嘘みたいだろ?本当はこのエピソード、当初は去年の内に終わらせる予定だったんだぜ…
しかも内容的にはあんまり進んでないという…
正直すまんかった。
若手女子レスラーに率いられ、関係者以外立ち入り禁止エリアのロープを超えていった杉下達は、選手控室と書かれた扉の前に案内された。
女子レスラーはノックをして扉を開けた。部屋の中を覗くと10人以上のレスラーたちが試合に向けて入念な準備をしている。その中にはコスチューム姿で柔軟をしている祐希子の姿もあった。
「失礼します。マイティ先輩、杉下様達をお連れしました。」
「うん、ありがとう京子ちゃん。杉下さんたちもいらっしゃい。今日は来てくれてありがとう!冠城さんと、えーとあなたは…」
「は、初めまして!杉下さんの職場の同僚で、友人の青木年男といいます!あ、あの…大ファンです!」
やや緊張した面持ちの青木が手を前に出して自己紹介をすると、祐希子は笑顔を浮かべて差し出された手を握る。
「いつも応援してくれてありがとう!今日も精一杯の試合をするから声援よろしくね!」
敬愛する女性から笑顔を向けられ、感謝の言葉を贈られた青木の顔は喜色に溢れていた。すると、その様子を見ていたオレンジのコスチュームを着た大柄な女性が杉下たちのもとに近づいてきた。
「よう、この人たちがお前が世話になったって人か?」
「うん!杉下さんと冠城さんと青木さん!」
祐希子が3人を紹介すると大柄な女性も祐希子に倣うように右手を差し出した。
「どうも。俺が祐希子のタッグパートナーのボンバー来島だ。祐希子の相棒として、そして新日本女子のレスラーとして、あんたたちを歓迎するぜ。」
腹に響く大声で自己紹介すると、来島は3人の右手を力強く握る。手が潰される、とは言わないまでも、女性の物とは思えないほどの強い握力で手を握られ3人は驚き、痛みに顔を歪ませる。その様子を見て、来島は企みがうまく言ったかのように笑みを見せた。
「ちょっと恵理、力入れ過ぎ。杉下さんたち痛がってるじゃん。」
「ははっ、わりぃわりぃ。お前が世話になったって人がどんな人たちか気になってな。いい人そうで安心したよ。」
祐希子が来島を窘めると、来島は悪戯が成功した子供の様な無邪気な笑みを浮かべる。その様子に祐希子は少し頬を膨らませるが、気を取り直して杉下たちに向き直るとテーブルの上に置かれている発泡スチールの箱を開く。
するとその中から暖かな湯気が立ち上る。
「杉下さんたち御飯まだでしょ?これ、会社が企業とコラボレーションして私がプロデュースした商品なんだよね。その名も『チャンピオンカレーまん』!私も製作に協力した特製のカレー餡が最ッ高に美味しいから、是非とも杉下さんたちに食べて貰いたかったんだ!。」
「え?これ俺たちが頂いてもいいの?」
湯気の中から現れた大ぶりの黄色い中華まんを指差し冠城が尋ねると、祐希子は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん!そのために控室に来てもらったんだし。ささっ!食べて食べて。」
薦められるままにカレーマンを手に取った冠城、青木、そして杉下の三人は、祐希子への礼も込めて「いただきます」と声に出し、勢いよく齧り付いた。そして、その味に目を見開いた。
「うまっ!なんだこれ!?滅茶苦茶うまいですよ。」
「ええ、程よい辛さとスパイスの風味が甘い皮と実によく合います。僕が今まで食べたカレーまんの中で、間違いなく一番でしょう。」
「えへへ。そう言ってくれると嬉しいなぁ。私カレー大好きで、かなり気合入れて開発に協力したんだよね。だからいろんな人に食べてほしくて。喜んでくれてよかったよ。」
