ホテル1階のロビーに集まった一同は、静かにその時を待っていた。
集まっているのは杉下や大田原と言った警察関係者に加え、ソーマ、田所、堂島、そして支配人の岩殿とシェフの苅田といった遠月関係者たちもいる。
やがて玄関の自動ドアが開き、六郎がその場に現れる。
皆の視線が集まる中、六郎は全員がそろっていることを確認すると、おもむろに口を開いた。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。さて、皆様に集まっていただいたのは他でもありません。板倉さんが死亡した真相を明らかにするためです。」
「!?そうかっ!遂に分かったんだな!」
大田原が顔を輝かせ問いかけると、六郎は自信満々に頷く。
「今回の事件は大胆にして巧妙、博打に見せかけて緻密な計算で企てられました。そう、これは紛れもない計画殺人だったんです。」
「「な、なんだってー!?」」
「いや、それさっきも同じようなこと言ったじゃないですか。」
大田原やリカコが取ってつけたような驚き方をする中、冠城が冷静に突っ込む。だが六郎はそれを右から左に受け流す。
「そして、この殺人を計画し、板倉さんを死に至らしめた犯人、それは……このホテルのシェフ、苅田さん、あなただ!」
六郎は高らかに声を上げ、コックスタイルの苅田を指さす。苅田は息を呑み、その場を動けないでいる。
「苅田さん、あなたは10年前、遠月学園の生徒だった。しかし、講師として着任したばかりの板倉さんから低い評価を与えられ、学園を去らねばならなくなった。あなたはそれを恨み、今回の事件を起こしたんですね。」
「なるほど。確かに動機は存在するな。だが探偵、いったいどうやって被害者をバルコニーから転落させたんだ?それが分からないと、どうも納得できないぞ。」
「それは今から説明します。」
探偵の謎解きが始まった。
「今回の事件で苅田さんが利用したのは板倉さんの猫アレルギーです。苅田さんは板倉さんの猫アレルギーを発症させるため、ライガーをこのホテルにあらかじめ連れてきていたんです。」
「ライガー?怒りの獣神か!?」
「ライガーとは父がライオンで母がトラの雑種動物です。顔形はライオンに近く身体には淡い縞があり、雄に少量の鬣があると聞きます。」
「説明ありがとうございます杉下さん。苅田さんは遠月学園ではジビエ料理研究会に所属し、狩猟には詳しかったはず。当然、動物の扱いにも慣れていた。そのスキルを存分に利用し、あらかじめライガーをホテルに誘導し、ロビーの隅っことかに待機させていた。そうすれば、客にライガーを見られてもなんか良い感じのはく製にしか見えないから気付かれない。」
「無理っ!サファリパ~ク♪」
「そして深夜になり人がいなくなると、苅田さんは猫じゃらしでライガーを誘導し、板倉さんの部屋の前まで連れて行ったんです。」
「そうか!ライオンとトラの子ならネコ科だ!猫じゃらしには食いつくはずだ。」
「そうしてライガーを部屋の前まで連れて来た後、ノックをして板倉さんを呼びます。板倉さんは深夜のテンションでよくわからないままドアを開いたはずです。そして、ドアが開いた瞬間に苅田さんはライガーを部屋に追い込んだんです。」
「いや、いくら深夜テンションでも深夜にいきなり来た人の為にドアは開けないと思うよ。」
「部屋に入ったライガーは板倉さんにじゃれつこうとします。ですが板倉さんは猫アレルギー。必死に逃れようとしたでしょう。その際、着ていた服がライガーの爪に引っかかり、どんどん服が脱げて言ったんです。」
「だから被害者は素っ裸だったのか。」
「そこで板倉さんは気づきます。猫は水が苦手。だからこの大きな猫も水を嫌がるはずだと。そこで板倉さんはシャワー室に逃げ、シャワーの水をライガーに掛けようとしたんです。」
「いや、それ以外にもっとやれることあったでしょ。」
「板倉さんは必死にシャワーの水をライガーに浴びせた。しかし、ライガーにはトラの血が入っています。トラは水浴びが大好き。いくら水を浴びせても喜ぶだけです。」
「おお!なるほど、確かに以前ディスカバディーチャンネルで水浴びをするトラを見たことがあるぞ。」
「そうしているうちに徐々に板倉さんの体にはアレルギーの症状が現れます。焦った板倉さんは慌ててバルコニーの方まで逃げていきます。その後を追ってライガーもついてきます。逃げ場を失った板倉さんにライガーはじゃれつきます。ライガーの巨体にのしかかられた板倉さんはバランスを崩し、バルコニーから転落してしまったんです。」
