******第1話 一日目******
「おじさん、それ一つください。」
「はいよ、ちょっとまってな。」
時刻は昼。
ミッドチルダ クラナガンのメインストリートから一つはずれたこの道は現在、すごく混み合っていた。
ここが飲食街だからだ。
裕福なものはこの通りに面した高層ビルの上階へ。
一般家庭のものはそのビルの下階部分。
そして、小腹が空いたものはその通りに面して並ぶ出店で買い、食べていく。
その出店の一つにフードを深くかぶった少女がいた。
少女だと思うのはフードの中から綺麗な長い銀髪が流れているからだ。
「金は何で払う?」
おじさんは商品を手渡す前に袋を取り出す振りをして聞く。
あまり思いたくはないが、やはりこの世界にも食い逃げや盗みというのは存在する。
それを予防するため、不審な人にはこういう風にして支払い方法を聞くのが業界での暗黙の了解となっている。
「これで・・・」
そういって出したのは小型端末だった。
ごく一般に普及する情報端末。
お財布から電話、メール、そしてゲームまでを内蔵するものだ。
「ほらよ。」
少女にお弁当の入った袋を渡しておじさんも端末を出す。
触れるか触れないかの場所でピッと言う軽快な音と共に支払いが完了したことがわかる。
「ありがとうございました。」
頭を下げて立ち去ろうとする少女におじさんは声を掛ける。
「ちょっとまちな。」
少女は一瞬ビクッと肩を揺らしておびえる目でおじさんの方を向く。
「コレはおまけだ。」
そういって、袋の中にお茶と飴が放り込まれる。
投げ込まれたものを確認すると少女はほっと息をついて再び頭を下げ、立ち去った。
数分後。
「おやじ、ちょっといいか。」
店の前に全身を黒いスーツで固めた男が来る。
「はい、いらっしゃい。」
おじさんは一瞬、疑惑のまなざしを向けるがすぐに営業スマイルに切り替えて受け答えをする。
「すまないが、こんな少女を見なかったか。」
男が懐から出したのは写真だった。
数分前にこの店で買い物をしていった銀髪の少女の写真だった。
「はい、見ましたが・・・」
一瞬、少女のために嘘をつこうかとも考えたが、こういうやからには深く関わらない方がいい。
そう判断して素直に答える。
「どっちに行った?」
「あっちです。」
少女が去った方を指さすと男は頷く。
「そうか、協力感謝する。」
そういうと、男はだっと駆けていく。
その数秒後にはさっきの男と同じ格好をした人がぞろぞろとついて行く。
全員、黒服のスーツだ。
「・・・今日はもう帰るか。」
嫌な予感を覚え、早々に店じまいをするとオヤジはその場から帰っていった。
* * * * *
「こっちに行ったぞ!!」
後ろから男達の声が聞こえる。
張り裂けそうな心臓をなだめながらも懸命に私は走る。
右手に提げた袋が重く感じる。
しかし、コレを手放すわけにはいかない。
数少ない資金から買った今日から三日分のご飯。
いや、あのおじさんがおまけをしてくれたから四日分か。
とにかく、命に関わるものだ。
だから手放すわけにはいかない。
不意に前方横から後ろからとは別に走っている足音が聞こえる。
その靴の響きは規則的。
・・・管理局の人間だ。
このまま行くと、ぶつかって終わりだ。
ついこの間、危うく気を許して捕まりそうになった。
彼らはあの男達と・・・施設と繋がっている。
だから、信じてはいけない。
見えた横道に飛び込む。
がくがく震える足を叱咤してどこか隠れられそうな所を探す。
しかし、見あたらない。
それどころか、このまままっすぐ行くと正面には人混みが見える。
男達は他人を気にしないけど、私は気にする。
