初対面の時から、彼女から感じていた必死さの正体が見えた気がした。上昇志向もあるのだろうが、この熱量は家族を失うかもしれないという危機感の裏返しだ。彼女は冷静じゃないし、本来ならもっとよく考えるべきだと。良い大人ならばこんな子供の暴走に付け込むようなことはするべきではないのだろう。
ただ、俺の中のマネージャーがね。やっちゃえと唆してくるんだ。大チャンスだと。こんな極上の素材が“2人”も一緒に手に入るぞと、俺を誘ってくるのだ。
なら、まぁ、仕方ないよね。スカウト業は鬼が笑う世界なのだから。
「分かりました。マダムがおっしゃられる事は御尤もですが、お祖母さんのために行動するお孫さんの勇気と愛情に敬意を表したい。貴女の入院費用と当座の生活費は立て替えさせていただきます。もちろん返済はいりません」
『ミスターヤマザト! それは』
『え、カズヤほんと!?』
「ただ、その代わりに身体が治った後の1年間。1年間だけで良いので、お孫さんと“貴女”の時間を私に下さい」
そう口にして俺は彼女に右手を差し出した。
「弊社VVVの米国スタッフとして、是非貴女とお孫さんを雇用したいと考えています。ケイトさんの歌う才能と、そのケイトさんを育てた貴女のピアノ。それらが手に入るのなら、貴女の治療費やお二人の生活費なんてタダも同然だと私は考えています。了承を頂けるなら、握手を」
山里一也(男)26歳
視聴履歴
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