其れでも7話くらいで終わると思いますが。
角田課長から話を聞いた後、杉下たちはすぐさま岡部をはじめとするレクトのソフト開発チームについて調べ始めた。
それによって分かったのは次の通りである。
岡部たちは元々高校のゲーム研究会のメンバーであり、高校卒業後も大学は違えど関係は続いていた。
やがて、レクトの子会社に就職した岡部はその才能を存分に発揮しヒット作を次々と生み出し、ついには本社へと引き抜かれるようになった。その際、それぞれ別の会社に就職していた研究会のメンバーを呼び、結成したのが現在の開発メンバーである。
だが3年前、悲劇が起こる。当時メンバーであった浜中澄子と佐藤美月がSAO事件に巻き込まれてしまったのだ。
岡部たちは二人が返ってくることを信じ、会社に頭を下げて二人の席を残してもらい、いつ帰ってきてもいいように準備したのだった。
しかし、彼らの願いは半分しか叶わなかった。事件発生から2年が経とうとしていたある日、ついに佐藤はゲーム内で死亡し、現実の彼女も二度と目を覚まさなくなってしまったのだった。
浜中は何とか生還することが出来たものの、一人減ってしまった開発チームには暗い影が差してしまう。
それでも、無くなってしまった佐藤の為、彼女が作りたがっていた誰でも簡単にプレイでき、全員が笑顔となるゲームを作るために4人は再び前を向いて歩いていくのだった。
「というのが、先月発売されたゲーム専門誌で彼らについて特集した記事に書いてあったことです。」
「要するに、岡部さんたちはSAO事件で大切な友人を一人失っているというわけですね。」
カイトが資料として見つけてきた記事の内容を説明すると、杉下が紅茶を一口飲んでそれを纏める。
非常に完結に纏めてはいるが、笹本と岡部たちの開発チームを結び付けるうえで非常に重要な情報である。
「加えて、笹本さんは定職に付けなかったにも拘らず、ここ最近何本もゲームソフトを購入していた。それも、徒手格闘アクションに限定してです。そして岡部さんたちが開発しているゲームも徒手格闘アクションだとすると、偶然の一致にしてはあまりにも出来すぎてますねえ。」
「ええ。例えば、テストプレイヤーをやってほしい。上手にできたら今後も仕事として依頼したいと言われたら、就職に困っている人間ならすぐに飛びついてしまうかもしれませんよね。」
「そうして特殊な改造を施したアミュスフィアを付けさせ、笹本さんを殺害する。恐らく、前もって家を訪問することを知らされていたでしょうから、笹本さんも座布団やお茶請けを用意していたのかもしれません。
しかし、それは犯人にとって笹本さんを自殺に見せかけるには不都合なものだった。なので、殺害後に犯人はそういったものを片付けようとしたのでしょう。ところが!」
「現場の押し入れは被害者が物を押し込みまくってた所為で開けると雪崩が起きるようになっていた。当然犯人は慌てて現場を片付けようとするが、誤って自分が持ってきたアミュスフィアを押し入れに入れ、被害者のアミュスフィアを持ち帰ってしまったってわけですね。」
「恐らく、そういう事でしょう。」
事件の全容が一気に広がりを見せ、杉下とカイトは興奮したように捲し立てる。だが、一通り推理を並び立てると一転して冷静な面持ちになる。
「あとは証拠だけなんですけどね。」
「犯人がいまだに笹本さんのアミュスフィアを持っていればいいのですが、事件からすでに1週間以上経過していますからあまり期待は出来ないでしょうねぇ。」
ここにきて、事件発覚が遅れたことが重く響いてくる。初動捜査の段階で犯人に証拠を隠滅する時間を与えてしまったのは捜査において大きな痛手だ。
「あるいは、笹本さんと岡部さんたちのチームが接触を持っていた証拠さえあれば、そこから突き詰めていくことも可能かもしれません。できれば何かしらの記録媒体に残っていれば尚良いのですがねぇ。」
