多重世界の特命係   作:ミッツ

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今期の相棒、今週やっと腰をついてじっくり見ることができました。
年末も忙しいけど、新春スペシャルは何とか見たいなぁ・・・


プレイデータ 5

 カウンセリング用人工知能・MHCP001は、完全なる無人管理を目指したSAOにおいて、プレイヤーの精神面をサポートする為に製作された人工知能である。

 MHCP001は人工知能でありながら明確な感情を持ち、自分の意思によって行動するなど、従来のAIシステムとは大きく違った特徴を持つ。

 これは、人間の手に寄らずプレイヤーの精神ケアというデリケートな作業をするうえで、より人間の感情を理解することを必要とし、機械的な判断に頼らないようにする為だったといわれている。

 また、プレイヤーの感情を通しMHCP001に人間の感情を学習させ、人間的な成長をさせようと試みでもあった。

 だが、SAOガデスゲームと化すとMHCP001はシステムからプレイヤーに接触することを禁止され、その行動を大きく制限されるようになる。

 そして、SAOのクリアによるゲーム世界の崩壊により、MHCP001もそれに引きずられる形で消えていった。

 こうして、世界で最も人間の感情を理解し、人間よりも人間らしくなれる可能性を持った人工知能は、世間に日の目を見ることなく、人知れずその役目を終えた。

 そのはずだったが…

 

「その、MH何ちゃらってのがこの中にいるのか?」

 

 カイトは目の前のデスクに置かれたパソコンを眺めながら和人に聞く。

 場所は桐ヶ谷和人の自宅。その2階にある和人の自室に特命係と明日奈は招かれていた。

 

「正確にはMHCP001。まぁ、俺たちは愛称のユイって方で呼んでるんですけど。」

 

「ふーん。でもさっきは驚いたよ。いきなり子供がいるって言うんだからさ。まさかパソコンの中の娘だったとは。」

 

「しかしながら、本来なら消滅したはずの人工知能が、どうして和人君のパソコンの中にあるんでしょうかねぇ?」

 

「いや、そこはいろいろと事情があったというか…話すと長くなります。」

 

 詳しく話そうと思うと恋人との馴れ初めやゲーム内での生活までに話が及ぶため和人は言葉を濁す。いくら相手が警察とはいえ、自身の新婚生活まで話すのは気が引ける。和人だって思春期なのだ。心なしか、そばに控える明日奈もほっとした表情をしている。

 

「たぶんユイならレクトのシステムにもうまく入り込んで、プレイデータも捜すことができると思いますよ。」

 

「そうかい。確かにユイちゃんが優秀なのは理解できたし、その作戦は非常に魅力的ではあるんだけどなぁ。」

 

 カイトは困ったように渋い顔を見せる。

 和人が言うように電脳上の住人、それも世界で最も優れた人工知能といってよいユイならレクトの管理システムに侵入することはたやすいかもしれない。しかし、それは…

 

「下手したらハッキング。いいえ、この場合は違法捜査といっても過言ではないでしょう。」

 

「…さっき経営者の親族に父親の会社のデータをもってこいってお願いしようとしたのは誰でしたっけね?」

 

「おや?僕はただ、データを見せていただけないものか、掛け合ってもらえないか頼んだだけですが?」

 

 今までの自分の行いを棚に上げた上ですっ呆けてみせる杉下。カイトはそんな上司に呆れを通り越して尊敬の念さえ覚えていた。

 

「でも、こうする以外にプレイデータを見ようとするなら、手段は限られてくると思いますよ。」

 

「そして、その手段は今の僕たちではとても行うことはできない。ところで、高校生がたまたま何かの間違いでとある企業が管理しているデータを見つけてしまい、それをたまたま遊びに招かれていた僕たちが後ろから見てしまっても、それは偶然の産物でしょうねぇ。」

 

「いいんですか?未成年の犯罪を黙認して?」 

 

「被害届を出されなければセーフです。」

 