照れたように頬を書く祐希子。その子供っぽいしぐさの会いあまって大変可愛らしい様子であるが、その彼女の後ろに白い人影が近づいてきていた。
「あらあら。佑希子さんがお幸せそうで何よりですわ。お世辞を察することが出来ずに額面通りに言葉を受け取れるなんて、おつむがお気の毒なのも場合によっては良い事もありますのね。」
あからさまに嘲笑する声色で嫌味を吐くのは、豪奢な長い金髪をたなびかせた色白な美女であった。肌の色に合わせたような白いコスチュームから彼女もレスラーであることが窺えるが、気品のある雰囲気は他のレスラーと比べても明らかに異質である。
彼女の登場に祐希子の表情が露骨に歪む。椅子から立ち上がると、止める間もなく突っかかっていった。
「ちょっと、それどういう意味!なんか馬鹿にされたような気がするんだけど。」
「フフフ。世の中には知らない方が幸せな事がありますのよ。おバカが自分はおバカと自覚するのは残酷な事ですもの。」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」
「あら、私としたことが。思わず口が滑ってしまいましたわ。オーホッホッホッホ!!」
目の前で突然言い争いを始めた二人の美女に冠城は唖然とするが、杉下は意外な人を見たかのように興味を示し、青木は『ビューティー市ヶ谷だ!!』と歓喜の声を上げていた。
「失礼。もしやあなたは元全日本女子柔道の女王、市ヶ谷麗華さんではありませんか?」
杉下がそう尋ねると、市ヶ谷と呼ばれた女性は目を輝かせて杉下の方を向く。
「まぁ、そちらの方は私の事を御存じなのですね。そうですわ!元全日本女子柔道の女王であり、世界に名高い市ヶ谷財閥の令嬢であり、そしてリングに割く一輪の白百合とは、この私、ビューティー市ヶ谷に他なりませんわ!オーホッホッホッホ!!」
「……リングに咲いたラフレシアの間違いじゃないの?」
自分の胸に手を当て、聞かれてもいないプロフィールを高々に読み上げた市ヶ谷に対し、祐希子がぼそりと呟くが、当の本人は自分に酔いしれているのか全く耳に聞こえていない様子である。
それを目にしても杉下は全く意に介した様子は無く、にこやかに市ヶ谷に対応する。
「やはりそうでしたか。大変お美しい女性でしたのでもしかしたらと思ったのですが…あっ、申し遅れました。杉下右京と申します。」
「まあ、ご丁寧にどうも。祐希子さんの御知り合いというのでどのような方かと思いましたけど、祐希子さんと違って随分と紳士的な方なのですね。」
「お、落ち着け祐希子!ほら、どうどう。」
市ヶ谷に詰め寄ろうとする祐希子を来島が必死に宥めている。この間、冠城は巻き込まれないように、しれっと騒ぎの中心から距離を置き、青木は興奮しながらその様子を写真にとっていた。
「それにしても、あの市谷選手がプロレスラーに転向しているとは知りませんでした。今日は試合に出られるのですか?」
「ええ。華麗なる勝利が約束された私の妙技、是非とも堪能していただいてくださいまし!」
「麗子、そろそろ試合の準備を。」
いい具合に自分に酔っていた市ヶ谷に水を差すような一言が、市ヶ谷の背後に現れた黒髪の女性から発せられた。市ヶ谷は一瞬不満げな表情を見せたが、相手を確認すると一転して顔を綻ばせた。
「あら、南さん。もうそんな時間でしたのね。それでは、名残惜しいですけど私はここで失礼させていただきますわ。ではまた、会場でお会いしましょう。オーホッホッホッホ!!」
高笑いをあげ、市ヶ谷は騒がしく去っていく。彼女に南と呼ばれていた女性は軽く杉下たちに頭を下げ、その後に続いて行った。まさしく、嵐のように現れ、その場をかき回すだけかき回していく、嵐そのもののような女性である。