「でもそれだと、ライガーが部屋に残されたまんまじゃん。」
「突っ込みどころはそこ以外にもたくさんあるだろうけど今は黙っておくよ。」
「それはもちろん、苅田さんが料理人としてての腕をフルに使って解決したんです。苅田さんはプールの奥に鉄板を用意すると、その上で最高級黒毛和牛を焼き始めたんです。程よく脂の乗った牛肉は塩と胡椒だけで究極の御馳走となります。そう、口に乗せるだけでとろけるような触感を残し、肉汁を閉じ込めたミディアムに焼き上げるのは遠月リゾートで厨房を任された苅田さんには容易い事です。」
「うわ。聞いてるだけで涎が。」
「そして肉を焼いた香ばしい臭いは、ライガーの鼻にも届きます。おいしそうな臭いに釣られたライガーは、我慢できなくなってバルコニーから空へFly away!ネコ科特有の瞬発力で見事プールに着水すると、苅田さんの焼いた肉にかぶりつきます。たらふくお肉を食べたライガーは満足するとそのまま山に帰っていき、苅田さんは鉄板を片付けると、その場を後にしたんです。」
「これがこの事件の真相です。」
六郎が推理を語り終えると、その場に微妙な空気が流れる。
確かに突拍子もない推理だ。場所が場所ならふざけるな、と怒声が響いても不思議ではない。
だがあまりにも六郎が自信満々にやり切った感を出しているせいか、誰一人として無粋な真似をできずにいたのだった。
そんな空気を察してか、リカコはとりあえず聞いておかねばならない事を聞くことにした。
「ねえ、六郎君。そもそもライガーって日本にいるの?」
「えっと、それは…」
「確かライガーを飼育し、芸を仕込んでいるサーカス団が日本国内にあったはずです。しかし、それ以外にライガーが日本で養成されているという話は、少なくとも僕は聞いたことがありません。そもそも人工的な交雑は倫理的な問題もあり、あまり積極的にされていませんからねぇ。日本でライガーを得ようとするのは大変難しいでしょう。」
六郎に代わって杉板が説明を行うと、六郎の顔が苦しいものとなる。というか、杉下の説明がある以前から六郎の推理がかなり苦しいものであることは、その場にいるほとんどの人間は知っていた。
それでも六郎は何とか場を持たせようとする。
「それは…まぁ、何やかんやして手に入れたんとちゃいますか?」
「何やかんやってなんだよ!」
ふわふわした六郎に冠城が思わず突っ込みを入れると、六郎は勢いよく冠城の方をにらみ、燦然と言い放った。
「何やかんやはッ……………何やかんやです…」
言い切った。最早説明を放棄したとしか考えられない回答であったが、六郎は言い切った。そのあまりのも堂々とした開き直りに、冠城は茫然とするほかない。
そんな中、大田原は一人真面目腐った表情で苅田の前に立つ。
「苅田さん、あなたは本当に板倉さんを殺害したんですか?」
その質問に、ほとんどのものは苅田が勢い勇んで否定すると思っていた。だが苅田は下唇を噛み締め下を向くと、小刻みに拳を震わした。
「苅田さん?」
「…探偵さんの言う通りです。僕が…板倉先生を殺したんです。」
「………へ?」
拍子の抜けた声が現場に流れる。それを気にする者はおらず、皆が一様に苅田の顔に注目している。そして苅田は思い切った様子で前を向いた。
「僕が板倉さんを殺害したんですよ!刑事さん!」
「え、え~~~~!!!!」
まさに予想外。急転直下の自供に現場は混乱状態に陥った。
「ウソ…久々に当たっちゃった…」
「ま、まあ、僕に掛かればこんなもんですよ。」
「ていうか、探偵の推理が正しいなら、まだこの近くに猛獣がいる事になるじゃないか!すぐに署に連絡して非常線の設置を!」
「あ、いえ、ライガーは使ってないです。ていうか、そんな猛獣を扱う技量は僕には無いです。」
「え?じゃあどうやって板倉さんを?」
「それは…」
言いにくそうに苅田が再び下を向くと、その後ろから杉下が声をかける。
「苅田さん、あなたはドクササコを使ったのではないでしょうか?」
杉下の質問に一同が首をかしげる中、苅田と田所の二人はハッと顔を上げた。
「右京さん、そのドクササコって何ですか?」
「ドクササコとは本州を中心に藪の中に群生する毒キノコの一種です。君が竹藪の中から見つけてきた、あの地味なキノコです。」
「はい、私の地元ではヤブシメジって言ってました。食べたら大変なことになるから、キノコ狩りの時は注意しなさいって、おばあちゃんたちが言ってます。」
杉下と田所の説明を受け、冠城はホテルの裏山で見つけたシメジに似たキノコを思い出した。
「あのキノコって、そんなに強力な毒を持ってたんですか?」