 そんな無茶な、と思いつつもカイトも和人を頼る以外に有効な策がは思いつかない以上、懲戒覚悟でこの策に乗るほかない。

 というより、ここで自分が止めたところで杉下が止まらないことなど、当の昔に学習しているのだ。

 

「じゃあ、いきますよ。リンクスタート。」

 

 その言葉とともに、和人は意識を電脳空間に落としていった。

 

 

 

「終わりました。もうすぐデータが届くはずです。」

 

 和人がリンクスタートさせてから30分ほどたったころ、和人は目を覚ましナーヴギアを頭からはずしながら特命係に言った。

 

「ありがとうございます。しかし、我々から頼んでおいてなんですが、本当に大丈夫だったんでしょうか?」

 

「ええ。ユイの話じゃ管理システムのセキュリティはそこまで厳しくはなかったし、システム自体がSAOを流用している部分もあったんで入りやすかったみたいです。もしばれても、明日奈の親とは面識があるんで上手く言えば見逃してくると思います。いや、むしろセキュリティに問題があることを教えてあげたほうが…」

 

 そう言って、和人は顎に手を当てながらか明日奈の両親への対応を考え始める。

 すると、和人のパソコンからメッセージの着信を知らせる音がなる。それに気づいた和人はいったん思考をやめパソコンへと向かう。

 

「よし、ちゃんと入手できてる。ちょっと待ってください。データを展開します。」

 

 そういってキーボードを操作すると、まもなく画面上に箇条書きにまとめられた笹本、プレイヤー名 サッサのプレイデータが表示される。

 それを確認し、杉下とカイトは内容を読もうと画面に食い入るように見つめ始める。しかし、ここで2人は大きな問題に直面することになる。

 

「……杉下さん。」

 

「はい。」

 

「なんか、見慣れない横文字ばっかりで正直意味不明なんですけど…」

 

「……同じく。こうも専門用語が多いと流石に内容を理解するには骨が折れます。」

 

 ネトゲ初心者の特命係にとって、それはあまりにも予想外の難題だった。

 一般社会では使わないような単語のオンパレード。プレイヤーと場所の名前でさえ判別がつきにくい。アイテムの効果など想像すらつかない。

 これが2年分なのだから杉下でさえ額に脂汗をかいてしまうのは致し方ないだろう。

 それを見かねたのか、和人が助け舟を出す。

 

「あの、とりあえずは俺が見ていって、おかしなところがあったら刑事さんたちに報告しますけど?」

 

「是非、お願いします。」

 

 迷いはなかった。このまま特命だけでやっていたらいつまでかかるかわからない以上、生還者である和人を頼るという選択肢しかなかった。

 民間人、それも未成年を頼りっぱなしという現状に情けなさを覚えるも、そこは捜査のためと割り切るほかない。

 画面とにらめっこを始めた和人と明日奈を横目に、手持ち無沙汰の特命はおとなしく座って待ってるほかなかった。

 

 

 

 

 

「あれ?これって…」

 

 和人がそれに気づいたのは、作業開始から1時間半が経過しようとしていたころである。

 その声に反応し杉下とカイトは和人の下に来ると、肩越しに画面をにらむ。

 

「何か見つかりましたか?」

 

「はい、ちょっと気になることが。このサッサってプレイヤーなんですけど、たまに他のプレイヤーとコンビを組む事があるんです。で、そのとき決まって『痺れ薬』と『モンスターフィード』を用意してるんです。そして、コンビを組んだプレイヤーはみんなモンスターに殺されてる…」

 

 和人が示すとおり、画面には『痺れ薬を1つ、モンスターフィードを3つ購入』と表示された項目がある。

 

「痺れ薬ってのはなんとなく想像できるけど、このモンスターフィードってのは?」

 

「モンスターの出現率を上げるアイテムです。ゲーム上ではモンスターが好む匂いを出して近くにいるモンスターを集めるもので、主にレベルを上げるために使ってます。けど、このサッサって奴は採取クエストにこのアイテムをわざわざ用意して持っていってるんです。」

