多重世界の特命係   作:ミッツ

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グルメな殺人~33分仕立て~ 3

 六郎の推理が全くの的外れであることが分かり、一度捜査を見直すこととなった。

 そのため六郎、リカコ、大田原、茂木の4人は聞き込みの為にそれぞれが別々に行動し、事件に関する情報を集めに回っている。

 

 その一方で杉下と冠城は、ソーマと田所と共にホテルの敷地にある裏山の森に入っていた。

 

「いやー、すいませんね。こんな山の中まで付き合わせちゃって。」

 

「構いませんよ。これも貴重な経験です。」

 

 謝意を述べるソーマに対し、杉下は木の根元に目を凝らしながら答える。

 いまだ自分たちの寮に帰れないソーマと田所であったが、遠月学園にも強い権限を持つ堂島が警察に交渉し、ホテルの敷地内であれば自由に行動してよいとの許可を得ていた。

 それを利用し、秋の選抜が控えるソーマたちは山を散策し、選抜に向けた料理のアイデアを得ようとしていた。

 そして杉下たちもそれに同行している。

 

「おっ、これなんてなかなか良さそうじゃないか。美味しそうなキノコだ。」

 

 杉下と共に地面に目を凝らしながら秋の味覚を探していた冠城は、全体が真っ白なキノコを見つけ採取する。

 すると、近くで同じようにキノコを探していた田所が冠城の下へ近づいてきた。

 

「すいません冠城さん。そのキノコ、少し見せてもらってもいいですか?」

 

「え?ああ、いいけど。」

 

「ありがとうございます……ああ、やっぱり。これ毒キノコです。」

 

「えっ!これが。」

 

「はい。ドクツルタケと言って、食べたらまず助からないって言われるほどの猛毒を持っています。アメリカの方じゃ「死の天使」(destroying angel)って呼ばれてるそうですよ。」

 

 田所の言う通り、傘から柄の部分まで全てが純白に染まった姿はさながら純白の衣を纏った天使を思わせる美しさがある。だがその内には、簡単に人を死に至らしめる恐ろしさを内包していると知り、冠城の背に冷たい汗が流れた。

 

「なんというか、人と同じで見かけだけじゃ簡単に判断できないんだな。」

 

「田所さん、ではこちらのキノコはいかがでしょうか?」

 

 そう言う杉下の手には、真っ赤な傘に白い斑点模様を作った鮮やかなキノコは握られていた。

 

「いや杉下さん、これは俺でもわかりますよ。間違いなく毒キノコです。見た目が明らかに、私毒持ってますよ、って自己主張してますもん。」

 

「これはベニテングタケ。毒キノコの一種ですね。」

 

「ほら、田所ちゃんもこう言ってるじゃないですか。早くそんなもの捨てて…」

 

「でも食べれます。」

 

「食べれるの!毒なのに?」

 

「はい。ベニテングタケはドクツルタケ程毒は強くないですし、毒抜きの仕方が確立してあるんで長野県の一部や北欧では古くから食用にされています。それに毒の主成分であるイボテン酸はグルタミン酸の10倍のうま味成分を持つと言われてるんです。もちろん、食べ過ぎには注意しなきゃいけないですけど。」

 

「はぁ…これが…」

 

 見た目は完全にスーパーマリオに出てくるキノコその物のそれが、遠月学園の生徒が太鼓判を押すほどの食材であることに冠城は驚きを感じる。

 

「なるほど、確かに見た目と中身は必ずしも一致しないな。おっ!でもこれなんかはいいんじゃないかい?」

 

 すると今度は近くにあった竹やぶに色合いの地味なシメジに似たキノコが群生しているのを発見した。顔を近づけて臭いを嗅ぐと豊かな香りがあり、中には虫が食べたのか一部が欠損したものもある。

 だが田所は申し訳なさそうに顔の前でバッテンを作った。

 

「ごめんなさい冠城さん。それも毒キノコです。」

 

「……ほんと、見かけによらないよ。」

 

 そんなこんなはありながらも、ソーマや田所は一通り採取を終えると山を下りる準備を始めた。同じように冠城も下山の準備をし、キノコの入った籠を担いでいると、杉下が唐突に口を開いた。

 

「ところで、幸平君や田所さんは亡くなった板倉先生とは面識があったのでしょうか?」

 

