六郎たちの登場により混沌としてきた現場ではあったが、兎にも角にも事件の解決が先決という事になり、一同は被害者である板倉の宿泊部屋へと向かった。
5階にある板倉の部屋の前まで行くと、部屋の前には口ひげを生やした中年のホテルマンと坊主頭のスーツ姿の男性がいた。
杉下たちが2人に近づくと、ホテルマンが前に進み出て頭を下げる。
「お待ちしておりました。私は当ホテルの総合支配人を務めます、岩殿と申します。」
それに対し、捜査の責任者である大田原が岩殿の前に出て頭を下げる。
「ご丁寧にどうも。捜査の指揮をとります、大田原です。ところで、こちらの方は?」
「初めまして。遠月リゾート総料理長兼取締役会役員を務めます、堂島銀です。昨日から当ホテルの新メニュー審査の為にこっちの部屋に滞在してます。」
堂島は握手を交わしながら大田原の質問に答えると、板倉が泊まっていたという部屋の向かい側のドアを示した。
「驚きましたよ。朝から何やら騒がしいと思っていたら、板倉さんがバルコニーから落ちて亡くなった時かされたんですから。」
「堂島さん、あなたと板倉さんは知り合いだったんですか?」
「はい。板倉さんは元々遠月リゾートのホテルに長い事勤めていて、10年前から学園の講師になられたんです。私が学園を卒業したばかりの頃は大変お世話になったんですが、まさかこんなことになるとは…」
堂島は悲痛な表情を浮かべる。その様子から、堂島が板倉の死を心から惜しんでいることが窺え知れた。
「心中お察しします。しかしそれにしても、堂島さんには親近感が湧きますなぁ。」
「そ。そうですか?」
「ええ。なんていうか、初めて会った気がしないというか。あっ!ヘアスタイルが似ているからかな!」
「なにアホなこと言ってんだよ!堂島さんはファッション坊主で、お前はただのハゲだろうが、このハゲッ!」
「ハ、ハゲ…」
リカコの思わぬ毒舌に大田原はショックを受けた様子を見せる。そして堂島も思いつめた様子で小さく「ファッション坊主…」と、呟いていた。
そんな二人を押しのけ、杉下が前に進み出る。
「それよりも、部屋の中に入れていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。少々お待ちを。」
岩殿は胸ポケットからカードキーを取り出すと、ドアのセンサーにかざしドアノブを回した。
その様子を見ながら、杉下は質問する。
「この部屋はオートロック式なんですね。ところで、そのカードキーはマスターキーですか?」
「いえ、1階のスタッフルームで保管している2枚の予備キーの内の一つです。マスターキー観光部本部ビルで保管されています。」
「保管に特別なセキュリティは利用されていますか。」
「はい。カードキーは指紋認証システムを設置した特製のキーボックスに保管されています。登録された遠月リゾートの従業員でなければ開けられない仕組みです。更に、いつ誰がキーボックスを開け、どのカードキーを取り出したのかも、自動で記録管理されるようになっています。昨日板倉様がチェックインしてから、今朝警察の方に頼まれ部屋を開けるまで取り出した人間がいないのは既に確認済みです。さあ、こちらです。」
岩殿に先導され、杉下たちは部屋に入る。
すでに鑑識があらかた捜査をしたため、杉下たちも遠慮なく部屋の奥に進んで行った。
板倉が泊まっていた部屋は遠月リゾートの中では比較的リーズナブルな部屋に入るらしい。それでも流石遠月というべきか、広さは普段杉下たちが出張で利用するビジネスホテルとは比較にならず、調度品や設備も一般的な高級ホテルと遜色のないものがそろっている。
「いいなぁ。一度でいいからこういうところに泊まって、贅沢して見たいんだよねぇ。まぁ、うちみたいな貧乏探偵事務所じゃ、遠い夢なんだろうけど。」
一緒に付いてきたリカコが部屋を見渡しながら驚嘆交じりに言うと、先に部屋に入っていた六郎が不機嫌そうに眉を寄せる。
「そんなね、うちの事務所の待遇に文句があるんなら、直接言えばええやろがい。人がおる前でわざとらしく言うなんて、気分悪いわ。」
「あん?」
六郎の言い草に今度はリカコが眉を寄せ、顔を突き合わせて言い争いを始めた。
「なんや文句あるんか、この貧乏探偵。」
「おお有るわこの濁声ガサツ女が。そんなんやから結婚できへんのやぞ。」
「なんやわれやるんか?」
「おおやったろやないかい!」
「表出ろや、おい!」
「お前が出ろや、おい!」
「出らへんわ!」
