多重世界の特命係   作:ミッツ

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プレイデータ 3

 杉下たちは和人と明日奈を連れてレクトの社員食堂へと移動した。さすが大企業の食堂というだけあって、内装は清潔感を持ちつつ凝った造りをしており、メニューも豊富だ。

 杉下は6人掛けの席に和人たちを座らせると、食堂の外の自販機で買ったジュースを二人の前に置いた。

 

「どうぞ、僕のおごりです。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 和人と明日奈はを緊張した様子で。二人からは少なからず居心地の悪さが感じ取れる。いきなり警察を名乗る人間から話を聞きたいと言われれば、二人が高校生であるのを抜きにしても仕方ない事だろう。

 そんな二人を安心させるように微笑むと、杉下は呼び出した訳を語り始めた。

 

「実は私たちは現在とある事件の捜査を進めています。その事件の被害者がSAO事件の生還者だという事でしたので、同じくSAO事件の生還者である桐ケ谷君に事件当時の様子についてお話を聞きたいと思ったんですよ。」

 

「ああ、そういう事だったんですね。」

 

 理由を説明され和人は漸くほっと息をつく。横に座る明日奈も同じく安堵した様子を見せる。それを確認し杉下は質問を開始した。

 

「まずはこちらの方をご存じないでしょうか?」

 

 そう言って杉下が懐から出したのは笹本の写真である。その写真をじっと和人は見ていたが、やがて顔を上げると首を横に振った。

 

「すいません。俺は初めて見る顔です。明日奈は知ってるか?」

 

「ううん。記憶には無いわね。」

 

「おや、その様子ですともしや明日奈さんも?」

 

「はい、SAOの中に居ました。でも、この人の顔には見覚えがありません。流石に1万人もプレイヤーがいましたから…」

 

 二人の回答はある程度予想できたものであった。運が良ければ二人と笹本が知り合いだったらと期待しただけであり、むしろ本命は次の質問にあった。

 

「では、SAO内でプレイヤー同士のトラブルにはどういったものがあったでしょうか?」

 

「トラブルですか?」

 

「ええ。仮想世界内というのはやはり現実世界とあらゆる点で相違があると聞いています。なにぶん僕たちはそちらの方面に疎いものでして、経験者の桐ケ谷君と結城さんには是非とも知恵を貸していただきたい次第なんですよ。」

 

「そうですねぇ…結構現実世界と同じようなトラブル、っていうか犯罪行為はありましたよ。喧嘩だったりアイテムの窃盗、結婚システムを利用した詐欺もありました。あとは…」

 

 和人はそこで言葉を言い淀み、悩ましげに眉間に皺を寄せる。その様子を見て杉下が声をかける。

 

「…どうかしましたか?」

 

「あ!いえ、大丈夫です。あとは、その…PKもありました…」

 

「PK…と言いますと?」

 

「プレイヤーキルの略で早い話がゲーム内で他のプレイヤーを攻撃して、体力をゼロにしてリタイヤさせることです。」

 

 和人の説明を受け、カイトは驚愕し思わず声を上げる。

 

「えっ!でも、SAO内じゃゲームの中でも死んだら…」

 

「はい、ゲームオーバーの瞬間、脳が焼き切られ現実でも死にます。」

 

 和人の言葉は経験者が語るだけに重みがあり、日常的に人の死と接する機会のある3人でさえ閉口するものであった。

 

「しかも、PKをすることを目的とする殺人ギルドの様な快楽殺人集団まで存在していて、かなりの数の犠牲者が出ていたはずです。」

 

「ちょっと待ってくれ!なんでそんな…」

 

 遂にカイトの理解が及ばぬ範囲にまで話が広がり、たまらず詰問するような口調で和人に詰め寄ろうとする。しかし、杉下と岩月が冷静にカイトの腕をつかむと、問答無用で椅子に座らせた。

 

