多重世界の特命係   作:ミッツ

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さよならシンデレラ 2

「お前が殺ったんだろっ!武内っ!」

 

 警視庁の取り調べ室に芹沢の怒声が響く。彼は息を荒らくし、目の前の男、武内を睨み付ける。現在取調室では成田千代殺人事件の容疑者として逮捕された武内の聴取という名の取り調べが行われていた。

 

「お前は昨日の昼休みに被害者から事件現場のホテルに呼び出された。そして二人でホテルに入った後、トラブルになり部屋にあった枕カバーで後ろから首を絞めて殺したんだ!」

 

「わ、私はそんなことはしていません!」

 

「お前の名刺、お前の指紋、そしてお前が被害者と一緒にホテルに入って行く姿を見ていた目撃者がいるんだよ!こんだけ証拠が挙がってるのにまだしらばっくれるのか?ああっ!?」

 

「しかし、私は本当に成田さんを殺してなど…」

 

 額に大きな水滴を浮かべ、必死の形相で身の潔白を主張する武内であったが、芹沢はさも信じていないとでもいうように大きく舌打ちをして武内から目線を外す。

 するとその横から落ち着いた様子の伊丹が芹沢に代わって武内の前に座る。

 

「武内さん、この際殺した殺して無いは脇に置いといて一つ一つ物事を片付けていきましょう。現場に残されていた証拠、そして目撃証言は間違いなくあなたと成田さんがホテルで密会していたことを示してます。この点に関して反論はありますか?」

 

「…いいえ、ありません。」

 

 しばしの沈黙の後、武内は小さな声で伊丹の質問に肯定を返す。それを聞いて伊丹は満足そうに頷く。

 

「そうですか。では一体、なぜあの場所であなたと成田さんは会う事になったんですか?」

 

「それは…彼女から会って話したいことがあると言われたからで…」

 

「ほう、それはどのような話だったんですか?」

 

「それは…」

 

「それは?」

 

「…………………すいません。」

 

「すいませんじゃねえだろうがコラぁっ!!」

 

 痺れを切らした芹沢が再び怒鳴り声をあげ、机を思いっきり叩いて威圧するが、その後武内は具体的な話をすることは無く、沈黙を保ち続ける事になる。その事が警察の心証をますます悪くすることになり、疑惑を強めていることに彼は気づくことが出来なかった。

 そんな時である。武内の様子をじっと観察していた伊丹は、不意に背中に違和感を感じた。

 振り向いてみるが、当然そこには誰もいない。しかし、伊丹の視線は背後のマジックミラーに向いており、その更に向こう側を透視しようとするかの如く凝視していた。

 

「…まさか。」

 

 呟きを一つ漏らして椅子から立ち上がると、伊丹は取調室の扉を開き廊下へと出た。

 

「ちょ、ちょっと先輩!」

 

 慌てて芹沢がその後を追うと、伊丹は取調室の隣の部屋のドアノブに手を掛けていた。

 果たして、伊丹が扉を開けた先に見た光景は…

 

「警部殿ぉ…」

 

 特命係の杉下と冠城であった。

 

「どうも伊丹さん、お疲れ様です。」

 

「お疲れ様じゃないですよ!また勝手に首を突っ込もうとしてるんですかっ!」

 

「そう聞かれれば、その通りですと返すしかありません。」

 

「なんでまたぁ…容疑者は既に確保されてますし、証拠もほぼ揃ってます。あなた方の出る幕はありませんよ。」

 

「でも、まだ容疑を認めては無いんですよね?」

 

 冠城がそう聞くと、伊丹は苦々しい顔で睨み付ける。

 

「さっきから見てたなら分かるでしょう?まったく、いい加減認めちまえばいいのに。」

 

「ほんとですよ、指紋に名刺に目撃証言、おまけに被害者との通話記録も残ってるってのに、強情ですよ。」

 

「余計な事喋ってんじゃねえよてめぇは。」

 

 迂闊に捜査情報を口にした芹沢は伊丹から小突かれる。すると何か気になる事があったのか、杉下が伊丹に詰め寄る。

 

「名刺ですか。その名刺、実物を拝見させていただく事は出来ませんか?」

 

「できると思ってらっしゃるんですか?」

 

「これは失礼。では、どのような事が書いてあるかだけでも教えて頂けないでしょうか。」

 

「警部殿。」

 

「お願いします。」

 

 さすがにここまで言い寄られて観念したのか、伊丹は面倒くさそうに杉下の質問に答える。

 

「いたって普通の名刺でしたよ。本人の名前と役職。それと会社の名前と住所と電話番号。それくらいです。」

 

「それだけですか?」

 

