多重世界の特命係   作:ミッツ

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さよならシンデレラ 3

 その男は焦っていた。

 突如自身の携帯に掛かってきたある番号からの電話。その番号はもう二度と掛かってこないはずの物であった。

 恐る恐る出てみると、向こう口からは低い男性の声で、『成田千代のことで話したいことがある。18時に〇〇公園までこい』とだけ言って切れてしまう。

 彼にとって、成田千代との関係が周囲にばれるのはあまり宜しい事では無かった。だからと言って会いに行かないという選択無い。最悪身銭を切って口封じをする必要がある。

 様々な悪い想定が頭を渦巻くなか、男は指定された場所に到着した。待ち合わせ時間にはまだ5分ほどある。

 男はイライラした気持ちを鎮めるためにタバコを取り出し、口に咥えて火を付けようとした。

 

「公園内での喫煙は禁止されてますよ。」

 

 急に声をかけられ、男はタバコとライターを取り合としてしまう。相手を確認しようと恨めしそうに振り向いた顔は、金縛りにあったように固まってしまう。

 

「な、な、なんで刑事さん達が?」

 

 そこにいたのは昼間に出会った二人組の刑事である。片方の刑事はわざとらしく不思議そうな顔をし、男の質問に答えた。

 

「おや、前もってお電話をしていたはずですが?成田千代さんのことで話があると。」

 

 その言葉によって、ようやく男、武内と同期のプロデューサーは目の前の刑事に嵌められたのだと悟った。刑事は態々自身の急所となるあの番号を使って自分を呼び出したのだ。

 だがそれでも、プロデューサーは抵抗しようと試みる。

 

「いったい何のことですか?僕はたまたまこの公園を訪れただけですが?」

 

「今ここで携帯を鳴らしてもいいんですよ。成田千代さんの携帯で、Pさん宛に電話をかけて。」

 

 たった二言で男の抵抗は阻止された。そんなことをされてしまえば胸ポケットに入れた携帯が喧しく鳴るであろう。

 その後、暫く杉下を睨んでいた男であったが、もはやこれまでと諦めたのか、両手を上げて大きくため息をついた。

 

「僕の負けです刑事さん。で?どこまで僕と千代の関係に気づいているんですか?」

 

「まず最初に気になったのは、成田さんに仕事を依頼していたというPという人物についてです。何でも、Pというのは芸能界ではプロデューサーを示す言葉だそうで。しかしながら、成田さんは事務所に籍を入れているだけで芸能活動は休業中でした。つまり、ここでいうPとは所属事務所のプロデューサーではなく、ほかの芸能事務所のプロデューサーの可能性が高い。それが分かった時、僕の脳裏にある出来事が思い浮かびました。」

 

 杉下は人差し指を上に向かって突き立てる。

 

「成田さんと武内さんの出会いに関してです。たまたま拾った定期券の持ち主と、たまたま飲み会の席で再会する。運命的にも感じますが、僕にはどこか作為的に感じます。そこに来て、成田さんがやっていたという探偵の手伝いの様な危ない仕事。この二つが合わさった時、この出来事を裏から操る人物がいるように感じました。それは当然Pという人物。そして彼の人物が成田さんにさせていたという仕事は、別れさせ屋です。」

 

 杉下の回答に男の表情が苦り切ったものになる。そこまでわかってしまえば、もはや追及をかわすのは無理だと覚悟したのだろう。

 

「運命的な出会いを演出し、相手をその気にさせるのは別れさせ屋の常套句だと言います。それを行うため、成田さんはあなたからの情報で武内さんと同じ電車に乗り、定期券を盗んで恰かも自分が拾ったように見せかける。一方であなたは、飲み会を企画し、武内さんが成田さんと再会するように仕組んだ。そしてその席ではまるで運命の再会だとでもいうように周りを煽って囃し立てたんです。そうすれば、武内さんも成田さんを意識せざるを得ません。」

 

「芸能界じゃスキャンダルを避ける為に、タレントが一般人だった頃の人間関係、特に異性との関係を精算する事があるそうですね。でも、全てのタレントがすんなりと今までの人間関係を精算出来るわけでは無い。中には事務所の方針に反発する者もいる。そんな時、別れさせ屋をタレントの異性に宛がって、タレントが異性と縁切りをするように仕組む事もあるようで。成田さんは子役の頃から演技経験があって養成所にも通っていた。おまけに業界人にも顔が知られて無いから人材としてはこれ以上にない。武内さんを嵌めるにはぴったりの人選ですね。」

 

