多重世界の特命係   作:ミッツ

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 おい知ってるか。
 夢ってのはな、
 時々スッゲー熱くなって、時々スッゲー切なくなる。
 らしいぜ。
 
 -仮面ライダー555 乾巧-

 知ってるかな、夢っていうのは、呪いと同じなんだ。
 呪いを解くには夢を叶えるしかない。
 けど、途中で夢を挫折した者は、一生呪われたまま、らしい

 -仮面ライダー555 木場勇治ー


さよならシンデレラ 4

 小笠原花梨は大学からの帰り道を一人で歩いていた。比較的友人も多く、講義が終われば男女問わずお誘いがあるほど周囲からの人気がある彼女だが、ここ数日は一人で借りているアパート真っ直ぐ帰宅していた。

 その表情は硬く、どこか思い詰めているようにも見える。

 そうして、わき目も振らずに帰宅の道を急いでいると、行く手を阻むように二人の男が立ち塞がった。

 

「え?」

 

「どうも、先日ぶりです。」

 

「ああ、刑事さん…」

 

 つい先日、殺された友人、成田千代について聞きに来た杉下と冠城が、あの日と同じように朗らかな笑みを浮かべて花梨に挨拶する。

 花梨も表情を緩め挨拶を返す。

 

「こんにちは。どうです、あれから捜査に進展は?」

 

「ええ、着々と進んでいるのですが、どうしてもあなたに確かめなければいけない証拠が出てきましたので。ひとつ、確認していただいてもよろしいですか?」

 

「えっ…ええ、それくらいでしたら。」

 

「ありがとうございます。確かめていただきたいというのは、こちらの写真でして。」

 

 そう言って杉下が懐から出した1枚の写真、それを目にした瞬間、花梨の目が大きく見開かれる。

 

「ご確認していただけましたか?その写真は成田さんの依頼主が、成田さんと武内さんが事件のあったホテルに入る瞬間を写したものです。建物に入っていく二人の背後、遠くから誰かが成田さんと武内さんの様子を窺っているように見えます。ピントがズレてぼやけてますが、鑑識に頼んだところ鮮明にしていただく事が出来ました。それがこちらです。」

 

 杉下は2枚目の写真を取り出す。

 

「顔に木の枝がかかっているため、人物を特定するには少々難しいです。しかし、服装からして若い女性である事は間違いありません。それと腕にかけているバック。淡いピンク色で、沢山のキャラクター物のキーホルダーがついていて、実に可愛らしいですねぇ。」

 

「右京さん、よく見たら彼女のバックとそっくりですよ。色も形もキーホルダーも。本当に瓜二つです。」

 

 冠城が花梨のバックを手で示しながらわざとらしく杉下に報告すると、二人は花梨に目を移し、じっとその顔を見つめた。

 花梨は暫しの間口を結んでじっと下を向いていたが、やがて観念したのか、口から小さく息を漏らし、顔を上げた。

 

「…刑事さん達は私の事を疑って、いえ、私が千代を殺したと確信しているんですね?」

 

「…はい。あなたと最初に会った時、あなたはこう仰りました。」

 

 

『うん、苦しかっただろうね…』

 

 

「成田さんが殺された状況については、あの時点では殺害されたこと以外、死因を含め警察は発表しておらず、メディアでも報じられていません。にも拘らず、あなたは成田さんがまるで絞殺された事が分かっていたような口ぶりでした。それに加え、あなたが僕たちに飲み会の写真を見せて頂いた際、あなたは財布に一度手を掛けながら、携帯を取り出し、中の写真を見せました。お店に確認したところ、飲み会のあった日、店は盛り上がっていたあなた達のテーブルにサービスとして記念の写真を撮り、その場で焼き増しして渡していたそうです。恐らく、あなたはその写真を財布の中に入れていたのでしょう。しかし、もう一つ、僕たちに見られたくない物も一緒に入っていた。だからとっさに携帯に持ち替え、その中に保存していた別の写真を僕たちに見せたのです。」

 

 一気に捲し立てるように説明すると、杉下は一歩足を進め花梨に尋ねる。

 

「財布の中身を確認させていただいてもよろしいですか。」

 

 花梨は諦めの表情を浮かべ、黙って財布を取り出す。二つ折りの財布を開くと、内側には武内や成田も写った集合写真がクリアフィルムに挟まっている。花梨がそれを抜き取ると、写真の下から手書きの番号が書かれた武内の名刺が出てくる。