「それだけです。もういいですか?我々にはまだ仕事が残ってるんで。」

 

「はい。お時間を頂きありがとうございます。」

 

「へっ、とにかく余計な事だけはしないでくださいね!」

 

 そう言い捨てると、伊丹と芹沢は取調室に戻っていった。

 そして特命係はその場で再び捜査方針を話し始める。

 

「結構いい情報が集まりましたね。でも右京さん、なんであんなに名刺を気にしていたんですか?」

 

「いえ、どのような経緯で武内さんの名刺が成田さんに渡ったのかが気になりまして。冠城君、君は芸能関係者が一般の方に名刺を渡す際、それはいったいどのような状況だと考えますか?」

 

「そうですね。まあ普通に考えて、スカウトするときじゃないですか?」

 

 冠城が質問に答えると、杉下はニコリと笑みを浮かべる。

 

「ええ、その通りです。つまるところ、武内さんと成田さんはスカウトをしたされたの関係であったのではないかと推測できます。それがどのようにして二人きりでホテルに入るような関係になったのか?今回の事件の肝はそこでないでしょうか?」

 

「なるほどねぇ。ってことは、武内さんと成田さんの関係を洗い出してみる必要がありますね。」

 

「はい。では次は、お二人の関係者から情報を集めてみる事にしましょう。」

 

「了解です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「武内?そうだなぁ、無口で不愛想だけど、仕事には真面目だよな。なっ?」

 

「ええ。最近ではシンデレラプロジェクトで実績を上げてるし、上層部からも認められてるって噂ですよ。」

 

 特命係が最初に向かったのは、武内の勤める346プロダクションであった。そこで、武内と同僚であるアイドル部プロデューサーたちを集めてもらうと、武内に関する社内の評価を聞いていた。

 武内の同僚からの評価は非常に良い物であり、冠城はひとしきり感心する。

 

「武内さんはプロデューサーとして優秀だという事ですね。じゃあ、プライベートではどうでしたか?誰か特別親しかった人とか?」

 

 冠城が質問すると、集められたプロデューサーは一様に難しい顔をし首をひねる。

 

「うーん、あんまり人付き合いがあった奴じゃなかったからなぁ…プロデュースしてたアイドルや仕事仲間の千川さんや今西部長はともかく、他のプロデューサーとはあんまり絡んでなかったですね。」

 

「そうそう、それを見かねて、こいつが幹事になって無理やり飲み会に参加させたんですよ。」

 

 そう言って中年のプロデューサーが隣の若いプロデューサーを示すと、若いプロデューサーは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「という事は、あなたとは武内さんも多少親しかったってことですか?」

 

「ええ、まあ。同期入社ってこともあったんですけど。」

 

「ああ、それで。ところで、武内さんの女性関係はどうでしたか?お付き合いしている方などは…」

 

「いなかったんじゃないですかね。仕事が忙しそうでそれどころじゃなかったみたいですし。そもそも、彼女なんて作ったら色々と面倒くさい事になりますから。」

 

 その言い方に違和感があった杉下が深く追求してみると、中年のプロデューサーは苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「アイドルをプロデュースするためには、相手の子と信頼関係を築くことが必要不可欠です。ただ中には、我々プロデューサーに対して信頼以上の感情を抱いてしまう子もいるんです。まあそれは悪い事ばかりじゃないんですけど、これにプライベートが関わってくると非常に難しくなってくる。自分が信頼している異性に、自分以外に特別な同性がいる。女の勘というものは怖いもので、意識して隠してても一発で分かってしまうんです。それでアイドルとプロデューサーの関係が微妙になり、空中分解してしまうコンビを何人も見てきました。」

 

 中年のプロデューサーはしみじみと感慨にふける。芸能界の闇とは言わないまでも、信頼関係の難しさを如実に物語る話である。

 

「あ、でも、さっき言った飲み会で、武内が偶々同じ店で女子会をやってた子とメアド交換してたよな。」

 

「…その話、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」

 

 気になるところがあったのか、杉下は話をしたプロディーサーに詰め寄る。

 

「えーと確か、武内を誘って飲み会をした時、同じ店で女子会をやって他グループが会ったんですよ。で、そのグループにいた女の子の一人が武内と顔なじみだったらしくて、それがきっかけで俺たちのグループも一緒になって飲んだんです。」

 

「その顔なじみの女性の名前は分かりますか?」

 

「ええと、ちよちゃん、って呼ばれてたような…」

 

「ちよちゃん…」

 

 殺された女子大生の名前は成田千代。ちよちゃんと呼ばれていた女性が被害者と同一人物か確かめるために被害者の写真を見せると、確かこの子だった、と全員が認めた。

 特命係は武内の同僚たちに礼を言うと、武内と成田千代のより詳しい関係を調査するべくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 次に特命係が向かったのは被害者が通っていたという大学であった。特命はそこで成田千代の友人だと云う3人の女性から話を聞くことが出来た。