「目的は恐らく、武内さんと彼の担当アイドルを仲違いさせる為ではないでしょうか?プライベートでの恋愛は、時として担当アイドルとの信頼関係にひびを入れる。担当プロデューサーが自分と同年代の女性と付き合っていたとなれば、何かしら思う方もいるかもしれません。そうしてあなたは、武内さんがプロデュースするシンデレラプロジェクトを空中分解させようと企んだ。」

 

 杉下と冠城が交互に追い込んでいくと、プロデューサーは勘弁してくれとでも言うように黙って俯いた。

 そんな彼に、杉下はゆっくりと歩み寄る。

 

「なぜ、この様なことを?」

 

「なぜ?そうですね…簡単に言うなら、あいつの事が目障りだったんです。」

 

「…あいつと言うのは武内さんのことですか?」

 

 プロデューサーは頷く。

 

「俺と武内が同期なのは話しましたね。あいつは入社当初から周りから期待され、俺は長い事下積みだった。あいつがアイドルのプロデュースを始めた頃、俺はまだまだひよっこ扱いで…その頃からですよ、あいつを意識して、いずれ追いつき、追い抜いてやろうと思ったのは。あいつが最初のアイドル達のプロデュースに失敗した時は流石に気の毒でしたけど。けれどあいつは暫くすると、今度はシンデレラプロジェクトなんて大きな企画を立ち上げた。だから俺は、次こそはあいつに置いてかれちゃいけないと思って上司に直訴し、自分で企画を立ち上げて、やっと3人組のアイドルをプロデュースすることになったんです。」

 

 プロデューサーは自嘲の籠った笑みを零す。

 

「あの時は本当に嬉しかった。絶対にこの子たちをトップアイドルにしてやるんだって意気込んで、あの子たちの前で言ったんです。君たちの夢を俺に背負わせてくれ。替わりに君たちを夢のステージに連れていく、って。あの子たちはその言葉を信じ、俺を信じてくれた。毎日レッスンに明け暮れ、自分たちの強みを生かす方法を相談し、周りに率先して雑用までやってくれた。俺はあの子たちの期待にこたえるために、毎日毎日、いろんなところに頭を下げ、あの子たちを売り込んだ。だけどなかなかチャンスには恵まれない。気が付けばシンデレラプロジェクトはテレビに出て、ライブをやって、お茶の間に名を知られるようになっていた。俺はまた、あいつに置いてかれていた…」

「でも新しい常務がアメリカから帰ってきてから、ブランドイメージを確固たる物にするためにプロデュース方針を一本化する事を上は求めてきた。俺たちは話し合って、上に従ってプロデュース方針を大幅に変更した。それまでアイドルといっしょに苦労して築いたものも全てだ。それで会社のバックアップが貰えるなら、あの子らを夢の舞台に連れていけるなら、今までの自分達を否定しても構わない、そう思ったんだ。なのに、なんで上に反発したあいつが俺達よりずっと先にいるんだ!」

 

 プロデューサーは叫び声をあげると、近くにあったゴミ箱を蹴り倒した。

 肩で大きく息をつき、怒りに顔を紅潮させてる様子は魂の叫びを思わせる。

 

「俺はあの子達と約束したんだ!必ず夢の舞台に君達を連れていく。だから、苦しいときも俺を信じて付いて来て欲しいと。あの子達はそれを信じてくれた。表情を変え、言葉を治し、好きなものに蓋をして、会社が求めるアイドルを作り上げた!その結果が、好き勝手やって来た奴等のバックダンサーだ!」

 

 咆哮とも言うべき大声で己の思いの丈を吐き捨てると、プロデューサーは膝から崩れ落ち、芝生に拳を打ち据える。その両眼からは涙が零れ落ちていた。

 

「あんまりだ…惨めすぎる…挙げ句の果てに常務まであいつらを認めるマネをしやがって。上に従った俺達がバカみたいじゃないか…どんだけあの子達が自分が遣りたい事、好きな事を我慢してると思ってるんだ…畜生…」

 

「…あなたの悔しさや、苦しみは全うなものです。誰かを妬み、世の理不尽を恨むことは誰もが経験すること。ですが武内さんたちを貶め、引きずりおろしたとしても、あなたたちが成功を得ることはできなかったでしょう。たとえ運よく成功できたとしても、成功による幸せは味わえませんよ。大切な人の夢を叶えたいと心から思っているあなたなら、解るはずです。」

 

 杉下がどこか優しさの籠った言葉をかけると、プロデューサーは俯いたまま小さくうなずいた。

 彼自身、決して悪人ではないのだろう。むしろ、杉下の言うように誰にでもある暗い気持ちを抱えた、アイドル想いの芸能関係者であった。今回はそれが悪い方向に暴走してしまったといってよい。

