このエピソードも次かその次でラストです。
劇場版 相棒の公開が始まりましたね。私の地元がロケ地になったとかで大変楽しみにしてたのですが、仕事の関係で暫くは観に行けそうにありません。
悲しい…
つい数時間前まで数十名の女子レスラー達が戦いの準備をしていた控室。現在、レスラー達は別室に移され各自事情聴取を受けている。
残っていた試合は全て中止となった。
代わって室内では鑑識が証拠品の採取に勤しんでおり、部屋の外からその様子を眺めながら話をする二人の刑事がいた。
毎度お馴染み、警視庁捜査一課の伊丹と芹沢である。
「被害にあったのは、プロレス団体 さきがけ女子プロレスの代表取締役兼レスラーのヴィクトリー旭さん、本名旭川克美さん、32才。本日18時55分頃、この部屋に備え付けてある冷蔵庫に冷やしてあったペットボトル入りのミネラルウォーターを口にした直後、体の不調を訴え意識を失いました。現在、救急搬送された病院で治療を受けていますが依然意識は戻っていないそうです。医師によると、中毒症状が見られるようです。」
「毒はミネラルウォーターに仕込まれていたのか?」
「それについては鑑識の結果を待ちですが、毒物は即効性の高いものだそうで、直前まで飲んでいた飲み物に混入していた可能性が高いようです。」
「なるほどな。で、そろそろ特命係が現場に一番乗りしている訳を教えていただけませんかね警部殿!」
「あ、僕もいますよ。」
往年のヒールレスラーを思わせる鬼の眼光で特命係を睨み付けるも、当の本人達はどこ吹く風。いつも通りの事だ。
ちなみに青木の声は無視された。実にいつも通りである。
「訳と言いましても、今回ばかりは全くの偶然。たまたま知り合いから今日の試合に招待され、たまたま事件に居合わせたに過ぎません。」
「ええ、全くの偶然です。」
「本当かぁ?」
「本当ですって。」
なおも疑った様子で特命係を睨み付ける伊丹だったが、埒が明かないと判断したのか聞こえよがしに舌打ちをして二人から目線を外した。
「まあ、とにかくあなた方には本事件を捜査する権限はないので、速やかにお帰りして頂けると嬉しいんですがね。」
「そうしたいのは山々なんですがね、そうもいかない事情があるんですよ。」
「はぁ?ちょっと何を言って…」
「ヴィクトリー旭さんが毒物を摂取する直前、僕たちもこの現場にいたんです。」
「なに!?どういう事ですか!」
杉下の言葉に伊丹が食いつくと、杉下の口角が僅かに上がる。
「今回僕たちを招待してくれた新咲裕希子さんにこの控室に招かれたのですが、会場内の席に戻る為に部屋を後にしたのが18時50分頃。時間も確認していたので間違いありません。旭さんが毒の混入したミネラルウォーターを摂取したのが18時55分頃だとすると、毒が混入された瞬間を目撃していたかもしれませんねぇ。」
話を聞き終わった伊丹は、その内容をじっくりと吟味する。その顔からは特命係を捜査に参加させる事のメリットとデメリットを天秤に掛けているのが伺えた。
そこで杉下はもう一手打つ。
「先ほども申し上げたように、今回の事件関係者には僕の知人が含まれます。今後事情聴取をするに当たっても、何かしらの役に立つのではないでしょうか?」
「あなた方がいると証言者の口が軽くなると?」
「確約は出来ませんが。」
杉下の返答に伊丹は荒っぽく頭を掻くも、やがて諦めた様子で大きく息をつく。
「どうせ帰れと言ったところで、勝手に動くんでしょ。だったら目の前にいてくれた方がまだ安心です。」
「ご配慮、感謝します」
杉下が冠城と共に頭を下げると、伊丹は憎々しい顔をしながらも、はいはい、と返事する。
「芹沢、被害者が倒れる直前に近くにいた人間から呼べ。まずは関係者から話を聞くぞ。」
証言者① 坂本信一
最初に呼ばれたのは、さきがけ女子プロレスのリンクアナウンサーで、ヴィクトリー旭の片腕として選手のマネジメントも務める坂本であった。
坂本は眼鏡を掛けた気弱そうな細身の男性で、見た目からはプロレス団体の関係者とはとても思えない。
「坂本さん、あなたは旭川克美さんが倒れた時、一番近い位置にいたそうですね。その時の様子を教えて下さい。」
伊丹が丁寧な口調で尋ねると、坂本は緊張した様子でそれに答える。
「は、はい。えーと、社長は自分の試合の30分前にいつも決まった銘柄のミネラルウォーターを飲むんですが、あの時もいつもと同じように水を飲んでたら急に苦しみ出して倒れたんです。はい…」
「その時、いつもと違った点などはありましたか?」
