多重世界の特命係   作:ミッツ

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歌姫の守り人 3

「961プロっていうと、大手芸能プロダクションですよね?」

 

 芸能情報にさして詳しくないカイトであっても、961プロの名には聞き覚えがある。カイトの問いにプロデューサーは頷いて肯定を示す。

 

「ええ、最近でも男性アイドルユニットのジュピターが人気だったり、芸能プロダクションとしての規模はかなり大きいです。」

 

 ジュピターの名にも聞き覚えがある。3人組のアイドルグループでCMやバラエティー番組にも結構な頻度で顔を出している。彼らの成功を見るに、961プロダクションのプロデュース能力は確かなものがあるのだろう。

 

「でもなんで961プロは765プロに対して嫌がらせを続けるんですか?大手がそう言った手段に出るのは何かとリスクがある気がするんですけど?」

 

カイトにとって最大の疑問はそこだった。企業というのは大きくなればなるほど周りからの目は多くなり、社会的責任は大きくなる。もし仮に961プロの行った妨害が事実であり、そのことが公にされた場合の損失は計り知れないものとなるだろう。人の目に映ることを生業とする芸能業界ならなおさらだ。不正行為に手を出したというイメージは容易に払拭できないだろう。

 そのリスクを背負ってまで961プロが765プロに妨害工作を行った理由がハッキリとしない。カイトの問いに対し、プロデューサーは少し思案するように間を取ると答えた。

 

「……たぶん、765プロが目障りになってきたからじゃないでしょうか?」

 

「目障り?」

 

「はい。嫌がらせが始まったのはちょうど感謝祭ライブを終えて、うちの子たちが売れ始めた暗いからなんです。こういった業界ですから、出る杭は打たれることもあるみたいで…」

 

「つまり、961プロは最近になって売れ始めた765プロを警戒し、けん制する意味も込めて嫌がらせを始めたわけですね?」

 

 カイトが確認を取るとプロデューサーは少し間をあけて頷いた。芸能界は華やかなばかりではないとは言うが、現場の人間から話を聞くと確かな現実感がある。それに巻き込まれる少女たちの事を考えると、カイトは少々げんなりとしてしまった。

 

「それと、うちの事務所の社長と黒井社長に昔因縁があったみたいで…」

 

 因縁について言葉を続けようとしたプロデューサーであったが、それはこの場に新たに表れた二人組によって遮られることになった。

 

「特命係のお二方~。どうしてここにいるのでしょうか~。」

 

 わざわざ節をつけてまで嫌味を言ってきたのは、毎度おなじみ捜査一課の伊丹と芹沢である。

 

「これはどうも伊丹さん。僕たちも例の事件について調べようと思いまして、関係者に聞き込みの方を。」

 

 そしてこの杉下のそつのない対応も普段通り。全く意に介した様子がないのを見て伊丹が大きく舌打ちをする。ここまでテンプレである。

 

「あ、あの、あなた方々はいったい?」

 

 唯一展開についていけてないプロデューサーが困惑気味に尋ねる。伊丹たちは警察手帳を見せながら答えた。

 

「どうも。警視庁捜査一課のものです。」

 

「捜査一課?あの、この人たちも刑事さん達じゃ…」

 

「その二人はちゃんとしてない刑事さん達です。我々はちゃんとした捜査一課の刑事ですので。お間違えなく。」

 

「は、はあ…」

 

 どうも納得は言ってないようだが、警察も複雑なんだなとプロデューサーは結論付けた。そうしている間に捜査一課の二人はメモ帳を取り出し、聞き取りの準備を整えた。

 

「既にそこの二人から聞いてると思いますが、我々は渋澤卓也さんが死亡した件について調べを進めています。渋澤さんのことはご存知でしたか?」

 

「ええ、まあ。というよりも最近うちのアイドルに付きまとってた記者というだけで、名前自他はさっきそちらの刑事さん達から聞きました。」

 

「…なるほど。では、四条貴音さんを呼んできてもらえませんか?」

 

 そう伊丹が言った瞬間、プロデューサーの表情が変わった。

 

「ちょっと待ってください。なんでここで貴音が出てくるんですか?」

 

「被害者の渋澤さんですが四条さんのことをつけまわしてたそうですね。しかも、警察署でのイベントであなた方とトラブルになった。その際、四条さんが渋澤さんを派手に投げ飛ばしたのを見ているんですよ。たくさんの警察官がね。」

 

「幸い、非は渋澤さんにあったってことで四条さんはお咎めなしってことになりましたけど、この事を渋澤さんが逆恨みしてたってのも考えられますよね。」

 

「あ、あなた達は貴音がその人を殺したとでもいうんですか!」

 

「いいえ、そんなことは言ってませんよ。ただ、このままだと四条さんには警察署へご同行を願わなければいけなくなるかもしれませんからね。そうなるとマスコミの格好の餌になると思うんですが、それは不本意でしょう。あなた方も我々も。」