 

「本来なら必要のないアイテムを用意し、そのときに限ってコンビを組んだ相手がモンスターに襲われてリタイアする。桐ケ谷君、君はこれをどういうことだと思いますか?」

 

 杉下の質問に和人は顔を険しくすると、おもむろに口を開いた。

 

「たぶん、このプレイヤーは別のプレイヤーを採取クエストに誘い出してコンビを組んだんだと思います。そして、フィールドに出ると理由をつけて飲食をさせます。けれど、そのとき相手に渡した食べ物や飲み物には痺れ薬を入れていたんだ。痺れ薬で相手が動けなくなるとアイテムを使ってモンスターを呼び出す。そして!」

 

「痺れ薬で動けなくなったプレイヤーはなすすべなくモンスターに殺されて、笹本は自分の手を汚さずにプレイヤーキルができるってわけか…クソッ!なんて酷い事をしやがるんだ。」

 

 自分で直接手を下さず、モンスターに相方を殺させる。相手プレイヤーは信じていた相手に裏切られた上に、何もできない絶望に苛まれ命を落とす。カイトでなくても憤りを覚える、あまりにも悪辣なPKといえよう。

 

「和人君の推測が正しいなら、笹本さんは意趣返しにあったともいえますねぇ。」

 

「え?」

 

「笹本さんも精神をゲーム内に閉じ込められ、何もできないままゆっくりと殺害されました。痺れ薬で動けなくなり、じっと自分が死ぬのを待つしかなかったプレイヤーと状況が酷似してます。」

 

「そういえば…ってことはもしかして!」

 

 そう叫ぶとカイトはマウスを取り、画面をスクロールさせる。やがて、カイトの目にあるプレイヤー名が止まる。

 

「杉下さん、これを見てください!笹本とコンビを組んで死んだプレイヤーにムーンってプレイヤーがいます。これって、あの記事に載ってた佐藤美月さんのプレイヤー名じゃないですか!?」

 

 もし仮にカイトや和人の推測が全てあっているならば、岡部たちの開発チームには動機があった。高校以来の親友を無残に殺されたという動機が…

 

 カイトの言わんとすることを杉下はすぐさま察した。

 しかし、どうしたわけか杉下は画面から眼を離すとじっと虚空をにらんでいる。

 

「…桐ケ谷君。もう一度先ほどの購入履歴を見せてもらってもいいですか?」

 

「は、はい。」

 

 和人が画面をスクロールさせ元の場所まで戻すと、杉下はそこに書かれてある文言に目を走らせる。

 

「……やはり妙ですねぇ。」

 

「え?何がですか?」

 

 訳も分からず、カイトが質問するが杉下は答えを返さない。逆に杉下は和人のほうへ顔を向ける。

 

「和人君、もう一人ある人物のプレイデータを入手してほしいのですが、ユイさんにお願いしてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 杉下の頼みに、和人は違和感を感じながらも従う。

 やがて、和人のパソコンにユイから新しいプレイデータが送られてくると、杉下は和人に変わり椅子に座り自らパソコンを操作しプレイデータを読んでいく。

 そして、ある一点に目を留めた。

 

「…やはり、そうでしたか。しかしこれが事実だとすると。」

 

「あの、刑事さん。大丈夫ですか?」

 

 ただならぬ杉下の様子に明日奈が声をかけるが杉下はそれに答えない。だが次の瞬間、突然椅子から立ち上がると、和人に向かって掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄った。

 

「桐ケ谷君!もうひとつだけ、ユイさんに頼んで調べてほしいものがあります。」

 

「は、はい!それっていったい…」

 

 和人の問いに対する杉下の答えはその場にいた者を困惑させるものであった。それに何の意味があるのかと。

 しかし、それは15分後にユイからもたらされた新たな記録によって解明される。

 あまりにも残酷な真実として・・・

 


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