 

「…その名刺を調べれば、おそらく成田さんの指紋が出てくるでしょう。そしてそれが、あなたが殺人現場にいた動かぬ証拠になります。」

 

 杉下が花梨に示した証拠は、決定的と言ってもよいものである。だがそれを突き付けても尚、花梨はどこか落ち着いた様子で表情に僅かな愁いを帯びるのみであった。

 

「手放せなかった…これだけはどうしても、持っておきたかったんです…」

 

「…君について少し調べさせてもらったよ。君は2年前まで346プロに所属するアイドルだった。そして君が所属していたグループを担当していたのが武内さんだった。」

 

 冠城が確認の意味も込めて調査の内容を説明すると、花梨は黙って頷く。

 

「…君たちのグループは社内でも期待されてたそうだね。しかし、グループ内のトラブルから解散を余儀なくされ、君は芸能界を引退することになった。もしかして、それが今回の事件の鍵になってるんじゃないかと僕たちは思ってるんだけど、どうかな?」

 

 冠城の問いに、花梨は暫し口をつぐむ。そして、はかなさを感じさせる小さな笑みをこぼすと、泣きそうな表情を浮かべる。

 

「………刑事さん。お城に向かうシンデレラが一番やってはいけない事はなんだかわかりますか?それは、誰かを好きになる事です。お城の舞踏会で踊って、王子様に見初められるまで、シンデレラは誰も好きになっちゃいけない。私はその決まりを破って、魔法使いを好きになってしまったんです…」

 

 脈絡の無い花梨の語り口に杉下は眉を潜める。だが、その隣の冠城は花梨が言わんとすることを察した。

 

「まさか君は、武内さんのことが…」

 

「…はい。好きでした。心の底から。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と武内さんとの出会いは私が中学生の時でした。

 その頃の私は、テレビの中のアイドルに憧れ、いつか自分があの場所に立つことを夢見る、どこにでもいる女の子でした。

 親に頼んで養成所に通わせてもらって、いろんな事務所に履歴書を送って何度もオーディションに応募していたんです。

 そんなある日のことです。あの人が、私をスカウトしに現れたのは。

 最初は驚きました。あの人見た目が厳ついから、とてもアイドルのプロデューサーに見えなかったんです。

 でも本当はとても優しくて、いつも私たちのことを第一に考えてくれて。ほんと、いいプロデューサーに出会えたんだと思えます。

 

 あの人は言いました。

 あなたの笑顔はとても良い。だから、もっとあなたの笑顔が輝く場所に連れていきたい、と…

 そうして私は、346プロのアイドルになったんです。

 とはいっても、すぐにデビューできたわけではありません。私たちもプロデューサーも期待されていたとはいえ、まだまだ駆け出しでした。だから、最初の内は毎日レッスン漬け。それでも、プロデューサーは付きっきりで私たちを支えてくれて、必ずデビューを成功させるんだと、いつも私たちを励ましてくれました。

 そんなあの人に、私はいつしか信頼以上の感情を抱くようになっていたんです。

 今考えれば、子供が大人に憧れるようなものだったのかもしれません。けれどその時は本気であの人の事を想ってて、すごく悩みました。

 アイドルに恋愛はご法度。新米アイドルだろうと、それくらい解ります。ましてや相手が自分たちのプロデューサーだなんて…とても許されるものじゃありません。

 でも、決して実ってはいけない恋だと思うほど、私の気持ちは燃え上がったんです。

 その気持ちが溢れ出てたんでしょう。他のメンバーに私の恋心は知られました。そして、激しく責められたんです。

 皆、アイドル活動に真剣だった。本気でトップアイドルになりたいと思っていた。だから、アイドルとしての禁忌を犯そうとしている私を許せなかったんだろうと思います。

 それまで和やかだったみんなの雰囲気がギスギスしたものに変わり、プロデューサーも戸惑いを隠せてなかったです。多分私以外のメンバーも、少なからずプロデューサーの事を…それを必死に隠していたんです。だからこそ、余計に私のことが許せなかったんだと思います。

 そしてある日、ついに私たちのグループに決定的な衝突が起こり、社内で大喧嘩を起こしたんです。このことがきっかけで私たちのグループは解散となり、私は事務所を辞め、アイドルを引退しました。