「少し冷静になってくださいカイト君。桐ケ谷君たちに凄んだ処でどうにもなりませんよ。」

 

「あぁ、すいません。」

 

「それと、これは僕の私見ですが、やはりゲーム内という特殊な環境が彼らを殺人へと導かせたのではないでしょうか?彼らとしてはゲームで遊んでいるだけ。いくら言葉で人が死ぬと教えられたところで感覚として遊びの延長戦である以上、真の意味で人の死を実感する事は出来なかったのでしょう。」

 

「はい。俺が殺人ギルドの奴らと対峙した時もそんな感じでした。どこまでも遊び半分って印象で、殺し合いをしている時もあいつらは笑ってました。」

 

 恐らくその時の記憶が蘇ったのか、和人は苦しげに顔を歪ませる。明日奈はそんな和人の肩を持つと心配げに顔を覗き込み、何かを一言二言口にした。

 和人は明日奈の言葉に頷き返すと、ゆっくりと息を整え杉下の目を見据える。

 

「話を続けます。殺人ギルドに関してはプレイヤー間でも問題になったんです。だから、希望者を募って討伐隊を組織し、ギルドの拠点を襲撃したんです。それ以降、殺人ギルドはほぼ壊滅状態になって、目立った活動も行われませんでした。」

 

「なるほど。では、その殺人ギルドに所属していた人間以外でトラブルを起こした場合の処置は無かったのでしょうか?」

 

「ほかのプレイヤーを攻撃した場合、ゲーム内で表示されるカーソルがオレンジ色に変わるんです。そうなると、そのプレイヤーが犯罪を犯したことが周りにばれるんで街で買い物をしたり、チームを組む際に大きな障害になるんです。それに、あまりにも悪質なプレイをするプレイヤーはさっき言ったみたいに討伐隊や依頼を受けたプレイヤーに捕まってゲーム内にある牢獄に入れられるんです。」

 

「なんかそういう話を聞くと、現実世界とあまり変わりない気がするな。」

 

 カイトが感想を述べると、和人は首を縦に振って同意を示した。

 

「はい。2年間、あの世界で過ごしてきた俺たちにとってはあの世界はまさしく現実でした。衣食住を必要とし、ゲームオーバーは現実の死と直結する。SAOはゲームであっても、遊びじゃないんです。」

 

「ゲームであっても、遊びじゃない…ですか…」

 

 和人の言った言葉を杉下は自然と復唱する。その言葉はやけに杉下の耳に染みついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 警視庁捜査一課が表札を構えるフロアの喫煙室にて、芹沢はため息を吐きつつスマホを操作し、メールを打っていた。送り先は芹沢の彼女である。内容は最近仕事が忙しく構ってあげられない事に対して謝罪するものであった。

 もし、今回の事件が長引くようなら増々彼女の機嫌が急降下することは目に見えている。そう考えると芹沢のテンションもまた急降下する気分である。

 

「はぁ…どうにかなんねえかなぁ…」

 

 そんな、がっくりと肩を落とす芹沢のもとに近づいてくる人影があった。

 

「お疲れ様っす、先輩。」

 

「ん?ああ、何だカイトか。どうしたんだ?杉下警部に言われて捜査一課の偵察にでも来たのか?」

 

「そんなんじゃないっすよ。ちょっと先輩に見てもらいたいものがあって。」

 

 そう言ってカイトはポケットから2枚のチケットを取り出した。

 

「ん?なんだこれ?って、これ765プロの新春ライブのチケットじゃないか!しかもS席って…」

 

「たまたま伝手があってもらえたんすけどね。よかったら先輩に上げますよ。」

 

「え!?いいのかよ。これってなかなか手に入らないモノだろ。」

 

「まあ、貰い物ですし。それに先輩の彼女って菊池真ちゃんのファンですよね?やっぱりどうせ観に行くならファンが観に行かないと。」

 