 

「まさか千代が殺されるなんて…」

 

「うん、苦しかっただろうね…」

 

「あの子明るくて元気で、いつもみんなの輪の中心にいたから…ほんと犯人が憎いです。」 

 

 成田千代もまた、近しい人たちからは好かれており、多くの人が彼女の死を悼んでいる。また、彼女の両親も都内近郊に住んでいるが、本人は大学近くのアパートで独り暮らしだったらしい。

 

「ところで、成田さんは以前女子会で芸能プロダクションの方々と知り合いだったそうですが。」

 

「ああ、あの時の女子会ね。あれは確か千代が主宰した女子会だったかな?で、その時偶然会った人が知り合いの346プロの武内さんって人で、半ば酒の勢いで同僚の人達とご一緒させてもらったんですよねー。」

 

「その方が、どういう知り合いであったかおっしゃられてました?」

 

「うん。定期の人だって言ってた。」

 

「定期の人?」

 

「あの日、電車の中で定期券を拾ったそうです。そしたら、改札の所で困ってた人がいたから定期を渡したらお礼を言われたって。で、その日の飲み会で偶々再会したから、これはもう運命じゃない!って盛り上がったんです。」

 

 彼女の言う通り、ある意味運命的ともいえる出会いを武内と成田はしていた事になる。ただ、その出会いが成田の死を招いたとすれば、実に悲劇的だという他ない。

 

「そういえば、その時の写真をカリンが持ってたよね?」

 

「あ、うん。ちょっと待ってて。」

 

 そう言ってカリンと呼ばれた学生はバックの中を漁り、一瞬財布を出そうとして引っ込めると漸く携帯を取り出した。

 

「これ、スマホで撮ったんですけど、千代と武内さんの ツーショット写真。面白いでしょ?」

 

 写真の中には満面の笑みを浮かべるセミロングの茶髪の女性と、強張った表情の長身の男性が写っていた。武内は元から厳つい顔つきが強張っている所為で、その筋の人間に見えなくもない。

 

「ほんと最初千代が武内さん連れて来た時はやばい仕事の相手かと思いましたもん。」

 

「やばい仕事?それはいったい…」

 

「なんかちょっと危ないバイトしてるって言ってたんですよ千代は。犯罪みたいなことじゃないと言ってたけど、最近はPっていう人から仕事をもらってたって。」

 

「うん、なんか探偵のお手伝いみたいなことだって。」

 

 探偵の手伝い。そしてPという人物。その言葉に引っ掛かりを覚え、杉下が考え込んでいると、友人たちはさらに情報を落とす。

 

「もうこの際そんな危ないバイト辞めて、武内さんに頼んで芸能界に復帰すればいいと思ったんだよね。」

 

「ちょ、ちょっと待って!成田さんは芸能活動をしていたのかい?」

 

 慌てて冠城が尋ねると、成田の友人たちはそろって頷いた。

 

「そう。カリンも前やってたから詳しいよね?」

 

「うん。子役の頃から養成所に通ってエキストラとかしてたらしいけど、最近は事務所に籍だけ入れて殆ど活動してなかったみたい。」

 

 この情報に、杉下と冠城は思わずお互いの顔を見合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 一旦警視庁に引き上げ、成田千代の周辺情報について洗い直した。

 まず最初に成田の友人から教えてもらった芸能事務所公式サイトを開き、そこに乗っている所属タレントの一覧を確認した。

 

「あった。成田千代。この子ですよ。」

 

 画面の中には数年前の物だと思われる成田千代の宣材写真が杉下たちに笑みを浮かべていた。この頃の彼女はまだ髪を染めておらず、幼い容姿と綺麗な黒髪が似合っている。

 

「被害者は他の芸能事務所に所属していた。武内さんはこれを知ってたんでですかね?」

 

「経歴を見たところ、近年は目立った芸能活動をしていませんし、文字通り在籍していただけだと思います。これでは芸能関係者であろうと、近しい人以外は気づけなくても無理はありません。」

 

「って事は、成田千代は自分が芸能関係者である事を隠して武内さんに近づいた可能性もありますね。でもいったい何のために…」

 

「あるいは、武内さんと成田さんの出会いはあらかじめ仕組まれていたのかもしれませんねぇ。」

 

「えっ!?仕組まれていたって、どういうことですか?」

 

「それを明らかにする鍵は、346プロにあります。」

 

 そうやって笑みを浮かべる杉下の手には、携帯電話が握られていた。


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