赤の他人を施設に関わらせてはいけない。
「・・・そうとも、いって、られな、いかな。」
後ろから迫り来る声に仕方なく私は正面に走り続ける。
なるべく早く横切って、また路地裏に入ろう。
そうすれば、この人混み。
ある意味では格好の隠れ蓑だ。
男達が横切っている間に私はどこかに隠れる。
そして、やり過ごす。
そう決めて、道に飛び出した瞬間だった。
「・・・っ!!」
「いたっ!!」
誰かに激突してしまった。
弾みで右手に持っていた袋が遠くに飛ぶ。
同時に左腕に激痛が走る。
「す、すみません。」
慌てて起き上がるとぶつかった相手を見る。
綺麗なお姉さんだ。
栗色の長い髪を後ろで一つに結んだ活発そうな人。
「大丈夫ですか。」
痛みをこらえながら右手を差し出す。
「はい、平気です。」
お姉さんは私の右手をつかんでヒョイと立ち上がる。
そして、私の顔を見て固まった。
「・・・あの?」
あまりにも凝視するので思わず顔を拭いて何も付いていないのを確認する。
「あ、あぁ、なんでもないの。それよりさ・・・」
お姉さんが何かを言おうとした瞬間、
「おい、こっちだ!!」
後ろから男の声が聞こえた。
私を追っている人たちだ。
「すみませんでした!!」
私は叫ぶと走り出そうとする。
しかし、
「えっ!?」
なぜか進めなかった。
よく見ると両手両足にバインドがかかっている。
魔法光はピンク。
慌てて女の人を見ると彼女はニコッと笑った。
「ちょっと静かにしててね。」
そういうと、彼女は私を壁際に引きずっていった。
突然のことに私は何も口に出せない。
男達が私の目の前に来た。
・・・おわりだ。
いくら何でもコレでは逃げようがない。
このお姉さんはこの人達の仲間だったのだ。
たまたまぶつかった相手が悪かった。
・・・運の尽きだ。
「おい、どっちにいった!!」
思わずつぶっていた目をその声で開く。
男達は私の目の前・・ほんの1mぐらいの所にいる。
なのに、私に気づいていない。
・・・いや、みえていない?
思わずお姉さんを見る。
すると、彼女はニコッとこっちを見てまた笑った。
とても綺麗な笑顔だった。
* * * * *
私はお姉さんになし崩し的に家に招待された。
いや、断ったんだけど聞く耳を持たないというか・・・
「もしここで別れるなら管理局の人を呼ぶよ?」
と私をバインドでしっかりと縛っておきながら笑顔でそう脅・・・コホンッ、言われたらむげには出来ない。
私はポケットの中にあれがあるのを確認しながらお姉さんについて行った。
「あ、自己紹介がまだだったね。私はなのは。高町なのはだよ。」
「高町 なのはさん・・・ですね。私は・・・」
一瞬本名を名乗りそうになる。
しかしもしかしたら、指名手配で私の名前が一般にも出回っているかも知れない。
今のところはそんな噂は耳にしないけど、気をつけるに越したことはない。
「私はアイナ・リーズリットです。あの、そろそろ私行かないと・・・」
本当はここでかくまってほしいけど、そんなことをしたらこの人に迷惑がかかる。
それに見た感じ、この家はこの人一人のものではない。
・・・少なくとも子供が一人はいるように感じる。
お姉さんの外見的に二十歳前後かと思ってたけど・・・もしかして既婚者なのかな?
「そう・・・アイナちゃんね。」
なのはさんがじっとこっちを見る。
「・・・な、なんですか?」
思わず、嘘をついたことの罪悪感から慌てる。
もしかして・・・嘘を言ってることに気づいてる?
けどそしたら私の本名と顔を知っていると言うことで。
・・・もしかして、管理局の人か?