 プロデューサは涙で濡れた目元をスーツの袖で拭った。目はいまだに真っ赤であったが、その顔はやけにスッキリしたものである。憑き物が落ちたようでもあった。

 

「お見苦しいところをお見せしました。そのうえ、この様な事まで招いてしまって。」

 

「ではやはり、あなたが成田さんに指示を出し、武内さんにハニートラップをかけたのですね。」

 

「はい。あいつと千代がホテルに入るところを写真にとって、それをシンデレラプロジェクトの部屋に置いておくつもりでした。」

 

「その写真は?」

 

「この中にあります。」

 

 プロデューサーはスマホを操作し、保存画像の中から一枚の写真を画面に映し出す。その中には、武内と成田千代が並んでホテルに入っていく様子が映し出されていた。

 

「この写真はいつ?」

 

「千代が死んだ日です。昼前に千代から連絡があって、お昼に武内とホテルで会う約束を取り付けたから、ホテルに入る瞬間を撮ってと。まさかあんなことになるなんて…」

 

「なるほど…ところで、そもそも成田さんはなぜ別れさせ屋の様なことを?」

 

「さあ…そこまで詳しくは。私が千代と初めて会った時、すでに千代は仕事を何件かやってたみたいです。内容はアイドルやタレントの過去の異性関係の解消。それ以外のプライベートな依頼は断ってたみたいです。私は始め、彼女をアイドルとして再デビューさせようと思って事務所を移籍するように求めました。でも断ったんです、あいつは。」

 

「断ったんですか?アイドルデビューを。」

 

「ええ。過去に売れた形跡がないとはいえ、素質は十分にあるとみていました。後はプロデュースのやり方次第で大化けするだろうとも。ですが本人が、もう芸能界はコリゴリと。ガキの頃に業界に入ったせいで、子供ながらに芸能界の闇を多く見すぎたようでした。売れないアイドルの行く末という奴をね。じゃあなんでいまだに事務所に籍を置いて、別れさせ屋なんてやってるのかと聞くと、芸能界に夢を見てるやつに現実を見せてやりたいからと言ってました。プロデューサーは魔法使いなんかじゃない。冷静に計算し、どうやって利益を得ようか考えているだけなんだって。アイドルのことなんて本当はこれぽっちも考えてないんだって。私も正直、返す言葉がありませんでした。」

 

 プロデューサーの語ったことが本当だとすると、成田千代は芸能界に対しかなり擦れた考えを持っていたようだ。それも、実体験を基にしたかなり強固な考えである。

 とするならば、彼女が行っていた別れさせ屋というバイトはかつて芸能界に夢を見ていた自分の否定であり、夢見るアイドル志望達への八つ当たりといえるかもしれない。

 いずれにしろ、成田千代がアイドルという職業に対し複雑な心境を持っていたことに間違いはないだろう。

 

「お話し、ありがとうございました。ついでと言ってはなんですが、ホテルの前で撮られた写真のデータをいただいてもよろしいでしょうか。」

 

「はい。お安いご用です。」

 

 プロデューサーは杉下に画像のデータを渡し終えると、小さく頭を下げる。

 

「本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ないですが、今日はここまでにしていただいてもよろしいですか?」

 

「何か御用事が?」

 

「けじめと身辺整理を。武内が千代を殺したとは考えにくいのですが、今回の事件を招いたのは間違いなく私でしょう。だから、責任を取らなければなりません。」

 

 哀愁を感じさせる笑みを浮かべながらプロデューサーは言う。その顔は覚悟を決めた人間のものであった。

 

「…担当のアイドルの方には?」

 

「きちんと話すつもりです。そして謝ります。君たちとの約束を守れなかったと。きっと、罵られるでしょうが、せめて私の口から言わないと。才能がある子たちです。私以外の人の元なら、必ず…」

 

 涙が零れ落ちるのを必死に耐えるように口を一文字に結ぶと、プロデューサーは再度深く頭を下げ、特命係に背を向けた。

 その後ろ姿に、杉下たちはかける言葉を見つけられなかった。

 

「…あの人がこんな風にならない方法はあったんですかね?」

 

「必ずあったでしょう。ですがそれを見つけられなかった彼を責めることはできません。追い詰められた末に愚かな行いをしてしまうのは人間の性。彼は誰しもが陥ってしまう間違いを犯してしまったんです。」

 

「でもその間違いに気づき、責任を取ろうとしている。杉下さん、彼はきっとまた立ち上がれますよ。」

 

「僕もそう思います。さて、では僕たちは僕たちの仕事をしましょう。」

 