「そうですね。強いて上げるなら、前もって買っていた水をアイカさんに少し飲まれていたことくらいですかね。」
「アイカさんが人の物を勝手に飲食する事は普段からよくあるのでしょうか?」
「え?ええ。ちゃんと埋め合わせはしてくれますし、社長も彼女の性格はよく知っているので、やれやれといった感じですね。あの時もあまり気にした様子は見せていませんでしたし。」
横から杉下が唐突に質問をすると、坂本は少し虚を衝かれたような顔をするが律儀に返答する。一方で伊丹は苦々しい表情を浮かべるが、気持ちを切り替えるために咳払いをすると、質問を再開する。
「旭川さんが飲まれたミネラルウォーター。買ってきたのは、あなたという事だそうですが、普段からあなたが用意されるんですか。」
「はい。大抵は会場近くのコンビニで買うのですが、売ってなかった時は別のミネラルウォーターを購入します。社長も特別こだわっていたわけじゃないんで。」
「買ってきた物は直接本人に渡したんですか?」
「ええ。確か直ぐに冷蔵庫に入れてたはずです。」
その事を伊丹がメモしていると、再び杉下が横から口を出す。
「なるほど。ところで、坂本さんは旭社長と団体を設立した当初からの長い付き合いだそうですが、お二人がプロレス団体を立ち上げるきっかけは何かあったのでしょうか?」
「私は元々商社に勤務していたんです。ただ、学生の頃からプロレスのファンで、いつかプロレスに関わる仕事をしてみたいと思ってたんです。そしたらある日、引退していた女子プロレスラーのヴィクトリー旭が現役に復帰して、新団体を旗揚げしようと人を集めていると人づてに聞いたんです。その時直感的に、これを逃したら二度とチャンスは訪れないと思って、直接社長の元を訪ねたんです。きっかけと言えばそれですね。」
「なかなか思い切った事をされたのですね。商社マンという安定を捨て、出来上がってもいないプロレス団体に転職するというのは。」
「ええ、全くのゼロからのスタートでしたから。レスラーを集めて、会場を手配して、お客さんを呼ぶ。何もかも自分達の力でやらなければならなかったですし、最初の頃は公園や倉庫のような場所で試合をしてたんです。まあでも、金銭的な余裕が無いのは今も変わりませんけど。」
「確かさきがけ女子プロレスは俗にいうインディーズ団体というそうですが、経営は厳しいのですか?」
「警部殿!いい加減にしてください!事情聴取をしているのは我々なんです!」
捜査一課を無視して質問を続ける杉下に遂に伊丹がキレた。それに対して、杉下は素直に頭を下げる。
「申し訳ありません。ですが最後に一つだけ。坂本さん、旭社長に恨みを持っている人間に心当たりはありませんか?」
「いえ、ありません。少なくとも、私の知る限りは。」
杉下の目を真っ直ぐに見つめ、坂本はキッパリと言い切った。
「確かに社長は職業柄や本人の性格もあって、良くも悪くも目立つ人でした。ですが他人を無下に扱うような人ではなく、会社の人間からも非常に信頼されています。無論、プロレスに関しては一切の妥協を許さず厳しい事も言いますが、それは全て相手を思っての事です。あの人ほど情に篤い人間を私は知りません。」
証言者② 新庄アイカ
二番目に呼ばれたのは、旭川よりも先にペットボトルに口を付けた新庄アイカであった。
椅子に座ったアイカは所在無さげに視線をさまよわせた。
「緊張されずとも大丈夫ですよ。あくまで当時の状況を確認する目的での聴取であって、取り調べのような堅苦しいものではありませんので。」
「あっ、すいません。どうも警察の人を意識すると落ち着かなくて。」
杉下が緊張を解す為に優しく話し掛けると、アイカは恥ずかしげに頬を掻く。そんな二人を伊丹がじろりと睨み付けてから口を開いた。
「じゃあ早速ですがお話を聞かせてもらいます。新庄アイカさん、あなたは坂本さんが旭川さんに買ってきた飲み物を先に飲んだそうですが、本当ですか?」
「はい。試合中に喉を痛めちゃって、何でもいいから飲み物が欲しかったんです。」
「それは時間で言うと何時くらいの事ですか?」
「えっと、インタビューが終わってすぐ控室に行ったから18時40分くらいかな?」
「どのくらいの量を飲まれたんですか?」
「ほんの少しですよ?一口だけだったんで。」
「その後、体調が優れないとかはありませんか?」
「いえ全く。」
「それは結構で。インタビューが終わってから控室に戻るまでに、どこかに立ち寄ったりされましたか。」
「いえ、真っ直ぐに戻って来ました。」
「その間、誰かと一緒にいましたか?」
「はい。相方のマナカと。あの、もしかして刑事さん、私の事を疑ってます?」