いや、それなら何で私を管理局や施設の人からかくまったかが分からない。
「ま、いいや。それじゃぁ、お腹すいてない?」
「い、いえ、全然お構いなく。すぐにここも出ますので・・・」
そこまで言ったところで、
きゅ~~~っ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
お腹が鳴った。
慌ててお腹を押さえるがなった事実は消せない。
おそるおそる顔を上げると、なのはさんは苦笑を浮かべていた。
「こ、これは!!その、お腹がすいているというわけではなくて、あの、ただなったというか・・・」
「はいはい、ちょっとそこに座ってて。すぐになにかつくるから。」
赤面しながらのいいわけも通じず、彼女は奥のキッチンらしきところに消えた。
「はぁ・・・・」
思わず深く溜息をついてしまう。
『大丈夫ですか?』
不意に念話が飛んでくる。
若い女性の声だ。
私は肯定の意味を込めてポケットの中のものを握る。
『今のところ、周囲に怪しい人影は見あたりません。しかし、あの女は分かりません。』
『なのはさんね、シュー。』
声の主は私のポケットに入っている
愛称、シュー。
私が施設を脱走するきっかけとなった相棒だ。
『どうでもいいです。とにかく、警戒を怠らないようにして下さい。彼女は推定ですが、オーバーSランクの魔導師だと思われます。』
『Sランク・・・そんなにすごいんだ。』
『はい。ですが、これはいい機会かも知れません。今日はここで休んで明日の早朝に逃げ出すのが最高の案だと。』
『けどね・・・もしなのはさんが管理局や施設とつながってたら、リスクが大きすぎるよ。』
『そうですけど・・・自分の体のことも分かってますね。特に折れた左腕と持病のこと。』
『はいはい、目下左腕は治療中。簡単にはいかないけど、明日の朝には動かしても問題ないぐらいにはなるよ。』
『・・・そうですか。』
素っ気ない返答に思わず頬をゆるめる。
シューは出会った時からこうだ。
それどころか、死んでもかまわないと考えている。
けど、やっぱり心根は優しい。
本体のせいか頭が固いから私至上主義だけど、私が絡んでなければそこそこの優しさを見せる。
・・・あれ、最初といってることと違うかな。
まぁいいや、なんかそんな感じ。
彼女と出会ってからたったの数ヶ月だが、私にとっては最高の友達であり、パートナーだ。
・・・まぁ、私に友達と呼べる人なんていなかったんだけどね。
「嫌いな食べ物とかないよね?」
なのはさんができたてのサンドウィッチとオレンジジュースのお代わりを持ってくる。
「はい。多分平気だと思います。」
今までそんなにたくさんの種類の食べ物を食べたことはない。
施設にいた頃は栄養食のようなものばかり食べていたし、脱走してからは露店の弁当を三日に一度の割合で買って食べていたから、好き嫌いなんて言ってられなかった。
それに比べて、今はどうだろう。
こうやってゆっくりと周りを気にせずに食べられるなんて久しぶりだ。
それもこんなにおいしそうなものを。
「いただきます。」
「はい、召し上がれ。」
早速一つ手にとる。
そして、左手が使えないことを思い出す。
・・・どうしよう、右手だけで食べたら怪しまれる。
『はぁ、しょうがないですね。』
シューの声が聞こえたかと思うと、左手が急に軽くなった。
ゆっくりと持ち上げるが軽く痛みが走るだけで我慢できないほどでもない。
どうやら軽い飛行魔法と固定魔法をかけたようだ。
私は心おきなく一つつまむ。
「んっ!!おいしい!!」
左手の痛みなんて何のその。
ふんわりとしたパン生地の間にレタスと卵、そしてハムが挟まった簡単なもの。
けど、なぜかおいしい。
露店で食べたのも施設でのに比べれば格段においしい。
けど、このサンドウィッチはそんな次元のものじゃない。
味だけじゃなく何か・・・まぁ、いいか。
「・・・・・(はぐはぐ)」
思わず次々と手が伸びていつの間にか皿が空になっていた。
最後にジュースを飲んで、
「ごちそうさまでした。」
手を合わせてお礼を言う。
『・・・すごい食べっぷりでしたね。』
『うるせぇ~い、久しぶりに食べた上においしかったんだから。』
『そうですか。それならいいんですが。』
あまりの食べっぷりにシューのあきれた声が聞こえてくるが、そこは軽く流す。
「それじゃぁ、お腹も満たされたところで。教えてくれるかな、管理局の人におわれている事情。」
今までニコニコと私を見ていたなのはさんが、真剣な表情でこちらを見る。