 

 最後に軽く脅しを入れながら伊丹はプロデューサーを説得した。

 おそらく捜査一課では四条貴音が容疑者として有力視されているのだろう。しかし相手は未成年。それも全国的に人気なアイドルとなればマスコミが嗅ぎ付ける前に解決するのが望ましい。そのため捜査方針としては周りの人間から情報を集めつつ、本人に対しゆさぶりをかけるといった多少強引なものになっているのだろう。

 プロデューサーは苦汁を舐めるような表情で考えを巡らせていたが、やがて顔を上げると「わかりました。貴音を呼んできます。」と言ってステージに向かった。

 それから数分後、プロデューサーはステージ衣装を着た銀髪の少女を連れて戻ってきた。この少女が四条貴音だろう。特徴的な頭髪はカイトも見覚えがある。

 貴音は4人の刑事たちを前にすると深く頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。四条貴音と申します。」

 

 そのしぐさがあまりにも様になっており、どこか幻想的な雰囲気にさらされたためか、伊丹たち捜査一課とカイトは一瞬の間、呆然と四条貴音の姿に見惚れてしまう。四条貴音はまさしく銀色の令嬢と言ってよい美女だった。 そんな中、杉下だけは恭しく貴音に礼を返した。

 

「どうもはじめまして。警視庁特命係の杉下と申します。」

 

 杉下が礼をしたことで慌てて残りの三人がそれに続いて頭を下げる。

 

「あっ、どうも、警視庁捜査一課の伊丹です。本日は四条さんに聞きたいことがあって出向かせていただきました。」

 

「まあ、警察の方が私にですか?いったいどのようなことでしょうか?」

 

「実はある事件について捜査をしているのですが、この男性についてご存知でしょうか?」

 

 そう言って伊丹は貴音に渋澤の写真を見せた。

 

「この殿方は…確か、以前私の事をつけていた記者の方だと存じ上げていますが…」

 

「この人、渋澤さんというのですが、今朝方死亡しているのが発見されました。」

 

「なんと!それは真ですか?」

 

 驚いた様子を見せる貴音に演技の色は見て取れない。しかし、相手は少女成れど芸能関係者。そん所そこらの餓鬼と一緒と考えていたら痛い目にあうかもしれん、と伊丹は気を引き締めた。

 

「ええ。それで渋澤さんが亡くなる前に接していた人たちに話を聞いて回ってるんですが、四条さん、あなた最近渋澤さんを身近で見かけたことはありますか?」

 

「……いえ、この殿方を見かけたのは警察署で一日署長を務めさせていただいた時が最後だったと記憶しています。」

 

「…そうですか。じゃあ四条さん、昨日の夜10時ごろ、どこで何をしていたか教えていただきますか?」

 

「まあ!それはもしや、ありばい確認と言ったものでしょうか?」

 

 途端に貴音の深窓の令嬢然とした雰囲気が崩れる。楽しそうに目を輝かし始めた貴音に対し、伊丹は言いようのないやりづらさを感じていた。主に美人のギャップ的な意味で。

 

「え、ええまあ。んんっ!それで四条さん、昨夜の夜10時頃はどこにいましたか?」

 

「私が昨夜何をしていたかですか?大変残念ながら、それはとっぷしーくれっとです。」

 

「………は?」

 

貴音の返答に伊丹は困惑したように聞き返す。思わず、なんて言ったこの女?と隣の芹沢に聞きそうになったのをぐっと堪え、伊丹は改めて質問する。

 

「とっぷしーくれっと?ってつまり、昨日自分がどこで何をしていたか答えられないってことでいいんですか?」

 

「そう考えていただいて問題ありません。それに私は興味本位で人の素性を聞くのは好みではありません。人には誰しも秘密の一つや百個はあるのですから。」

 

「おいこらテメエ警察舐めてんのか?あぁ?」

 

「落ち着いてください先輩。貴音ちゃんはこういうキャラなんです。」

 

 今にも切れそうになっている伊丹を芹沢が必死に宥める。その様子を見て貴音は不思議そうに首を傾げ、プロデューサーは顔に手を当て項垂れている。どうやら今のが四条貴音の素のようだ。

 気を取り直し、深呼吸をしたのち伊丹が質問を再開する。

 

「じゃあ、ご自宅の場所を教えていただいてもいいですか?」

 

「申し訳ありません。とっぷしーくれっとです。」

 

「ご実家にお住まいなんですか?」

 

「とっぷしーくれっとです。」

 

「親御さんのお名前は?」

 

「とっぷしーくれっとです。」

 

「…好きな食べ物は?」

 

「らあめんです。」

 

「このアマやっぱ舐めてんだろ!」

 

「す、すいません!貴音もふざけてるわけじゃないんです!」

 

 激高しだした伊丹に対しプロデューサーが慌てて平伏するが時すでに遅し。貴音に対する伊丹の印象は最悪と言っていいものになっていた。

 

