多重世界の特命係   作:ミッツ

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 スーパー右京さんタイム、はじまるよー


プレイデータ 6

 レクト本社ビル 開発部門研究室には岡部を筆頭とする若手開発チーム4人、和人と明日奈、そして警視庁特命係の杉下とカイトがいた。

 重々しい沈黙が流れる中、杉下は咳払いの一つし、一歩前に進み出ると7人分の視線を浴びながら、おもむろに口を開いた。

 

「今回の事件の発端はムーンこと佐藤美月さんの死でした。SAOで彼女は何者かの罠に掛かり、モンスターによってゲームオーバーに追い込まれています。あなた方は会社で管理されているプレイデータから、佐藤さんを罠に嵌めたのはサッサこと笹本正一さんだと判断し彼を自殺に見せ掛け殺害したのですね。」

 

 杉下の問いかけに対し、岡部達は誰一人口を開かず、目線を合わせようとしない。

 だが、杉下は反応が無いのを気にした素振りを見せず、話を再開する。

 

「殺害の動機は言うまでもなく復讐です。笹本さんが就職に難儀しているのを知ったあなた方はテストプレイヤーにならないかと笹本さんを誘い、実際にプレイしている様子が見たいとでも言って笹本さんの部屋に入った。そして、改造を施したアミュソフィア装着させ、笹本さんに抵抗出来ないようにすると、手首を切り傷口を水につけ失血死させ自殺に見えるように細工を施した。

 この殺害方法からも笹本さんに対する貴女方の憎しみが垣間見れます。わざわざ失血死という殺害方法を選んだのは、何も出来ないままに死なざるを得なかった佐藤の絶望を笹本さんにも味会わせるためですね。」

 

「…刑事さん、あなたが私たちを疑う理由はよく分かりました。僕が刑事さんと同じ立場なら、その推理に同意していたかもしれません。」

 

 杉下が一息ついたのを見計らい、岡部が椅子から立ちながら声をあげる。

 

「ですが、まだ重要な点が抜けています。証拠はあるんですか?僕らが笹本とかいう男を殺害したという証拠は。」

 

 岡部は仲間達を守る様な形で杉下の前に立ち塞がる。その行動が彼の人となりを表していた。

 思えば特命係が岡部達と初めて出会った時もそうであった。あの時岡部は警察が来たことで動揺する仲間の様子を悟られぬように、岡部は自分から杉下達に歩みより、注目を自分に集中させたのだった。

 そして今回も、岡部は自らが先頭に立ち、杉下の追求を交わそうとしていた。

 

「証拠が必要でしょうか。」

 

「当然でしょう。証拠が無い以上、僕らが殺人を犯したという証明にはならない。あなたの推理は状況証拠に基づいた推測の域を出ないのですから。」

 

 挑発的とも言える岡部の言葉を受け、杉下はスッと瞼を閉じる。

 そして、再び目を見開くとキッパリと言い放った。

 

「証拠はありません。ですので、自首していただきますと助かります。」

 

 

 

 

 

 研究室に沈黙が流れる。

 誰一人として杉下に言葉を返す者はおらず、ただただ杉下の発言に困惑していた。

 すると、杉下の正面に立つ岡部が絞り出すかのようなか細い声で問いかけた。

 

「刑事さん、証拠は無いと言いましたか。」

 

「そう言いました。」

 

「自首しろとも?」

 

「そうお願いします。」

 

「…ふざけているんですか?」

 

「いいえ、いたって大真面目です。」

 

「いい加減にしろ!」

 

 突如、岡部が大声をあげ、憤怒に染まった目で杉下を睨み付ける。

 

「あんた達が…警察がそんなんだから…」

 

 沸き上がる激情を抑えつけるように自分の胸ぐらを掴む岡部の表情は、憎悪にまみれながらも、どこか泣きだしそうでもあった。

 

「刑事さん、なぜ仮想世界の犯罪は罪に問われないんですか?現実の出来事ではないからですか?どんなに不当な理由だろうと被害者は泣き寝入りするしかないんですか?それじゃあんまりだ。二度と目を覚まさなくなった人がいるのに、犯人は罰を受けずのうのうと生きている。そんなの許されない。許されていい筈がない‼」