「すいませんね。なにぶん事件性が高い件ですので、あらゆる可能性を考えなければなりませんから。」
アイカからの問いかけを軽くかわし、伊丹はメモ帳に視線を落とす。
その後も、伊丹と芹沢は相手に考える暇を与えず交互に矢継ぎ早の質問を繰り返す。その間に、アイカの表情を注意深く観察する事を忘れない。
特命係の二人も、彼らの背後からじっと聴取を眺めていた。
証言者③ 新庄マナカ
「さきがけ女子プロレス所属、新庄マナカ。本名は桜田美紀恵です。」
次に部屋に呼ばれた新庄マナカは、先の二人に比べると落ち着いた様子で事情聴取に応じた。
マナカに対する質問は、アイカにされたものとほぼ同じものがされた。
確認の意味合いが強い内容であったが、マナカの応答はアイカの応答を裏付ける結果となった。
「それでは、あなたはアイカさんが飲んでいたペットボトルを取り上げて、キャップを閉めたんですね。アイカさんは本当に中の水を飲み込んでいたんですか?」
「はい。少しですけど中身が減っていたので間違いありません。」
「その後、あなた方は旭川さんに促され一緒にシャワーを浴びに行き、他のレスラーに旭川さんが倒れたと知らされるまでシャワーを浴びていたと?」
「はい。」
伊丹は顎に手を当て考え込む。ここまでの所、マナカの証言はアイカのものと矛盾していない。
結局のところ、マナカの証言からは目新しい事実を知ることは出来ず、アイカの証言の真実味を上げる事にしかならなかった。そう伊丹と芹沢が決定付けようとした時、二人の背後から声が上がる。
「少しお尋ねしたいのですが、お二人は普段から共に活動しているそうですね。どういった経緯があってお二人のようなうら若き女性がプロレスラーになられたのですか?」
「冠城…お前まで…」
「まあまあ、これも旭川社長と新庄さん達の関係を深く知るためだと思って、お願いします。」
「……はぁ、勝手にしろ。」
投げやりに言う伊丹に軽く頭を下げ、マナカの前に座ると冠城は人の良い笑顔を見せる。
「まあ、そういう訳なんだけど、教えて貰ってもいいかな?」
「は、はぁ。と言っても、私の場合は特別な事情があった訳じゃありませんよ。学生時代にアマレスをしていて、社長にスカウトされてこの業界に入ったんです。まぁ、元々プロには興味があったんですけど。」
「なるほど。才能があったんだね。アイカさんも同じ感じだったの?」
「うーん。アイカはちょっと違います。あの子も社長が連れてきたんですけど、スカウトと云うよりは保護に近い形で入団させたんです。」
「保護?」
「あの子、実の親に育児放棄されていたんです。まともに中学校にも通うことも出来ず、食べ物に困って盗みを働いたところを警察に補導されて、施設に預けられた。そんなある日、施設の慰安訪問に訪れた社長がアイカを見つけて、団体に引き入れたそうです。何でも、死んだ目をしていたのが気に入らなかったとかで。」
「そんなことが…」
「ほんと、無茶苦茶ですよね。でも、プロレスを通し、無理矢理にでも生きている実感与えた事であの子は変わりました。社長のおかげでアイカは救われたんです。」
感慨深げに染々と語るマナカ。その相貌を杉下はじっと見詰めていた。
証言者④ パンサー理沙子
「私と旭社長は休憩時間に入るまでの間、関係者席に並んで座って試合を観戦してました。坂本さんも一緒です。」
次に呼ばれたパンサー理沙子も比較的落ち着いた様子で聴取に応じた。
流石に一企業の社長を務めているだけあって一つ一つの受け答えがはっきりしており、聴取はスムーズに進んで行く。
「では、旭川さんが水を飲んで倒れるまでに不自然な様子は…」
「なかったと思います。旭社長は今回の提携にかなり力を入れていたので、体調も万全に整えて来るように最善を尽くしていました。なのにこんな事になるなんて…」
そう言って理沙子は悔しげに唇を噛む。
そんな表情でさえ美人がやると絵になるもので、普段とはまた違った魅力が見えてくる。
「冠城さん。なにか事件とは別の事を考えていませんでしたか?」
「いや、別にそんなことは…」
青木に図星を突かれ返事が中途半端になってしまう冠城だが、そこで彼はあることに気が付いた。
「あれ?右京さんはどこに?」
「杉下警部ならさっき僕が鑑識から聞いた新たな情報を教えたら、気になる事があるとか言って出ていきましたけど。」
「はぁ?新たな情報ってなんだよ?」
冠城が聴取を続ける伊丹達に気付かれない様に小声で尋ねると、青木は冠城の耳に手を当てる。
「何でも、被害者の口の中から綿が出てきたそうですよ。」