「記録…そうだ!記録ですよ、杉下さん!」
杉下の言葉が切っ掛けとなり、カイトの脳裏にある考えが浮かんだ。カイトは喜々としてその考えを語る。
「岩月さんが言ってましたよね?ナーヴギアはすべて回収されたって。それはつまり、ナーヴギアに記録されているプレイデータも一か所に集められてるって事じゃないですか。その中から笹本のプレイデータを見つけることが出来れば、笹本と死んだ佐藤さんの繋がりお見つけられるかもしれませんよ。」
「なるほど。君にしてはなかなか目の付け所がいい。」
「それって誉めてます?」
「ええ、大いに。確かナーヴギアの回収はレクトが主導して行っていたと記憶しています。なのでSAOの個人のデータ管理もレクトが行っているのではないかと。」
「流石にアポなしデータを見せてくれって言っても直ぐには通らないでしょうね。杉下さん、俺が今からレクトに問い合わせてきます。」
「お願いします。」
思い立ったら吉日とばかりにカイトはすぐさま行動を起こし、レクトへと問い合わせの電話を入れた。
それからきっかり1時間後、特命係は刑事部長部長の呼び出しを受ける事になる。
「貴様ら、凝りもせずまた余計な事をしているようだな。何度言わせれば気が済むんだ!」
厳つい顔を此れでもかと憤怒に染め、内村刑事部長は吐き捨てる。その様子から、今回ばかりは口答えをしない方が賢明だと判断し、杉下とカイトは口を噤む。ついでに神妙な表情を作り、目線を僅かに下げることで反省してますアピールをする。
「しかもよりによってSAO事件のプレイデータが見たいだと。今更あの事件に関わろうとするなど正気とは思えんな。」
「いや、別に俺たちはSAO事件について調べようとしたわけじゃ…」
「黙れ!貴様らが余計なことに首を突っ込んで後味のいい結果に終わったことなど無いんだ。これ以上警察の看板に泥を塗るようなことをするなら、二度と警視庁の敷居を跨げないようにしてやるぞ!」
「…了解しました。SAO事件に関しては今後一切調べない事を誓います。」
「当たり前だ。貴様らはおとなしく特命に引っ込んでいればいいんだ。わかったならすぐに帰れ!」
内村の怒声にはじき出されるような形で、杉下とカイトは刑事長室を出て行った。それを見届けると、内村は疲れた様子で背もたれに背中を預けると天井を見上げ額に手を当てた。
「まったくあいつらは…なぜ今になってSAOに関わろうとするんだ。」
うめき声にも似た呟きを漏らす内村を労わるように、傍で成り行きを見守っていた中園が声をかける。
「心中お察しします。恐らく特命は現在扱っている事件を捜査する過程でSAO事件に関わっているだけで、あの事件の闇の部分を捜査しているわけではないかと…」
「だから放って置いても大丈夫とでもいうつもりか?冗談じゃない。もし特命が何らかの手違いであの事件の闇を知ってしまったらどうする?下手をすれば、杉下はあらゆる手を使って真実を公表しようとするぞ。」
そうなれば、上層部の何人が首を飛ばさなければいけなくなるか想像が出来ない。首が飛ぶだけならまだいい。最悪の場合、警察の威信がひどく傷つけられ、社会に大きな混乱を呼ぶ恐れもある。
そうならない為にも早めに対策をとっておいた方がいい。そう決断した内村はとある警察幹部に一報を入れるべく、据え置きの電話を手に取った。
一方、逃げるように刑事長室を後にした特命係は自分たちの部屋に戻ってきていた。取りあえず飲み物を用意すると、話題は自然と先程のやり取りに関したものとなる。
「それにしても、あんな怒った本部長を見るのは久しぶりでしたね。確かにSAO事件は警察にとって苦い経験ですけど、あんな怒るもんかなぁ?」
「ええ、いささか反応が過剰な気もしましたねぇ。あの方はSAO事件に関してはあまり関わっていないはずですが。」