いや、顔は笑っているが、目が真剣になったと言うべきか。
なるべく嘘はつきたくない。
彼女はおそらく好意でこんなことをしているのだ。
それを裏切るようなマネだけは避けなければ。
「・・・管理局におわれている理由は心当たりはありますけど、ないです。」
「・・・はい?」
私の言い方になのはさんが首をかしげる。
そうだろう、そうだろう。
だって私も行ってから意味わかんねぇ、て思ったもん。
『あんまり話してはいけませんよ。この人を巻き込むことになりかねないんですから。』
シューの警告を頭にとどめながらもぎりぎりぼかす感じで頭の中を整理する。
「その、管理局に直接おわれる理由は分かりません。けど、他のからおわれていて、そこが管理局に手を回したのであれば、理由にはなるかと。」
「・・・つまり、捜索要請によって管理局に探されているというわけね。」
「はい。」
「じゃぁ、その要請した人は誰?」
「・・・・・・」
そんなの施設の人間に決まっている。
私が逃げ出すことで実験に支障が出るどころか、どうかしたら中止になりかねないんだから。
けど、それを正直に言うわけにはいかない。
「・・・見当はつきますけど、それは・・・」
『マスター!!』
そこまで言ったところでシューがまた警告してくる。
『なに?別にまだ何も言ってないけど。』
『違います!!今、この人は・・・』
『なのはさんね。』
『・・・なのはさんは“要請した人”を尋ねました。“要請される理由”ではなくです。』
『・・・それが?』
『つまり、なのはさんは要請理由を知っていると言うことです。知らなければ普通、“どうして捜索されているの”ときくはずです。』
『・・・考え過ぎじゃない?』
『いえ、絶対に何か知ってます。』
『・・・なら、逃げますか。』
『はい。』
決まったのなら即実行。
「すみません、なのはさん。助けて頂いた上サンドウィッチまでごちそうになりました。」
「え、うん。」
突然の言葉にとまどう彼女。
けど、そのとまどいが今の私には必要だ。
「というわけで、すみません、さよなら!!」
それだけ叫ぶと、私はばっと部屋を出る。
来る時に進んだ廊下を駆け、見えた玄関の扉に手をかけ、開け・・・
「ただいま~、ママ!!」
「ただいま、なのは・・・って、キャッ!?」
・・・ようとして、扉が勝手に開いた。
しかも、ノブには手をかけていたので自然、引っ張られて体勢を崩す。
そして、
「うぷっ!?」
柔らかい感触が顔全体に広がった。
突然の出来事について行けず、頭が真っ白になる。
『マスター!!早く!!』
シューの声に跳ね起きようとする。
しかし、
「フェイトちゃん、その子しっかり捕まえてて!!」
「えっ?あ、うん。わかった。」
なのはさんの声に呼応して身を起こすよりも先に強い力で抱きしめられた。
抜け出そうともがくが、思いのほか力が強くなかなか腕が外れない。
思いっきり手を振ると左手からすさまじい激痛が走る。
「ちょ、ちょっと、あばれないで、その、あんっ・・・そんなはげしくうごかれたら・・・」
上の方から色っぽい声が聞こえるが、自分はそれどころじゃなかった。
「ほら、もう逃げられないよ。観念しなさい!!」
私の真後ろからなのはさんの声が聞こえる。
なにかいっているし、左手も痛いのだが・・・その、そんな場合じゃない。
「あん、だから・・・そんなに、うごかない、で・・・」
もがく。
必死にもがく。
生存本能によって、自然と体が動く。
しかし、ぬけられない。
ちょっと、もう・・やば、い・・・
「あれ、ねぇ、フェイトちゃん。アスナちゃんの顔が青くなってるよ。」
「え、うそ!?どうして!?」
「なのはママ、フェイトママ、息だよ息。フェイトママの胸で窒息してる。」
「あぁ・・・て、きゃ~~!!」
腕がゆるめられ、私は慌てて後ろに倒れる。
そのまま大の字に地面に転がると、息をゆっくりをつく。
あぁ、空気が美味しい。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ご、ごめんね、大丈夫?」
金髪の女性が私の顔をのぞき込む。
とても綺麗な人だ。
髪とは対照的な紅の暖かい瞳が心配そうに揺れている。
「はい、・・・・だいじょうぶです。」
ゆっくりと起き上がるとなのはさんがパンパンと背中をはたいてくれる。
そして、そのまま肩から手を離さずに、
「よし、なら中でゆっくり話そうか。」
逃げることは、かなわなかった。
to be continue...