 

 岡部の慟哭はSAOで親しい人を失った者達の無念を代弁するものだった。

 杉下とカイトはそれを黙って聞き入っている。カイトが隣を確認すると和人と明日奈が悲痛な表情で俯いていた。

 

「刑事さん、貴方達が今の発言で俺を逮捕しようとするならすればいい。俺は戦います。戦って戦って、世間に教えてやるんです。人の命を平気で弄んだ奴らがこの国では野放しになっていると。そして、そいつらを殺してやりたいと思っている人間が大勢いると。」

 

 そう宣言する岡部の瞳には一切の揺らぎはない。

 彼の燃え上がる様な漆黒の怒りは、警察官であるカイトでさえ胸を熱くせざるを得ないものがあった。

 だからこそ、カイトは余計に岡部の事が不憫に思えた。これから自分達が明らかにする真実は、確実に彼を絶望に追いやるものであると容易に想像がつくからだ。

 だがそれでも、真実を告げない訳にはいかない。警察官である以上、真実から目を反らす事は出来ない。何より、この期に及んで正体を隠し続ける黒幕を、これ以上許しておくわけにはいかなかった。

 

「岡部さん、貴方に見てもらいたい物があります。」

 

 そう言って杉下が取り出したのは笹本のプレイヤーデータの写しであった。

 岡部達はそれを見て怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「恐らく、貴方はこれを見て笹本さんが佐藤さんを罠に嵌めたと判断したのでしょう。しかし、このデータには些か不自然な点が見受けられます。」

 

「不自然な点?」

 

「ここを見てください。アイテムの購入数を示す数字が全角で書かれています。」

 

 杉下のいう通り、写しには痺れ薬の購入数が『1』と全角で書かれている。

 モンスターフィードも同様に『3』と全角で書かれていた。

 

「こういった記録を書面に記す場合、数字は半角で記載する事が一般的です。事実、他のプレイヤーのデータの数字は半角で書かれていましたし、笹本さんのデータも一部を除いてほとんどの数字が半角でした。」

 

「確かに不自然ですけど、それがどうしたって言うんです。記録担当者が間違っただけでしょう。」

 

「人の手によるものならば間違いは有り得るでしょう。しかし、SAOは完全な無人管理を目指したゲームでもあり、プレイデータの記録も機械が自動で行っていたそうです。このような初歩的なミスを機械がするとは考えにくいですねぇと、するならば考えられるのは誰かの手でプレイデータが書き換えられた可能性です。桐ケ谷君と結城さんの協力を得て調べてみたところ、同じようにデータが書き換えられた痕跡がある人物が2人いました。1人はサッサこと笹本正一さん。もう1人はスミアこと浜中澄子さん、貴方です!」

 

 杉下がそう言って指を指した先には体を縮ませ震える浜中がいた。

 

「浜中さんの本来の職務はデータ管理ですね。当然、会社が管理する様々なデータを目にする機会もあり、ともすればデータの改竄も出来る立場にあった筈です。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい刑事さん。いきなり何を言い出すんですか?澄子がデータを改竄した?いったい何の為に…」

 

「佐藤さん殺害を笹本さんの犯行に見せ掛ける為です。なぜなら、浜中さんこそ佐藤さんを殺害した真犯人だからです。」

 

 杉下の発言に岡部は声を失う。それに構わず杉下は浜中の元に歩み寄ると、厳しい声色で彼女を詰問する。

 

「浜中さん、貴方は佐藤さんをフィールドに誘い出し痺れ薬を飲ませ、モンスターに彼女を殺させた。その現場を笹本さんに目撃されたんです。しかし、笹本さんはこの事を誰にも言わず、自身の胸の内に沈め、ゲームクリアを迎えました。現実世界に戻った笹本さんは就職に行き詰まり、将来に大きな不安を感じていました。そんな時、彼はゲームの専門雑誌で岡部さん達の開発チームの記事を発見したんです。そこには、あの現場で目撃した浜中さんと佐藤さんの顔写真と名前が掲載されていました。それを見た笹本さんの胸中に黒い感情が芽生えたのではないでしょうか?自分は定職に就けず将来の展望も定かでないのに、ゲーム内とはいえ殺人を犯した人間が順風満帆な人生を歩んでいる。そう思った笹本さんは自分が目撃した事をネタに貴方を脅迫しようとした。」