「いえ。ドクササコの毒はそれほど強い訳でもなく、致死性もほとんどありません。しかし、ある特徴的な症状を引き起こします。」
「その特徴的な症状とは?」
「体の末端部が火傷をしたように腫れあがるんです。その激痛は常軌を逸したものであり、焼いた鉄を押し付けられているかのような苦痛を生むと言われています。摂取後の発症は6時間後から一週間と言われ、症状は一か月以上続きます。痛みが引いた後も手足の先にしびれが残り、完治するには三か月以上かかる事もあるそうです。有効な治療法は発見されておらず、痛みを和らげる為に冷水に患部を浸すと皮膚がふやけ、そこから細菌が入り込み感染症を引き起こすこともあります。」
「そういえば、板倉さんの手足も腫れ上がってた。」
被害者の遺体の様子を思い出し冠城は呟く。
「でもそんな風になったら、死にたくなるなぁ。」
「ええ!まさにその通りなんですよ!」
何気なく感想を漏らしたソーマに向かい、杉下は声を高くし指をさす。これにはソーマもギョッと体を仰け反らせる。
「ドクササコの毒による症状は文字通り昼夜を問わず続きます。熱した鉄を押し付けられる痛みを24時間です。寝る事も出来ず、自らの手で食事を口にすることも出来ず、排せつにさえ想像を絶する痛みを襲われます。なぜなら、ドクササコによる症状は体の末端部に現れるのですから。」
低い声で告げられた杉下の言葉に、その場にいた男衆は思わず自身の股間に手を添えてしまう。
「まさしく地獄の苦しみです。そのため、毒の影響で死亡することは無くとも、苦痛から逃れるために自殺をする人もあるのだそうです。」
「ってことは、板倉さんも苦痛に耐えきれず自殺したんじゃ!?」
「いえ、おそらく板倉さんの場合は少し状況が特殊だったでしょう。」
そう言うと杉下は現場の写真を取り出し、みんなに見えるように掲げる。
「このように、現場の床はびしょびしょに濡れていました。板倉さんは症状が現れたのは昨夜の深夜。彼は少しでも痛みを和らげる為に冷水のシャワーを浴びていたと思われます。しかし、給水システムのトラブルにより水は突如として止まってしまいます。板倉さんは混乱と毒による痛みによって正常な判断が下せなくなっていたのでしょう。そして、そんな彼の目に飛び込んできたのは……階下のプールだった。最早苦痛を少しでも和らげることしか頭になかった板倉さんは迷いなくベランダの柵に足をかけ、宙に身を躍らせます。」
「だが毒に犯された体では十分な跳躍が出来るはずもなく、被害者は最悪の形で苦痛から逃れる事になってしまった、ってことですね。」
冠城が杉下の言葉を引き継ぐと、杉下は無言で頷く。そして二人は手で顔を覆った苅田の元へ行く。
「板倉さんがドクササコを摂食したのは五日前、このホテルのレストランで食事をした時ですね。事前に板倉さんが宿泊することを知っていたなら、料理に付け合わせに山から採取してくることも容易だったでしょう。」
「こ、殺すつもりは無かったんです。でも退学になった後、実家の店は退学になった恥晒しと言われて破門されて、行くところが無くて、それでも僕には料理しかなかったから大衆店の皿洗いからやり直して、苦労に苦労を重ねてやっとここまで来れた…けれど、あいつがいまだに遠月の講師を知った時、自分でも驚くほどのどす黒い気持ちがあふれたんです。僕が血を吐くような苦労をしている間、あいつはそれまでと同じようにのうのうと暮らしていると思うと、自分を抑えることが出来なかった。でも、せいぜい苦しめばいいと思っただけで、殺すつもりは…」
「……たとえあなたに板倉さんを殺すつもりはなくとも、あなたの卑劣な行いで尊い命が奪われたのは紛れもない事実です。何より、あなたは料理人としての知識と技量を人を苦しめるために利用したんですよ。それがどれほど愚かしい事か分かっているんですか?もはやあなたを料理人として認める人間は誰一人としていません。苅田さん、あなたは挫折から立ち直り、努力の末に築き上げた信頼と実績、そして名誉を全て自身の行いで台無しにしてしまったんです。その事を十分に理解し、反省なさい。」
その言葉を聞いて、苅田は崩れ落ちるように床に這いつくばると慟哭を上げた。
こうして、人里離れたリゾート地を舞台にした復讐劇は終わりを告げた。心の奥にくすぶらせ続けた黒い炎。それを燃え上がらせた大証は、一人の料理人の人生にとってあまりにも大きすぎるものであった。
その後、苅田は傷害致死の容疑者として逮捕され、パトカーによって近場の署へと連行された。一方で特命係と六郎たちの一行はホテルにとどまり続けていた。