 そう言うと杉下は携帯にダイヤルを入れ、耳元に添える。しばしの呼び出し音の後、相手口から声が漏れる。

 

『これはどうも御無沙汰しております。また捜査の依頼でしょうか?』

 

「米沢さん、あなたに解析してほしい画像があります。」

 

 

 

 

 

 

 

 場所は再び、武内の取調室に移る。部屋の中では、武内の取り調べが長時間にわたって続けられていた。

 

「いい加減吐いて楽になったらどうですか武内さん。そう黙りされてると、こちらも困るんですよ。」

 

 

「………………」

 

「…くそっ。」

 

 武内は部屋の中で成田と一緒にいたことは認めているが、殺害に関しては一貫して否認している。また、部屋の中でどのような話をしていたかについても口を噤んでいた。

 伊丹たちとしてはすぐにでも武内を検察に送検したかったが、人気アイドルグループのプロデューサーという武内の肩書が、ここにきて大きな壁となって立ちふさがった。

 要するに、送検するならば確実に起訴できるだけの証拠を固めろ、というお達しが上から来ていたのだ。

 武内が殺人の容疑者として逮捕されたことで、今回の事件は世間の注目を大きく集めだしている。だが、もし検察に送ったはいいものの、証拠不十分を理由に不起訴処分となってしまえば、警察の捜査能力に疑問が持たれ、大きく威信を傷つきかねない。

 だからこそ、上は確実に起訴できるだけの証拠を強く求めている。

 そこで伊丹たちはてっとり早く武内から自白を引き出そうとしているのだが、上記で示した通りなにも有力な自白は得られていない。

 おまけに現場となったホテルは掃除が行き届いているとは言えないために、被害者と武内以外の指紋も多くみられ、鍵も空きっぱなしだった為に誰でも行き来することができる状況にあった。

 現状、武内以外の人間でも殺害は可能と言われてしまえばそれまでだった。

 

 こうして伊丹と芹沢が頭を悩ましていると、取り調べ室のドアが開く音がする。杉下と冠城であった。

 

「お疲れ様です伊丹さん。」

 

「警部殿!なんでまた…」

 

「説明はあとです、少しの間、武内さんと話させてください。」

 

「え?ちょ、ちょっと!」

 

 伊丹が止める間もなく、杉下は椅子を引いて武内の正面に腰を下ろし、机の上で手を組んだ。武内の表情からは戸惑った様子がうかがいしれた。

 

「早速ですが武内さん、あなたは成田さんに名刺を渡しましたね?」

 

「名刺ですか?はい…」

 

「その名刺には電話番号は?」

 

「事務所の番号が書かれています。けれど、それだと私には直接つながらないので、私の携帯番号をペンで書き加えました。」

 

「なんだと!?」

 

 武内の答えに伊丹が大声を上げ、掴みかかった。

 

「おい、いったいどういうことだ!携帯の番号を書き加えただと?現場から発見された名刺にはそんなもん書かれてなかったぞ!」

 

「そ、それは…」

 

「武内さん、あなたは被害者に名刺を2枚渡していたのですね。」

 

「……どういうことですか警部殿?」

 

「伊丹さんから名刺について聞いた時、武内さんの携帯の番号について仰ってなかったのがどうしても気になりましてねぇ。もしかすると、初めから名刺には武内さん個人の番号は書かれてなかったのではと思いまして。」

 

「はい。職業柄、名刺が拡散されると名前を悪用されることがあるので、自分の番号に関してはどうしても個人的に連絡が必要な時に直筆で書くようにしています。成田さんにもう1枚お渡ししたのはご家族に渡してもらえればと思ったからです…」

 

「ってことは現場には…」

 

「武内さんの名刺は2枚あった。ですが、現場から発見された名刺は1枚。つまり…」

 

「誰かが武内さんの携帯の番号が書かれた名刺を持ち去った可能性があるってわけですね。」

 

「その通りです、冠城君。」

 

 事件の意外なる事実が一つ解明され、状況が大きく動き出そうとしていた。

 そんな中、杉下のポケットの中の携帯が震えだした。杉下は携帯を取り出すとすばやく通話ボタンを押す。

 

「杉下です。」

 

『どうも、米沢です。先ほど例の画像の解析が終わったのですが、何やら面白いものが見つかりました。』

 

「ありがとうございます。さっそく送っていただいてもよろしいですか?」

 

『言わずもがなです。』

 

 通話を終えた後暫くすると、米沢からの画像データが杉下のもとに届く。その中身を確認した杉下の顔に笑みが浮かんだ。

 

「どうやら、この事件の真実が見えてきました。後は直接本人からうかがうとしましょう。」

 

 


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