 未練はもちろんありました。後悔も…

 もっと経験を積んで、物事をよく知っていれば上手く立ち回れたのかもしれません。けどその時の私は、何が正解だったのか分かりませんでした。

 

 其れからの私は、どこにでもいる普通の女の子に戻りました。家族や友人も、私に気を使ってアイドル時代の事は触れてくれません。

 そうして穏やかな時間が過ぎていきました。大学に入ると交友が広がり、私はそこそこに充実した学園生活を送ってます。その交遊の中で、千代とも出会いました。

 千代も私と同じ、元芸能人でした。お互いに売れないまま芸能界を引退。その共通点があったためか、私たちは自然と仲良くなりました。

 ただ、千代は私と違い、芸能界そのものに対する恨みの様なものを抱いているようでした。どうやら、元いた事務所ではとてもひどい扱いを受けていたそうです。

 だけどその一方で、時々テレビに映るアイドルに羨望するような目で見ていました。

 

 あの日、千代が主宰する女子会に私は深く考えず参加しました。だから本当に驚きました。まさかあの人が、同じ店で飲み会に参加しているなんて…

 彼はすぐに私に気づき、表情が固まりました。それからずっと緊張した様子で、チラチラと私の事を窺っていたんです。私も平静を保とうと思ってましたけど、多分意識し過ぎた所為でぎこちない対応になってたと思います。

 そして、トイレに行くと席を立ち、私たちは数年ぶりに二人だけで言葉を交わしました。

 

『……お久しぶりです…小笠原さん。』

 

『…はい。本当に久しぶり。』

 

『……お変わりはありませんか?』

 

『…ええ。なんとか、やれてます。』

 

 それ以上は言葉が続きませんでした。でも、それだけで十分だった。

 あんなに期待してもらったのに。あんなに優しくしてもらったのに。私の我儘で裏切ってしまったというのに。

 それでもあの人は、昔と変わらぬ声色で私のことを気遣ってくれました。

 最後に彼のどこか安心したような、柔らかな笑みを見た時、私の心の底に彼への恋心が燻っていることを再確認しました。

 

 でも気になる事がありました。

 それは、芸能関係者、特にアイドルに対して良い感情を持って無い千代があの人に矢鱈と絡んでいることでした。

 胸騒ぎを覚えた私は、その日から注意深く千代のことを観察し始めたんです。

 そしてあの日、午後の講義を休んで大学を出る千代の後を追ったところ、彼女は武内さんと合流し、ホテルに入っていきました。私はいてもたってもいられず、二人を追いかけたんです。

 二人が入った部屋を確認した私は、ドアの覗き穴を回して外しました。アイドルだった頃、簡単に覗き穴が外れるホテルもあることを教えてもらったことがあったんです。

 そこから漏れてくる二人の会話は、驚くべきものでした。

 

『あなたのことについて少し調べさせていただきました。成田さん、あなたは以前アイドル候補生だったそうですね?そして今は、別れさせ屋のバイトをしていると…』

 

『…え?何のことですか?』

 

『私もこの業界は短くないので、独自の伝手というものを持っています。私が良くして頂いているフリーの記者の方で、あなたのことをご存知の方がいました。その方は、どうやらあなたが私に対して良からぬ事をしようと近づいてきているのではないか、と仰っていまして…』

 

『…へー、以外と交友があるのね。じゃあなんであんたは、それを知って私の誘いに乗ってこんなとこまで来たの?私があんたの弱みを握ろうとしてると思わなかったの?それとも、逆に私の弱みを握って好きにしようとしたとか?』

 

『い、いえ!そんなことは考えていません!私はただ、成田さんにお話を聞いていただきたいと思いまして。』

 

『話し?』

 

 プロデューサーは内ポケットから名刺ケースを出すと、そこから名刺を一枚取り出し千代に差し出しました。

 

『成田さん、もう一度、アイドルをやってみる気はありませんか?』

 

『………はぁ?』

 

『ここ暫く、あなたのことを見させてもらいましたが、あなたにはアイドルの素質があると、私は感じました。容姿はもちろんですが、子役としての経験もある。それに、『スタイルもよくて、演技もできる。養成所にも通っていたから基礎ができてる。君ならきっとトップアイドルになれるよ!僕たちが必ず、君を夢の舞台に連れて行ってみせる!かしら?ははっ!』

 

 千代はプロデューサーの言葉に被せて自身の言葉を言うと、馬鹿にしたような笑い声をあげました。

 