「出らへんのかい!やらんのか!」
「やらへんわ!」
「やらへんのかい!」
揉め始めたかと思ったら速攻で収束した2人を無視し、杉下と冠城は部屋を散策する。
「なんでしょう、少し散らかってますね。ペンやティッシュ、それに小物が床に落ちてますし、まるで誰かと争い事があったみたいだ。」
「冷蔵庫も開けっ放しですし、シーツや布団も放り出されてますねぇ。おや、これは…」
杉下は手袋を取り外すと、直接シーツに触った。
「僅かにですが濡れています。それに、よく見れば所々部屋が水で濡れた痕跡がありますが、これはどういう事でしょう?」
杉下が指摘したとおり、床やガラスには水で濡れた痕跡が残っており、それを辿るとバルコニーまで続いていた。
「実は、最初にこの部屋に入った捜査官の話ではバスルームのシャワーが出しっぱなしになっていたそうです。恐らく、被害者は死亡する直前までシャワーを浴びていたのではないかと思われます。」
「そういえば、被害者の体は濡れていましたね。」
大田原の説明を聞き、杉下と冠城は遺体の様子を思い浮かべる。
死後数時間を経過していたにも拘らず、遺体の髪は湿り気を帯びていた。
「つまり被害者はシャワーを浴びている状況から体も拭かずに突然バルコニーまで向かい、自分から手すりを乗り越え飛び降りたってことになりますね。どうしてそんな…」
自殺にしてはあまりにも不自然。だからと言って殺人とするにも奇妙過ぎる状況が出来上がっていた。
流石の杉下も内を噤んで考えに耽っている。
沈黙が現場を包み、重苦しい雰囲気が生まれかけたその時、全ての空気を吹き飛ばす言葉をつぶやく者がいた。
「なるほろ。そういう事だったんですね。」
その言葉は決して大きな声で発せられたものでは無い。しかし、その空間にいた者たちからすれば最も求められる言葉であり、最も衝撃的なものであり、それ故に一同の耳にしっかりと届いた。
皆が一斉に声のした方を向けば、一人の探偵が顎に手をあて物知り顔でいる。
「そういう事って、どういうことだ探偵?」
「簡単ですよ、大田原警部。この殺人事件の謎が全て解けたんです。」
明確な言葉に思わず息を呑む声が誰かの口から洩れた。
「殺人事件って、本当なのか!?」
「ええ。今回の事件は一人の人間が作り上げた巧妙な殺人事件。その人物は大胆かつ繊細な方法を使い、密室の状況で板倉さんを殺害したんです。そしてその人物とは…」
六郎は腕を真っ直ぐに上げ、その人物を指さした。
「堂島銀さん、あなただ!」
「……お、俺?」
突然犯人に名指しされ、堂島は呆けたように自分自身を指さす。だがすぐに、慌てた様子で六郎に食って掛かる。
「待ってくれ!俺は板倉さんを殺してなんかいない!そもそも板倉さんは自分から飛び降りたって言ったじゃないか。俺がどうやって殺したというんだ。」
「それは非常に気になりますねぇ。どうかお聞かせ願いでしょうか?」
どこか楽しそうな様子で杉下が尋ねると、六郎は片手で眼鏡を上げる。
「ではご説明しましょう。この事件で使われたトリックを。」
「まず重要なのは犯人である堂島さんは、一切板倉さんの部屋には入っていないという事です。堂島さんは向かいにある自分の部屋に居たまま、板倉さんをバルコニーから転落させたんです。」
「いったい、どうやって?」
「堂島さんは共振現象を利用したんです。」
「共振現象?」
「共振現象とは、物体が持つある特定の固有のリズムで力を加える事で、物体が激しく揺れ動く現象の事です。まあ詳しい事はネットで『ガリレオ 第3話 騒霊ぐ』で検索してください。」
「うわ、同局のドラマに丸投げした。」
「堂島さんがこの共振現象を起こすために使ったのは音です。」
「音?」
「音の正体が空気の振動である事は皆さんもご存じでしょう。堂島さんは音を使って空気を震わせ、その振動を板倉さんの部屋に伝える事で、板倉さんの部屋を激しく揺らしたんです。」
「でも部屋を揺らす程の音なんてどうやって…」
「堂島さんは料理人ならではの方法で部屋を揺らすための音を作り上げたんです。」
「とても興味深いですねぇ。その料理人ならではの方法とは?」
「堂島さんは新作メニューの試食という名目で、『味皇』こと村田源次郎さんを部屋に呼び出したんです。」
「まさかのミスター味っ子からの参戦だ!」
「堂島さんの新作メニューを食べた村田さんはこう叫びました。」
『うー・まー・いー・ぞぉぉぉぉっ!!』
「そしてその声の振動は、向かいの板倉さんの部屋まで届きます。」