「いやーしかし、まさか転落死の原因が毒キノコとは思わなかったなぁ。そこに気づいた杉下警部。流石本庁の刑事です。」
「いえいえ、それほどの事ではありません。たまたま依然聞きかじった知識が頭の隅に会っただけです。それよりも鞍馬さん、あなたの推理は非常に興味深かったですよ。」
「え、ほ、本当ですか?」
突然話を振られた六郎は狼狽する。犯人は当てたものの、トリックを盛大に外しただけに真相を解明した杉下に引け目を感じているのだ。
「はい。あのような奇抜な推理は僕の人生でも初めてです。今までとは全く違う視点で、僕自身目からうろこが取れました。」
「そ、そうですか。まぁ、僕からすれば当然っちゃ当然なんですけどね。」
「またまた調子に乗っちゃって~。事務所に帰ったら堂島さんにお詫びの品を送らなきゃだめだからね。」
そう言うリカコも朗らかに笑い、ほかの三人の間にも和やかな空気が流れる。その様子を見て冠城は六郎たちの印象を少しだけ上方修正した。
確かに変わり者で現場を引っ掻き回すばかりの連中であったが、彼らは彼らなりに事件の真相を全力で追い、こうして事件が解決したことを純粋に喜んでいる。
調査能力はいまだに疑問が付くものの、一生懸命に真相を追う姿勢は好感を持てるものであった。
そんな時、ホテルのロビーに声が響く。
「あ、よかったまだいた。お~い、早く来いよ。」
「待ってよソーマく~ん。そんなに急いだらお皿こぼしちゃうよ!」
声のした方を向くと、ソーマと田所が大皿に山盛りの料理を乗せて一同の前に現れた。
「おや?どうしたのですか、この料理は?」
「事件が解決したのをお祝いしようと思って俺たちで一品ずつ作ったんです。杉下さんたちのお蔭で解決したようなものですし。」
「うわぁ!凄くおしいそう!」
リカコは皿に顔を寄せ感嘆の声を上げる。
ソーマが持ってきた皿の上には山菜を大量に使った和風リゾット、田所の皿には天ぷらが大量に盛られていた。
「山の恵みをふんだんに使った幸平特性和風リゾットと、天ぷらの盛り合わせです。どうぞ、おあがりよ!」
「じゃあさっそく!いただき…」
「まってください!」
今まさに皆が箸を付けようとしたその瞬間、山盛りの料理の中からあるモノを発見した冠城は皆を制止する。冠城は恐る恐るそれを箸で挟むと、皆に見えるように持ち上げた。
「このキノコ、すっごく見覚えがあるんだけど、もしかして…」
「あ、気付きました。それドクササコです。」
「気づきましたじゃないよ。これ食べたらえらい事になるんじゃないか!」
杉下の解説による恐怖がいまだ新鮮に残る冠城は思わず声を荒げてしまう。だがそんな冠城を落ち着かせる様に、杉下は静かに語りかける。
「冠城君、確かにドクササコには毒があります。ですが食べられないというわけではありません。ドクササコの毒は水溶性の為、しっかりと水に着け、流水にさらせば毒の大半は洗い流せます。更にそれをアルコールで中和すれば殆ど無害化できるそうですよ。」
「え?ってことは普通に食べられるってことですか?」
「はい。それに、ドクササコ自体は非常に美味であるそうですよ。そうですよね、ソーマ君?」
「はい、一応俺たちも試食してるんで多分大丈夫です。」
そうは聞いても、流石の冠城もすぐに手を出す事は出来ない。それは六郎やリカコも同様であった。
「なぁんだ。じゃあ安全だな。それじゃあ、お先にいただきま~す。」
ただ一人、能天気な刑事を除いては…
大田原はおいしそうに次々と料理を口に入れていく。その様子を見て他の面々もようやく箸を付けようとしたところで、今度は杉下が気付く。
「おや?皆さん一旦箸をおいてください。」
「え?どうしたんですか、右京さん。」
「危ないところでした。よく見ればワライタケが料理に交じっています。」
「え!?もしかして取ってきたキノコの中に交じっちゃってたかも!」
「あれ、なんだか急に笑いが…は、ははは、ははははははははははははははははっっっ!!!!」
突如として笑い声を上げ始めた大田原であったが、次の瞬間には笑い顔のまま硬直した。すると、六郎とリカコ、更にはソーマと田所までもが驚いた表情のまま固まった。
これに慌てたのは冠城である。
「あれっ!ちょ、ちょっとどうしたんですか!急に動かなくなって!右京さん大変ですよ!みんなが…あなたもかっ!」
END
「いや、ENDじゃねーよ!!」
ドクササコはまじで危険なキノコです。作中に記載した料理法はあくまでも作者が聞きかじったものなどで、もし本物のドクササコを見つけてもゼッタイに食べないでください!