腹が収まらないのは祐希子の方だ。散々言葉にならない悪態をつくと、市ヶ谷が去っていった方向にベーと下を出し憎々しげに睨み付けていた。
すると、今度は入口の方からにぎやかな声が聞こえてくる。杉下たちがそちらに目を向けると、首からタオルをかけ、顔を上気させた2人組の女性が部屋に入ってきた。
「いやー、疲れたー。まったく、今日の記者しつこ過ぎだよー。」
「ベルトに挑戦表明みたいな事したんだから仕方ないでしょ。まあでも、完全に新日本女子対さきがけの対抗図式をわかりやすく作れたのは良かったわ。って、あんた何勝手に冷蔵庫開けて飲んでんのよ!?」
「ん?いや、試合中喉ぶつけたのが気持ち悪くて。まずかった?」
「それ、社長がいつも飲んでるやつじゃない!たぶん坂本君が買ってきたやつよ!」
「げっ!まじで?やっちゃたなぁ…蓋がっちり絞めときゃ分からないかなぁ…」
「もう!ほら、貸して。」
飲んでいたペットボトルを見つめて眉を下げていた女性からペットボトルを取り上げると、注意した女性は思いっきりふたを閉めて冷蔵庫の中に戻した。残念ながら、はた目から見てもボトルの中身は明らかに減っており、無駄な足掻きであると判断できる。
「あれ?右京さん、そういえばあの二人って、さっきの試合で滅茶苦茶やってた二人じゃないですか?」
冠城が言うように、先ほどから冷蔵庫前で騒がしくしている二人は休憩時間の直前の試合で、対戦相手を血達磨にしていた新城姉妹という極悪タッグであった。だが、今の二人には試合中の悪刹な雰囲気は一切感じられない。
そんな二人に気が付いた来島が声をかける。
「あっ、マナカさん、アイカさん、お疲れさまっす。」
「おおう、ボンバーちゃん、マイティちゃん、お疲れ。さっきの試合ありがとね。お客さん盛り上がってくれたよー。」
「ははっ、そういうことはうちの社長に言ってください。俺たちは会社の指示に従っただけですし。」
「だとしても、あなた達がアングルを快く飲んでくれたおかげで今回の因縁が生まれて、外野が盛り上がってくれたんだから。武藤ちゃんと結城ちゃんにも後でお礼を言わなきゃいけないんだけど、二人は医務室?」
「はいっ!まあでも、大きなケガは無いみたいですから、すぐに試合に復帰できるみたいです。」
「そう。それは良かった。ところで、そちらの方々はどちら様?」
マナカと呼ばれていた女性が杉下たちを指しながら尋ねると、祐希子がそれに答える。
「この人たちは杉下さんと、冠城さんと、青木さん!警視庁の刑事さんで私の知り合い!」
「うぇっ!てことは、一般の人たちってこと!?ちょ、ちょっと早く言ってよ!アイカ、準備!」
「あ、ああ。わかってる!」
マナカとアイカはとつぜん慌てふためき始め、髪を整え喉の調子と整えるように咳ばらいをすると、背中を丸め下から杉下たちに睨みを飛ばす。
「なんだわれら?マイティやボンバーのファンか?そがぁなもんじゃのぉて、うちたちの事を見ての。」
「ああ、そうじゃ。こがぁなお嬢様のお遊びじゃのぉて、本物の喧嘩っちゃつをうちらが見せちゃるけぇの。」
先ほどまでの丁寧な対応と打って変わり、チンピラのような態度と広島弁に冠城は戸惑いを隠せない。
「えっ?ええ、いったいどうしちゃったの、この子たち。」
「冠城さん。これが彼女たち新庄姉妹のギミック、いわゆる設定ってやつなんです。ハードコアマッチを得意とする広島出身の腹違いの姉妹。さきがけ女子プロレス看板タッグです。」
「設定?つまりキャラを演じてるってこと?」
「あぁん?何がキャラじゃ!あんまし嘗めた口きいとると、しばきまわすで!」
冠城の発言にマナカが激高して詰め寄る。その様子を見ていた杉下は冷静に青木の言葉を分析した。