「まぁ、それは置いておくとして、どうします?これじゃあレクトを通してプレイデータを見るなんて、とても無理そうですけど。」
「そうですねぇ。調べる方法はあるにはあるんですが…正直に言うとあまり使いたくない方法なんですよ。ですがこの場合は、致し方ないでしょう。」
そう自分に言い訳するような物言いをすると、杉下は携帯を取り出し何事かを調べ始めた。
西東京市某所に門を構える高等専修学校、その正門の前に特命係は佇み、目的の人物を待っていた。
やがて目的としていた人物は都合よく二人そろって校舎から正門に向かってくる。時刻は午後5時。彼らが学生であることを考えれば下校途中である事は明白であり、特命係もそれを予想してここで待っていたのだ。
やがてその2人連れ、桐ケ谷和人と結城明日奈は杉下たちに気づき目を丸くする。
「お疲れ様です、桐ケ谷君、結城さん。学校の方はもう大丈夫ですか?」
「はい。今はもう放課後です。それよりも刑事さん、今日もまた聞き取りですか?」
「ええ、そのようなものです。しかしながら、本日要件があるのは、そちらにいる結城さんです。」
「えっ!私ですか?」
まさか自分には話を振られると思っていなかったのか、明日奈は目に見えて動揺している。
「はい。取りあえず、立ち話もなんですので少し場所を移動しましょう。」
杉下たちは和人と明日奈を伴い、学校からほど近い喫茶店へと入る。入り口から一番離れた人目に付かない席へ座ると、定員に飲み物を頼む。ほどなく注文したものが届くと、和人たちに遠慮なく飲むように促し杉下は話を始める。
「以前お話ししたように僕たちは今、SAO事件の生還者が亡くなった事件を調べています。調べていくに連れ、この事件は殺人であり、SAOでの出来事が事件のきっかけになった可能性が高いことが分かりました。」
「SAOがですか?」
「はい。ですので、被害者のSAOでのプレイデータを調べ事件解決の糸口にしたいと考えているのですが、どうやらプレイデータを閲覧するのは非常に難しいと云う事でして。そこで、前CEOの娘さんである明日奈さんのお力をお借りして、何とかプレイデータを閲覧する事は出来ないでしょうか?」
プレイデータを管理している会社の縁者を頼ってデータを見せてもらう。このような手段、頻繁に違法捜査ギリギリを攻める杉下でさえ、なかなか使わない方法である。
それだけ、今回の事件に関してプレイデータが重要になると杉下は判断しているのだろう。
しかし、彼の申し出に対して明日奈は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません。流石に私でもそこまでのことは…そもそも、父は既にCEOの職を辞してますので。」
「…そうですか。こちらこそ無理なお願いをしてしまい、申し訳ありません。」
「い、いえいえそんな。刑事さんの何としても事件を解決したいって思いは理解できますし…」
自分よりかなり年上の男性から頭を下げられ明日奈は恐縮する。
一方で杉下は手詰まり感を感じていた。もともと成功率は高くないと見ていた方法だけにショックは大きくないが、それでもプレイデータを得られないとなると捜査の難易度が高くなることは容易に想像できる。
今後はどう動いたものかと思案を巡らし杉下が紅茶を口にすると、二人のやり取りを見ていた和人が口を開いた。
「なぁ、明日奈。ユイに頼んだら何とかなるんじゃないか?」
「ユイちゃんに?ああ、それなら確かに。」
和人の提案を受け、明日奈の声色が明るくなる。その会話の中に出てきた新たな人物についてカイトが尋ねる。
「和人君、そのユイちゃんってのは?」
「えーとですね。ユイってのはまぁ、俺と明日奈の娘です。」
次の瞬間、杉下は人生で初めて口から紅茶を吹き出すことになった。