「板倉先生とですか?うーん、俺は板倉先生の講義はとってなかったし、ほとんど話したことも無かったすね。会ったら挨拶する程度っす。」

 

「私は所属している郷土料理研究会がジビエ料理研究会とで交流があったので、それで何度か指導を受ける機会はありました。でも、そこまで親しいというほどじゃあ…」

 

「では田所さん、板倉さんはどのような為人だったでしょうか?あるいは、ジビエ料理研究会の生徒からはどのように思われていましたか?」

 

「ええと、とにかく厳しい人だったと思います。遠月学園にいる先生たち全員に言える事なんですけど、生徒にも自分にも妥協を許さず、至らない点があれば容赦なく点数に反映させているってっ聞いてます。それで、何人もの生徒が退学になったて…」

 

「退学って…そんな…」

 

 いくらなんでも料理に至らない点があるだけで退学などと思い冠城が声を上げるが、田所の真剣な表情を見るに冗談や誇張などではなさそうだ。

 

「遠月学園では料理の腕が全てなんです。腕がいい料理人が残り、そうじゃない者は去らねばならない。一握りの宝玉を削り出すために、大多数が捨て石になる場所。それが遠月学園なんです。」

 

「まっ、俺は最初っからてっぺん取るつもりでいるんで、あんま関係ない話なんすけどね。」

 

 田所とは対照的にへらへらした態度を示すソーマだが、そんな彼も日本料理界における尤も険しい道を歩き進めている一人であり、これまでも幾多の試練を乗り越えてきた一流料理人の原石に他ならない。

 遠月学園では料理の腕が全て、才能と努力の身が正義。

 その非情なまでの実力主義が今日の飲食業界最後方を礎となっていることを、杉下たちは改めて感じ入った。

 

 

 

「おーい、杉下さん、冠城さん!」

 

 杉下たちが山を下りると、大田原と茂木、そしてリカコの3人が杉下達にて屠りながら近づいてきた。

 

「いやー、探しましたよ。聞き込みの結果、かなり興味深い情報が手に入ったのでお二人にお伝えしようと思ったんです。」

 

「あれ?あの鞍馬とかいう探偵の人は?」

 

 冠城が聞くと、大田原は困ったように頭を掻く。

 

「いやそれが探偵の奴、より詳細な情報を調べに行くとか言って一人でどっか行っちゃったんですよ。それよりも、いま集まっている情報をお伝えしますね。」

 

 そう言って大田原はメモ帳を開く。

 

「検死の結果が出ました。やはり死因は高所から落下したことによる外部性ショック死のようです。ほぼ即死だったと思われます。それと、死亡した日の被害者は少し体調が悪いと言って、早めに休むと生徒に言っています。ですが体調不良の原因は分からず、被害者の体に出来た炎症との因果関係も不明です。」

 

「わからない?」

 

「はい。検視官も頭をひねっていたそうです。ただ、症状としてはアレルギーに似ていた為その線で調べたそうなんですが、被害者は軽い猫アレルギー程度しか患っていなかったの事です。」

 

「被害者の胃の内容物からは、毒性のある者は検出されなかったのでしょうか?」

 

 杉下の質問に大田原は首を横に振る。

 

「無かったそうです。被害者とその生徒は5日前からこのホテルに滞在しているのですが、初日に昼食と夕食をこのホテルのレストランで済ませた以外は、すべて自分たちで山に入り、そこで採取したものしか食べていないそうです。被害者は山菜やフィールドワークの知識も豊富な専門家ですし、同じ物を食べた生徒に一切の変調もないですから、毒性のある物を食したとは…」」

 

 大田原の説明を聞く限り、板倉が何か精神に変調をもたらすものを摂取し、その結果飛び降りたとは考えにくいように思えた。

 だが杉下は大田原は話を聞きながら、一瞬だけ目を細めていた。

 

「それとこれは直接事件と関わっているのかはわかりませんが、昨夜の深夜1時ごろから30分間ほどホテルの水道が一時的に使えなくなってたそうです。」

 

「水道がですか?それは何故?」

 

「給水システムのエラーだそうです。幸い深夜という事もあって宿泊客への影響は最小限に留められたそうなんですが、時間的に見て被害者の死亡推定時刻と被るんですよね。ただ、システムエラー自体は偶然だと思われるんですが…」

 