「なるほど、つまり彼女たちは普段の姿とプロレスラーの姿を使い分けているという訳ですね。リング上やファンの前では広島弁を使い、暴力的な姿を意図的に見せてると。」
「はい。ちなみにマナカさんは東京出身、アイカさんは横浜出身のバリバリのシティーガールで、血縁関係も全くありません。」
「おい、ちぃとげにやめろ。営業妨害じゃ。」
どことなく切実な声色でアイカが言う。それを見て、冠城はプロレスラー特有の苦労を知り、少しだけ優しい気持ちになった。マナカもアイカも、素の姿は普通の女性と変わらないのでなおさらだ。
「おい、何じゃ。その必死に不良のまねして高校デビューしちょる男子高校生を見るような目は?」
「いやいやそんな。まぁ、なんというか……頑張ってください。」
「なんか馬鹿にしとるじゃろわれ!」
怒声を上げて冠城に掴みかかろうとするマナカだが、素の姿を知ってしまうと、それすらも子犬が刃を向いて必死に吠えているように見えてしまう。
すると、新庄姉妹の背後から、また新たに二人の女性が現れたのに祐希子が気付く。
「あっ、めぐみたち戻ってきた。治療終わったのかな?」
「なにっ!ちょっと待っててください!アイカ、行くよ!」
「う、うんっ!」
マナカはアイカを連れて武藤めぐみと結城千種の下へ行き、必死に頭を下げ始めた。
「めぐみちゃん、千種ちゃん、さっきの試合はありがとう。あんなきついバンプまでやってくれて。」
「傷ちゃんと治療した?女の子なんだからだ、顔に傷を残しちゃだめだよ。」
甲斐甲斐しく対戦相手の心配をする新庄姉妹に、キャリアで劣る武藤と結城も少し困ったような笑顔で対応する。
その様子を見て冠城は横の青木に話しかける。
「なぁ、あの子たちって実際はかなりの良い子だよな?なんであんな子たちが悪役の真似をやってるんだ?」
「良い子だからこそですよ。プロレスにおける悪役ってのはヒールって言うんですけど、ヒールは観客からのヘイトやブーイングを受けて、正義側のレスラー、ベビーフェイスを立たせなきゃいけないんです。ヒールにとってブーイングは歓声と同じ。ブーイングに不貞腐れてちゃ、ヒールレスラー失格だ。つまり、時には快く踏み台になる事を受け入れる器の大きさと、周囲への気配りが出来る人じゃなきゃヒールは務まらないんです。」
「それってなんか、損な役回りだな。」
「いやいや、そうでもないですよ。ファンも分かっていますから、本物のヒールレスラーには尊敬の念を抱き、時にはベビーフェイスのレスラー以上の声援を送るんです。正義も悪も超越した存在、それが真のヒールレスラーなんです。」
「そういえば、悪役レスラーの人ほど普段は優しいという話も聞いたことがありますねぇ。」
杉下がそう呟くと、青木は勢い良く頷く。
「はい!冠城さんも見たことあるんじゃないですか?キングコングみたいな金髪の強面レスラーが朝の情報番組で美味しそうにスイーツを食べてるの。あとは、年末に芸人にビンタする事で御馴染の黒のカリスマが、女子高生が戦車に乗るアニメのに夢中になって応援大使になったり、ヒールの人たちだってリングの外じゃ普通の人と変わらないだなんて珍しい事じゃないんですから。」
「なるほど、あの子たちを見てると正しく聞こえてくるな。」
冠城が見つめる先では、マナカとアイカが相変わらず武藤と結城に頭を下げていた。リング上で対戦相手を血祭りにあげていた側と、されていた側とはとても思えない。
すると再び入り口のドアが開き、大柄なタイツ姿のレスラーと思われる女性とスーツを着た男女が入ってきた。
その瞬間、室内にいたレスラー全員が勢いよく起立する。
「「「「社長、お疲れ様です!」」」」