『似たようなことを言ったやつがあんたの前に3人いたよ。全員嘘つきだったけど。』

 

『………』

 

『もういいかな?これ以上あんたと話すことはないみたいだし、二度と会うこともないだろうね。じゃあ。』

 

『成田さん、待ってください。私は本気であなたをプロデュースしたい。今まではダメだったかもしれませんが、346プロならきっと…』

 

『聞こえの良い言葉だけ言ってんじゃねぇよっ!』

 

『ッ!?』

 

『どいつもこいつも、夢見させるようなことを言いやがって!アイドルは所詮消耗品だって、あんたも思ってるんだろ?だからバカな小娘騙して、使い物にならなければ簡単に捨てれるんだ!でも、夢に本気になる子だっているんだよぉ…あんたらの語る夢を信じて、どんなにひどい扱いを受けようと、必死についていく子たちもいるんだ。信じていたから、知らないおじさんとだって、一緒に寝たんだ…』

 

 いつの間にか千代の声は涙声になり、聞いているほうが胸を秘めつけられる悲痛さを伴ってました。そしてプロデューサーは、彼女の話を黙って聞き入ってました。

 

『お願いだから、これ以上私に夢を見させないで…夢を…諦めさせて…』

 

『…申し訳ありません。成田さんの心情を考えず、こちらの都合ばかりを押し付けてしまってました。ですが、あえて言わせていただきます。』

 

 

 

『あなたには、アイドルの素質がある。』

 

 

 

 

『…え?』

 

『成田さん、私はアイドルの素質とは、容姿や技量によるものだけではないと思っています。アイドルの素質とは、誰かを笑顔にすることではないかと思っています。』

 

『笑顔?』

 

『はい。あなたと初めて出会った飲み会の席で、あなたは初対面である我々とも打ち解け、多くの笑顔を生んでいました。私自身、あなたとのお酒はたいへん楽しいものでした。』

 

『あ、あの時は猫被ってただけだし!そもそも、飲み会の席の盛り上げ役なんて、アイドルと全然関係ないじゃん。』

 

『どんな場で、どんな理由があれ、率先して周囲を楽しませたいというのは、アイドルにとってとても大切な心構えの一つであると私は考えています。成田さん、あなた子心遣いは容姿や技量以上にアイドルとしてのあなたの魅力になります。少しきつい言い方になりますが、今までその魅力を発揮できず、成功を手にすることができなかったのは、あなたが良いプロデューサーに恵まれなかったからだと私は思います。』あなた子心遣い→あなたの心遣い

 

『で、でも、私今まで何度も失敗してきたし、あんまり大っぴらにはできない仕事も…』

 

『ご安心ください。あなたの秘密は絶対に漏らしません。社に掛け合ってでも、あなたの名誉を守れるよう努力します。あなたの事は全力でお守りします。だからどうか…』

 

 その続きの言葉を私は耳をつぐんで聞かないようにしました。

 その時の私の心に渦巻いていたのは、耐えがたい焦燥感と喪失感。そして、嫉妬でした。

 千代の過去は気の毒に思います。同じ元アイドルとして、彼女の再出発を応援したい気持ちもありました。

 でも、それ以上に、なんで私じゃないの?かつて共に夢を追いかけた私じゃなくて、あって一月も経たない子のほうがいいの?その子は、あなたを陥れようとしたんだよ?そんな気持ちでいっぱいでした。

 自分で壊したものなのに、いざ他人がそれを手に入れようとすると、醜く嫉妬する。それがあの時の私でした。

 それからしばらくして、プロデューサーが部屋から出てきました。彼の交渉がどうなったのかは、顔をあげて足取り軽く闊歩する様子を見れば、容易に想像がつきました。

 私はその後姿を見送ると、入れ替わるように、千代が残った部屋に入っていったんです。

 

 

 

 

 

 

「部屋に入った私は、千代を説得してプロデューサーの申し出を断るように言ったんです。千代はいきなりのことで面食らった様子でしたけど、花梨には関係ないことだと言って突っぱねて…それから言い争いとなって、最後には取っ組み合いになって、気づけば枕カバーであの子の首を絞めていました…」

 

 すべての真相を話し、小笠原花梨は力なく肩を落とす。

 一時の気の迷い。あるいは不幸な偶然と複雑な人間関係が重なった結果といえばそれまでだが、それで済ませるには彼女が犯した罪は重すぎた。

 