 

「もしかすると、笹本さんが要求したのは金銭等ではなく、レクトでの仕事を紹介して貰うことだったのではないでしょうか?彼は即物的なものではなく、将来にわたる安定を求めていました。しかしながら、一社員でしかない貴方には採用人事などどうしようもない。何より、友人を殺害した事実を知る笹本さんをそのままにしておく訳にはいかなかった。よって貴方は笹本さんを殺害する決断をしたんです。ですが笹本さんは大柄な男性。女性1人の手で殺害するには手に余る。だから貴方はプレイデータを改竄し、笹本さんを佐藤さんを含めた多くのプレイヤーを殺害した凶悪犯に仕立て上げた。それを岡部さん達に見せる事で彼等の心に復讐の炎を灯したんです。そうして貴方は笹本さんを自殺に見せ掛け殺害し、真実を闇に葬り去る協力者を得た。」

 

「勝手な事を言わないで!」

 

 それまで黙っていた浜中が目を血走らせ杉下に怒鳴りつける。

 

「さっきから聞いてればいったい何なの?私が美月を殺した?岡部君達を騙して殺人に協力させた?あり得ないわ。適当言ってるんじゃ無いわよ‼」

 

「適当に言った訳ではないんですがねぇ。僕なりに熟考した結果、この推理に行き着きました。」

 

「ふん!だったら証拠を出しなさいよ!私が美月を殺したって証拠を!どうせまた、証拠もなしに…」

 

「分かりました。カイト君、例のものを。」

 

 浜中の発言を遮り、杉下は素早くカイトに指示を出す。カイトは鞄の中からノートパソコンを取り出すと、電源を立ち上げ、ファイルを開く。すると間もなく、パソコンから音声が流れ始めた。

 

『スミア…いったいどういうことなの…』

 

 その瞬間、浜中の顔が凍り付く。岡部や他の開発メンバーも驚愕の表情を浮かべる。

 

「そんな、これって美月の声じゃ…」

 

「その通りです。SAOのデータは個人のナーヴギア内に記録されたプレイデータ、要するにレクトで管理されているものを除き、ほとんどがクリアと同時に消去されました。しかし、プレイヤーの精神ケアを担う人工知能が桐ケ谷君の手で保護され、消去を免れています。この音声データは人工知能の中に記録されていたものです。」

 

 杉下の説明を受け、浜中の顔が恐怖に染まる。もし、パソコンの側にカイトが立っていなければ、彼女はパソコンを奪い取り破壊していたかも知れない。

 

『ごめんね、ムーン。でも、もう無理なの。これ以上貴方を放って置くわけにはいかないの。』

 

『そんな…何で?私達…親友…で……しょ………』

 

 痺れ薬が回って来たのか、佐藤の声は途切れ途切れになっていった。それでも懸命に、すがるように佐藤は浜中に問いかける。

 だが、彼女の必死の言葉に答える声は最早なかった。

 

『…お願い…誰か助けて…誰でもいいから……何でもするから……』

 

 音声はそこで終了した。重苦しい沈黙の中から声を上げたのは、またしても岡部であった。

 

「おい、澄子。ありゃあなんだ?何かの間違いだろ?冗談なんだろ?」

 

 引き吊った笑みを浮かべながらも、岡部は懸命に親友を信じようと浜中に問いかける。だが、彼女は言葉を返さず、ただただ俯くばかりであった。 

 

「お前が美月を裏切るなんてあり得ないもんな。なんか事情があって……なあ、そうなんだろ?…………………なんとか言えよ!」

 

「うるさい!!あんた達にはわからないわよ!あの地獄を知らないあんた達には…」

 

 癇癪を起こしたように、だが、どうしようも無いやるせなさを含んだ声色で浜中が叫ぶ。

 

「デスゲームが始まった時、私と美月は茅場が本気なんだと直ぐに理解出来たわ。そして、絶望した。私達のプレイスキルは決して高くなかったから。だから私達は生きるためなら何でもしようと約束した。窃盗、詐欺、恐喝。殺人以外なら何でもしたわ。