「はい、みんなお疲れ様。前半はみんなのおかげでお客さんも満足してくれたみたいだから、後半も引き続き頑張っていきましょう。」
「「「「はいっ!」」」」
声の合った挨拶をし、腰を90度に曲げる一同にスーツの女性が手を挙げて軽く返す。それだけで、その女性がこの場でどういう人物なのかが分かる。
「なぁ、あのスーツの人って確かパンサー理沙子だったっけ?」
「冠城さんも流石にパンサー選手の名前は知ってたんですね。そうですよ。彼女が女子プロレスの象徴といわれ、引退後は新日本女子プロレスの社長を務めているパンサー理沙子さんです。
そして、あちらの女性がさきがけ女子プロレスの選手兼社長のヴィクトリー旭選手で、スーツの男性がさきがけ女子のリングアナウンサーの坂本さんです。」
「すげぇな、リングアナウンサーまで知ってるのかよ。」
「坂本さんは旭社長と一緒にさきがけ女子を立ち上げた人なんです。選手のマネジメントや会社の運営もやっていて、プロレスファンの間ではけっこう知られているんです。」
冠城が青木から講釈を受けていると、杉下達に気が付いた理沙子がよってくる。
「もしかしてあなた、杉下右京さんかしら?裕希子の恩人の…」
「ええ。私がそうです。」
「まぁ、やっぱり!なんとなくそうなんじゃないかと思ったんです。初めまして。新日本女子プロレスの社長を務めています、パンサー理沙子です。」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる理沙子。その上品さからはとても元プロレスラーとは思えないものがあった。
杉下達も思わず居ず舞いが正される。
すると、ヴィクトリー旭が理沙子に尋ねる。
「理沙子、こちら人達は?」
「うちの裕希子が昔お世話になった警視庁の刑事さん達よ。今日は裕希子の応援に来て頂いたの。」
「もう社長!その言い方だと私が犯罪をしたみたいじゃないですか!」
「あら?似たような事して警察に連れて行かれたんじゃなかったかしら?」
それを言われると辛いのか、裕希子の歯切れが途端に悪くなる。
一方で旭と坂本は興味深げに杉下達を見る。二人の目は獲物を見つけた獣の如く、鋭く光っていた。
「なるほど、警視庁の刑事さんか。どうです、警視庁のイベントでタレントを探してたりしてませんか?うちだったら試合が無い限りいつでも大丈夫ですが。」
「なんだったら警視庁舎前で試合もやります。あっ、これ私の名刺です。ご連絡はこちらに。」
いきなり始まった営業に、杉下も勢いに押され思わず坂本から名刺を受けとる。
警察相手に最初からここまで押して行ける人間はなかなかいない。
「こらこら、刑事さんが困ってるじゃない。休憩もそろそろ終わるし、営業はまた今度ね。」
「うん?おっと、もうこんな時間か。では刑事さん、この話しはまた後日。」
「ご連絡をお待ちしています。」
最後まで杉下に話す時間を与えず、旭と坂本は一方的に握手を交わすと新庄姉妹のもとへ行く。
その様子を眺める杉下に理沙子は頭を下げる。
「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしてしまって。あの二人も悪気がある訳じゃ無いんです。ただ、経営的に厳しい時期を長く経験していたから、営業活動に貪欲なところがあって…」
「いえいえ、僕は全く構いません。むしろ、部署柄イベント等には口を出せないのでお力添え出来ないのが申し訳ないくらいです。」
「そう言って頂けると助かります。では、すいません。見て回らなければいけないところがあるので、また後程。後半も楽しんでいってください。」
最後にもう一度頭を下げると、理沙子は他のレスラーに声をかけに行った。