「おおっ!それで共振現象が!」
「ですが残念ながらリズムが合わずに共振現象は起きませんでした。」
「ダメじゃん、味皇。」
「ですが、堂島さんは念のため二人目の挑戦者を呼んでいましたから大丈夫!」
「挑戦者って…杉下さん、これって殺人事件の推理ですよね?」
「間違いなくそのはずです。」
「二人目の挑戦者はM県S市杜王町から来ていただいた、虹村億泰君です。」
「おおう!タイムリーだな!」
「億泰君も堂島さんの新作メニューを口にし、こう叫びました。」
『ッンまぁぁ~いっ』
「そしてその声もまた、板倉さんの部屋まで届きました。」
「今度はどうだ!」
「ですが残念ながらリズムが合わなかった。」
「くっそ、おっしぃーなぁ、」
「惜しいんですか?」
「だが堂島さんは三人目の挑戦者も呼んでいました。」
「堂島さん顔広いですね…」
「そんな顔の広い堂島さんでも、呼び出せるシャウターは三人が限界でした。そして三人目にして最後の挑戦者。それは…」
「それは?」
「満○青○レス○ランでおなじみ、芸人の宮○大○さんです。」
「あか~ん。リアルの世界の人間はあか~ん。」
「毎週日本全国を飛び回り、その土地の名産品を口にする○川さん。そんな彼が堂島さんの料理を食べて叫ぶ言葉は一つだけです。」
『うわっ!うま~い!!』
「おいしい料理を食べた感動と幸福感を伝えるうえで、最もシンプルかつ効果的な叫びは、ついに板倉さんの部屋を揺らしました。」
「やった!遂に山が動いたぞ!」
「なんか感動的に言ってますけど、全部これ妄想ですよね。」
「当時シャワーを浴びていた板倉さんは突然の大きな揺れに身を任せるほかありませんでした。そのまま、どんどんどんどんバルコニーの方までふらついて行き、最後は手すりに足をかけ、宙に身を投げ出してしまったんです。」
「これがこの事件の真相です。」
全てを語り終え、六郎は大きく息をつく。そのあまりのやり切った感に、誰も彼の推理に突っ込めなくなっていた。
ただ一人、大田原だけが手錠を取り出し、堂島に近づいて行く。
「決まりだな。詳しい話は署で聞こう。」
堂島も場の空気に当てられてか、そのまま大人しく着いて行こうとしていた。
「あのー、少しよろしいでしょうか?」
場の空気を緩ませるような間延びした声を出し、支配人の岩殿が手を上げた。
「うちのホテル、全室完全防音になっているんですけど。」
「へ?全室完全防音?」
「はい。だからどんなに大きな声を出しても、流石に向かいの部屋までは声は届かないと思います。」
一転して現場に何とも言えない空気が流れる。
誰もが、どうすんだよこれから、とでも言いたげな顔をする中、一人涼しげな表情を浮かべる杉下がスッと片手を上げた。
「とりあえず、検証をしてみたらいかがですか。本当に部屋から音が漏れないか試してみれば、鞍馬さんの推理が合ってるかどうかわかると思うのですが。」
「あ、ああ、そうだね。じゃあ、私が部屋の中から大声出すから、みんなは音に出て聞こえるか確かめて。」
杉下の提案に気を取り直したリカコは、その提案に乗る形で自分以外の人間を部屋から追い出した。
そして全員が出て行くと、目を閉じて大きく息を吸いこんだ。
「…続編作れや番組スタッフううううううううううううう!!!!!」
思いっきり叫び声を上げると、すぐに部屋を出て外にいた大田原達に確認する。
「どう?聞こえた?」
「いや、まったく。」
「一応もう1回試してみましょう。今度は僕が中から叫びます。」
そう言い残して杉下は自ら部屋の中に入っていった。部屋に入ると杉下は扉の方を向き大きく息を吸い込む。
「………官房ちょオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
叫び終えると、杉下は静かに部屋の外へ出た。
「聞こえましたか?」
「全然聞こえませんでした。」
やはり、叫び声は完全防音の扉に阻まれ向かいの部屋どころか廊下にさえ届かない。
最早共振現象トリックは破綻したに等しいのだが、ただ一人、共振現象の可能性を信じる者がいた。他ならぬ六郎である。
「……フフフ…フフハハ…フハハハハハハハハハ」
「ど、どうしたの禄郎君。急に笑い出して。」
突然皆に背を向け、笑い声をあげだした六郎を心配し、リカコが声をかける。すると六郎は笑うのをやめ、勢いよく振り返った。そして燦然と言い放つ。
「ジャイアンだったらワンチャンあるよね!」
「「「「「「ないよっ!」」」」」」
全会一致の否決だった。