「武内さんが成田さんとの話を一言も喋ろうとしないのは、彼女との約束を守ろうとしたからなんですね。秘密を守り、全力で名誉を守るという約束を…」

 

「ええ。きっとそうです。あの人、すごく生真面目だから…」

 

 杉下の言葉を肯定する花梨の頬を、一筋の涙が零れる。

 魔法使いに恋をし、夢を叶えられなかったシンデレラ。彼女の心にくすぶり続けていた夢の残り火を溶かすように、涙はしとしとと零れ続ける。

 

 

 

 

 

 

 小笠原花梨が特命係に逮捕され、犯行を全面自供した1か月後、杉下と冠城は片桐に招かれ都内のライブハウスに来ていた。

 この会場では本日、武内のプロデュースするシンデレラプロジェクトが活動再開を祝した特別ライブが開催されることになっており、会場にはシンデレラプロジェクトの復活に歓喜するファンで埋め尽くされていた。

 会場後方の立見席で開始を待つ杉下たちの隣では、少し申し訳なさそうにする片桐がいた。

 

「いやーすみません。こんな後ろのほうの席で。本当は特等席を用意したかったんですけど、守銭奴な事務員に足元みられちゃって。」

 

「かまいませんよ。ここからでも、十分にステージが見渡せます。ところで、あれから武内さんの様子はどうですか?」

 

 杉下の問いに、片桐の顔がわずかに愁いを帯びたものになる。

 

「武内君、上に辞表を提出したそうなんです。今回の件は自身の不徳が招いたものであり、会社だけじゃなく、業界全体の信頼を失墜させる結果になってしまったので、その責任を取りたいって。」

 

「え!?じゃあ、武内さんは会社を辞めちゃったんですが?」

 

「それが、うちの専務が辞表を突き返したんですって。会社に迷惑をかけたのなら、それを埋め合わせるだけの結果を残してからやめるようにって。立つ鳥跡を濁して、は許さないらしいです。それでも渋ってたそうなんですけど、嘆願書を見せてようやく辞表を撤回させたですって。」

 

「嘆願書というのは、アイドルの方々が集めたものですか?」

 

「そうなんです。シンデレラプロジェクトの子たちが中心になって、プロデューサーは絶対無実だから、首にしないでって、会社の人間だけじゃなくてテレビ局や知り合いのところを駆けずり回って集めたそうです。それを見せられちゃ、自分から辞めるだなんて言えなくなって当然ですね。」

 

 にこやかに答える片桐だったが、数舜ののち表情に再び悲しみが陰る。

 

「でも、同じ事務所の3人組のユニットが解散して、武内君と同期のプロデューサーが一人辞めちゃいました。」

 

 3人の間に重苦しい沈黙が流れる。

 杉下と冠城の脳内には、厳しい芸能界の競争に敗れ、静かに表舞台を去る男の姿が流れていた。

 彼もまた、嫉妬によって過ちを犯した人間の一人である。その代償は彼一人だけでなく、彼の周囲を巻き込んでも仕方ないにしても、関係者にはさぞ遣り切れないものになったであろう。

 

「あの子たち、泣いてました。でも、アイドル活動は続けていくそうです。プロデューサーから学んだことを、このまま無駄にしたくないからって…」

 

「…きっと、いつの日か報われる日が来るはずです。あの人は自身がプロデュースするアイドルの力を信じてました。一人の人間を、あそこまで信頼させられるんですからきっと…」

 

 冠城の言葉は、会場を埋め尽くすファンの歓声によってかき消された。

 ステージに立つのは14人の少女が、きらびやかな衣装を着て立っている。やがて会場に音楽が鳴り響き、舞踏会が開始された。

 その宴を眺めながら、冠城は思う。

 小笠原花梨や成田千代が、いまステージに立つシンデレラたちとともに舞う未来もあったのだろうかと。

 もしを語れば切りがない。

 だが、夢を持ち、夢を追いかけ、夢に敗れ、それでも夢を捨てきれなかった彼女たちに救いを与えるならば、その答えを目の前に広がる光景にしかないものなのかもしれない。

 会場は笑顔に包まれ、ステージ上にも笑顔の花が咲き乱れる。冠城はその下に、いまだ咲ききれない花や、枯れてしまった花の姿を幻視した。

 

 今日も夢見る少女たちはお城への道を歩んでいく。その先に茨が見えた道であろうとも…


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