 だけどある日、美月がもう止めようって言ってきたの。全てを告白して罪を償おうって。私は止めたわ。そんな事をしたら間違いなく牢獄行き。下手すれば殺されるかもしれない。そんな事、絶対にするべきじゃない。そう説得したわ。けど、美月は決心を変えなかった。だから…」

 

「…だから殺したのか?」

 

「…ええ、そうよ。だけど、それは仕方がないことなの。SAOは裏切りや人殺しが当たり前のようにある世界。生半可な実力じゃ生き残れなかった。あんた達みたいに平和な現実で生きてきた人間には、私達があの地獄をどんな思いで生きてきたかなんて、わかる筈がない!」

 

「わかりません。親友を殺しておいて、それを仕方がないで済ませる人の気持ちなんて分かりません。分かりたくもない。」

 

 そう発言したのは明日奈であった。明日奈とその横にいる和人は強い意思を持った目で浜中を見据える。

 

「確かにSAOでは酷い裏切りや殺し合いもありました。けど、いくつもの階層を攻略していけたのはプレイヤー同士で協力しあったからです。必ず生きて現実世界に帰る。そう誓い合った仲間がいたから私達は今ここにいるんです。」

 

「ああ、明日奈の言う通りだ。力の無いプレイヤーでも様々な形で俺達に協力してくれた。あんたみたいに最初から人を裏切る事を前提で、自分だけが生き残る事を目的に動いてる奴らは殺人ギルド『ラフィン・コフィン』と同じだ。」

 

 自分と同じSAOからの生還者からの思わぬ指摘に浜中は目に見えて動揺していた。

 

「な、何よ。そんなのあんた達が周りに恵まれてただけじゃない。」

 

 震える声でなんとか反論する浜中だが、今度は杉下が彼女の前に立ち塞がる。

 そんな杉下の顔を盗み見たカイトは冷や汗を掻くことになった。

 杉下右京は完全にキレていた。

 

「愚かな人間が、この世にはいるものですねぇ。おまけに哀れだ。ああ、お分かりにならないといけませんのでハッキリと申し上げましょう。貴方の事ですよ!」

 

 顔を真っ赤な怒りに染め、全身を小刻みに震わせながら浜中を指差す杉下の剣幕に、浜中だけでなく、その場にいた全ての人間が言葉を失っていた。

 

「浜中さん、貴方は桐ケ谷君達は周りに恵まれていた、と仰りましたが、貴方と佐藤さんの生還を信じ、会社に掛け合ってポストを守ってくれる友人を持った貴方も、十分恵まれた人間だと僕は思います。そんな友人を貴方は騙し、復讐心を煽り、殺人犯にしてしまった。それがどれ程愚かで卑劣な行為か、貴方にはまだ分からないんですか!恥を…恥を知りなさい‼」

 

 杉下の一喝に浜中は腰を抜かし、その場にへたりこんでしまう。

 それを見計らったように研究室に伊丹と芹沢が入っている来る。

 杉下は伊丹達に軽く頭を下げると岡部の前に進み出た。

 

「自首をしていただけませんか?」

 

「……はい。大変申し訳ありませんでした。」

 

 力なく返答し、岡部は深々と頭を垂れる。そんな彼を横目に、伊丹達は浜中を両脇から抱えると引きずるような形で彼女を連行していく。

 その様子を悲しげに見ていた岡部は最後に和人と明日奈に頭を下げ、他の2人と共に伊丹達の後について部屋を出ていく。

 その後に続き、杉下達も部屋を出ていく。

 誰もいなくなった研究室。その隅にある、長いこと使われていないであろう机の上には、5人の男女が楽しげに笑みを浮かべる写真が飾ってあった。

 




『恥を知りなさい』相棒ファンなら一度は使ってみたい台詞ですね。
 ちなみに作者が一度は使ってみたい相棒の台詞は官房長の『貴女方のせいで将来が台無しになる人間が大勢出たんだから、貴女方からも将来が台無しになる人間、大勢出しなさいよ。』
 この台詞で官房長に惚れました。以外と使い勝手の良い台詞だとも思います。某企業や某政党に対して…
 台無しになる人間、大勢出しなさいよ!

 次回、完結編です。
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