「あまりにもタイミングが良すぎますねぇ。作為的なものでなくても、事件に何らかの影響があったかもしれないという事ですね。」

 

 杉下の言葉に今度は大田原も頷く。

 それを受けて、杉下も意味深げに頷く。冠城は短い付き合いながらも、杉下が事件解決の糸口を掴みかけていることを感じ取っていた。

 

 

 

 そしてもう一方の六郎はというと、都内のネオン街に姿を見せていた。

 昼間という事もありネオンのライトは消され、人の往来も少ない。そんな町全体が眠ったような静けさに包まれたなか、交差点の中央に風俗店の看板を持ったやたら濃い顔の男がいる。

 

「どーぞどーぞ、昼間からやってるパブ『めんそーれ』。いまの時間帯なら安くサービスするよー。そこのお兄さんもどうだい?」

 

 男は僅かばかりの道を歩く人々に明るく声を抱えるが、誰一人として男の方を見ずに足早に去っていく。それでも、男は気にするそぶりを見せずに声をかけ続けていた。

 この男こそ、六郎が目的とする男であり、都内随一の情報屋である。

 六郎は足早に男に近づくと、声を殺して男に話しかけた。

 

「…情報が欲しい。」

 

「…例の遠月リゾートでの変死事件か?」

 

 男の問いかけに六郎は頷くと懐から千円札を一枚取り出した。男はそれを確認すると、千円札を受け取り自分の懐に収める。

 

「死んだ遠月学園の講師だが、生徒への評価がかなり厳しい事で有名だったそうだ。今まで何人もの生徒が退学勧告を受けたらしい。」

 

「ああ、確かにそういう話だそうだな。」

 

「だが、事件の起こったホテルには死んだ講師によって10年前に退学にさせられた生徒が勤めている。」

 

「その生徒が、被害者を恨んでいるというのか?」

 

「さあな。流石にそこまでは本人にしかわからないさ。」

 

「なるほろ。ありがとう、参考になった。どうやら事件の全容が分かってきた。」

 

「まっ、頑張れよ。」

 

「お前もな。」

 

 そう言い残し、六郎は男の元から離れていった。それと入れ替わるように、仕立ての良いスーツを着た男が情報屋の下にやってくる。そして千円札を情報屋に手渡した。

 

「…義父が総帥を務める学園の運営権を奪いたい。どうすれば良い?」

 

「まずは内部から切り崩せ。学園の理事会、スポンサー、そして生徒自身が運営する組織。それらをできる限り味方に付け、総帥を孤立させるんだ。その際、事を進めていることを総帥側に知られないように気を付けろ。すべては水面下でやるんだ。」

 

「なるほど。他には?」

 

 男はもう一枚千円札を情報屋に渡しながら聞く。

 

「運営権を奪ったら、新体制に拒否感を抱く奴らを兎に角潰すんだ。アメとムチ、両方をうまく使って生徒たちを篭絡し、権力を一極独占しろ。」

 

「わかった。ありがとう、参考になった。これはチップ代わりだ。私が総帥になった暁には、これを見せればいつでも無料で食事が出来るように取り計らおう。」

 

 そう言って自分の名前が書かれた名刺を渡し、そこにさらさらとメッセージをしたためる。

 名刺には薙切 薊と名が書かれてあった。

 

 

 

 場所は遠月リゾートに戻る。

 最初に杉下と冠城がソーマたちと対面したラウンジ、そこで杉下は『秋の味覚の見分け方』と表紙に書かれた本を読んでいる。

 すると冠城が息を切らしながら駆け寄ってきた。

 

「探しましたよ杉下さん。何時の間にかいなくなってるんですもん。」

 

「これは申し訳ありません。どうしても調べたいことがあったものでいて。田所さんに頼んで参考になりそうな本を貸していただきました。」

 

「そんな事よりも、例の探偵が戻ってきました。何でも、真相がわかったので関係者を現場に集めてくれとのことです。」

 

「なるほど。そうですか、では僕たちも向かうとしましょう。」

 

 そういうや否や、杉下は素早く立ち上がると読んでいた本を脇に挟み、さっさと歩きだしてしまう。

 慌ててその後を追いかける冠城の耳に、杉下の小さなつぶやきが聞こえた。

 

「ちょうど僕も、板倉さんの死の真相が分かりましたので。」

 


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