「では裕希子さん、僕たちもこの辺でおいとまさせて頂きます。カレーまん、御馳走様でした。試合の方も頑張って下さい。」
「うん!応援よろしくね!」
笑顔の裕希子に謝意を示し、杉下達はその場を辞した。
会場内の席に戻ってきた杉下達は、試合が再開するのをのんびりと待っていた。
しかし、休憩時間が終わったにも関わらず、一向に試合が再開される気配が無い。観客席にもにわかに不穏な空気が流れる。
「なかなか始まらないですね。何かあったんですかね?」
「ええ、休憩時間は30分という事でしたが、既に40分が経過しています。」
何かトラブルが起きているのではないか、と杉下達が不安に駆られていると、会場内にアナウンスが流れる。
『会場のお客様にお知らせします。現在、選手にトラブルが起きたため、試合の再開が遅れています。また、試合に出場する一部の選手にも変更が出る事を合わせてお詫び申し上げます。再開まで今しばらくお待ちくださいませ。』
アナウンスが終わると、会場内にざわめきが広がっていく。観客の誰もが怒りよりも先に困惑を覚えているようであった。
「どうやら、本当に何かあったようですねぇ。」
「そのようで。いってみます?」
「いってみましょう。」
「あっ、僕も行きます。」
3人は席を立つと、先ほどまでいた控え室に戻って行った。
控室に着くと、レスラー達が慌ただしく動き回っていた。皆一様に取り乱し、顔を青くしている
杉下はその中から裕希子を見つけ出すと、手を挙げて声をかける。
「裕希子さん、ここです。」
切羽詰まった顔であった裕希子は、手を振る杉下に気付き安堵の表情を浮かべる。
杉下は裕希子に事情を聞くために控室に入る。するとそこで、入り口近くの冷蔵庫の側が散らかっているのに気が付いた。
「杉下さん…」
「裕希子さん、いったい何が…」
「それが、旭社長が急に倒れちゃって…」
「倒れた?それは何故?」
「そんなのわからないよ!急に苦しみ出して胸の辺りを押さえてるかと思ったら、倒れて気を失ったんだから!」
裕希子自身かなり混乱してはいるようだが、受け答えははっきりしており最低限の平静は維持出来ているようだ。
それを確認して杉下は質問を続ける。
「他の人たちはどうしていますか?パンサーさんや、さきがけ女子プロレスの方々の姿がみえませんが。」
「社長はスタッフと今後の打ち合わせをしてる。さきがけの人達は旭社長の看護をしてた。救急車を呼んだからロビーにいると思うけど…」
それを聞いた杉下は冷蔵庫の方へ行くと、床に落ちていたペットボトルをハンカチで掴み上げる。中にはまだ半分ほど水が入っていた。
「この水はさきがけ女子プロレスの坂本さんが旭社長の為に買ってきたものでしたね。旭社長はこれを飲んだ後に倒れたのでしょうか?」
「う、うん。確かそうだったと思うけど…」
杉下は裕希子の返答を聞き、ペットボトルを振って鼻に近付け匂いを嗅ぐ。
そして、真剣な眼差しを冠城に向ける。
「冠城君、すぐに警察に連絡してください。それと、今日この部屋を出入りした人を全員集め、警察が来るまで会場の外に出ないように伝えてください。」
矢継ぎ早に指示を出し、再び裕希子に向き直る。
「裕希子さん、救急車が来たら今この部屋から離れている人達を呼び戻して来てください。旭社長は毒物を飲まされた可能性があります。」
レッスルエンジェルスの中では市ヶ谷様がレスラーとして一番好きです。
元全日本女王で、金持ちで、タッパがあって、ナチュラルボーンヒールとか、プロレスラーとしギミックの宝庫すぎる。
なんかもうビンスとカート・アングル足して女体化させた感じですね、市ヶ谷様って。裕希子にホース車でカレーぶっかけられそう…
さて、次回からようやく捜査編です。
お楽しみはこれからだ!