「わ、悪いなカイト。でも本当に嬉しいよ。ありがとう。」

 

「いいですよ別に。んんっ!ところで一課の方はどこまで捜査は進んでますか?」

 

 先ほどとは打って変わって喜色を浮かべる芹沢の顔を確認し、カイトは咳払いをすると話を変える。

 その理由と手元にあるチケットの意味を察し、芹沢はカイトの腕をとって喫煙室の奥まで連れていく。そして、周りに人がいない事を確認すると、声を潜めてカイトの耳元で囁く。

 

「実を言うとな、笹本の死は自殺なんじゃないかって声が強くなってきてるんだ。」

 

「えっ!本当ですか!」

 

「ああ。どうやら笹本は就職に苦労してたらしい。2年間もゲーム内にいたうえに前職は派遣社員。その派遣会社もSAO事件を機に契約を打ち切られている。笹本の部屋からは書きかけの履歴書と企業からの合否通知が残されていた。まあ、結果はお察しだったけどな。」

 

 芹沢はタバコを取り出すと口に咥え火をつける。

 

「将来を考えると、どうしても正社員を狙いたかったみたいだぞ。前の派遣先もあと3か月も働けば正社員に昇格出来てたそうだしな。おまけに笹本は29歳。年齢的に焦りも出る。だが、過去2年の経歴はずっとゲームをしてきただけ。しかも寝たきりだったから体力も落ちるとこまで落ちてる。アルバイトさえままならなかったそうだぞ。そうこうするうちに、政府からのSAO被害者向け生活保障金の支給期限も終わろうとしてたんだ。

 就職もできない。補償金の支給も終わる。そうした現実に絶望し自殺したって意見が出てきてもおかしくないさ。」

 

「…でも確かに、その話を聞くと笹本は追い詰められてたって気がしてきますね。」

 

「そうだな。でもこれは笹本に限った話じゃないぜ。SAO事件の影響で生活基盤を失った人間はたくさんいる。元の職に復帰できた奴は余程環境に恵まれていたか、能力が秀でてた奴くらいさ。今こうしてる間にも自殺を考えている被害者はいるだろうよ。そういう人間にとっちゃSAOはまだ終わってないのかもな。」

 

 芹沢はそう締めくくると口から白い煙を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか、笹本さんはそのような状況にあったと。」

 

 カイトは特命係の部屋に戻ってくると、すぐに芹沢から聞いた話を杉下に報告した。部屋には岩月もおり、何やら機械をいじっている。そして、机の上にはアミュスフィアと現場にあったアミュスフィア用のソフトが置いてある。

 

「ええ。でも現場や被害者の状況から見ると、殺人の線は捨てれませんよね。アミュスフィアの出所もまだわからないですし。ってか、さっきから岩月さんは何やってるんですか?」

 

「現場で見つかったアミュスフィアをセッティングしてるんですよ。杉下警部から頼まれて。っと、これで終わりです。いつでも起動できますよ。」

 

「ありがとうございます。ではカイト君、さっそくですが装着してください。」

 

「えっ!?俺がですか?」

 

「はい。さあ、早く。」

 

 有無を言わせぬ杉下に押され、カイトは渋々と言った様子で渡されたアミュスフィアを頭に装着し椅子に座る。そして、ゆっくりと目をつむると小さく息をついた。

 

「…リンク、スタート。」

 

 その言葉と共にカイトの意識は仮想空間に落ちて行った。

 

 

 

 

 再び目を開いたカイトの眼前には真っ白な空間が広がっていた。そこには文字通り何もなく、床や天井の位置さえも定かではない。

 

「これが仮想空間。何にもないけどこれからどうしたら…って、いたたたたたたっ!」

 

 突如右手の項に痛みを感じ、カイトは叫び声を上げる。慌ててログアウトしようとするが、眼前に表示されるはずのメニュー画面はいつまでたっても表示されない。

 

「おい!どうなってるんだよクソッ!」

 