「わかりましたよ。四条さんの事件当時の動きに関してはこちらで勝手に調べさせていただきます。場合によっては警察に足を運んでもらうかもしれないのでよろしくお願いします。行くぞ芹沢。」

 

「はい。」

 

 最後に貴音を睨み付けると伊丹たちはライブ会場を後にした。残されたのは状況の理解が追い付かないのかキョトンとしている四条貴音と、頭を抱えて今後の対応について考えているプロデューサーだった。そんな二人に杉下は横から声をかけた。

 

「それでは我々もお暇しようと思います。貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。」

 

「あ、そんな。私たちの方もあまりお役に立てなかったみたいで。」

 

「いえいえ、興味深いお話を聞くことが出来ました。最後に一つだけ。プロデューサーさん、これに見覚えはありますか?」

 

 そう言って杉下は現場に残されていた765プロのロゴが入ったタオルの写真をプロデューサーに見せる。

 

「これって確か…感謝祭ライブをやった時に関係者の方に配ったものだと思います。」

 

「感謝祭ライブというのは?」

 

「うちのアイドルたちが売れ始めた頃に始めてやった大規模なライブです。あれがあったからうちは業界でも知られるようになったんです。このタオルはそれを記念して社長自らが自費で発注したものなんです。」

 

「なるほど。では、これを配った関係者とはどのような方たちだったんでしょうか?」

 

「えーと、先ずはうちの所属アイドルとライブの開催に協力してくれた業者さんやスタッフの方。それとライブ以前からうちに密着してくれていた記者の方と事務所のご近所さん。ああ、あとアイドルたちのご家族にも配りました。」

 

「どうもありがとうございます。」

 

「あの、今のが何か捜査に関係あるんですか?」

 

 疑わしそうに杉下を見るプロデューサーに杉下は力強く頷く。

 

「ええ。非常に貴重な証言を頂けました。カイト君、いったん本庁に戻りましょう。」

 

 そう言って杉下達もまたライブ会場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 本庁に戻ってきた杉下たちは再び鑑識室を訪れていた。そこには現在までに捜査一課が集めてきた情報と、現場で採取された証拠品が並べられている。杉下とカイト、それに鑑識の米沢を加えた3人はそれらの情報をいったん整理しようとしたのだった。

 

「現場となったのは大通りから外れた高架下の駐車場。死亡していたのはフリーの記者の渋澤卓也さん38歳、彼はここ最近765プロのアイドルのスキャンダルを追っていたことが所持品や関係者の証言から推測できます。」

 

「死亡推定時刻は昨夜の10時ごろ。現場近くには監視カメラもなく人通りもほとんどない。目撃者は期待できませんね。捜査一課の調査によると、21時58分に現場から300メートルほど離れたコンビニでウイスキーのボトルを購入しているのが確認されています。現在のところ、生きている被害者を確認できるのはこれが最後です。」

 

「被害者はこの直後に死亡したとして間違いないですな。それと被害者と付き合いのあった記者の証言によると、被害者は死亡する直前、かなり羽振りが良かったようです。その記者が被害者に聞いたところ、かなり払いのいいスポンサーがついたといっていたそうです。」

 

 米沢は杉下に捜査資料を渡しながら説明する。杉下の横から顔を出し、カイトもその資料に目を通した。

 

「払いのいいスポンサーか…杉下さん、やっぱり961プロの社長が被害者に命じて765プロのスキャンダルを探させていたんですかね?」

 

「それはあくまでも765プロ側からの証言であって、今のところ961プロと渋澤さんを結び付ける証拠には至らないでしょう。765プロが嫌がらせを受けていたという証拠もありません。」

 

「いやまあそうなんですけど…でも、俺はあのプロデューサーが嘘をついていたようには見えなかったんですよね……って聞いてます杉下さん?」

 

 杉下の目はいつの間にやら現場に残された証拠品へと注がれていた。

 証拠品としてテーブルの上に並べられているのは、被害者の衣服、帽子、靴、カメラ、替えのフィルム、財布、免許書、保険証、残り数本となったタバコのボックス、葉巻、ウイスキーの瓶、くしゃくしゃになったメモ用紙、飴、キシリトールガム、etc…

 

「米沢さん、ここに並べられているのは被害者の所持品ですか?」

 

「ええ、そうです。今のところこれらの所持品から犯人につながるものは見つかってませんが…」

 

「そのようですねえ。しかし、もしかすると、スポンサーに繋がるものはあるかもしれませんねえ。」

 

 そう言って杉下が静かにほほ笑む。その様子を見てカイトは直感的に杉下が何かを掴んだことを確信した。

 

「…あったんですね。被害者とスポンサーを繋げる証拠が。」

 

「あくまで可能性の一つとしてですが。取りあえず、961プロに足を延ばしてみましょう。」

 

「そう来なくっちゃ。」

 

 そう言うが早いや、特命係の二人は颯爽と鑑識室を後にした。


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