 悪態をつくも状況は変わらない。だが暫くすると右手の痛みは引いていき、目の前に広がっていた真っ白な空間は消え、カイトの眼前は一転して真っ暗になった。

 

 

 

 

「おはようございます、カイト君。気分はどうですか。」

 

 カイトが目を覚ますと、目の前には杉下がいた。その手には自分が装着していたはずのアミュスフィアが握られている。

 

「どうですかじゃないですよ!いったい何をしたんですか!」

 

「ちゃんとログアウトできるのか君の手の甲をつねって試してみたんです。その様子からすると、どうやら近くにいる人間が無理やり外す以外にログアウトする事は出来ないようですねぇ。」

 

「ああ、確かに。ゲーム内ではログアウトどころかメニューを開くことさえ出来ませんでしたからね。ていうか、確かめるんなら初めに言っといてくださいよ。吃驚したじゃないですか。」

 

 カイトが抗議すると杉下は小さく頭を下げる。

 

「これは失礼。しかしながら、これで被害者の死亡時の様子が分かってきました。おそらく笹本さんはカイト君と同じようにこのアミュスフィアを装着し、意識をゲーム内に閉じ込められていたのでしょう。その間に何者かが笹本さんの手首を切り、傷口を大きめのバケツなどを使って水に浸した。そして、笹本さんが失血多量で死亡すると死体を浴室まで運び、浴槽にバケツにたまった中の水を浴槽に入れ傷口を水に浸し、あたかも笹本さんが自殺したかのように見せかけた。」

 

「だとすると、被害者はゲーム内で状況も分からないままゆっくりと死んでいったわけですか。ひでぇ事をするもんだ。」

 

 カイトは当時の状況を想像し顔を歪める。杉下の仮説が正しいならば、被害者は想像できないほどの絶望と恐怖を味わいながら一人孤独に死んでいったことになる。その辛さはつい先ほど意識を閉じ込められ、苦痛を与えられるカイトには痛いほどよくわかった。

 

「あとはいったい誰がこれを被害者に装着させたのかですけど…」

 

「おっす、暇か?」

 

 重苦しい雰囲気が漂う中、それを割くように明るい声が特命係の部屋に響く。警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策5課の課長、角田である。

 

「はあ…課長今日はいったい何の御用ですか?」

 

「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。いやさ、なんか特命が柄にもなく暗いからさ。あっ!これってアミュスフィアじゃない!」

 

 角田は子供のような笑顔でアミュスフィアを手に取る。それを見かねてカイトが注意する。

 

「課長、それいま捜査している被害者の私物ですよ。しかも、重要な証拠品なんですから、丁寧に扱ってくださいね。」

 

「大丈夫だよ。週末はいつもこれで子供と遊んでいるからさ。おっ!これ、被害者が持ってたソフトかな?どれどれ…『拳聖』『ジャッジメント・ダークナイト』『イタミン2』『マン・イーター』、へぇー、どれもいいソフトだけど、なんか偏ってるね。」

 

「偏ってる?いったいどういう事ですか?」

 

 角田の言葉に引っ掛かりを感じ杉下が尋ねると、角田は嬉しそうに答えた。

 

「ん?ああ、ここにあるやつ全部徒手格闘アクションなんだよね。ゲームの中で実際に動いて自分の拳で戦うやつ。まあ、所詮ゲームだから殴られても実際に痛いわけじゃないんだけど。」

 

 角田の返答を聞き、杉下の脳裏にレクトの開発部で言葉がよぎる。

 

『やっぱり徒手格闘アクションは俺には難しいな。』『特に優秀なプレイヤーの場合は企業から報酬を貰ってプレイする事もあるそうですよ。』

 

「なるほど、そういう事もあり得るわけですね。」

 

 そう呟いた杉下の口許には小さく笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 




ゲームの元ネタが分かる人は多分結構な相棒ファン。
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